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里帰り

維月は、義将と義心を連れて、月の宮へと里帰りしていた。

初日から、二人は嬉々として月の宮の闘技場で、嘉韻他軍神達を立ち合って、それは楽しそうにしている。

十六夜も、その時には降りて来て、二人の相手をしていた。維月も龍の宮から甲冑を持って来ていたので、それを着けて立ち合ったが、その動きを初めて見た義将は、目を丸くして言った。

「王妃様が、まさかこのように立ち合われるとは。」と、飛んだ自分の刀を拾いながら、言った。「王からお聞きしておりましたが、実際に見ると驚きましてございます。」

維月は、笑った。

「まあ義将、私は月であるから一度見た動きは忘れないし、完璧に模倣することが出来るからというだけでなのよ。それに、維心様にはどうあっても勝てないの。だから、もっと精進しなければ。」

義心が、それには脇から言った。

「とはいえ、その型にはまらぬ動きには、こちらも対応に苦慮致しました。十六夜の立ち合いも、真っ直ぐで驚きましてございます。月がこのような手練れであったとは。」

十六夜が、笑いながら甲冑を着た腰に手を当てて言った。

「オレ達はそうそう立ち合わねぇからな。気が向いたらたまに降りて来てこうして立ち合うが、戦闘になっても空から力を下ろす方が早いしよ。」

だが、維月は十六夜を見て言った。

「まあ十六夜、私はもし、維心様が戦場へ出られるのなら共に出るわ。そう約しておるもの。あのかたの背をお守りするの。」

十六夜は、苦笑した。

「ま、お前がそんなだから、オレもお前を上から守るし、だから維心も守ることになっちまうんだけどよぉ。」

義将が、同じように笑って言った。

「おお、それならば我が王は安泰であるな。月と縁戚であることが、これほどに心強いとは初めて実感することよ。」

どうやら、義将はとても社交的な性格らしい。

龍は謹厳な神が多いのだが、義将はどちらかというと、懐っこい鳥のような印象を受けた。義心は、特に祖父の義心と同じところも違うところも目立たない感じで、やはり違う神なのだな、という印象だった。

立ち合いの筋は確かに似ているし、体つきも顔も、瞳の色までそっくりだったが、動きが所々違うので逆にそれが違和感があって、やはり違うのだな、と思った。

だが、性質はとてもよく似ていて、話しかけた時前の義心ならこう返すだろうな、という言葉を、いつも返しては来ていた。

維月は、維心にもらったいつも使っている刀を鞘へと戻して、言った。

「じゃあ、私はそろそろ戻るわ。持久力がないからすぐに疲れちゃうの。維心様にもそれが戦場ではネックだといつも言われるのだけど…。」

義将は、頷いた。

「わざわざのお運び、感謝いたしておりまする。陰陽の月との対戦など、なかなかに出来ぬ事であるので。良い学びになり申した。」

維月は、頷いた。

「これはお詫び。私があなた達を案じて、じっと観察しているから困惑したでしょう?ごめんなさい、あなた達のお祖父様の、義心にとても世話になったから。義心が残した孫たちならば、私がしっかり見てあげないとと思ってしまって。維心様にも己の子じゃないのだからそろそろやめておけ、と言われてしまったの。」

義将は、それには苦笑した。王の妃がじーっと始終見ていると知った時は、もしかして軍神に興味があるのか、と戦慄が走ったものだったからだ。

「良いのです。そのように思うて頂いて、大変に光栄であること。祖父も黄泉で感謝しておるでしょう。」

維月は、微笑んで頷いた。

「そうであれば良いなと思うわ。」

そうして、維月は十六夜と共にそこを去った。

義将は、黙ってそれを見送っている、義心を振り返った。

「では義心、もう一勝負、誰かとして参るか。それにしても、王妃様があれほどの手練れであるとは思わなんだもの。良い学びになったの。」

義心は、じっと維月と十六夜が去った方向を眺めていたが、義将を見て、頷いた。

「はい、兄上。」

そうして、二人はまた日が暮れるまで、月の宮の訓練場で汗を流したのだった。


維月と十六夜が手を繋いで仲良く回廊を、自分の部屋のある奥へと歩いていると、蒼が、それを気取ったのか、王の居間から顔を覗かせて言った。

「十六夜、維月、こっち来て。ちょっと鷹の宮からこんな書状が来たんだけどさ。」

維月と十六夜は、驚いてそこへ飛んで行った。

「なになに?なんか珍しいこと?」

維月が言うと、蒼は顔をしかめた。

「まあ珍しいって言ったらそうなんだけどね。悠理殿の嫁ぎ先、鷹の宮の軍神から募って立ち合いさせるんだってさ。」

維月が、目を丸くした。

「まあ!瑠維と同じじゃないの。それで、良い軍神が居るのかしら。私が知っているのは、佐紀だけだけど。筆頭だから、箔炎様についていつも会合とかに来るでしょう。」

十六夜は、頷いた。

「そうだよな。佐紀だったらいいんじゃねぇか?あいつ真面目で嫁が居ないんじゃなかったか。皇女でも筆頭だったら釣り合うし。」

蒼は、首を傾げた。

「どうだろうなあ。名乗りを上げてなかったら決まらないし。瑠維の時だって、義心が出ないって聞いて、みんな我も我もって出て来た感じだっただろ?佐紀が出るって聞いたら、みんな出ないだろうけど、結構な人数出てるみたいだから、出てないんじゃないかな。」

維月は、驚いて口を押えた。

「え、だって悠理殿よ?あの子とっても華やかで綺麗なの。鷹の王族だもの、鳥と似てるのよ。それに若いし性格も可愛らしいし、なんだって名乗り出ないなんてことがあるのかしら。おかしいわ。」

維月が、他人事なのになぜか怒っている。蒼が、苦笑した。

「もしかしたらだけど、歳の差じゃない?だって、佐紀は350ぐらいでしょ?悠理殿は200になったばかりなんだから、遠慮するんじゃないかな。大人になればなるほど、そういうのって忖度するもんじゃない?」

十六夜は、維月をなだめながら、言った。

「そうだなあ。自分で自分をおっさんだって思ってたら、若い女神に、それも皇女に娶ります、なんて言えないかもしれねぇな。とはいえ、あいつ見た目は若いんだし、そんな忖度いらねぇのに。」

蒼は、書状を畳みながら、言った。

「本人同士の事なんだから、こっちは何を言っても駄目だよ。それより、悠理殿が良い軍神に嫁げたらいいね。」

維月も、それにはうなずいた。

「そうね。ほんとにそう思うわ。悠子様が、きっと心配してると思うから…。」

維月は、悠子を案じていたのだ。上位の宮の王妃同士、友達付き合いをしていたのに、ある日突然、箔翔が死に、宮から出て実家へ帰り、顔を見ることも無くなった。

そんなものなのは分かっているのだが、何やら虚しい気がした。

十六夜が、維月が急にどすんと暗い顔になったので、気分を変えようと維月の手を引っ張った。

「ま、他の宮のことなんていいじゃねぇか。それより、お前親父と海に行くって言ってたんじゃねぇか?オレも行く。温泉も見つけてるんだ。あっちで三人で入って来ようや。」

維月は、ぱあっと明るい顔をした。

「まあ、いいわね!行きたい行きたい!お父様をお待たせさせちゃいけないわ。早く部屋に帰って準備して、行こう!」

そうして、十六夜と維月は、蒼の居間から出て自分の部屋へと帰って行ったのだった。


だが、当人にとってはそんな簡単なものではなかった。

悠理は、箔真から名乗りをあげた軍神達の、名簿を見せてもらった。

次席、三位、四位とずらりと並んだ大勢の軍神達の名の中に、筆頭である佐紀の名は、無かった。

悠理は、少なからず佐紀が、自分のために戦ってくれるのでは、と期待していたので、それにはショックを受けた。

佐紀が、出ない。

悠理は、佐紀に嫌われているのだろうか、と想像以上に暗い気持ちになった。それは確かに、佐紀はあの歳まで浮いた噂一つなく、妻だって娶って来なかったほどの堅物だ。

いくら皇女だといっても、そんなものは面倒だと思っているのかもしれない。

そう思うと、どういうわけかこの立ち合いも、自然意味のないことのような気がして来た。自分が楽しみにしていたのは、もしかしたら佐紀が、どんどんに勝ち進んで、そうして自分を娶ってくれるという、未来だったのでは。

今になってそんなことに気付いた悠理は、どうしようもないと落ち込んでしまった。もし、これに先に気付いていたなら、兄に言って、兄から佐紀に聞いてもらうことも出来たのに。

他の軍神の名を見ても、全くと嫁ぐ未来が見えなかった。雲居も八雲も佐井も、その屋敷へ入って夫と見るなんて、そんな未来は見えて来ない。

どうして、今こんなことに気付いてしまったのかしら。

悠理は、箔真にそれを打ち明けることも出来ず、ただ暗く沈んで部屋に籠りきりになってしまった。

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