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再会

翠明が中央へと降り立つと、公明が出迎えてくれていた。

公明は、すっかり成人した姿になり、今では公青の若い頃そっくりでしっかりとした王だ。

とはいえ、上位の宮の王達よりも、皇子世代と仲が良いので、あまり宴などには出て居ないようだった。

「翠明殿。よう来てくだされた。」

公明が言うのに、翠明は頷いた。

「他人事とは思えぬでな。いろいろあった王であるから、主の父王は。」

公明は、苦笑して奥へ足を向けた。

「では、こちらへ。とはいえ、本日も眠っておって、目覚める様子もないのだ。昨日は定佳殿も来てくだされたが、結局一言も話すことなく帰られたのよ。」

翠明は、頷く。そうか、定佳も気にしているのだな。

「皆、父親のように思うておったからの。公青殿が世話してくれておったから、我らも安穏と統治していられたのだし。親離れしたいと息子のように反抗して…戦になったこともあったしな。」

公明は、クックと笑った。

「我も歴史は知っておるが、親子喧嘩とて宮同士だと大した事態になってしまうものよ。」と、奥への扉を開き、言った。「さあ、こちらへ。今は慣れた王の奥の間で休んでもらっておるのだ。何しろ、そこが一番この地で気が濃い場所であるし。」

公明は、そこを明け渡して他の所で休んでいるということだろう。

翠明は、公明も少しでも父を生かしておきたいと願っているのだとそれで知った。

翠明も、初めて入る公青の宮の奥の間では、公青がやはり、じっと静かに横たわって目を閉じていた。

側へと寄って顔を覗き込む。が、公青は生きているのが不思議なほど、もう気が少なかった。

「公青殿。」

翠明は、一応声を掛けてみた。だが、公青はぴくりとも動かなかった。

公明が、諦めたように言う。

「もう、長くこのようで。ここへお移しした頃には、まだ覚醒なさる時もあったのに、ここ数日はずっと眠られたままぞ。」

もう、先は長くはないのだろう。

それは、翠明にも分かった。気がこんなに少なくなってしまっては、体を維持するだけの力がもう、無い。

それでなくても、姿はもう老いて、しわがれた鳥ガラのようになってしまっていた。

「公青…。」

翠明は、これまでの事が一気に思い出されて、思わず涙ぐんだ。すると、どこからか聞き慣れた力の無い声が聞こえた。

「…公青、()ぞ。」

翠明が、びっくりして見ると、今の今まで身動き一つしなかった、公青が目を薄っすらと開いて、こちらを見ていた。

「公青!」

「父上!」

翠明と、公明が同時に叫ぶ。公青は、顔をしかめた。

「なんぞ、うるさいの。気持ちよう寝ておったのに…とはいえ、もう、時かの。」

公明が、必死に公青の手を握って、言った。

「父上…そのように御心の弱いことを。月の宮ならもっと楽に居られるとずっと申しておりますのに。」

公青は、クッと笑い声のような音を立てた。

「だからどうせ死ぬのだ。我はここで逝きたいのよ。」と、視線を翠明に向けた。「翠明。」

翠明は、茫然と立っていたが、急いで公青に寄った。

「何ぞ?公青よ、気を強く持て。まだ大丈夫よ。」

公青は、ふふんと鼻を鳴らした。

「あの折主が我を処刑しておったら、とっくに死んでおったのだ。翠明、我に時を与えてくれて、感謝しておる。お蔭で公明は、このように育った。もう、思い残すことは無い。それだけ、主に申したかった。だから、我は戻って来たのだ。」

戻って来た…?

翠明は、訳が分からなかったが、それでも言った。

「主を殺すなど出来ぬではないか。主だって戦の後には我を殺すことが出来たのに。お互い様よ。」

公青は、今度こそクックと笑った。

「そうか、お互い様か。そうであるな。」と、公明を見た。「公明、我は逝く。母が迎えに参っておるのだ。逝こうとして振り返ったら、翠明が来ておったゆえ戻ったのよ。これよりは、しっかり努めて参るが良い。主はもう、我が居らぬでも大丈夫ぞ。案じるな。」

公明は、涙を流して首を振った。

「父上、我はまだ父上が居らぬでは、とても治めてなど…!」

公青は、握られていない方の手で、公明の頭を撫でた。

「主はとっくに我を離れておるではないか。我が狂うておった折、宮を救ったのは主ぞ。我は、身が大きくなるのを待っておっただけ。」と、視線を天井へと向けた。「おお…奏。そうよな、もう時よ。」

公明は、慌てた。

「父上!母上、父上を連れて行かぬでください!」

見えない母に、公明は必死に叫んだ。しかし、公青は天井を見たまま、穏やかに微笑んで言った。

「母を困らせるでない。我は、参る。ではの、公明。そして、翠明よ。」

そう言い終えると、公青はパタと、目を閉じた。

「公青…?」

翠明は、震える声で、そう呼びかけた。いつもなら、呼び捨てにするなと咎めたはずだ。

しかし、公青はもう、身動きしなかった。

「父上ーー!!」

公明が叫ぶ。

翠明は、黙って涙を流して、その場を去るしかなかった。


「公青が逝ったか。」維心が、龍の宮の居間で、その書状を受け取って、言った。「あれもいろいろあった生涯であったもの。葬儀には、出る事としよう。妃であった奏は前世の我の孫でもあるし、近しい間柄ぞ。そのように返事をせよ。」

鵬が、頭を下げた。

「はは。」

そうして、そこを出て行く。

維心は、隣りで黙り込む、維月を見た。

「とはいえ、あれは公明が成人するのを見た。公明は今では一人前の王よ。寿命が来ても、おかしゅうない。今頃は奏と会っておることだろう。大儀であったとねぎらってやりたいわ。」

維月は、頷いた。

「はい。ですが…まだ成人したばかりで父上まで亡くして。公明様のお気持ちを思うと、つろうございますわ。」

維心は、息をついた。

「誠にの。翠明も他の西の島の王達も、軒並み喪に服すそうな。公青は長く生きて君臨しておったゆえ、悼む者は多かろう。公明の世でも、案じずとも皆が手を貸して穏やかに回ろうぞ。」

蒼も、親しくしていたので、悲しんでいるだろう。維月は、こうして不死の命の上を、他の命が通り過ぎて行くのを見る生に、疲れ始めていた。

だが、維心は前世、これをずっとたった一人で続けていたのだ。いつ終わるとも分からぬ、長い生の中で。

維月は、維心に身を寄せた。

「維心様…。」

此度は、私が共に居なければ。

維月がそう思っていると、維心はフッと微笑んで維月の肩を抱いた。

「どうした?心細いか。我が居るではないか…。」

維心は、維月の髪に頬を摺り寄せて来る。維月は、維心の腰に腕を回して、胸に頬を当て、その鼓動を感じた。維心はそれに伴って、維月を抱きしめてくれた。いつでも、維月が傍に居て欲しい時に、傍に居てくれる。

維月は、維心のために自分もきっと、維心の傍に居ようと改めて思っていた。


公青の葬儀は、しめやかに行われた。

公明には妃が居らず、ここのところそんな大きな催しなど開いたことが無かったので、中央の宮では本当は大きな式にしないつもりだったのだが、龍王も来るということで、たくさんの王が参列することになり、公明は悲しんでいる暇もなく、大騒ぎになっていた。

急遽正式には参列しない緑翠と、白蘭が宮へと来て、公明を手伝って臣下達に指示を出し、それで何とか回したのだった。

やっとの事で葬儀を終えた後、炎嘉が寄って来て、言った。

「だから妃を娶れと申したのに。白蘭本人は緑翠で幸福そうであるが、この宮のためにはあれをもらっておった方が公青だって思い残すことは無かっただろうて。此度結局、あの二人が居ったから回ったのであろうが。」

宴の席で、逃げようもないので、公明は神妙な顔をした。

「は…。宮を上げての催しなどおこなったことがありませぬで、思いもせなんだ次第で。」

志心が、脇から庇うように言った。

「もう、良いではないか。白蘭ももう子を産んだばかりであるし、あちらで幸福にしておるのだ。今さらであるぞ、炎嘉よ。」

炎嘉は、仕方なく頷いた。

「まあ、そうなのであるが。公青が生前あれほど申しておったのに。心残りであったろうなと思うと居たたまれぬのだ。」

公明は、下を向いた。確かに、公青は自分が生きている間に出来た皇女を妃にもらっておかねばならないと、ずっと言っていたのだ。元気な時は、常その話で、志心に書状も勝手に出していて、後で断るのも面倒で憤ったものだった。

だが、本日見た白蘭は、それは美しく淑やかで、宮を回す采配もきびきびと的を射ていて、大きな宮の妃として申し分ない様だった。

仕草も正に匂い立つとはこのことといった風で、臣下達もなぜにこの皇女を妃にもらわなんだかと惜しんでいた。

公青の考えに、間違いが無かったのだと公明もその時気付いたが、全ては後の祭りだった。

そんなわけで炎嘉の言うことは間違っておらず、公明も言い返す言葉がなかった。父が生きている時には、そのありがたみが分からなかったのだ。

維心が、脇から言った。

「成ってしもうたものを後から言うても始まらぬ。それよりも、公青はあちらで今頃奏と楽しゅうやっておるわ。我もあちらへ行った時は、こちらの葬儀など見ておらなんだ。そんな暇なく維月と十六夜と共に、あちらの生活になじまねばならぬと説明を受けておったからの。公青も今頃はそうであろうて。やっと落ち着いた頃に現世を顧みて、法要などしておったら気付く程度なのだ。黄泉へ逝ったらこちらのことなど見ておる暇はあまりないのよ。」

それには、焔も頷いた。

「それはそうよな。我とて時に見ておったが、あちらで水鏡を作るのに大変に気が必要で。維心ぐらい気が多ければ頻繁に作ってこちらを覗けようが、我はそこまでではないゆえ。せいぜい年に数回チラと見ておれた程度よ。こちらで悲しんでおるほど、あちらはこちらを想うてはおらぬということぞ。」

公明は、そう言われても、と思った。父は確かに、母が迎えに来ている、と言っていた。しかし、自分の目には見えなかったので、実感が無い。維心のように、黄泉の道へと行けるほどの力を持っていたなら別なのだが、公明にはまだまだ黄泉は未知の地だった。

維心は、そんな公明の様子を見て、息をついた。

「…そうであるな。門を開いてやっても良いが…しかし、今は公青も忙しいゆえ来れぬだろう。一年待て。その折の法要には、我が門を開いて公青を呼んでやろうぞ。さすれば、話が出来る。奏も連れて参れるやもしれぬぞ?それで良いか。」

公明は、それを聞いて見る見る明るい顔になった。父上と、母上に会えるかもしれぬのか。

「誠でしょうか。維心殿、我は今一度、父と母に会いたいのです。」

維心は、苦笑して頷く。

「良い。だが、一度きりぞ。死者には死者の道があるのだ。それを邪魔してはならぬ。分かったの。」

公明は、何度も頷いた。

「はい。ありがとうございます。」

公明は、初めて笑顔を見せた。

炎嘉もホッとしたような顔をすると、その後わざと顔をしかめて言った。

「また生者のわがままよ。我がどれ程大変であったか。維心が何度も呼びよるから無理して来てふらふらぞ。早う転生せねばとだから急いだのであるからな。」

維心は、ちらと炎嘉を見た。

「主とてあちらで正妃と人の女の争いの間に立たされて面倒で逃げて参ったのではないのか。今さらであるわ。」

そんな二人の話を聞きながら、蒼は苦笑していた。公青は、今頃あちらで奏と楽しく昔語りをしているのだろうか。あれほど愛して、そして亡くした妃だったのだ。月の宮で出会い、王座を捨てて選んだ妃。蒼の孫でもあった。

「…オレは、公青が今頃幸福であったらと思っています。」蒼が言うと、炎嘉も維心も蒼を見た。蒼は笑った。「いつまでも悲しんであんな大層な事をしてと、きっと叱られているだろうけど。一緒に居る時は、あれほど幸福そうだったんですから。」

維心は、それを聞いて神妙な顔をした。何よりも愛した妃を亡くし、狂ってしまって神世を乱した公青…。

恐らく、維心も維月を亡くしていたら、同じ事をしたかもしれない。それでも生きて、子の成長を見守った。そうして、やっと今、あちらで会えたのだ。

「…幸福であろうよ。」維心は、しんみりとした空気の中で、言った。「何よりも愛した妃に会えたのであるから。」

月は新月だ。維月の気配が月にする。恐らく月で、十六夜と共にこの葬儀の後の宴を見守っているのだろう。

維心は月があるだろう場所を、その大広間の天窓に見上げながら、維月に堪らなく会いたくなった。

そうして、葬儀の夜は更けて行った。

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