宴と
宴の席では、翠明の横には紫翠が座り、上位の宮の神達と向き合っていた。
志心は、同席した高晶を見て、ふと言った。
「…そういえば高晶、主は積と懇意であったか。あれは今、どうしておる。」
高晶は、手にしていた盃から酒を口にしてから、息をついて答えた。
「幼い頃から宮が近いのでよう遊んだ仲でありまする。父王が派手好きであったのもあり、叔母の嫁ぎ先からの支援の蓄えも少なく、亡くなって支援が停まった今、大変に困っておるようでありますな。こちらからも一時支援はしておりまするが、長くは続ける事が出来ませぬし…周りの宮から少しずつの支援で、何とか今は回っておるのだとか。かなり倹約しておって、此度も七夕には来れぬで。」
炎嘉が、頷く。
「まあ父王の代では妹が嫁いでおったから潤っておって、倹約など考えもしなかったのだろうがの。最上位は軒並み一時支援を送っておるから、それで数年は持つだろうと思うておるのだが…なかなかに、上位の宮から支援を期待しての嫁取りなど、出来ぬわな。」
志心が、考え込むような顔をした。
「あれが直々に白蘭をと頼んで参った。我もいくらなんでもと断ったのだが…気楽に過ごせるのなら、良いのではないかと最近では考えておるのよ。何しろ、誰も娶らぬだろう?高晶、主はどうか?」
高晶は、困って視線をそらした。
「その…大変に美しく嗜み深い皇女であったし、我とて確かに娶りたいとは思うが、しかし積の手前、そうは言えぬのですよ。本当に幼い頃からの友で。」
確かに、友が困っていてどうしても娶らねば宮の存続がと言っている時に、さっさと自分が娶ってしまったら、関係がこじれてしまうだろう。
志心は、息をついた。
「であろうな。仕方がないわ。白蘭も最近ではどこへ行くのも気が進まぬようで、いっそ我の手元に置いておいてやろうかとも思うのだが、我とていつまで生きておるか分からぬしな。志夕の代になったら、他の王から強く申し出られたらなかなかに断るのも難しくなろう。ならば、我が元気な内に良いところへと思うてしまうのだ。積の宮ならば宮の将来に関わって来るゆえ、それは大切にされようし。それでも良いかと思うてしまう。」
しかし、蒼が神妙な顔で言った。
「それはそうですが…白蘭はどう思ってるんでしょうか。最近は沈みがちだと聞いているし、もしかして誰か思う相手が居るとか。」
志心は、それを聞いて盛大にため息をついた。蒼は驚いたが、志心は脇息にもたれ掛かって頷いた。
「そうよ。だがの、上手くいかぬこともあるのだ。やはりどんな理由であれ相手に望まれねばの。それを考えると、積ほど切迫して必死に望んでおる場はないであろう。だから申すのだ。」
相手が望まないのか。
蒼は、そうなるともしかして龍では、とふと思った。龍に嫁ぐのは至難の業だ。王族となるとかなり敷居が高い。維心は絶対に無理だし、そうなると維明と維斗だがこの二人も維心そっくりで、とてもじゃないが妃など娶る様子はない。
蒼が、無意識に維心に目をやると、維心は軽く蒼を睨んだ。
「…何ぞ?我ではないぞ。我は他の女と対面したことなど無いしの。見ることすら許すことは無い。七夕の時だけぞ。」
それでもその一目で維心維心と言う皇女も多いのだと聞いているのに。
蒼は思ったが、志心が隣りで首を振った。
「ああ、維心ではないわ。維明でも維斗でもない。地位的には何とかなりそうであるが、しかし相手が望まぬのに押し付けることは出来ぬから。ほんに気が揉める。」
翠明が、下を向いて黙り込んでいる。紫翠が、それを横目に困ったような顔をした。蒼は、もしかして紫翠?と思ったが、口にしなかった。
だが、焔はそんなことは気にしなかった。
「お、もしかしたら紫翠か?」
紫翠が、びくりと体を震わせた。なんだってこんなに気を遣わないんだろうと蒼は内心憤ったが、もう口から出てしまったので仕方がない。
紫翠は、慌てて首を振った。
「我ではありませぬ。その…父が、知っておるかと。」
翠明は、盃にかぶりつくようにして話さずでおれぬかと思っていたが、皆の視線がこちらを向いた。
なので、仕方なく言った。
「我でも紫翠でもない。だが…その、緑翠ぞ。」
蒼は、目を丸くした。緑翠?!確か、男しか興味が無かったのではなかっただろうか。
思った通り、維心が眉を寄せた。
「ああ、あれはならぬわ。興味の対象が違おうが。志心ならば分かろうな。」
志心は、頷く。
「動きを見たらあれが両刀だと分かるわ。感覚が同じであるから親近感は持ったの。」
蒼は、え、と更に目を丸くして志心を見た。両刀?!
維心もそう思ったらしく、更に眉を寄せて言った。
「なんぞ、時を経てどっちでもいけるようになったのか。ならば良いのではないか?さっさと娶らせれば。さっき席を立って行ったが、来ておるのだから志心が直接申し入れたら良いではないか。」
翠明と紫翠が、顔を見合わせる。志心が、またため息をついて言った。
「だから押し付けるつもりはないと言うに。いろいろあるのだ。主らが知らぬだけでの。ま、我は積の方向で考える。白蘭のことでこれ以上神世の王や皇子達を騒がせるわけにも行かぬしな。想う所へ縁付けぬのは、どの皇女も同じぞ。結局は、相手に乞われねば嫁げぬものよ。」
皆が、黙った。そうなのだ。相手に乞われて嫁ぐのが、結局は一番幸福になる道なのだろう。それは、娶る方である王達の間では、分かっていることだったのだ。
シンと静まったその輪の只中に、全く前触れもなく突然に、パッと十六夜が出て来た。
「え…」蒼が、もう回数から慣れていたので、状況の把握が最も速かった。「なんだよ十六夜、どうしてこんなとこに出て来るんだ?!」
呆気に取られていた回りの王達も、我に返って十六夜が出て来たのだとやっと悟った。維心が、言った。
「こら!我が宮では禁止しておるであろうが!それもこんな場に!」
しかし、十六夜がうるさそうに手を振ると、言った。
「それどころじゃねぇ!維月が産気づいて治癒の対へ行った!知らせに来たんでぇ!」
「なんと申した?!」
維心は、立ち上がったと思うと一瞬にして飛び去った。
挨拶もなくさっさと消えた維心に、皆が茫然としていると、十六夜が言った。
「とはいえ生まれるまでまだ何時間もあるのによ。あいつはいつもあれだよ。」と、皆を見た。「すまんな、お前らは酒飲んでてくれ。じゃあな。」
そうして、出て来た時と同じように、十六夜もまた、パッと消えた。
駿が、ふうと息を付いて呟くように言った。
「…誠、維心殿は一瞬にして消えたように見えたわ。宮の中を飛んで参ったのだの。」
炎嘉が、うんうんと頷きながら言った。
「あれはなあ、昔からああなのだ。維月が何かとなると、なりふり構わず向かうのよ。それにしても、産気づいたぐらいで。まだ何時間もあろうに。」
蒼は、それを聞きながら苦笑した。炎月が生まれる時も、炎嘉は鳥身を取ってまで物凄い勢いで月の宮までやって来たのだ。必死だったのは、炎嘉も同じだった。
志心は、月を見上げた。
「全く…とはいえ、我はもう娘は要らぬわ。いろいろ煩わしゅうて困る。」
それを聞いた炎嘉と蒼は、え、という顔をした。確か、維月に不能にされて…。
志心は、炎嘉と蒼を見比べて、クックと笑った。
「主ら、我が出来ぬようになったのにとか思うたであろう?」他の王達は、訳が分からないという顔をする。焔は、知っているので黙って酒を飲んでいた。志心は笑った。「もう100年も前に元に戻っておるわ。ある日突然であったから、どういうことかと密かに十六夜に聞いたら、我が正気に戻ったようだから、とか言うておった。でもの、しばらくそういう事無しで生きていたら、別にどうでもようなって。結局妃だって娶ろうとは思わぬし、男を相手にしようとも思わぬ。我も歳なのだろうの。」
炎嘉も焔も、目を丸くした。蒼は、月が話し合って志心が元の穏やかな様に戻っているからと、元に戻したのだろうな、と思って聞いていた。しかし、駿も高晶も、翠明も紫翠も訳が分からないようで、顔をしかめている。蒼は、言った。
「まあ、オレだってそうなんですよ。妃を三人次々に亡くして、もう悲しい思いもしたくないし、いいかなって。妃なんか居なくても宮は回るし。月の宮は別に大したことをしている宮ではありませんので。」
志心が、微笑んで言った。
「月は存在するだけで意味がある。己の宮をそのように申すのではないぞ。しかし、まあ我だってまた、生きておったら何かあるかもしれぬしなあ。主も然りであろうよ。」
蒼は、自分の今の心持を考えても、そんなことはあり得ないと思っていた。だが、志心に合わせて頷いた。
「そうですね。オレは不死だし、長い生の中で何かあるかもしれません。とはいえ、今はないですけど。」
炎嘉が、話題を変えようと居心地悪そうに維心が去った回廊の方を、今さらに見た。
「そうよな…それにしても、維心が戻ると皆、それぞれ席を立っておるようぞ。我らもそろそろ、戻るか。」
見ると、下位の王達がいつの間にか維心が上座に居ないのを気取り、腰を上げ始めている。
焔が、頷いて立ち上がった。
「そうしようぞ。まだ飲みたいなら部屋で飲めば良いし。出産であればしばらく維心も出て参らぬだろう。ささ、炎嘉、部屋で飲もうぞ。」
炎嘉は、苦笑して立ち上がった。
「まだ飲むのか主は。しようが無いことよ。では、箔炎も。」
箔炎は、立ち上がりながら顔をしかめて振り返った。
「何と申した?我も?もう、放って置いてくれぬか。休みたいわ。」
しかし、炎嘉はその肩を笑って掴んだ。
「何を逃げようとしておるのだ主は。昔っから付き合いの悪い奴よ。体は主が一番若いのだから、今は一番飲めるのではないのか。まだ酔い潰れて我らに襦袢姿で放って置かれたのを根に持っておるか。」
箔炎は、慌てて言った。
「こら炎嘉!知らぬ奴らも居るのだここには!もう、そんなだから主らは面倒なのよ!」
ぎゃあぎゃあと言ってはいたが、それでも言われるままに炎嘉と焔と共に歩いて行く。それを、戸惑い気味に見ている志夕を脇目に、志心が言った。
「…あれはの、箔炎であって箔炎ではないのだ。志夕、主の友であるのは変わりないが、前世我らの友であった箔炎の記憶を、戻してしもうた箔炎なのよ。とはいえ、主とは仲良うやっておるのだろう?」
志夕は、後ろを歩き出しながら、頷いた。
「は。箔炎が自ら、我に話してくれ申した。ですが父上、箔炎はそれは手練れの神になってしもうて。箔炎には違いないし、これまで生きて来た記憶もしっかりしていて、我と友である箔炎でもあるのに、時にあのように。話しかけづらいと感じましてございます。」
志心は、苦笑した。
「それは仕方がないの。あちらもそう思われるのが分かるゆえ、バツが悪いのではないか。記憶を持って参った者達が軒並み申すのは、それまでの生を忘れる訳では無いのだと。ただ、己が何者だったか思い出すだけなのだと。ゆえ、主は変わらず接したら良いのだと思うぞ。箔炎は箔炎なのだからな。」
志夕は頷いた。箔炎とは幼い頃から仲良くして来たのだ。自分の方がいろいろ教えてもらう立場だった。箔炎は優秀で、立ち合いでも何でも、志夕に教えてくれたのだ。
志夕は他の王達、父王と共に、月が傾いて来ている龍の宮の中を、控えの間に向かって歩いて行った。




