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嫁ぐ先2

さっさと控えの間へと戻ってしまった娘に、志心は困っていた。

とはいえ、白蘭の気持ちも分かったのだ。あまりに回りが白蘭を見て何とか話しかけられないかと、気を飛ばして来たり視線を送って来たり、それは落ち着かなかった。

隣りに父王が居るというのにあの勢いは、まさになりふり構わぬ執着にも思えて、志心ですら鬱陶しく感じたものだった。

なので、白蘭がああして戻ってしまうのも、道理といえば道理なのだ。

これはもう、こっちで決めてしまうよりないのか、と志心が諦め気味に思っていると、控えの間へと侍女が入って来た。

「志心様。緑翠様がお越しでございます。」

志心は、片眉を上げた。緑翠が?

「通せ。」

侍女は、頭を下げて言った。

「はい。」

そうして、緑翠が相変わらずの翠明そっくりな、しかし若々しい様で入って来て、志心に軽く頭を下げた。

「志心殿。我が姉が、これより身内の茶会を催すのでと白蘭殿をお招きしたいと。お迎えに上がりました。」

志心は、せっかくだったがこちらとしては、公明と対面させたいと考えて来たことだったのだ。そのうえ、他の皇子達にも何とか馴染めばと思っていたのに、白蘭は引っ込んで出て来ないし、もうここでやる事などないように思えた。

なので、息をついた。

「せっかくであるが、あれは茶会席では気が重いようで。もう帰ろうかと思うておるのだ。」

やはりな。だがきっと身内だけなら気も軽かろうに。

緑翠は思ったが、父王が言うならと仕方なく頷いた。

「ならば姉にもそのように。」

しかし、そう緑翠が言い終わるか否かという所で、奥への扉が開いたかと思うと、白蘭が慌てて出て来た。

「緑翠様?」

緑翠は、驚いて白蘭を見た。

「…白蘭殿。」

変な事を言うな、父王の前なんだからなと緑翠は目で言ったが、白蘭に通じるかは分からなかった。白蘭は、パッと明るい顔をして、言った。

「まあ、御身内の茶会でしょうか。」

緑翠は、頷いた。

「姉が呼んでおるので。しかし主は父王と帰るのでは。」

白蘭は、首を振った。

「そのような。御身内だけになるのを待っておったのですわ。我はあのようにあからさまな様子には慣れませぬもの。ああ良かったこと、早う終わりましたのね。」

白蘭は、はしゃいで今にも駆け出す勢いだ。緑翠は、茫然としている志心を横目に、慌てて言った。

「白蘭、父上が居るではないのか。聞かぬで良いのか。」

白蘭は、ハッとした。急いでそちらを見ると、父は驚いたように固まってこちらを見ている。

白蘭は、慌てて扇を上げて顔を隠して、言った。

「も、申し訳ありませぬ。お父様、あの、椿様がお呼びになっておるようで…行って参っても、よろしいでしょうか。」

志心は、まだ様子が呑み込めてないようだったが、頷いた。

「行って参るが良い。」

白蘭は、さも今奥から出て来たような顔をして、優雅に頭を下げた。

「では、御前失礼致します。」

そうして、緑翠に手を取られて、そこを後にした。

志心は、二人が出て行ってしまってから、白蘭の様が幼い頃のあの奔放な様子に見えて、慌てて我に返ると、そっと戸を開いて、その隙間から去って行く二人の背中を見た。


「主な、父王が驚いておったではないか。普段は申し分ない様子で過ごしておるのではなかったのか。我の顔を見たら回りを確認せずに己をさらけ出すのはやめぬか。そんな様子であるから、嫁ぐ先で窮屈になるとか申してなかなかに嫁ぎ先が決まらぬのだぞ?もっと根っから淑やかな様にならねばとあれほど申したではないか。」

白蘭は、バツが悪そうな顔をした。

「申し訳ありませぬ。つい、緑翠様のお顔を見たら気が緩んでしもうて。ですが、我だって息抜きをせずでは疲れるのですわ。侍女達だって我を模範的な皇女だと思うておりますのに、我はどこで己を出せばよろしいのですか。」

緑翠は、息をついた。

「だからそのようだからあちこち行くのが面倒になるのだろうが。公明にしておけ、公明に!あれは良い奴であるし、娶ったら良くしてくれるわ。ちょっとぐらい己を出してもあれなら許してくれようし。」

白蘭は、訴えるように言った。

「そのように確信も無いことを申されて。我だって、こんな我を許してくださる殿方がいらしたら、そのかたに決めまするわ!楽ですから!」

緑翠は、はあと息をついた。

「しっかりせぬか。想う相手に己をさらけ出さずに嫁ぐのではなかったか。主、コロコロ考えを変えておったらまとまる縁もまとまらぬぞ。」

ぎゃあぎゃあと言い合ってはいたが、それでも抑え気味な声だった。そのまま遠ざかって行く二人を見送って、志心は、思った。いつの間に、緑翠とあのように気安くなったのだ。というか、白蘭は変わってはおらなんだか。もしかして、無理をして己を抑え込んで暮らしておったのか。

志心は、己の目の前で起こったことだったが、まだ信じられなかった。

しかし、根本的に変わらなくても、一生懸命模範的に振る舞ってあのようになったのもまた事実。

志心は、とにかく真実を知らなければと、ソッと気を抑えて控えの間を出た。


そのまま気を抑えて、志心は翠明に会いに行った。翠明は驚いたようだったが、居間で綾を横に志心を迎えた。

「どうなさったのだ、志心殿。そのように気を抑えて。来られたのがわからなんだわ。」

志心は、声を抑えて答えた。

「今、白蘭が奥宮の応接室に居ろうが。それよりは主、緑翠よ。あれはいつから白蘭と気安いのだ。表向き他人行儀であるから、我は気付かなかったが。」

翠明は、顔をしかめて綾を見た。綾は、扇で口元を押さえながら、言った。

「その事でありましたら我が。」と、控えめに志心を見た。「我も椿から聞いたのでありますが、もう、150年もああして、どのようにしたら模範的な皇女になるのか、緑翠が指南をしておるのですわ。何でもどちらかのお庭で行き合い、悩みを打ち明けられたのだとか。緑翠は放って置けず、ではとずっと指示して参ったのだとか。言わば師弟関係ということですわ。」

志心は、目を丸くした。150年も…確かにあの様から模範的に持ってこようと思ったら、それぐらいは掛かるだろう。ならば気安いのも道理だ。

翠明は、ばつの悪そうな顔をした。

「我も綾から最近に聞いて驚いたところ。白蘭殿はよう緑翠の言うことを聞いて、必死に努めていたのだとか。確かに緑翠は綾を母に育っておるので、そういうことには詳しいのだが、白蘭殿の本日の様を見ても、あれの知識は大したものだと思うておったのだ。」

志心は、知らなかったことに本当に驚いていた。椿に書の指南をしてもらいたいので申し入れて欲しいと志夕に頼んでいた時も、よく知っていたなと感心したものだったが、それが緑翠からの指示であるなら頷ける。お蔭で、白蘭の書は父親の自分でさえも見とれるような、それは美しい文字になっていたのだ。

その上、最近では宮を回すことすら学んでいる。それも、白蘭が学びたいと言ったのではなく、緑翠がやれと指示したからだったのだ。

いろいろと目が開かれて、志心はやっと納得した。全ては緑翠の采配だったのだ。

とはいえ、中身が変わらないのは事実なのだろうか。

「…では、白蘭は緑翠のお蔭であのようになったのには感謝しておるのだが、もしかしてまだ、中身は昔のあのままという事であろうか。」

それには、綾も困ったような顔をした。翠明は、知らないのか綾に問いかけるような視線を投げかけている。

綾は、扇の下で小さくため息をつくと、渋々といったように口を開いた。

「…はい。椿が申すには、白蘭殿はあのように素晴らしい様にはなりましたけれど、中身は昔のまま、無理をなさっておいでのようで。最近では我慢して嫁ぐのか、それとも自分が少々昔のままでも良いと言ってくれる下位の宮の王にでも嫁ぐのかと、緑翠と言い合っておったそうで。白蘭殿はその時には、想う相手に嫁ぎたいとおっしゃったようですけれど…実際は、己を出せる場もない場所に、籠められてしまう事を恐れておられて、揺れておられるようですわ。」

志心は、顔をしかめた。だから公明の話が出ても、あまり乗り気な様子では無かったのか。

そうなって来ると、不自由な場所に嫁がせるのも白蘭が哀れに思えた。それならば、恐らくは何も言わずにかなり大切にしてくれるだろう、積に嫁がせるのが良いのかもしれない。宮から白蘭の着物などは全て支援するし、困る事は無いだろう。そっちの方向で考えた方が良いのかもしれない。

「…ならば考えを変えて行かねばならぬの。龍の宮などにも打診したが、断られて良かったかもしれぬ。あのように厳しい宮へ入ったら、白蘭はつらくて持たぬだろうしな。どうあっても大切にされるような、積の宮なども視野に入れた方が良いやもしれぬわ。」と、立ち上がった。「ならば、様子を見せてくれぬか。影から見て置かねば、我とて心の準備があろうし。どこか密かに様子をうかがえる場はないか。」

綾と翠明は、顔を見合わせた。そして、綾が仕方なく立ち上がった。

「では、こちらへ。ご案内致しますわ。侍女達が待機する場でありますが、そちらへ。」

翠明も立ち上がり、そうして三人で、狭い侍女達の待機所へと向かったのだった。

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