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嫁ぐ先

それから、志心は宮で頻繁に茶会を開いた。

表向きは志夕の相手を探している風であったが、実際は白蘭に良い皇子は居ないかと見定めるためのものだった。

白蘭も父王の意図を汲み取り、ベールをしっかり被ってはいたが、頻繁に出て来て会話の中に入っていたが、如何せん相手が必死なので退いてしまい、すぐに引っ込むことが多かった。

昔のように誰にでも言い寄る様は全く無く、誰一人色良い返事はせず控えめに微笑んでいるだけで、強引に庭へ連れて行かれそうになっても、志夕や志心に寄ってきて決して二人きりにはなろうとはしない。

そんな娘に、過去は過去なのだと感心し、志心は尚更白蘭を大切に守り、簡単には白蘭を許さなかった。

白虎王にそこまで大切にされる皇女となれば、余計に白蘭の評判は上がり、更に縁談は引きも切らずやって来る。

それでも白蘭は、控えめで首を縦に振ることはなかった。

「公明はどうか?」志心は、さすがになかなかに決まらぬのに困って、白蘭に言った。「公青がそろそろ自分も寿命なので、公明にも妃が欲しいと申して来たのだがな。本人はまだそんな気は無いようだが、嫁いで居ればそのうちに良いようになろう。あれは幼い頃から賢しいし、我も良い縁だと思うぞ。」

白蘭は、戸惑いながら答えた。

「はい…お父様がどうしてもとおっしゃるのなら…。」

あまり気が進まぬらしい。

志心は、頭を抱えた。白蘭は、最近ではお父様の結界内に居るのが安心すると言って、嫁ぐことすら後ろ向きだ。そうは言っても自分もたいがい歳で、いつ何時老いが来るのか分からない。志夕でもそこそこやるだろうが、それでも白蘭を無理にでも欲しいと言ってきた王が居たら、断りきれなくなるだろう。

なので、言った。

「無理強いはせぬ。だが、一度会ってみればどうか?翠明が茶会を開くと申して居るし、その折りには椿殿も里へ下がって参加するのだと聞いておる。気安い神が居るのは心強かろう。公明にもそこへ来させるように申すから。それで決めれば良いのよ。」

白蘭は、翠明の宮と聞いてパッと明るい顔をした。

「はい。椿様がいらっしゃるのなら心強うございます。」

志心は、ホッとして頷いた。

「ではそのように。案じることはない、無理ならば父が断ってやるゆえ。安心して参れば良いぞ。」

白蘭は嬉しそうに頷いた。

「はい、お父様。」

我が娘ながら、なんと美しく育ったものか。

志心は、非の打ちどころの無い所作で頭を下げて出て行く白蘭に、これならばどこへ出しても恥ずかしくはないと、その努力を誇りに思っていた。


当日、どうしても白蘭が心配だった志心は、結局自ら白蘭を連れて、翠明の宮へとやって来た。

翠明は、到着した白蘭に驚いた…志心によく似た色合いで、しかもこれほどに若いにも関わらず艶があり、それは美しい皇女だったのだ。

その上、所作もそれは品があって動きはまるで花のように香るという表現が、ぴったりの様だ。

白蘭が志心に手を取られて降り立った時には、宮の誰もがその姿に目を奪われ、二人の美しさには客として来ている者達ですら足を止めて見入っていた。

紫翠と緑翠の二人も、到着口に立ってそれを見守っていたが、翠明はこの二人のうちの一人にでも、嫁いで来てもらえたら宮もまた華やかになろうに、と思った。

しかし、当の二人は幼い頃から見知っているせいか、特に感慨も無く見守っているようだった。

「翠明。どうしようかと思うたが、親馬鹿と言われる覚悟で白蘭を連れ参った。これはあまりに誰も彼もに望まれるので、案じられてならぬのよ。」

志心が自嘲気味に言うのに、翠明は何度も頷いた。

「さもあろう。これほどに美しく素晴らしい皇女に育てたとは大したものよ。昔見かけた時には、まだ子供のようであったのに。こうして見ると、主とよう似ておってそれは品があって美しいもの。本日の茶会は見合いでは無いが、それでも他の皇子達がかしましかろうな。」

志心は、穏やかに微笑んだ。

「そう言うてもらえたらこれも努力した甲斐もあろうというものよ。」と、紫翠と、緑翠を見た。「そちらも、また頼もしく育っておるでは無いか。緑翠は主に瓜二つであるが、紫翠はまた綾殿に似たのか、これは大変であろう。」

翠明は、苦笑した。確かに紫翠は、あまりに美しすぎるので女が寄って来て大変なのだ。あちらこちらの皇女が垣間見ては紫翠に懸想して宮には大変な数の縁談がやって来る。もちろん、緑翠も翠明に似て男らしい顔立ちであるので、そちらも余るほど縁談が来る。しかし、当の二人はどこ吹く風で、一向に首を縦に振らなかった。

「確かに…紫翠にも緑翠にも嫌になるほど縁談が来るのだが、しかしそうなると面倒に思うようで。どちらも断ってしまっておるのだ。そろそろ落ち着いてくれたらとは思うておるのだがの。」

志心は、それには苦笑で返した。

「そうであるな。どこも親ばかりが焦っておって、子は親の心など知らぬものであるの。」

そう言われてしまうとバツが悪いのか、紫翠も緑翠も居心地悪そうな顔をした。

そんな中、白蘭は紫翠の美しさに和んでいたが、それよりも、隣りに立つ緑翠にホッとしていた。緑翠が居たら、少々何かあっても何とかしてくれそうなので、そこまで気を張る必要がないと思えたからだ。

また、もし誰かが寄って来たとしても、その誰かがどんな神なのか、緑翠にすぐに聞ける。なので、自分もどうしたらいいのか判断も速いだろうと思えた。

なるべく緑翠様の近くに居よう。

白蘭は、そんなことを思いながら、翠明と話しながら歩き出す父王について、茶会の席へと向かったのだった。


茶会の席へと到着すると、老いてなお美しい綾が、頭を下げて待っていた。

今は550歳ぐらいだろうか、それでも艶のあるそれは美しい女神だった。その綾が、完璧な立ち居振る舞いで茶の給仕を指示する中、全員で大きなテーブルを囲んで座ると、志心は、ふと、気がついた。

…そういえば、公明が居ない。

公青には、来させるように言っておいた。だが、公明の顔が見られないのだ。

志心は、脇の翠明に言った。

「本日は、中央からは来ておらぬか?」

それには、翠明が渋い顔をした。

「何やら、公青の具合が良うないようで。我も昨日見舞ったが、治癒の者達に囲まれておる状態で、本人は意識もはっきりしておって饒舌この上無いのだが、それでも寝台から起き上がることが出来ずでおった。公明は、茶会どころでなくなっておるのよ。」

志心は、頷いた。そうなのだ、公青が志心に言って来たのは、自分の体がもうもたないことを悟ってのことだったのだろう。しかし、確かに父王がそんな状態で、茶会になど出ておる状況ではない。

仕方なく、志心は頷いた。

「仕方がないの。公明ならば、我も幼い頃から見ておって申し分ないし、あの大きな宮ならばと思うたのであるが。公青がそのようでは、あちらも落ち着かぬわな。」

そんな父王達の話を横で聞きながら、白蘭は少し、ホッとしていた。公明のことが嫌いではなかったが、そもそも顔も見たこともないのだし、そんな気持ちになるはずは無いのだが、それでも最近では、あまり婚姻に乗り気ではなかった。

最初こそ、父が開く茶会に顔を出していろいろな王や皇子達と話をしたりしていたが、皆、どうにも慇懃に見えたり、取り澄まして見えたりして、一緒に生活しようなとどは思えなかった。

最近の白蘭は、安心して自分を任せられる信頼を寄せられる神に嫁ぎたいと思っていたし、緑翠にもそう言って、宮に来た皇子達のことを問い合わせてみたりしていた。

だが、皆軒並み白蘭が望む条件は満たさず、やはり神の王族にありがちなあちこちの女を娶って愛でるのが好きな神であったり、派手好きであったり、白蘭を一種のステータスの一部にしようとしていたり、そんな神達ばかりであった。

きっと良い神も居たのだろうが、白蘭が見た目を気に入り、話の楽しい殿方をと選んだ者達は、軒並みそんな感じだった。

つまり、自分は見る目が無いだ。

白蘭は、自信が無くなって来てしまい、もうこうなったら父に任せてしまうか、とまで思っていたのだ。

公明の事は、緑翠に聞いた。公明は、若い時から王座に就いて、それは優秀な王なのだと言う。心持も明るく優しく、饒舌で話が上手い。これまでの王や皇子の中で、一番に良い相手だと太鼓判を押していた。

それでも、白蘭は気が進まなかった。

どうしたわけか、公明の宮へと行って、そこで生活するような気持にならないのだ。

そんなわけで、いっそ父王の結界の中で、ゆったりと過ごしていようかなどと思い始めてまでいた。

緑翠は、公明は絶対に良い物件だが、それでも妃は一人というわけには行かぬから、後の争いなどが面倒だと思うのならやめておくことだ、と無理強いはしなかった。

そんなこんなで今、この席に座っているのだが、こうしていると、他の宮から来た皇子達の視線が痛い。

まともに自分を見つめる視線と、こちらへ向けて来る気の量に、面倒で鬱陶しかった。

父が気取っていくらか気を遮断しては白蘭を守ってはくれるのだが、それでも茶会で父王の側を片時も離れないのはおかしい。

父とて、控えに下がる時があるだろうし、そうなった時のことを考えると、頭が痛かった。

とはいえ、今日は見合いの茶会では無いのだ。

白蘭は、父王の影に隠れるようにして視線を避けながら、早く身内だけの席になってくれないかしら、と思っていた。


緑翠は、対面の席から白蘭を見て、密かに息を付いていた。

すっかり最上位の宮の皇女としての振る舞いが、板についている白蘭だったが、それでもあれでは行き過ぎだ。

何しろ、全ての男からの視線と気から逃れようと、父王の影に隠れてしまっている。

父王も、そんな白蘭が不憫なのか、時に遮断の気を薄っすら張って、白蘭を守るような動きをしていた。

150年もの間、あまりに男から離れていたために、白蘭はすっかり男が苦手になってしまったのではないか、と緑翠は懸念していた。

公明との縁は、良いと思った。

だが当の公明はというと、そんな顔も見た事のない女を娶るなど考えられないし、妃は自分で探して来るから断りたいのだ、という本音を言っていた。

公青も、体は動かなくなっていたが、頭はハッキリしていてそれは良く話すし元気なものだ。なので、今日も来ようと思ったらいくらでも来られたはずなのに、公明は来なかったのだろうと思われた。

いったい、どんな縁ならうまくいくのだろう。

緑翠は、最後まで面倒を見ると言ってしまっている手前、どうにかして白蘭には落ち着く先を決めてもらわなくては、と思って焦っていたのだ。

久しぶりに翠明が開いた茶会だったので、皆が和やかに話していたのだが、白蘭は途中で、父王に言って控えの間へと引っ込んでしまった。

困ったものだと緑翠が眉を寄せていると、椿が言った。

「…身内だけの茶会になったら、白蘭殿を呼んで来てくれないかしら、緑翠。もうそろそろ皆退出するはずよ。志心様ももしかしたら帰ろうとなさるかもしれないし。」

緑翠は、息をついた。

「身内だけとなると志心殿も来た意味がないと思われて、帰られるやもしれぬがの。白蘭は誠に気負うようで、男が居るのが面倒のようよ。我は、あれに教えるのを間違えたかと思うてしまうわ。」

椿は、眉を寄せて小声で扇の下で言った。

「まあ、失礼よ緑翠。そもそもあれが、本来上位の宮の皇女というものですもの。本当ならば父王が決めていらした縁によって嫁ぐのでしょうけれど、志心様はお優しいようですから…仕方のないことだわ。」

言われてみたらそうなのだが。

緑翠は、そろそろ帰って行く客達の動きを見ながら、ため息をついていた。

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