北では
サイラスは、何やら焦って何も出来ない自分にイライラしているらしい明羽を連れて、地下の屋敷へと戻っていた。
外はもう昼を過ぎ、明るい太陽がさんさんと降り注いでいるので出る気にもなれない。
そんな中、重臣のジョイスが出て来て、言った。
「王、何やら南が騒がしい様子でありますが、こちらは落ち着いておるようで。南西に襲撃があったようだとは、クリスから聞いておりますが。」
クリスは、筆頭軍神だ。サイラスは頷いた。
「何やら動きがあったようであるな。詳しい事は分からぬが、月に聞けば分かろうし、我はあちらにつくことにした。して、クリスはどこに。」
すると、一際大きな体の男が入って来て膝をついた。
「王。お戻りですか。」
サイラスは、頷く。
「ちょうど良かった、クリス。これは、南西の大陸の龍の、筆頭軍神、明羽。どうやらこちらへ渡りをつけようと、維心殿の軍神と共に来たらしいが、はぐれたようよ。逃れて潜んでおったので、連れて参った。」
明羽は、言われて軽く会釈した。クリスも会釈を返し、サイラスを見た。
「ならばこの明羽も案じておりますでしょう。南西の龍の宮は、結界を破られ堕ち申しました。」
明羽は、目を見開いて足を踏み出した。
「何と申した?!我が王の結界が?!」
クリスは、頷く。
「四方から一斉に掛かられ成す術もなく。ドラゴンが加担しておったので、あれでは体勢を整える間もなかった事でしょう。」
明羽は、愕然と棒立ちになった。四方から…ということは、治めていた王達が、皆反旗を翻したということだ。
サイラスが、眉を寄せて問うた。
「…龍はどうなった?」
クリスは、ハッとしたように顔を上げる明羽を横目に、答えた。
「は。どうやら月が手を貸したようでありまする。王である匡儀様は島の戦いに出られてお留守であられたので、残った龍達で迎撃しておったのですが、結界が破れると同時に運び去られた様子。月から激しい光が降りて、光が収まった後には龍は誰一人残っておりませなんだ。高く登って見ておりましたので分かり申しましたが、月の宮に光が降りて行ったので、そこへ全て連れ参ったのだと思います。」
明羽は、ほっと力を抜いた。ならば皆無事だ…。
「王は?」明羽は、クリスにすがるような目で言った。「王はご無事であろうか。」
クリスは、しかしそれには明羽を気遣いながらも、首を振った。
「分からぬ。月に聞けば分かろうが…。」
サイラスは、ため息をついた。
「島へ行っておったなら恐らくは無事であろうな。しかし、月に報告もあるし聞いて参るわ。天窓の場所まで参ろう。昼間であるから明るいが。」
サイラスは、あまり日の光が好きでないらしい。明羽は、この種族のことをよく知らなかったので、不思議に思っていたがそれは後だと思いながらも、サイラス、クリス、ジョイスについて、その天窓があるという場所へと向かった。
そこは、地下の屋敷の外れにある、洞窟でごつごつとした場所だった。
窓というより上に空いた穴といった感じで、小さなもので地上の方では背の低い木々や、草に覆われてよく見えない場所のようだ。
しかし、そこからはチラチラと日の光が見えていて、明羽は少しホッとした。長く地下やら草の影やらで伏せて居たので、久しぶりに見るような気がする。
サイラスは、そのチラチラと見えるだけの光すら面倒そうに眼を細めて、それでも上を見上げて、言った。
「十六夜よ。全くに神使いが荒いが、いろいろ巡って参ったぞ。我が巡らせておる地下通路に感謝してもらいたいものだの。」
すると、空から低い声がした。
《サイラスか。どうだった?あれ、ちょっと待て、なんか知ってる気が隣りに居るな。それ、龍だろ?ええっと、明羽か?》
サイラスは、隣りに困惑気味に立っている、明羽を見た。
「ああ、地下に逃げ込んでおったのをたまたま見つけて連れて参ったのよ。知っておるのか。」
十六夜の声は答えた。
《ああ、匡儀の筆頭軍神だからな。義心が心配してたから喜ぶだろう。》
明羽は、急いで言った。
「月よ、我が王は?我が眷族達が気にかかる。無事でおるのか。」
十六夜は、答えた。
《ああ、匡儀は向こうへ戻ってる途中で結界破られて倒れたから、そのまま堅貴にこっちへ連れて帰って来られたんだ。だから無事だし、今は臣下達もみんな、月の宮の結界の中に匿ってるよ。だから無事だ。》と、サイラスに声を向けた。《で、こっちはお前からの連絡待ちだったんでぇ。そっちの神達は、納得しそうなのか。》
サイラスは、十六夜の顔が見えないので話しづらいなと思いながらも、頷いた。
「とりあえず、三つほどの宮の軍神達と話して参った。主がヴァルラムの城のどこに質が囚われて居るのか教えてくれたので、それを確認できる場所へ連れて参って、様子を見せたのだ。我の地下通路は、ヴァルラムと仲が良かったので、あの城の下まで伸びておるからな。我が味方になれば、あの通路を使って、龍がドラゴンを攻めておる間に質の神達を救い出す事が出来る。王もまだ生きていて、龍王の手の中にあるとなれば、あれらの選択は自ずと決まって来よう。」
十六夜は、驚いたようだった。
《え、お前が日の光が嫌いなのは知ってるが、そんなに地下通路ってのはたくさんあるのか。だが、城の真下にまで伸びてるのを、ヴィランは知ってるのか?》
それには、サイラスは苦笑しながら首を振った。
「知らぬ。ヴァルラムは、そんなものがあると思ったら臣下が落ち着かぬから、絶対に言うなと申しておったから。ヴァシリーが王座に就いた折には訪ねるのにそこを使って知らせたが、あれも誰にも言うておるまいの。そんなものを許しておると思うたら、臣下がうるさいであろうから。ただ、ミハイルは知らぬやもな。我はヴァルラムが死んでから、あまりあちらへ参らぬようになったし。まだヴァルラムが生きておる時に、一度だけ子供だったあれを連れて参った事があるが、外の地下通路を使って来たしな。それだけ我とヴァルラムは、個人的に仲が良かったのだ。別にドラゴンと仲が良かったわけではないのだ。」
明羽は、黙って聞いていた。こちらの神のことは、本当に何も知らないのだ。それどころか、王があの大陸だけで外へ出ることを良しとしなかったので、島の神達すら知らないのだ。
十六夜が、言った。
《ヴィランが知らねぇってのがいいよな。確かにそこから助けられるって思うだろう。ノーマークだろうからよ。それは安心したが、こっちから攻めて誰もドラゴンに味方しねぇって確約が欲しいんだけど。サイラス、お前は夜に言ってたが、ミハイルがドラゴンの王に収まったらあいつを助けてやるか?多分、そっちの神達の兵力だって必要になって来るはずだ。ヴィランが今、あっちの龍の宮に居座ってやがるから、討つためにミハイルはそっちへ行かなきゃならなくなる。もちろん、あっちの島の神達も手を貸すが、あの大陸の神達が、匡儀を狙っててドラゴンに手を貸してるから、そうしないと兵力が足りねぇんだよ。》
サイラスは、うーんと手を顎において考えた。
「そうであるな…ミハイルならば我だって手を貸さないことは無いが、しかし、こちらの神達がどうするか。もちろん、あれらだってまたヴィランが戻って来るのは避けたいだろう。ヴァルラムやヴァシリーの統治の時は平和であったのだし、ヴィランの強権的なやり方には皆もう凝りておるはずだ。平穏な生活を取り戻したいのなら、恐らくミハイルについて出陣すると思うがの。確約は出来ぬな。皆、疲弊しておるしの。」
十六夜の声は、ふうとため息をわざと聞かせてから、言った。
《さっきも言ったが事が切迫して来てて確約が欲しいんだよ。ま、出たとこ勝負なのは分かるし、お前だって無責任な事は言えねぇんだろうがな。》と、少し黙った。そして、続けた。《じゃあ、そっちの神達の大半がこっちに抗わないと確約が取れたら知らせてくれ。なるべく早くな。白龍達は大半が無事にこっちの島で保護してるが、ヴィランの最終目的はこの島だ。襲われる前にこっちもあっちへ攻め込まなきゃならねぇ。緊張状態が続くのは良くねぇし、準備が整わねぇ間に先手を取られて攻めて来られたら面倒だ。ヴィランだけなら簡単なんだが、回りの外野が面倒なんでぇ。出来たら皆殺しは避けたいって維心も言ってるしな。》
サイラスは、あからさまに顔をしかめた。
「皆殺しと。まああの龍王なら出来ようがな。確かに寝覚めが悪いであろうよ。」と、何かを決めたのかか表情を引き締めた。「分かった、我も皆に答えを急がせるわ。ヴィランが戻っておらぬから、ドラゴン達も北ばかりを注視しておって我らの動きに気付く様子もないゆえ。そんなつもりも無かったが、我がこちらの反乱軍を指揮しようぞ。さすれば残った一万五千のドラゴンも、投降せざるを得まい。表に出るのは億劫であったが、一応我がヴァルラムの次に力がある神であるからの。あれが残した世なのだから、我が元へ戻す。」
かつて、ヴァルラムを手伝って、こちらの大陸を共に平定した時のように。
サイラスの決意に、クリスもジョイスも、覚悟を決めて緊張気味に背筋を伸ばしたのが分かる。
十六夜には、サイラスの気の変化が見えていた。今までどこか他人事で、無気力さまで漂う感じだったのが、一気に闘気すら感じるような、そんな覚悟の気に変わったのだ。
《お前とミハイルに任せるよ。》十六夜は言った。《そっちの土地をなんとかしてくれ。オレも手伝う。じゃあ、次の連絡を待ってる。》
そうして、サイラスはジョイスとクリスを見た。
「主らも、ここは我らの踏ん張り所であるぞ。せっかくにヴァルラムが己の全てを犠牲にして作り上げた世であったのに。それを取り戻さねばならぬ。隠れ住むなど、もう終わりぞ。」
二人は頭を下げた。
明羽は、自分こそ王の御為に戦いたいのに、と、自分に今出来ることを真剣に考えた。そして、言った。
「サイラス様、ならば我もお使いください。」サイラスが明羽を見ると、明羽は真剣な顔で続けた。「王の御為に。今出来るのは、こちらの手助けでありまする。我は龍身を持ち、変化すればこちらに注意を反らす事も出来る。何なりとお使いください。」
サイラスは、本性の型を持つ神の強さを知っていた。なので、目を細めてうっすら微笑むと、頷いた。
「ならば主も。しばし我に仕えて己の王を助ける機会を探るがよい。」
そして、地下の長く複雑な通路の中を、ヴァンパイアの軍神達は四方へと飛び、動き出した。




