序列争い
維月は、食い入るように皆の立ち合いを見ていた。確かに、全員が全員、それは巧みな動きをする。維心が言った通りに、己の持てる技術を全て見せねば、ここで序列が下がってしまう。
勝敗は関係ないと言われていたので、一応白星黒星は付けるものの、ただ皆は、維心に自分を見せるために戦っていた。義蓮の息子の義将も、父親を下すほどの腕前で、維心もそれを見て、フッと笑っていた。
義将の動きは、父親の義蓮よりもむしろ、祖父の義心に似ていた。
帝羽は、次に手番の義心に声を掛けた。
「義心、どうよ?立ち合えそうか?」
義心は、立ち上がって頷いた。
「は。ご心配をおかけしました。」
帝羽は、ホッとして顎を振って促した。
「では、参れ。我が相手ぞ。」
義心は、頷いた。
「はい。」と、刀を抜いた。「参りまする。」
その瞬間、維心は身を乗り出した。
その、義心の名をもらった義心は、驚くほどに巧みな動きで、帝羽をあっさりと翻弄していた。維心が技術を見ると言ったからであろう、恐らくはすぐにでも勝てるのだろうが、泳がせている、という感じを受けた。
「…なんとの。」維心が、見ながらつぶやいた。「なんと。あれの血は、下の孫に出たか。」
維月は、ただただ驚いていた。手足の長さから腕の振り方、体の傾ける角度まで、まるで義心を写し取ったかのような動きなのだ。
「く…っ、」
帝羽は、戸惑っていた。これはこんなに動きが速かったか。
辛うじて目で追えるものの、死角を上手く利用していてとても腕を振るまで追いつかない。感覚で何とか刃を受けているが、攻撃するなど無理だった。
しかも、自分は泳がされている…?
「義心?」義将が、それを見上げて言った。「あれは、いったいいつあのような技を。」
義蓮も、驚いていた。息子に、祖父のようになれと幼い頃から言い聞かせて育てた。確かに筋が良い方で、一度教えたことは忘れることも無く、先の先まで読んで動くとても頭の良い息子だった。
だが、これほどに腕を上げていたとは。
しばらくそのまま泳がされていた後、帝羽の刀は、あっさりと飛んだ。
帝羽は、珍しく額に汗を光らせている。義心は、落ち着いて地上に降り立ち、膝をついた。
「…主、腕を上げたの。」帝羽は、乱れた息の間から言った。「侮っておったわ。何と太刀筋が主の祖父に似ておることか。分かっておっても追いつかぬのだ。いつの間に…油断したもの。」
義心は、帝羽に頭を下げた。
「光栄なことでございます。」
しかし、息は全く乱してはいない。
帝羽に、どれほどに余裕がなかったのかと思わせた。
あれが、ついさっきまで自分の気の圧力で具合を悪くしていた軍神だろうか。
維心は、そう思いながらそれを見た。懐かしい義心の動き…とはいえ、義将の動きは似ているものの、そこまで義心と重ならない。
義心が死んでから生まれた孫の義心は、その立ち合いを見たことがないはずだった。つまりは、体の造りが絶対的に似ているゆえの、動きの合致ということなのだろうか。
それからも、義心は9人全員と立ち合い、その全てで勝利し、そして見事な技術を披露した。
どう見ても、義心一人が卓越した技術を持っているように思えた。
全てが終わり、10人が並んで膝をついて並ぶ中、維心は言った。
「…何が起こっておるのか、分からなんだわ。どうなっておる。この中で一番若いのは、義心では無かったか。主ら、どうやってこれをここまで育てたのよ。というか、主らが育てられる立場ではないのか。誰に教わったらそうなるのだ。義心は、己で精進しておったということか。」
帝羽は、義心を見て、頷いた。義心は、維心に答えた。
「父と兄、それに皆と立ち合って培った技でございます。後は我が己で考え、どうやったら皆を出し抜いて動けるかと工夫を致しました次第。それが、本日はピタリと合ったのでございます。」
維心は、怪訝な顔をした。己で考えるとて、限界がある。あの動きは、実戦を経験していなければ出来ない動きだ。それを、この若い義心がやった。
維心が黙って考え込んでいると、義蓮が言った。
「王。義心は、我がどうしても強く育てたいと思い、獅子の駿様や、箔炎様の立ち合いの様を見せ、お相手をお願いして立ち合ったりしておったのでありまする。もしかして、そんな中で考えたのかもしれませぬ。」
駿と、箔炎か。
維心は、合点がいった。箔炎もそうだが、駿はかなりの手練れだ。箔炎の年月を経たような巧みな技も、あの歳でと驚いたものだったが、もしかして義心も、同じようなものかもしれない。
とはいえ、義将も同じように二人について精進していたはず。
つまり、義心の方がそれの吸収率が良く、理解が進んで己でいろいろ考える事が出来たということか。
維心は、頷いた。
「ならば、主らにはもう、分かったやもしれぬ。これからは分からぬが、現時点で我の筆頭は義心。とはいえ、これがどこまで軍務に使えるのかまだ分からぬからの。立ち合いの巧みさだけでは筆頭の仕事は出来ぬ。まずは次席に据えて様子を見る。帝羽を筆頭に。その後、三位義将、四位新月、五位明蓮、六位明輪、七位慎吾、八位慎司、九位義蓮、十位清也ぞ。その後の序列は試合の勝敗のみで決めて良い。主らがそれを記録し、我に報告せよ。」
全員が、頭を下げた。
「はは!」
そうして、序列は確定した。
こうして義心の孫である義心は、龍の宮で一躍次席軍神へと躍り出たのだった。
やっと終わった試合の後、王を見送り、ホッと一息ついていた義心に、兄の義将が話し掛けた。
「誠に驚いた。主は一人で精進してあったか。というて、昨日はあんな立ち合いはせなんだのに。さては隠しておったの?」
義将は、負けたというのに何やら嬉しげに微笑んで言う。義心は、首を振った。
「いえ、誠に昨日は体もあまり動かずで。本日になって、王の御前だと思うと、自然体が動きましてございます。兄上こそ、本日は父上も新月殿も下しておられたのでは。」
義将は、苦笑した。
「急に頭が冷静になっての。昨日までは見えなんだ動きがあっさり見えた。まるで実戦のような心地になってしもうて。」
それを脇で聞いていた、新月が息をついた。
「主らは化け物よ。突然にあのような動きになりおって。油断してしもうたわ。やはり心持ちの違いか。」
帝羽が、それに割り込んで笑った。
「我も同じ。立ち合いだという甘えがどこかにあったのだろうの。まずいと思うた時には義心のペースで踊らされてしもうたわ。しかし、義心。主は若いのに先が楽しみなものよ。やはり血は争えぬの…まるで在りし日の義心殿と戦っているようであった。とはいえ、主の祖父はもっと巧みであったがな。しかし主は祖父に追い付けるやもしれぬ。期待しておるぞ。」
明蓮が、義心に近付いて来た。
「主はまるで実戦経験のある神のような動きであった。我は戦略を考えてしまうので、どうしてもこれ以上は伸びぬと己でも行き詰まっておって。明日にでも正式な試合をせぬか?我もその動きを学びたい。」
明蓮は他に類を見ないほどに賢いのだが、賢さゆえに考えてしまうので、知識の無いことには手が止まる。自分でもそれが分かっているのだ。
義心は、頷いた。
「は。我で良ければいくらでも。我とて良い学びになりまする。」
明蓮は、息をついて首を振った。
「主は我など歯牙にも掛けぬ動きではないか。それに、主はもう次席よ。我にそのように改まった口調で話す事はないのだ。我に命じる立場であるぞ?」
義心は、フッと笑った。
「では明蓮。我とて主との立ち合いは、望むところぞ。」
「それで良い。お手柔らかにの。」
皆が、笑った。
皆で切磋琢磨するのが龍軍の良い所だった。それも生きていた頃の筆頭義心が、自分を下した誰かを妬むのではなく己の目標が出来たと喜べと、言い残していたからだ。それこそが、己を高め軍全体を高め、王の御為になるのだと。
義心自身は敵など無かったが、いつも王を目指して精進していた。越えられるはずのない大きな力は、目指す目標と位置付けて己を鼓舞するべきなのだ。
他の軍神達も引き揚げて行く中、義心も兄と父と共に、訓練場を後にした。