表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/213

穏やかな日

弓維は、床を這い回るようになっていた。

いつも綺麗に保っている床だったが、皇女が這い回るとなると毎日侍女達は顔が映るほど綺麗に磨き上げ、毎日が大掃除だった。

弓維は活発な性質だが、女なのであまり大きくない気なのでそれで飛ぶことも無いのでそこは助かっていた。

あの性質であっちこっち飛ばれたら、大変に面倒な事になりそうだった。そんな訳で、今はまだ掃除で済んでいるのでマシだと思うことにしていた。

今日も、維心と維月が座るその居間の床を、弓維が這い回るのに乳母が追い掛け回しているのを二人で見ていた。

「…誠に、中身は主にそっくりであると碧黎が言うておったが、その通りであるな。乳母が一人では追いつかぬゆえ、三人にせねばならなんだわ。顔は我にそっくりであるのに…まあ、しかし皇女は慎重に育てねばの。」

維月は、それには頷いた。

「はい。私もそれはそのように。幼い頃からしっかり育てておかねば、大きくなってからでは苦労するものなのですわ。私も経験上分かっておりまするし、白蘭様を見ておっても分かろうかと。瑠維の時と同じように、乳母には礼儀はしっかり躾けるように申しておりまする。」

維心は、頷いて手を上げた。

すると、ふわっと弓維が浮き上がって、維心の方へとゆっくりと飛んで来た。維心は、それを抱きとって、きゃきゃとはしゃぐ弓維に苦笑した。

「こらこやつは。そのようにあちこちしては、乳母が困ろうが。我が子であるなら主はこの宮の皇女ぞ。もっと弁えて動かぬか。幼いとて分かっておるはずぞ。賢しいからと赤子なら許されようなどと思うでないぞ。」

一見、きつい言葉のようだったが、弓維は神妙な顔をした。分かっているということだ。

維月は、維心から弓維を抱きとって、苦笑した。

「やはり維心様のお血筋でとても賢いのですわね。私も甘やかせずにしっかり躾けて参ります。」

維心は、頷いた。

「気の動きを見ておったら、こやつがどう感じてどう考えておるのかぐらい分かろう程に。そろそろ分別もついて来ておるぞ。この龍の宮の皇女が、いつまでも聞き分けの無い様ではならぬ。」と、小さな弓維と目を合わせた。「分かるな?弓維よ。父は主がどんな様であっても庇護するのではないぞ。我の役目はこの宮を守ること。この宮を貶めるような皇女は要らぬ。弁えよ。」

弓維は、目に涙を溜めて、常教えられている通りに、維心にぴょこんと頭を下げた。維月は、さすがに弓維が不憫になって、そんな弓維を胸に抱きしめた。

「維心様、私が後でよう言うて聞かせますので。どうかお許しくださいませ。」

維心は、それでも厳しい顔を崩さなかった。

「乳母に任せよ。維月、話がある。」

維月は、仕方なく戸惑いがちに寄って来る乳母に弓維を預けると、乳母が頭を下げて出て行くのを見送った。維心は、二人が出て行った後に、表情を緩めて維月に言った。

「…我が、赤子にも容赦ないと思うておろうの。だが、あれはかなり賢しい。一年ぐらいであるが、結構なことを理解しておるのだ。それなのに、あのように気ままにしておるのは、許すことは出来ぬ。分かっておるのに赤子という立場を利用しようとするような、小狡い様を許しては良うない性質に育ってしまう。ここでしっかり言い聞かせて、己の立場が甘くはないことを叩きこんでおかねばならぬのよ。あのように活発なのは悪いと申しておらぬ。己の望みを立場を利用して達することを、覚えさせてはならぬ。」

そう、何でも望みが叶う龍王の皇女という立場で、困った事を覚えて育ってはいけないと維心は言っているのだ。

維月は、維心の懸念を理解して、頭を下げた。

「はい。申し訳ありませぬ。久方ぶりの赤子だからと、甘やかせておりました。厳しく躾けて参ります。」

維心は、頷いて息をついた。

「そうであるな…瑠維の時の侍女が居ろう。もう良い歳ではあるが、しっかり躾ける者達であった。あれをもう一度宮へ上げ、弓維を躾させようほどに。乳母には育てさせ、躾は侍女に。そのようにすることに決める。」

維月は、確かにあの侍女達ならば、かなり厳しい様だったので上手くやるだろうとは思った。だが、本当に全てに強く躾けるので、弓維の性質では萎縮するのではないだろうか。

そうは言っても、維心が言うようにただの女神ではなく、最上位の中の最上位である、龍の宮の皇女なのだ。やはり瑠維のように、強く躾けるよりないのかもしれない。

維心も、維月ではどうしても情が入って甘やかせる時もあるので、またそれを利用することを覚えるのではと懸念しているのだろう。

どちらにしろ、維心が決めたことを違えることは出来ない。

維月は、頷いた。

「はい、仰せの通りに。」

そう答えた維月の肩を維心は機嫌よく抱いた。維月は、皇女は本当に育てるのに気を遣うこと、と、密かにため息をついていた。


龍の宮はそんな様子だったが、翠明の宮でも無事に白蘭を迎え入れ、相変わらず師弟関係のような間柄とはいえ、緑翠と白蘭は仲良くやっていた。

本当に緑翠は無理をしていないのかと案じていた翠明だったが、早々に白蘭が身籠って今では産み月も近く、幸福そうにしているのにはホッとしていた。

白蘭も、相変わらず外に向けては匂い立つような素晴らしい女神で、なぜに紫翠ではなく第二皇子が娶ったものか、と、周辺の宮でも怪訝に思っているようだ。

そうは言っても紫翠は、全くそんな兆しも無くて、いつになったら婚姻してくれるのかと、翠明もそこは悩みの種だった。

とはいえ、今の懸念は公青だった。

一年前は寝たきりとはいえ元気で、会えば相変わらず口達者にこちらに注意などするような様だったが、今はもう、そんな元気も無くなって、一日の大半を眠って過ごしているらしい。

公明も、そろそろ寿命なのは分かっているが、それでも少しでももたせたいので月の宮へ頼もうか、などと言って蒼に打診した。

蒼は快く承諾したのだが、当の公青が、己の生まれ育った地を離れてまでこれ以上生きてどうするのだと、宮から動こうとしないらしい。

説得してくれと言われて、翠明も公青に目通りしたが、翠明が到着したことにすら気付かず、公青はただ懇々と眠り続けるだけだった。

それでも、あれだけいろいろと世話になり、いろいろあった公青を、放って置くわけにも行かない。

そんなこんなで、翠明も気遣ってはいた。


そうやって数ヶ月、白蘭も無事に皇子を産み、宮も落ち着いて来ていた。

公青は、更に悪くなっているらしく、あれから皆が会いに行くのだが、誰も話をすることは出来ていないようだった。

それでも、放っておくわけにもいかない。

翠明は、重い腰を上げて言った。

「では、中央へ行って参るわ。」

すると、綾が気遣わし気に言った。

「公青様でありまするか?」

翠明は、頷く。

「放って置くわけにも行くまいが。そもそもが、我が老いぬのも、公青の気と入れ替えられたから。本来、我が今頃あのようであったはずなのだ。それなのに、この気であるから老いも来ず、このように。」

綾は、頷き返して侍女に指示し、着物を持って来させた。

「ようご覧になって来てくださいませ。公青様にも、世を異にすることをお覚悟なさっておられるのでしょう。寵愛されておった、妃のかたが居られると聞いておりまする。お迎えに来られるのでは。」

翠明は、綾に着つけられながら、考えた。そういえば、あの戦はそれゆえに起こったことだった。あの公青が、王座を捨てても望んだという、妃。

綺麗に気つけられて、翠明は歩き出しながら答えた。

「そうよな。宮を捨てて選んだ妃であったというし。せめて見送る事が出来たならと思うておるが…宮が離れておるし、無理かもしれぬな。」

そうして、翠明は綾に見送られて、中央の宮へと飛び立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ