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箔炎の居間に重い気持ちで足を踏み入れた佐紀は、そこに箔真も、悠理も居るのを見て、顔を臥せた。

まともに悠理の顔を正面から見る勇気がない。

そんな己に困りながらも、膝をついた。

「王、お呼びにより参上致しました。」

佐紀が言うと、箔炎は満足げに頷いた。

「やはり主よ。最初から主にしておけば良かったわ。無理を言うてしもうたの、佐紀。」

悠理はそれを聞いて、え、と顔を上げた。

「え、お兄様が佐紀にお頼みになったのですか?」

箔炎は、渋い顔をして頷いた。

「主、沈んでおったろう。確かにあの面子では、勝ち残るのは上位数人と予想出来るものな。しかしあれらは、それぞれに問題があって、我らさてはそれが気が重いかと思うて、佐紀に出てくれと頼んだのだ。そうでなければ今頃は、他の誰かに決まってしまっておった。佐紀には責任は負わずで良いから、とにかく出て勝ち抜いてくれと頼んでおったのだ。まあ、あれでは佐紀の敵ではないわな。我もそれがハッキリ分かってそれだけでも意味があったと思うておるよ。」

悠理は、ショックを受けた。もう、佐紀に望まれて嫁ぐのだとばかり思っていたのだ。

「では…佐紀は、ただ命じられたから試合に出ておったと。」

箔炎は、それにも頷いた。

「そう。これは己の歳がどうのと渋るゆえ、とにかく出てくれと命じたのだ。だが、先ほども申したように、我はこれに主を娶る権利を与える。ゆえ、望むならいくらでも許すつもりでおるぞ。誠に最初から、佐紀に打診して決めたら良かったと思うておったぐらいであるから。」

佐紀は、ただ下を向いている。困っているようにも見えた。

悠理は、佐紀を困らせるつもりはなかったが、しかし佐紀が勝ち抜いてくれたときの喜びを、忘れられなかった。どこかへ嫁ぐのなら、佐紀に。もう嫁ぐつもりでいたのだから、他は考えられなかった。

だが、佐紀は言った。

「我は…このようにかなりの歳上がありまする。王のご婚姻ならあるものの、我ら軍神ごときが皇女を賜るのに、このような年寄りでは悠理様にもお気の毒なのではと思うのです。もっと若ければ、我とてなんと光栄なと思う事もでき申したのですが。」

箔炎が苦笑して口を開こうとすると、隣りの悠理が先に言った。

「年寄りなどと思うたことはありませぬ!」箔炎も箔真も、佐紀も驚いて悠理を見る。悠理は構わず続けた。「我は嫁ぐのなら佐紀と、最初から決めておりました!」

そうかもしれないが、なぜにここで叫ぶ。

箔炎は、慌てた。皇女がこの様では、佐紀ももっと退くのではないか。根気強く説得していれば、王が言うのだからと折れてくれるのではないかと期待していたからだ。

これでは、ここで佐紀にはっきりと断る口実を与えてしまうではないか。

乗り気でないのは最初から知っていた。だからこそ、焦りは禁物だと思っていたのだ。

思った通り、佐紀は絶句して固まっている。

しかし、口から出てしまったことを引っ込めるわけにも行かず、ほかならぬ悠理自身が面と向かって佐紀に宣言してしまったばかりに、いくら箔炎でも、誤魔化すことは出来なかった。

そんなわけで口を開けたり閉めたりしながらおろおろしていると、我に返ったらしい、佐紀が、言った。

「…王。少し、悠理様とお話させて頂いてよろしいか。」

佐紀は、さすがに王と弟の前で断って、悠理に恥をかかせるのはまずいと思ったのだろう。そう言って、箔炎を見た。箔炎は、もうどうしようもないので仕方なく、佐紀に頷いた。

「…良い。話して参るが良い。」

佐紀は頷くと、悠理を促して、王の居間の掃き出し窓からその、前の庭へと共に出て行った。

箔真が、その背を不安そうに眺めながら、言った。

「…姉上の、あのハッキリした性質はどうにかなりませぬか。辛抱強く説得すれば、嫁げる可能性もありましたものを、あのように女からハッキリと言い放つなど、佐紀も驚いたのでは。しかしあれはやはり歳を経ておるので考えも深く、我らの目の前で断るなど姉上の恥とああして連れだしたのだと思われまする。あれは己を歳だとか申しますが、あれぐらいの歳の差など大したことは無いのですし。断る口実でありましたでしょうに。」

箔炎は、困ったように箔真を見た。

「分かっておる。悠理にはそれが分からなんだから、言葉通りだと受け取ったのであろう。だから、己が歳など気にしておらぬと言ったら、それで佐紀が己を娶ると言うと思うたのだろうの。仕方ない…とにかくは、此度は何事もうまく回らなんだ結果なのだ。つくづく急いではならぬの。婚姻はじっくり向き合ってこそぞ。肝に銘じるわ。」

言いながら、二人の背が遠ざかって行くのを、箔炎も箔真も諦めた気持ちで見ていた。


鷹の庭は、そもそもが箔翔の前の箔炎の代の時に、潜めるようにと回りを森に囲まれていたのをいいことに、宮の高さを低くして、横へと広げることで回りから見えないようにと配慮して作られたので、森がそのままの状態で、その足元に小道を作り、あくまでも自然を大切にした造りになっているので、昼間でも静かで薄暗かった。

そんな中、小道を辿って黙々と歩いて行く佐紀について歩きながら、悠理は段々に不安になって来た。

歳が気になっていたのなら、すぐにでもでは娶ろうとはならなかったのかしら。

悠理は、そう考えると、兄や弟の渋い顔が浮かんで来た。自分がああして言い放った後、二人は何を言うのだという顔をした。確かに少し、はしたなかったかもしれないが、しかし佐紀が懸念していることが、懸念ではないのだと知らせたかったのだ。

だが、もしそれが断るための口実だったとしたら…?

二人の渋い顔も、理解出来た。佐紀は、断りたかったのだろうか。自分をこうして連れだしたのは、兄と弟の前で面と向かって断るのは、いくらなんでも悠理に対して失礼だと思ったからではないだろうか。

それに考えが至った時、悠理はとんでもないことをした、と心の底から恥ずかしくなった。あのまま、兄が少しずつでも打診していたら、もしかして佐紀も折れたかもしれないのに、自分があんなことを言ってしまったばっかりに、佐紀にはっきり断る機会を与えてしまったのだ。

そう思うと、己の愚かさに消えてしまいたかった。皇女と生まれて回りに尊重されて育ったので、そんなことは思い至らなかったのだ。

そんなことに気付いてしまった悠理は、先ほどの勢いはどこへやら、しょんぼりと項垂れた様子で歩いていた。

奥の開けた花畑まで来た時に、佐紀は足を止めた。必然的に、悠理も佐紀の後ろで足を止める。

佐紀がこちらを振り返った時、これから告げられることを思うと悠理は顔を上げられなかった。佐紀は、そもそも軍務にしか興味がないと知っていたのに。ここまで妻も娶らずに来た佐紀が、こんな小娘を娶ろうなどと、面倒に思って無理なのだろうと予想出来たはずなのに。

佐紀は、下を向く悠理に、言った。

「悠理様。先ほどは我に気を遣ってあのようにおっしゃったのでしょうが、箔炎様はそのようには思わぬと思うのです。しっかりと、真実を言った方が良いかと思うのですが。」

悠理は、驚いた。佐紀はあれが、自分を気遣って言ったことだと思っているのか。

悠理は、ブンブンと首を振った。

「違うのですわ。我は、本当に佐紀が良いと思うておったのです。あの、実はあの名簿を見るまでは、そんなことは考えたこともなかったのですけれど、あなたの名前が無かった時、とてもショックを受けてしまって…。もう決まっておるとはいえ、他の軍神との未来など、想像できませなんだ。それで、その時初めて、我は嫁ぐのならあなたが良いと思うておったことを知ったのです。取り返しが付かないと思うと、沈んでしまって寝込んでしまっておりましたの。でも、弟からあなたが出ることになったと聞いて…希望を持ちました。我を、娶っても良いと思うてくれておると思うてしまって。でも、兄が言うように、命じられたから出たのですね。我はそういうことは分からぬから…愚かであったと、恥ずかしく思うております。」

悠理は、すっかりしょげてしまって、今にもそこへ倒れ込みそうだった。佐紀の顔も見ずにただ、足元の草花を見ている。

佐紀は、しかし悠理のその言葉に、怪訝な顔をした。

「…しかし…我は、あなた様より150も年上でありまする。我などが名乗り上げたら、あなた様が面倒に思うのではと思い、最初は申し出ませんでした。我は筆頭であるし、王が我を勧めていらっしゃるのですか?」

佐紀は、悠理が言うのを信じていないようだった。悠理は、そんな佐紀にしょげていられないと、顔を上げた。もし求められていないにしても、誤解されたままなど嫌だったのだ。

だから、言った。

「違いますの!佐紀、我は誠にあなたに嫁ぎたいと思うておりますの!」あまりに勢いに、佐紀はドン引きするが、悠理は言うことは言わなければと続けた。「歳なんて関係ありませぬ!我だって好きで若いのではありませぬから!佐紀より150年後に生まれたのの何が悪いのですか?我はいつでも悩んでいたら話を聞いてくれた、あなたが良いのです!他の軍神に嫁ぐぐらいなら、もういっそこのまま独身でもいいですわ!そうしたら、我が誠にそう思うておったとあなたが信じてくれるのでしょうから!」

佐紀は、思い切り目の前まで近づいて来て必死に叫ぶ悠理に、もしかしてこれは王に言われたから自分にすり寄っているのではないのでは、と思い始めていた。何しろ、悠理は真っ直ぐだ。立ち合いの筋を見ていても分かる。誤魔化そうとするとボロが出て佐紀にはバレる。だが、今の悠理は、間違いなく必死に真実を訴えている…ような気がする。

「…誠に我が良いと?そのような色良いことも全くありませなんだのに?」

そもそも話すにしても、型のおかしな所がどうの、誰の癖がどうの、そんな話ぐらいだったのだ。たまに悠理が沈んでいたら傍に居るのでいち早く気付いて話は聞いてくれたが、確かに好きだの嫌いだのの話はしたことが無かった。

悠理は、しかし何度も頷いた。

「はい!押し掛けて来た妻だと言われても、我はあなたが良いのです…。」悠理は、そこまで言って、急に悲しくなった。もっと早くに自分の気持ちに気付いていたら、佐紀にも伝えておくことが出来たかもしれないのに。「ごめんなさい、困らせておるわ。我は…でもあなたを想うておって…。」

悠理は、ハラハラと涙を流した。王族に生まれてしまった自分から、こんなに迫ったら佐紀は困ってしまうだろうに。でも、こうと思ったら退けない性質なので、他の軍神など考えられないのだ。

もう、婚姻など良いとお兄様に言おう。お兄様の結界の中で、お兄様に守られてそれで良いと。

悠理は、心の中でそう思っていた。佐紀は、いつもは気が強く明るい悠理がどんどん涙を流すので、慌てた。こんなに泣く様子など、見た事もない。

「…申し訳ありませぬ。我は、そのように思うておられるなど思いもしませず。ただ、こんな歳の我などが名乗り上げたら、悠理様が疎ましく思われるだろうとそればかり…。何しろ、我はあれらに勝ってしまいますので…。」

言い訳のようにそう言う佐紀に、悠理は、涙を拭っては流れて来るのをまた拭いながら、首を振った。

「良いのです。あの、本当に。我は、ただ己の心の誠を知ってもらいたかっただけなのですわ。あなたを困らせるつもりはありませなんだ。あの、お兄様には、我が断ったと申します。だから、あなたは気にせずで良いのですわ。我はもう、宮に置いてくださいとお兄様にお願いしますから。そのように困らないでくださいませ。」と、くるりと背を向けた。「その辺を歩いて木々を眺めてから帰りますから。先に戻っておってくださいませ。」

悠理は、そのままそこを離れようとした。しかし、ぐっと後ろから着物が何かに引っかかったように突っかかり、足が止まった。

こんな時に、切り株でもあったのかしら。

悠理が着物の裾を確認しようと足元の後ろを見ると、着物の裾の上には佐紀の足があった。びっくりして見上げると、佐紀は慌てて足を退いた。

「あ、いや申し訳ありませぬ。悠理様の素早さは知っておるので、こうでなければお留め出来ないと思わず。」

悠理は呆気にとられた。佐紀は、自分を引き留めるために着物の裾を思わず踏んだのだ。

着物の裾を踏むなど情緒もへったくれもないが、しかし確かに、あの勢いの悠理を止めるならそれしかなかったかもしれない。

「あの…他に何か?」

悠理は、すっかり涙も退いてしまって、思わず佐紀を見上げて言った。佐紀は、ぐっと黙ったが、しかし次の瞬間、意を決したように悠理の両手を掴むと、その手のひらを握り締めて、言った。

「我は、この歳まで女を遠ざけて面倒だと生きて参ったので、あなた様が思うような婚姻の情緒のある生活など出来ぬかもしれませぬが、それでも良いのですか?」

悠理は、何を言われているのか分からなかったが、それでも、目を丸くしたまま茫然と頷いた。

「あの…我とて婚姻の情緒が何たるかも知らぬので、そんなことは気にしませぬが。」

そもそも裾を踏んで女を引き留める男などあまり居ない。

佐紀は、悠理の返事を聞いて、怖いほど真剣な顔で、一言一言、噛み締めるように言った。

「ならば…我の妻に。ご降嫁して頂けるか、悠理様。」

悠理は、大きな赤いような金色の瞳を見開いて、固まった。何を言われたのか分からない。でも、娶ってくれると言うの?我を?誠に?

「…はい。」悠理は、また涙をボロボロと流しながら、笑って頷いた。「はい!佐紀様。夫となるのなら、我の事は悠理と。我もこれからは、あなたを夫と仕えて参ります。」

それを聞いた佐紀は、気を失いそうな顔をして、フラッとよろめいた。慌てた悠理が支えようと腕を掴むと、佐紀は足を踏ん張って、自嘲気味に笑った。

「これほどに、緊張したのは若い頃王の御前で初めて立ち合った時以来やもしれぬ。まさか誠に、あなた様が我をと思うておるなどと、思いもせずで。」

悠理は、泣きながら笑った。

「我とてとても勇気が要ったのですから。お互い様ですわ。」

佐紀は、悠理が笑う顔を見て、幸福そうに微笑んだ。

「主は笑うておる時が一番美しい、悠理。」

悠理は、真っ赤になったが、微笑み返して、頷いた。

「これからは、ずっとあなた様のお傍に。」

佐紀はそれを聞いて、そっと悠理を引き寄せて、抱きしめる。

悠理は、心底幸福だと思って、その胸に顔をうずめたのだった。

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