誕生と
「はい!維月様!お気張りくださいませ!」
治癒の者の声が響く。維月は、思い切り力を入れた。
「んんん~~~!」
維心も、維月の手を握る力を強めて、一緒に息をつめた。
「はい!力を抜いて!」
維月は、ハッハッハと息を小刻み吐いて、いきみを逃す。途端に、ずるりという感覚がして、勢い良く赤子の泣き声が響き渡った。
「おお…生まれたか。」
維心が、横でフラッとふら付いた。維月は、慌てて維心を見る。
「維心様、だから申しましたのに。十六夜も父も戻りましたのに、お疲れでありましょう。」
そう、二人はあまりに多くが産所に詰めるのも維月が疲れると言って、そうそうに振り返り振り返り、出て行っていたのだ。
しかし維心は、青い顔をしながらも、首を振った。
「主に何かあったらと思うたら、外で待つ方が我にはつらい。しかし、無事に生まれたと思うたら、気が抜けただけぞ。」
治癒の者が、白い布に包まれた、赤子を連れて来て、維心に恭しく渡した。
「第二皇女様でございます。」
維心は、頷いてそれを受け取った。そうして、その顔を覗き込んで、少し眉を上げた。
「…維心様?弓維は、どういった風でありますか?」
維心は、おずおずという風に、維月に包みの中を見せた。
「…また、我に似ておる。」
維月は、両方の眉を上げた。そして、中を覗き込むと、確かにその皇女は、それは美しい顔立ちで、しかもじっと、こちらを涙で潤んだ目で見ていた。
そして、その瞳は、維心と同じ深い青色だった。
「まあ!」維月は、歓喜の声を上げた。「何と可愛らしいこと…!瑠維は瞳が私と同じ色でしたのに、此度は誠に維心様にそっくりで。ああ、産んだ甲斐がありましたこと。」
維月は、嬉しそうに弓維の頬に頬を摺り寄せて、微笑んだ。維心は、苦笑した。
「主がそう申すなら。だが、今生は主に似た子が産まれぬなあ…我は、小さい主を見たいと思うておったのにのう…。」
しかし、維月は首を振った。
「良いではありませぬか。私はいつなり維心様に似たお子が欲しいと思うておりますわ。前世とは違い、私のこの体は作ったもので、本体は月ですし。維心様に器が似てもおかしくは無いのだと思いまする。」
言われてみたらそうだった。
維心は、そう思った。前世は、人から月になったので、維月は長く人の体を使っていたのだ。それを失ってからは月のエネルギー体を使ってはいたが、確かに子を産んだのは人の体だった。
維心は、頷いた。
「では、十六夜も碧黎も待っておるし、出て参る。」
維月は、頷き返して弓維を維心に渡した。
「はい。お願い致しまする。」
維心は、自分そっくりの弓維を抱いて、臣下達が頭を下げて待つ産所の外へと出て行った。
そこには、臣下達がうち揃って頭を下げていた。十六夜と碧黎も居て、こちらを振り返る。維心は、包みを抱いたまま、言った。
「我の第二皇女、名を弓維とする。」
臣下達が、一斉に頭を下げ直した。
「ははー!」と、兆加が言った。「王、弓維様のご誕生、心よりお喜び申し上げまする。」
維心は、頷いた。
「神世に告示を。まだ居る王達には伝えよ。」
兆加は、頭を下げた。
「はは!」
十六夜が、寄って来て包みを覗いた。
「で、やっぱり女か?見せてくれよ、どっちに似たんだよ。」
維心は、困ったような顔をしながら、黙って十六夜に包みを渡した。十六夜は、それを受け取って、じっと顔を見た。
「お?またお前かよ。今度はまたそっくりだな。瞳の色まで一緒だぞ。」
碧黎が、後ろで腰に手を当てて言った。
「当然であろうが。主らはその体を作っておるのだぞ?いわばどうにでも出来るのだ。維心が器を持っておるのだから、似て当然よ。とはいえ、命の濃さもあるゆえ、瑠維は維月寄りでああして瞳はとび色だっただけで。此度は龍が強く出たのだろうの。どれ、ほほう、確かに美しい子よな。」
碧黎は、十六夜から弓維を受け取って言う。弓維は、碧黎をじっと見つめて、微笑むような顔をした。十六夜が、脇から覗き込んで、言った。
「え、親父を見て笑ったんじゃね?なんでだよーオレだって出て来るの待ってたのによー。」
碧黎は、フンと笑った。
「我は地ぞ。地という命が自分を守っておるのを、全ての命は無意識に知っておる。赤子とはいえこれは、我の気を気取って媚びておるのだ。賢しい子よ。それが一番に生き残る道であるものな。」と、弓維を見つめた。「案じずとも、主は我も地上の王も守っておるぞ。早う大きゅうなれよ。」
弓維は、じっと碧黎を見つめている。維心は、そんな碧黎から弓維を抱きとった。
「では、弓維は乳母に任せる。主らも、もう朝になってしもうたし、一度戻るか?維月はもう眠るであろうしの。」
碧黎は、頷いた。
「我は戻る。十六夜はどうする?」
十六夜も、肩をすくめた。
「無事に生まれたならいいさ。維月をしっかり休ませねぇと。また来るよ。」
碧黎は頷いて、維心を見た。
「ではの、維心。新しい命はやはり、良いものよな。」
そう言い置くと、十六夜と二人でその場から、パッと消えて行った。
維心は、そんな二人に息をつくと、弓維を抱いてまた、維月のもとへと戻って行ったのだった。
次の日の朝、叩き起こされたらしい翠明と、緑翠が、そろって志心の控えの間へと訪れた。
志心は、昨日二人が何を話していたのか、ここへ戻ってから見ていた。最初、白蘭の寝室の方から何やら男の気がする、と、誰か忍んで来たのかと戦慄が走ったものだったが、居たのは窓の外で、緑翠だった。
なので、そのまま志夕と二人で、戸の隙間から様子を見ていたら、緑翠は迷っているような様子だったが、はっきりと、白蘭を娶る、と言った。
話しの筋から、どう考えても緑翠が、白蘭に同情して娶ってやろうと思ったのだろうな、と見えたのだが、しかし緑翠がそう判断したのなら、任せようと思ったのだ。
なので、翠明と緑翠が来て、白蘭を娶りたいと言った時も、すんなりと頷いた。そうあってくれた方が、きっと白蘭は幸福だろうと思ったからだ。
何より緑翠は、何の関係も無い白蘭のことを、150年もの間世話したのだ。これから先も、任せて間違いないと思えた。
志心は、言った。
「ならば、式の日取りを決めようぞ。結納は、主が言うた通り、帰ってすぐで構わぬ。こちらも荷はもう出来ておるので、運ぶ準備をさせよう。身内だけの式で良いぞ?第二皇子であるしな。」
翠明は、頷いた。
「では、そのように。臣下に日取りを決めさせようほどに。」
志心は、フッと息をついて、緑翠を見た。
「…よう、娶ってくれようと思うてくれたもの。これまでのこともであるが、主の心持には信用できると思うておる。すまぬが、あれを頼む。なに、主の言うことならあれはよう聞くのだ。調子に乗るようなら、里へ帰すと言ってやるが良い。」
緑翠は、頭を下げた。
「は…しかし、一度引き受けたからには、我が責任を持って世話を致しまする。」
志心は、微笑んで穏やかに頷いた。
「頼んだぞ。」
するとそこに、侍女が頭を下げて入って来た。志心は、そちらを見た。
「何ぞ。」
侍女は、頭を上げた。
「はい。龍の宮、第二皇女ご誕生とのことでございます。」
生まれたのか。
翠明も、緑翠もそう思った。志心は、頷いた。
「分かった。後で祝いを遣わせるゆえ。まずは維心に、めでたいと伝えよ。」
侍女は、頭を下げた。
「はい。」
そうして、出て行った。翠明は、息をついた。
「皇女か。また龍の宮も育った頃に大騒ぎになるの。」
志心は、クックと笑った。
「維心は降嫁させることしか考えておらぬようよ。軍神ならば命じたら良いゆえ、面倒はない。龍は龍しか生まぬしな。その分、割り切れて良いのではないか。」と、晴れ渡る空を、窓の外に見た。「どちらにしろ、それぞれの新しい生ぞ。これからは、また変わって参ろうな。」
緑翠は、それを神妙な顔で聞いていた。これまでのように、求められた時だけ助けるのではなく、これからは常に白蘭を世話していかねばならない。この、父王の代わりに。
その重さを胸に、緑翠はその、新しい生活に想いを馳せた。




