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そうやって箔炎が帰って来たことを知った維心は、昨日寝不足なのにも関わらず、大変に機嫌よく龍の宮へと帰って来た。

炎嘉も見送りには穏やかな顔をしていたし、明け方近くまで起きて皆で久しぶりに話した時には、肩の力が抜けるようで、本当に楽になった。

やはり戦国を体験している王と、そうでない王では、平和というものに対する考えが全く違う。やはり上位の宮の王には、まだまだ血気盛んな平和しか知らない王達を抑えるためにも、愚かな行為をしない王で固めたかったのだ。

維心がホッとしているのと同じように、志心もホッとしていた。自分もそろそろではないかと思っていたが、志夕がまだ成人していないのもあり、全てを伝えられていないので、このまま自分まで世から離れたら、他の王の負担が増えると気になっていたのだ。

炎嘉も焔も、泣いて喜んでいたが、志心も同じぐらい箔炎が戻って良かったと思ったのだ。

維心は一見、何でもないようだったが、ホッとしたのは気で伝わって来ていた。

神世は、まだ不安定だ。

それは、志心も知っていた。戦国の血なまぐさい様を知っているので、決して戻りたくないとは思うが、やはり新しい世になって王も代替わりが繰り返され、そういう宮では今でも、力を持ちたいと願っている王は居るのだ。隙さえあれば討って出てやろうとか、考える者も居るかもしれない。そうなると、また皆殺してしまわねばならない。そんなことは、もう嫌だった。

「…しかし箔翔と箔炎のようなことを避けるためにも、志夕はしっかり育てねばならぬわ。」

志心は、そう思いながら王の居間で考え込んでいた。

すると、侍女が入って来て、頭を下げた。

「王。白蘭様のお越しでございます。」

志心は、顔を上げて頷いた。

「通すが良い。」

侍女がまた頭を下げて出て行くと、白蘭がすぐに入って来て志心に深々と頭を下げた。

白蘭は、この150年で見違えるほど見事な皇女になった。

近隣の宮からも、是非に妃にと言われるほどに美しい文字を書き、仕草も動きも完璧に学んで、志心から見てもこれがあの皇女かと思うほど、見事な女神に育っていた。

その白蘭の努力に、志心も穏やかな笑みを浮かべて対面した。

「白蘭。どうしたのだ。」

白蘭は、顔を上げた。

「はい、お父様。この度、椿様から宮でお茶でもと文を戴きまして、獅子の宮へ参るお許しを頂きたいと参りました。」

志心は、このところ頻繁に椿のもとへと通い、いろいろと教えを受けているのを知っていた。ここには王妃が居ないので、宮の采配などを教えるものが誰も居ない。なので、白蘭としては嫁いでからのことを案じているようで、椿が綾から教わったそれを、白蘭に会う度に少しずつ教えているのだと知っていた。

なので、微笑んで頷いた。

「良い。だが、主もあまり根を詰めぬようにの。確かにあちこちの宮から主への求婚は後を絶たないが、我はよう考えてから決めようと思うて保留にしておるのだ。なので、宮の采配などゆっくり学んでくれば良い。」

白蘭は、袖で口を押えて美しく微笑むと、頷いて答えた。

「はい。ですが、我は学ぶことが大変に楽しいのですわ。お仕えするかたが決まりましたら、そちらでお役に立ちますように、努めて参りたいと思うておりまする。」

そうやって、また身に付いた美しい仕草で頭を下げて、そこを出て行く白蘭を見送って、志心は、あれほどに努めているのだから、そろそろ良い嫁ぎ先を決めてやる方が良いのか、と考え始めていた。


獅子の宮は、確かに観の時と違い、駿が統治するようになった今、たくさんの神が出入りする大変に賑やかな宮へと変貌していた。

この150年、穏やかで根気強く話を聞いてくれる駿に、陳情に来る宮の王もちらほらと出始めて、他の最上位の宮と変わらぬようになっていたのだ。

軍神達も、見違えるように上位の宮の軍神と変わらぬ様になり、たまに暴れる神が居ても、大半のしっかりとした軍神達がさっさと始末してしまい、大きな事になならない。

それに、育って来た(りゅう)(すい)も駿に倣って軍神達に混じって訓練し、皆と交流して親交を深め、後の代となっても落ち着くのではないかと、駿も安心し始めていた。

そんな宮に、今日も椿が呼んだという、志心の皇女である白蘭がやって来た。

白蘭の美しさは大したもので、真っ白い髪に薄い青い瞳は、穢れないものの象徴のように見えて、軍神達もちらちらと垣間見ているのは知っていた。

動きもよく躾けられていて優雅に美しく、一時は悪い噂があったと聞いたこともあったのに、そんな様子は考えられない様だった。

白蘭が来たと聞いて、椿が嬉々として迎えに出ていた。

「まあ、よくいらしてくださったこと。本日は弟もちょうど来ておるの。よろしかったら一緒にお茶を。」

白蘭は、緑翠が来ているのか、と扇で顔を隠しながらも、目だけで笑って頷いた。

「まあ。楽しみでございますこと。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます、椿様。」

椿は頷いて、白蘭を連れて奥へと入って行った。


緑翠は、椿の呼ばれて駿の宮へと来ていた。

最近は、駿に立ち合ってもらうのが楽しくて仕方がない。駿は、それは手練れで余裕のある動きをするので、学ぶことだらけであったのだ。

だが、今日は椿が用があるので、奥の自分の応接間へ来いと言われた。

早く駿に立ち合ってもらいたいと思う緑翠は、イライラしたが姉が言うのだから仕方がない。そこで、じっと何やら客を迎えに行くと出て行った、椿が帰って来るのを待っていた。

すると、椿が目が覚めるように美しい、白蘭を連れて入って来た。

白蘭とは、何度か会っているのだが、前回会ったのは確か、一年前だったか。

白蘭は、自分が会う度にここを直せ、ここを直せと言うところを、着実に椿なり、侍女達なりに聞いて直して来る。

今回も、最初の挨拶をする際の動きが、どうもぎこちないと一年前に言い、それを完璧に直した状態で、緑翠に深々と頭を下げた。

「緑翠様。お久しぶりでございます。」

椿が、苦笑しながら緑翠を見た。

「ほら、あなたが偉そうに前回申しておったけれど、白蘭殿はこのように自然にご挨拶出来るようになっておられてよ。」

緑翠は、姉を軽く睨んだ。

「これは、まだ幼い頃から白蘭殿が我に指南をと申しておったからしておること。別に偉そうに申しておるのではありませぬ。」と、白蘭を見た。「とはいえ、確かに見事に非の打ち所がない様子になられたことよ。これでもう、どちらへ嫁いでも良い扱いを受けようの。」

白蘭は、驚いたように顔を上げた。では…我は、合格点を戴けたということ?

「それは…我は、最上位の宮の皇女として、これで良いということですか?」

その様さえも、香るように美しい白蘭に、緑翠は微笑んで頷いた。

「よう励まれた。後は姉上に、宮の采配など教われば嫁いだ後も完璧であろう。長い年月であったが、我も肩の荷が下りた心地よ。」

言われて、白蘭はハッとした。自分がこうやって表向き完璧な皇女になったということは、緑翠様のご指南も、もうお受けする必要が無いと言うこと…。

「…それは…もう、緑翠様からご指南を受けることが出来ぬということですの?」

緑翠は、少し驚いた顔をした。

「もちろん、我は、主が皇女らしゅうなって、想う相手に嫁げるように手助けすると約したからこそ助けておったのだからの。そのようになった今、主から嫁ぎたいと申したら、どこでも嫁げようぞ。」

白蘭は、ふと暗い顔をした。それを見た椿が、気を遣って緑翠に言った。

「…緑翠。少し、お庭で話して参ってくれないかしら。茶の準備が間に合っておらぬようなの。白蘭殿をこちらでお待たせするわけには行かぬわ。」

緑翠は、茶なら侍女がさっきあっちで準備していたが、と思ったが、確かに白蘭がこんな風に暗くなっているのに、茶を飲んでも場が暗くなるだけだろう。

なので、白蘭に手を差し出した。

「では、白蘭殿。少し、お庭へ参りましょうぞ。」

白蘭は、何やら考え込んでいるようだったが、そこはもう習慣化しているので、完璧な仕草でその手を取り、そうして緑翠に促されるまま、庭へと出て緑翠と共に歩いて行った。

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