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気付き

そんなこんなで椿の茶会も終わり、緑翠は白蘭の手を取って客間へと送る道すがら、誰も居ないのを確認してから、言った。

「…白蘭。ならぬと言うに。姉上はあのことを知らぬのだ。知っておるのは両親と兄上だけぞ。主にしか話しておらぬのだから、姉上だって戸惑うではないか。」

白蘭は、申し訳なさげに視線を上げた。

「申し訳ありませぬ…。椿様が知らぬのは知っておりましたが、知らぬからこそあのようなことをおっしゃるのだと思うて、緑翠様のお気持ちを思うと居ても立っても居られぬ心地で…。」

白蘭が、しょんぼりとしているのに、緑翠はため息をついた。白蘭は本来、そんな性格だ。少々不躾な行動をしてしまうが、白蘭なりに一生懸命庇おうとして必死になるからああなるのだ。そこに、悪気など欠片も無い。それはもう知っているので、緑翠は責める気にもなれなくて、仕方なく頷いた。

「分かっておる。だが何を聞いても平常心でおっとりしておらねばならぬと申して、主はそれが出来ておったのに。此度あのように出てしまうようでは、想う相手が出来たとしても、気を許すようになったら危ういものよ。もっと己を制御できるようにならねばならぬな。素が出てしもうては、相手も驚くであろうし。」

白蘭は、それには神妙な顔をした。確かに、長年一緒に来た椿と翠明の前であったからか、あんな風に素が出てしまった。これでは嫁いだ先で、同じように素が出てしまって相手に呆れられる…。

「…はい。気を付けてそこは直すように努めまする。」

そうは言ったものの、白蘭は気が重かった。そこまで努力してまで、嫁ぎたいと思うような殿方には出会えるのだろうか。そもそも、そんな風に相手を騙したまま、偽りの己を愛してもらって、それが果たして幸福なのだろうか…。

しかし、緑翠にそれを言い出せないまま、白蘭はそれからは黙って客間へと歩いたのだった。


鷹の宮では、箔炎が祖父の箔炎の生まれ変わりであることに、異論を唱えるものは居なくなっていた。

玖伊がそれを受け取って息を飲み、園明もそれがまぎれもなく前世箔炎が、陽華に向けて送った歌であることが分かったからだ。

その懐かしい文字は、長く王座に就いていた箔炎のもので相違ない。

今生、生まれ変わってからは、少し柔らかい文字を書くようになっていたが、また記憶を戻して大振りで華やかでありながら、強い意思を思わせる、その文字へと変化していたのだ。

似て非なる記憶を取り戻す前の箔炎と、戻した後の箔炎が、その生い立ちの違いから、そうやって文字の型を変えていたのは分かった。恐らくは、記憶を戻す前の箔炎は、それなりに幸福に生きていたのだろう。それが、箔翔の暴走を目の当たりにし、奥深くに眠っていた前世の箔炎の記憶がそれを許さず、表に出て来てしまったのだと思われた。

そう思うと、自分たち古い臣下に強権的ながらも、臣下達には箔炎が気の毒になった。恐らくは、鷹を守るために不幸な前世の記憶を思い出してしまわれた。箔炎は自分の幸福よりも、鷹の未来を取ったということなのだ。

「…これからは、王にお任せしようぞ。」玖伊が、涙ぐんで言った。「王が己の新しい生を犠牲にしてまで鷹のためとお戻りになられたのだ。我らが宮を退くのに、何の未練があろうか。」

園明も、もはや落ち着いて、頷いた。

「そうであるな。王は新しい生でこの今の世に相応しい鷹を作って行かれようとしておるのだ。箔炎様なら間違いはあるまい。我らの子達を信じ、王をご信頼して全てを任せよう。」

代替わりをさせられた、臣下達は皆、神妙な顔をした。しかし、皆が皆そう思ってはいないだろうことは、玖伊にも園明にも分かっていた。だが、箔炎ならば、そんな臣下達の陰謀にも屈する事など無いだろうこともまた、分かっていた。

箔炎の帰りを待つ息子たちが宮へと上がって行くのを見ながら、玖伊はそう思っていた。


箔炎が炎嘉の宮から名残惜しい気持ちで飛び立ち、鷹の宮へと帰って来ると、玖見他重臣達が到着口でうち揃って待っていた。

箔炎は、大変に機嫌が良かった。何しろ、古くからの友であった者達を、この150年というもの遠くに眺めて他人のように過ごさねばならなかったのに、昨夜は長く語り合い、一気に昔に戻った気がしていたからだ。

独りではない、ということが、これほどに自分の気持ちを明るくしてくれるとは思っても居なかった。

それでも、こうして宮へと帰って来たからには、また古い臣下達とせめぎ合いがあるだろう。ある程度は、自分の前世の功績に頼るしかないというのが情けない話であったが、それでも宮を少しでも安定させるためなら、何でも使おうと思っていた。どうせ、あれも自分だったのだから。

焔も、自分だって記憶を持って来ないなどという選択肢はなかったと断言し、同じように鳥族から分化した自分たちなのだから、共に守って参ろうと言っていた。他の皆も軒並み受け入れてくれて、箔炎はどうしてこの150年、黙って来たのだろうかと思ったほどだ。

もっと早くに交流しておけばよかった、と心底思った。

そんな機嫌のよい箔炎に驚きながらも、玖見が進み出て頭を下げた。

「王、お帰りなさいませ。何か、政上での譲り受けなどありましたでしょうか。」

箔炎は、片眉を上げた。

「政?」言ってから、そういえば自分が不機嫌に出かけたのに、機嫌よく帰って来たからか、と思い立ち、首を振った。「いや。そういうわけではないが、此度は己のしでかしたことを神世に告示してすっきりして参ったからかもしれぬの。思うた通り、誰も何も言わなんだわ。もう150年も前のことであるしな。」

玖見は、怪訝な顔をしたが、そういうことかと一応納得したようだった。

「左様でございまするか。では、此度の会合のご報告はいかが致しましょうか。」

箔炎は、頷いて歩き出した。

「今からしようぞ。会合の間へ。」

箔炎は、帰って来たばかりなのに足取りも軽く先に立って歩いて行く。

玖見は、機嫌が良いのは良い事だと、その後を追って臣下達と共に歩き出した。そして、歩きながら言った。

「王、お留守の間に箔真様とお話し致しましたが、(せき)様からはお話がありましたでしょうか。」

箔炎は、会合の時の事を思い出していた。そういえば、正式に支援がどうのという話になっていて、こちらが積の宮に近いので支援をという話になっておったな。

「…議題に一つに上がっておったゆえ、聞いておる。上位の宮で話してこちらが支援することになったが、何かあるか。」

玖見は、深刻な顔をした。

「はい。恐らくは会合の議題に申請なされた時にはまだそう多い支援要請ではなかったのでしょうが、お留守の間に参った書状には、かなりの量の支援要請が。積様には、そのことは発言なさっておられませぬか。」

箔炎は、首を振った。

「いいや。一時的な支援で良いとのことであったし、我らもそう大事だとは思うておらぬで、いつものように軽い気持ちで振り分けられただけ。どういった事であったのだ。」

玖見は、深刻な顔で頷く。

「は。それが、毎月のように結構な量の支援を、数年続けて欲しいと申して来ておったのでありまする。数年とは乱暴な話でありまして、普通は長くて一年、しかもきちんと期間を定めて行うもの。それが、明確な記載も無いまま求めて来られるとはと、こちらでも眉をひそめておりました。」

箔炎は、考えながら会合の間へと入った。そこには、箔真がもう来ていて座っている。立ち上がろうとしたのを手で制して、箔炎はその隣りへと座った。

「…とはいえ、会合で決めて参ったのは我らが知っておる一次支援だけぞ。まずはその支援だけ送るのが取り決められただけであるからそれは送るが、積の宮で、いったい何があったのだ。まるで妃でも娶った勢いの支援であるな。」

それには、箔真が横から言った。

「は。最近になって、上位の宮に嫁いでいた叔母が亡くなったので、その宮からの支援を受けられぬようになったとの事でありまする。積殿には姉妹が居らぬのでどちらかへ嫁がせるわけにも行かず、反対にどちらからか妃を娶って支援をもらうしかない状態であるようで。しかしながら、上位の宮の王達は、下位の宮には嫁がせたくないものであるし、なかなかに決まらぬのだと聞いておりまする。」

箔炎は、困ったものだと眉を寄せた。

「積には気の毒であるが、それは道理よ。あちらもこちらも支援となると大変であるしの。皇女を嫁がせたのに、そっちを支援など父王も考えぬだろうからな。普通は逆であるからの。とはいえ…今上位の宮で嫁がせる皇女というて…。」

玖見が、それには脇から言った。

「ここのところ婚姻が次々と成っておって、残っておるとなると志心様の宮の白蘭様かと。しかしながら、白蘭様は今大変に評判の高い皇女で、志心様にも恐らくは、そのような理由で嫁がせるなどもったいないとお考えになるかと思われまする。」

箔炎は、うーんと唸った。昔はいざ知らず、確かに白蘭は見事な女神に成長していた。あそこまでなろうと思ったら、並大抵の努力ではないと思われたので、感心していたのだ。志夕も、今の白蘭は良い嫁ぎ先を用意してやりたいと言っていたし、志心も今でも白蘭を可愛がっているのだと聞く。

ならば、積は白蘭を娶ることは叶わぬだろう。

「…確かにな。積には、このままあちこちから支援を受けつつ、娘を作って育てる事をさせるより他ないわ。そのような状況で、白蘭をとは無理な話よ。志心が困っておった一昔前ならばあり得たかもしれぬが、今は無い。あの白蘭ならいくらでも嫁ぎ放題であるからな。わざわざそんな縁を選ぶ事は無いではないか。」

玖見は、息をついた。

「はい。やはり、積様にはしばらくはお辛い期間が続きましょうな。」

箔炎は、そう思うと積が少し、気の毒になった。宮がそんな様子なので、妃も一人しか居ないので、皇女もなかなかもうけられないのだ。皇子は二人ほど居るようだったが、まだ皇女は居なかった。嫁がせることも出来ないので、このままでは悪循環だった。

「…ま、せめて此度の一次支援は多めにしてやろうぞ。その上で、その数年の支援は断る方向で。次の会合でもまた議題に上がって来ようが、このまま続くようでは宮の存続が危うくなろうな。」

玖見は、宮の臣下達のことを思うと、気持ちが重いようだった。

「は。誠に。では、支援を多めにということで、長期間の支援はお断りを。」

箔炎は、頷いた。

とはいえ、神世には確かに、財政を立て直すことが出来ずに、他の宮に吸収されて消えて行く、そんな宮もあるのは確かだった。

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