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七夕

今年の七夕は、またたくさんの神が大挙してやって来た。

とはいえ、今は無事に筆頭に座った義心がそれは優秀なので、かつての龍の宮のように、それはすんなりと大した問題も無く綺麗に客は流れ、そうしてトラブルも起こる様子はない。

義心の采配はとても的を射ていて、次席へと陥落した帝羽であっても、抵抗なく従うことが出来た。それほどに、義心は優秀で、まだ成人前の神なのだとは、思えぬ動きだった。

「まだ大丈夫ですわ。」維月が、綺麗に飾り付けられた維心を前に、言った。「ですから御心おきなくお出ましくださいませ。まだ生まれようとは思うておらぬようで、兆しはありませぬから。」

それでも、維心は心配そうだった。

「我が傍を離れておる時に産気づいたらなんとする。案じられてならぬわ。」

維月は、維心の手を握り締めて、首を振った。

「ご案じなさいますな。侍女も居りますし、呼べば十六夜も父も参りますから。私は一人ではありませぬから。維心様にはお役目をはたして来てくださいませ。」

維心は、そう言われてしまっては仕方がない、と、諦めて頷いた。

「…分かった。ならば、何かあったらすぐに知らせるようにの。主はいろいろ我慢することが多いゆえ、案じられるのだ。必ず我を呼ぶのだぞ。」

維月は、もう何度目の出産なのだと苦笑したが、頷いた。

「はい、維心様。すぐにお呼び致しますわ。」

それを聞いて、やっと維心はホッとして頷くと、振り返り振り返り、そこを出て行った。


維心は恒例の顔見世に出て、正にほんの数分で引っ込んだのを見て、今年は機嫌が悪いのだと皆に思われても気にしてはいなかった。

それよりも、維月が気になって仕方がない。久しぶりに、維月が自分の子を産もうと思ってくれたのだ。それで、何かあってはと思うと気が気でない。

なので、応接間でじっと座って気安い王達の挨拶を受けている間も、維心は心ここにあらずだった。

さすがに、炎嘉が言った。

「こら維心、聞いておるのか。」

維心は、ハッとした。そして、だるそうに炎嘉を見た。

「…なんぞ?」

炎嘉は、あからさまに不機嫌な顔をして言った。

「主はもう。己が招いておきながら、心ここにあらずではないか。」

言われて回りを見ると、応接間には上位の宮の王達が、そろって座っていた。考えに沈んでいて、見ても居なかった。

「…気になることがあるからぞ。本当なら、七夕などに出ておる場合ではないのだ。だが、出て参れと申すから。」

維心が、不貞腐れたような顔をする。焔が、苦笑して言った。

「維月が産み月で今にも生まれるのではないかというほど時が迫っておるのだとか。そのせいか?」

維心は、頷いた。

「そうよ。今にも産気づいておるのではないかと気になって仕方がないわ。」

箔炎が、呆れたように言った。

「全く、幾人目であるのだ。少しは落ち着かぬか。慣れて来たのではないのか。そんなに気になるのなら、なぜに子など作るのよ。しかも、わざわざ産み月が七夕に重なるような時期に。」

維心は、フンと鼻を鳴らした。

「たまたまその時にお互いに欲しいと思うただけのこと。七夕など我が出ずとも出来るから良いではないか。」

蒼が、庇うように言った。

「今回はひと月ほど長いのですよ。いつも、維心様のお子は十月ではなく九か月ぐらいで出て来るのに、今回はゆっくりしておるようで。」

箔炎が、ひじ掛けに肘をついて、その手の上に顎を乗せて言った。

「そういう事では無いのだ。王はいつ何時忙しゅうなるか分からぬのを知っておるのに、妃の子が生まれそうだからとイライラして心ここにあらずとは何とした事かという事ぞ。ましてこれを開いたのは主の名の元であろうが。己が客を歓待出来ぬのなら開かぬという判断が必要ぞ。」

維心は、ムッとしながら箔炎を見た。見た目は若いが、しかし中身が箔炎なのは話の仕方を聞いていても分かる。箔炎は、こんな所が真面目だったので、こう言うのも分かるのだ。

維心は、軽く箔炎を睨んだ。

「ここが神世の出会いの場などと聞いておるゆえ、簡単には中止に出来ぬからこうなっただけのことぞ。それなりに貢献しておる催しであるなら、勝手に中止するのもと思うたまで。」

それを聞いて、志心が頷いた。

「まあ、そんな状態でも開いてくれてよかったのだ。」皆が、志心を見る。志心は続けた。「白蘭も、そろそろ誰か決めねばならぬだろう。我は上位の宮が良いと思うておったし、臣下もそうであったからここのところ幾度か主らに打診をしておったと思うが、あれのためを思うても今は我は、あれが望むところへと考えておるのだ。なので、此度は志夕と共にあちこち行かせておるから、今頃は龍の宮のどこぞで誰ぞと話しておるのではないかと思うのだがの。七夕が無いと、こうもたくさんの皇子や王が集まる催しはあるまい。選ぶことも出来ぬから、皆にとって良い場であるのは確かなのだ。」

炎嘉は、神妙な顔をして頷いた。

「そうよな。顔も知らぬ誰かへと嫁がされることを思うたら、こうして顔だけでも知っておる方が心強いであろうて。七夕は昔から、そんな目的に使われておったものよ。」

維心は、息をついた。

「であろう?とはいえ、我だって本日は維明に任せて奥に引っ込んで居ろうと思うたのに。維月が、案じることは無いから役目を果たして来いと申すから。」

維心は、不貞腐れているようだ。駿が、言った。

「まあ、我とて椿が出産の時は何も出来ぬで外で待っておるしかなかったし。産気づいたとしても、男に出来ることなど限られておるゆえ、信じて任せるのが良いのではありませぬか?」

維心は、駿を軽く睨んだ。

「我はいつも産所で詰めるのだ。維月から離れぬ。我が一番あれの命に何かあったら対応できるからの。これまで前世から9人出産しておるが、全て立ち合ったぞ。此度だって立ち合う。」

駿が、驚いた顔をする。炎嘉が、諦めたように言った。

「まあなあ、命を司っておるぐらいであるから。とはいえ、主より碧黎が立ち合った方が強いかと思うがの。」

維心は、フンと横を向いた。

「うるさいわ。それでも我は傍に居ると決めておるのだ!」

そんな言い合いを聞いて、蒼は苦笑していた。確かに何度も何度も追い出されそうになっても、絶対に出て行かないと必死に維月にくっついている維心が思い出されたのだ。維月はあまりに維心が心配するので、自分の痛みよりもむしろ維心が気になって早く産まねばと慌てるのだと言っていた。

まだ何やら話している王達を眺めながら、蒼は時が経っても変わらぬ事があるのだなあと懐かしく思っていた。


七夕の日は暮れて行き、白蘭も志夕に伴われて控えの間へと戻って来ていた。

志夕は、気を遣っていろいろな知り合いの皇子を紹介してくれた。相手は、皆好意的に自分に話しかけて来てくれたが、それでも白蘭の心は、全く動かなかった。

何しろ、150年もの間いつの時も、自分が困っていたら手を差し伸べてくれた緑翠の事が、あの自覚した茶会の時から、日々募って心を大きく占めていて、他が入り込む場所など全く無かったからだ。

乗り気でない白蘭の様に、相手も諦めて、志夕も不憫に思うのかその場を離れ、そうしてまた違う神へと渡り歩いたのだが、ただの一人も心の琴線に触れる神などいなかった。

なので、いつしか志夕も諦めて、そうして早々に控えの前へと帰って来てしまったのだ。

父は、龍王とも懇意なので七夕も宴まで出てこちらへ泊る。

なので、志夕も宴へと出て行ったが、白蘭は残って休む支度を整えていた。

…今頃は、緑翠様も宴に出ていらっしゃるのかしら…。

白蘭は、緑翠の姿に思いを馳せた。父王の翠明について、来ているとは聞いていたが、姿は見ていない。大変な数の神だったので、それに紛れてとても居場所は分からなかった。今頃は、きっと志夕とも話しているはずだった。

緑翠の姿を想うと心が楽になる。自分が何者かを知っていて、それでも気にかけていつも手助けしてくれていた緑翠は、側に居るだけで心が和み、安心出来た。

どうして、もっと早くに気付かなかったのか。

白蘭は、思った。あれだけ会いたいと思っていた緑翠が、同じ宮の中に居るのを知っているのに、どうしても会いに行くことが出来ない。顔を見てしまったら、また甘えが出て想いを口にしてしまうだろう。そうしたら、きっともう二度と文を取り交わすことすらできなくなる。緑翠にとって自分は、ただの手のかかる厄介な皇女でしかなかったのだから…。

白蘭は、心が押しつぶされるような痛みを感じた。それは、義心が死んだと聞かされた時よりも、もっと強く重い、自分には耐えきれないほどの苦しい痛みだった。

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