友の宮にて
「何と申した?!匡儀がなんと?!」
金髪に、赤い瞳のその男は、居間で叫んだ。外があまりに騒がしいので、基本、何があっても出て行くつもりなど無かったが、軍神に調べさせていたのだ。
軍神は、男の前で膝をつき、必死の顔で言った。
「匡儀様がどうなさったのか分かりませぬ。何しろ、周囲の神達の多さはまるで蟻のよう。匡儀様の結界を力技で破り、その後天から激しい光が降り注ぎ、龍達だけ一斉に消え去ってしもうた次第でございます。」
男は、ギリギリと歯ぎしりしながらウロウロと歩き回った。ついに平定したと伝え聞いてから五百年、質の悪い輩が多い中で強権的に治めているのは知っていた。だが、回りの宮の奴らだけで、こんなことが出来るはずがない。何しろ、だからこそ匡儀に逆らえなかったからだ。
「…忌々しいが、宇洲に何か知らぬか聞いて参れ。あれとも長く会うておらぬから追い返されるやもしれぬが、我が書状を書く。匡儀が気になるが何も知らぬで出て参ってはこちらも同じことになりかねぬ。幸い、匡儀が治めておった者達は、我らのことはあまり知らぬだろうて。分かったの、毅沙。」
毅沙と呼ばれた軍神は、頭を下げた。
「は!では、すぐに!」
その軍神は、すぐに隣りに位置するのにここ数百年行くこともなかった獅子の宮へと、書状を手に向かったのだった。
一方、獅子の宮でも大騒ぎだった。
激しい地鳴りを感じ、何事かと偵察に行かせたその目の前で、この地の神が全て集まったのではないかと思うほどの数の神が、匡儀の結界、ただ一つに、まるでイナゴの大軍のようにびっしりとたかって、攻撃していたのだ。
白龍達が必死に迎撃して打ち落としては居たが、それでも数が多すぎてとても防ぎ切ることが出来そうにない。
宇洲の軍神は、あまりの光景に驚き過ぎてすぐに引き返し、転がるように宇洲の前に出て、叫ぶように言った。
「王!!龍が…龍の宮が、この地の神達に一斉に掛かられておって…!!その上、何やら変な形の本性を持つ神までも!」
「何と申した?!紫貴、主、それをしっかり調べぬままに戻って参ったのか!」
紫貴と呼ばれた軍神は、ハッとして慌てて頭を下げた。
「申し訳ありませぬ!あのような様は、初めて見ましたゆえ…。何やら、北の気をまとう神で…気も、その型を持つ神達は他より格段に大きく。」
宇洲は、イライラと言った。
「それで、匡儀は?!あれの結界は、簡単には崩れまいが?!」
しかし、紫貴は下を向いて口ごもった。
「…いえ…確かに匡儀様のお力は強うございますが、それでもあの数に掛かられては…。」
匡儀がどうなったかも分からぬか。
宇洲は拳を握り締めてじっと気を探ろうと北東の方に目を凝らす。確かに気の数が尋常ではない…しかも、知らぬ気が混じっている。紫貴が言う通り、鳥ぐらいはあるだろう、強い気。
じっと目を凝らすが、何も見えない。匡儀の結界も、まったく感じなかった。
…もしや結界が破れてしもうたか。
宇洲が思っていると、筆頭重臣の、李空が駆け込んで来た。
「王!北東の彰炎様から!書状が参っておりまする!結界内に入れて欲しいと、筆頭軍神の毅沙が参っておりまする!」
宇洲は、すぐに言った。
「通せ!早う!」
李空は、今入って来たばかりなのに、宇洲の剣幕に慌ててまた、転がり出て行く。紫貴が、困惑したような顔をした。
「彰炎様が…?ここ七百年ほど、まったくご交流が無かったのでは…?」
宇洲は、フンと鼻を鳴らした。
「まだあれも生きておったようよ。恐らく此度のこと、あれならもっと調べさせて知っておろう。匡儀がどうなったのか、気に掛かる。」
紫貴は、筆頭軍神とはいえ、宮を閉じてから生まれた世代だった。宮を閉じる前、いったいこの辺りの宮同士で、どんな交流があったのかなど、実際に見て知らないのだ。
するとそこへ、真っ赤な甲冑に身を包んだ、若い神が入って来て、頭を下げた。
「宇洲様。結界内をお許し頂き、感謝いたしまする。鳥の宮軍神筆頭、毅沙と申します。我が王、彰炎様から、書状をお持ち致しました。」
宇洲は、頷いて手を差し出した。
「これへ。」
早く早くといった感じで、手を差し出してくいくいと振っている。毅沙は、戸惑いながらもその手に書状を恭しく渡した。
宇洲は、サッとそれを開くと、またサッと閉じた。そして、毅沙を見た。
「こちらも詳しくは分からぬのだ。この紫貴は、あのような場を見た事も無かったゆえ、しっかり調べられておらぬ。主はどうか?あちらへ行ったのは主か。」
毅沙は、頷いた。
「は。我が参りまして、見て参りました。まるで蟻の大軍がたかっておるようで、恐怖を感じ申しました。さすがの匡儀様の結界も、数で押されて破られてしもうた次第。外から来た異形の神も居ったのが、見え申しました。天から眩い光が降りて参り、龍達はその中に一瞬で消え…その後のことが、皆目分かりませぬ。これから、また調べに参るよりないかと。」
宇洲は、一言一句聞き逃さぬ構えでそれを聞いていたが、フッと肩を落とした。
「…そうか。ならば匡儀がどうなったのかも、まだ分からず終いということか。」と、立ち上がった。「ならば我が。」
紫貴と毅沙が、仰天した顔をした。
「お、王!まだおかしな輩がウロウロしておる場でございます!我が今一度調べて参りますので、どうかお留まりを!」
紫貴が言うのに、宇洲は呆れたように横目で見た。
「何を言うておる。我が参るのは彰炎の所ぞ。話を聞いて来なければ…匡儀が襲われて成す術もないなど。我らとて悠長にはしておられぬのだぞ。いつでも出撃出来るよう、皆に準備を進めておけと申せ。我は話し合って参るわ。」
紫貴は、慌てて言った。
「ならば我が供を。」
しかし、宇州は首を振った。
「彰炎の宮に行くぐらいで。毅沙が居るわ。これと行く。主は今言うたように軍を整えよ。安穏としておってはならぬ!ここも同じ目に合うやもしれぬのだぞ!」
言われて、紫貴はハッとした。あのイナゴの大軍が、ここに…。
「は!」
紫貴は急いで頭を下げると、サッとそこを出て行く。毅沙は、宇洲を戸惑いながら見つめた。
「宇洲様…では、我が鳥の宮へ?」
宇洲は、頷いて着物に手を掛けた。
「着替えるゆえ、しばし待て。甲冑を着ておいた方が良いやもしれぬしな。」
それを聞いた侍女達が、慌てて甲冑を取りに出て行く。毅沙は、尚も戸惑いながら言った。
「宇州様…宮を閉じてらして、動かぬ限りこちらには何も無いでしょうに。誠にあれらが閉じておる宮まで来るとお思いでしょうか。」
侍女侍従がバタバタと戻って来て宇州を着付け始める。宇州は、毅沙を鋭い目で睨んだ。
「あのな毅沙よ。閉じておると申して我ら、どこへでも好きな時に行き、好きな時に戻れた。しかし、あれらを放置すれば己の領地から出ることもままならなくなる。じっと潜んで気付かれぬよう、ただ生きておるだけの存在に成り下がるのだぞ?いつか来るかもしれぬ襲撃に怯えて暮らすような、そんな世を我は残して参りたくない。匡儀はかつて共に戦った友だった。我らが世の平定をあれ一人に押し付けてさっさと籠ってしもうたゆえ、このようなことに。その責は取らねばならぬ。彰炎だって同じように思うたからこそ、我に主を寄越したのだと思うぞ。我らは戦わねばならぬ。平定した後、文句一つ言うて来ぬまま、たった一人で治め続けておった、匡儀のためにもの。」
そんな風に思っていらしたのか。
毅沙は、王の気持ちも恐らくそうなのだと思った。龍とは全く面識は無いが、かつては共に戦ったのだと書にも残されている。自分はまた、歴史の変わり目に生きているのだと、毅沙も気持ちを引き締めて、宇州の着替えを待っていた。




