嫁ぐ先4
椿と白蘭は、二人きりになったその部屋で、他人払いをして侍女達も遠ざけ、話をしていた。
白蘭は、やはりうろたえているようだった。恐らくは、今までそんな風に思っていなかった緑翠の事を、想っているのだと自覚したのではないか。
椿は、白蘭の隣りの椅子に腰かけて、その手を握って、言った。
「…緑翠が、妃を娶ったら否と思われたのですか。」
白蘭は、ビクッと肩を震わせた。そうして、じっと椿を見つめると、ハラハラと涙を流した。
「我は…そのようには思うておらぬと思うておりました。出会った始めから、緑翠様には我など眼中にあられなかったし、我も緑翠様は兄ような感覚であって、それに、男の方しか興味がないと聞いておったから、妃を娶るなどあり得ないと思うておったのですわ。でも…先ほど、もうお会いできなくなると聞いて、胸が痛みました。そして、緑翠様が、我にとって唯一心を許せる殿方であったと気付いたのです。」
椿は、それを聞いて息をついた。やはりそうか。
しかし、緑翠の方はそんな感じではない。手のかかる妹のような感覚なのではないだろうか。嫁ぐ先をと真剣に探していたし、公明との話があると聞いた時も、わざわざ本人がどう思っているのか聞いて来た。
しかし、公明が乗り気でないと聞いて、それでも嫁いだら何とかなるか、と一人悩んでいたものだった。
そんな緑翠なので、恐らく自分が娶ろうなどとは、考えてもいないだろう。
椿は、困った。とはいえ、白蘭にはたくさんの縁談がある。このままでは、どこかに決まってしまい、白蘭はやっと緑翠を想っていると自覚したのに、それを秘めて嫁がねばならなくなる。
「…困ったこと…。緑翠はあのようなので、気付いてはおらぬのですわ。これまで、白蘭殿が思う所へ嫁げるようにと、そればかり申しておりましたから。己が娶ろうなど、思うてもおらぬのでは。もう、長い時間そう思って来たのだろうし…。」
白蘭は、じっとそれを下を向いて聞いていたが、肩の力を抜いて、がっくりと項垂れた。
「はい…。分かっておりまする。我が、甘えすぎておったのです。今頃このようなことを申しては、緑翠様も困ってしまわれましょう。まして、我が恥ずかしい様であった時も、我の過去も全てを知っておられるのです。娶ろうなどとは、思うては下さりませぬ。我は…やはり、父の申す通りに、どちらかへ嫁いで参ります。」
白蘭は、そう言うと、涙を拭いて、椿から離れた。そうして、優雅に頭を下げると、そっとそこを、出て行ったのだった。
蒼は、久しぶりに龍の宮へと来ていた。
もうすぐ七夕なので、その準備などで忙しい龍の宮に、今回は月の宮でしか作っていない、タオルを持って来たのだ。
七夕では、招かれた客はそれなりの品を持って来るのだが、それに対する返礼品が、常同じになるのはと、維月が今回、蒼に頼んでタオルを準備することにしたからだ。
もちろん、そのタオルに対してたくさんの返礼の品をもらうのだが、それは月の宮の財政にも重要なものだった。
蒼が居間へと入って行くと、維心と維月が揃って待ってくれていた。
「蒼。よう来たの。」
維心が、機嫌よく迎えてくれる。蒼は、頭を下げた。
「維心様。この度はタオル生地をということでしたので、お持ち致しました。」
維心は、頷いた。
「座るが良い。」と、蒼が座るのを見てから、続けた。「大儀であったな。維月が毎回同じ物ではと、思いついたのだ。あれは神世でも重宝されておって、皆が喜ぶだろうとの。」
蒼は頷いて、維月を見た。維月の腹は大きくせり出していて、袴の紐もかなり上で結んである。蒼は、思わず言った。
「もう今にも生まれそうだね。立ち働いてて大丈夫なの?」
維月は、フフと笑った。
「確かにもう産み月なのだけれど、まだ大丈夫そうよ。」
維心が、嬉しそうに微笑んで、言った。
「皇女が良いかと言うておったのだが、思うた通り此度は女で。名はもう決めておるのだ。」
維月も、維心に微笑み返した。
「維心様には大変に楽しみにしていらして。私も久方ぶりの子であるので、待ち遠しいの。」
蒼は、いつもながら感心した。いつまで経っても仲が良くて、もう普通なら老後も間近な歳であるのにこうして子を成して、それを待ちわびている。
しかし、もうすぐ七夕だけどどうなるんだろう。
「そういえば、生まれたらどうするの?祭りの衣装って物凄く重そうだよね。」
それには、維心が答えた。
「維月は顔見世には出さぬ。我ももし出産と重なったら出ぬつもりぞ。維明にそこは言うておるから、七夕は予定通りやるがの。なので、主が持って来てくれたタオルは無駄にはならぬから。」
別にタオルの行く末を案じて聞いたんじゃないんだけど。
蒼は思ったが、黙って頷いた。維心は、久しぶりの子供の誕生に舞い上がっているようで、それは上機嫌で嬉しそうだ。維月も、ここのところいろいろな神の死が堪えていたようだったので、こうして新しい命を産む気持ちにもなったのだろうと思われた。
何より、二人が幸福そうなのは良い事だ、と、蒼は安心して二人の様子を眺めていたのだった。
見送りは良いと断った蒼は、一人で出発口へと向かっていた。すると、後ろから追いかけて来た維明が、蒼を呼び止めた。
「蒼!」
蒼は、足を止めて振り返る。維明は、蒼に追いついて来て言った。
「すまぬの、帰ろうとしておるのに。タオルを持って来てもろうて助かった。」
蒼は、首を振った。
「いいんだ。あれぐらい何ともないから。維心様からも、凄く返礼の品を戴いたしね。それで、七夕は維明が出る事になりそうだよね?」
維明は、息をついて頷いた。
「そうなのだ。妹が生まれるのだとか。それでなくても神世は皇女の嫁ぎ先が無いと大騒ぎであるのに、とは思うたが、父上は生まれる前から軍神に降嫁をと考えておるようなので、困る事はあるまいな。とはいえ…本日はそのような事で主を呼び留めたのではない。」と、じっと蒼を見た。「主、志心から打診を受けては居らぬか。」
蒼は、あ、と思い出した。志心からと言うと、白蘭のことか。
蒼は、苦笑した。
「ああ、そういえば。オレは不死だからって、白蘭を妃にどうかと言って来てたよね。断ったけど。」
維明は、フッと息を吐いた。
「そうか。こちらも断ったのだが…どうも、白蘭殿が奥へ引き籠って深く沈んでおるのだとか。臣下が気を遣って、どうしてもこちらはならぬかと聞いて参ってな。我らはそんなつもりも無いし、維斗も断るしか選択肢はないと申して無理であるし。主ならもしやと思うただけ。こちらも何度も白虎から打診されては父上だって断れぬようになろうし…案じておった。」
蒼は、困ったように言った。
「別に白蘭だから要らないってわけじゃないんだよ。オレはそういう気持ちになれないからさ。でも、最上位でなければいくらでも嫁ぎ先があるって聞いたんだけど。あっちこっちの神が白蘭をと戦々恐々としてるんだって十六夜が言ってたよ。なのにどうしても最上位なの?」
維明は、首を傾げた。
「いや…分からぬのだが。あちらの様子は見えておらぬしな。我も興味が無いし、探ってもおらなんだ。だが、どうしても最上位となったら、箔炎、駿、我と維斗、炎月、炎嘉殿、焔殿といったところかの。皆、そういう気配も無いし、無理ではないかの。」
維心様もだけど、と思ったが、確かに維心は絶対に無理なので数には入れないのだろう。
蒼は、笑った。
「そうだなあ。最上位でなくても幸せにはなれると思うけどね。まあ、ここで言ってても仕方がないんだけどさ。」
維明は、またため息をついた。
「そうであるな。七夕もあるし、出来たらそれでさっさと決めてもらいたいものよ。ここの七夕といえば、神世で出会いの場であると言われておるようだしな。神世の神という神が参るであろう?我や維斗は興味も無いのだがな。」
それはそれで、龍の宮の後継問題にかかわって来るのだし、困ったものだった。しかし、蒼は頷いた。
「どうにか気に入る神が見つかるんじゃないか?志心様だって、きっと気にして連れて来られると思うし。引き籠っているからって父王の命には従うだろうし。オレ達が気にしても仕方ないと思うよ。」
維明は、顔をしかめた。
「我だって考えたくもないわ。だがの、己に娶れというて来られると思うと、面倒でならぬのよ。父上であったら同じ王であるし断れようが、我は皇子ぞ。立場が違うのだ。どうしてもと迫られたら断れぬようになろうが。だから案じておるのだ。」
結局は、自分が迷惑を被るかもしれないと心配してるんだな。
蒼は、気持ちは分かったので、頷く。
「分かるよ。でもオレだってもう、当分妃は要らないと思ってるし。なるようになると思って、見てるしかないだろう。白蘭だって、もしかしたら別に嫁ぎたい先があるかもしれないじゃないか。また言って来たら、絶対に無理だって強く言えばいい。母さんなら、聞いてくれるって。」
維明は、ふうと自分を落ち着かせるように息をつくと、頷いた。
「そうであるな。その時は、母上に申し上げることにする。案じてもしようがないことであるし。」と、蒼に並んだ。「足を止めてすまなんだの、蒼。出発口まで送ろう。」
蒼は、頷いて歩き出しながら、言った。
「ああ。また月の宮に羽を伸ばしにでも来たらいいよ。維明にも休養は必要だろう。箔翔だって居なくなったんだしさ。」
箔翔、と聞いて、維明の顔は暗くなった。箔翔…結局、最後まで我の言葉を耳に入れることも無く、この世を去ってしまった。まるで、箔翔では無いかのように。
「…そうであるな。また、参るわ。我もいろいろ思うところがあって、休みたいしの。」
友を亡くしてから、維明は自分の気持ちを癒す暇も無かったはずだ。蒼は、言った。
「待ってるよ。」
そうして、蒼は龍の宮を飛び立って行ったのだった。




