均衡
「主は軍神を消耗させるリスクを負ってもそれをする価値があると言うのだな。」炎嘉が、維心に厳しい顔で言った。「密かに渡りをつけるのではなく?」
維心は、炎嘉に頷いた。
「主のような力を持つ神が、他の誰かの言葉で出て来るとは思えぬ。しかも戦時中であるぞ?味方になってくれとどこの馬の骨か分からない輩が来て申して、信じると思うか。匡儀自身をあちらへ送らねば無理ぞ。そして、匡儀を行かせるのなら、軍を動かさねば無理であろう。それこそあちらの全てがこやつの命を狙っておるのに。」
炎嘉は、厳しい顔のまま、言った。
「ヴィランは主を狙っておるがの。」維心は、眉を寄せる。炎嘉は続けた。「主はならぬ。ここを出るでないわ。主が最後の砦なのだぞ。主が行くなら、我が行く。なんやかんや言うてこの中で、主の次に力があるのは我ぞ。」
維心は、目を見開いた。
「何を言うておる!敵の只中ぞ!」
炎嘉は、鼻を鳴らした。
「そっくりそのまま返すわ。あのな維心、主はこの島を守らねばならぬ。ここから離れてはならぬわ。我と匡儀があちらへ参っておる間に、亮維にはドラゴン城を攻めされるが良い。つまり、サイラスからの連絡待ちということになろうが、あれも安穏と仕事をしておるたちではないゆえ、今頃着々と準備を進めておるわ。連絡と同時に両方から討って出る。ドラゴンは、あちこちに兵を割かねばならぬから混乱しよう。白龍の宮を取り返すのは難しいやもしれぬが、ドラゴン城はまず落ちる。慌ててもヴィランが間に合わぬからの。あれは北西のあの宮に足止めを食らうだろう。後はミハイルの仕事よ。残ったドラゴン達を取り纏め、サイラスの力とあちらの神達の力を借りて、北から攻め入るのだ。匡儀が話をつけた鳥や白虎、獅子が出て参ったらあの地は混乱の末制圧される。ヴィランも討てるだろう。全てはサイラスの答えに掛かっておる。」
維心は、それでも言った。
「主の案ならばこの地は問題あるまいが。我が参らねば…ミハイルが軍を整えて北から攻め入るまで、時を取るはずぞ。主一人で匡儀が話をつけるまで持ちこたえられぬ。彰炎だとて言うてすぐに出て参れぬのではないのか。」
黙って聞いていた、箔炎が言った。
「ならば我も参る。」維心が箔炎を睨むと、箔炎は怯むことなく続けた。「炎嘉の言う通りぞ。主はここを離れてはならぬ。主は最後の切り札なのだ。失うわけにはいかぬ。我が領地はヴィランが侵攻して参ったら真っ先に上陸される場所ぞ。我が行く。」
志心も頷いた。
「我もその背後を守る。維心、主にはこの地を何としても守ってもらわねばならぬのだ。この地全ての神達のためにも、主は危険な場所へ行くべきではない。まずは中央にある白龍の宮までたどり着かねばならぬのに。到着すれば、四方から攻撃を受ける。しかもヴィランは主を狙っておるのだ。相手の思う壷ぞ。」
維心には、分かっていた。皆が自分を守ろうとするのは、最後にこの土地を守り切れるのは自分しか居ないと思っているから。王として、自分の民を守らせるため、維心を守ろうとしているのだ。
だが、維心は友に危険な橋を渡らせて、自分だけここを動かないのは我慢がならなかった。いつもの戦とは違う…他の土地からの侵攻と戦っているのだ。
「主らばかりを四方から襲われると分かっておる場になど送ることなど出来ぬ。まして、あちらの鳥などが手を貸してくれるのかまだ分かっておらぬのに、匡儀が帰って来るのを待って戦い続けるなど…主らだけでは、数が多すぎてそう長くは持ちこたえられないだろう。一方向から来るなら押えも出来るが、四方から、しかも籠る宮もなく攻撃されるのだぞ!我なら…!」
「分かっておる!」炎嘉が、椅子から立ち上がって維心に被せるように言った。「それでもどうしてもやらねばならぬのだ!あちらの鳥、獅子、白虎さえ手を貸してくれたなら、形勢が逆転するのだ!匡儀を信じて、これがあれらを説得する機を与えるしかなかろうが!主は、こちらの全ての面倒を見るためにその地位に居るのだぞ!分かっておろう!」
維心は、歯を食いしばって炎嘉を見た。分かっているが、炎嘉や志心、箔炎を失うかもしれないのだ。どれぐらい時を取るのか分からない。その間、大軍を率いて隠れる場所も無く、どうやって持ちこたえるというのだ。
維心が、じっと潤んだ目で炎嘉を睨み、黙っている後ろから、匡儀が静かに口を開いた。
「…彰炎と、話してみる。」匡儀は、先ほどの自信の無さげな顔から一転、何かを決意したような顔になって、言った。「長らく会ってはおらぬ。だが、昔は共に語らって共に戦っていたのだ。あの折、我は強権的であった。しかし、今は理解しようと努力しておる。だからこそ、今ならばあれも話を聞いてくれると信じる。主らには世話を掛けるが、我があちらへ潜んで彰炎の結界内へと入れたら、すぐに退いてくれて良い。」
炎嘉が、驚いた顔をした。
「なんと申した?我らが帰ってしもうたら、主は戻れぬようになる。彰炎という王が主を受け入れなんだら、敵の只中にたった一人で取り残されてしまうのだぞ?!」
匡儀は、落ち着いて首を振った。
「それぐらいのリスクを負わねばならぬ。主らが敵の気をひいてくれておる間に、我は堅貴と桐生を連れて潜んで南西へ行く。小刻みに山が立ち並んでおるゆえ、その間を抜けて木々の間を参れば、上空で戦っておる敵には気付かれぬであろう。その山の中へ降りたら、主らは退いてもらって良い。生きて帰りたければ、どうあっても彰炎を説得せねばならぬから、我も気が入ろうほどに。」
箔炎と炎嘉は、顔を見合わせた。
「…それだけならばあちらへの道を開くだけで良いから、こちらも犠牲が少なくて済むゆえ助かるが、誠大丈夫か。もちろん、気を探ったりできぬように気を遮断する膜の張り方も教えるし、目視されぬようにだけ気を遣えば良いから大丈夫だとは思うが…行くは良いわ帰れぬわとなったら、白龍達は王を失う事になろうぞ。まして主には、子も居らぬのだろう。」
しかし匡儀は、薄っすらと笑みさえ浮かべて、また首を振った。
「何も案じておらぬわ。我が臣下達は今、月の結界の中。ここには龍王が居るではないか。我が龍達も、我が居らぬとなれば維心を王と戴くのに何の異論もないはずぞ。維心の臣下となって生き延びることが出来よう。我にはあれらの未来に何の憂いもない。しかし、ただこちらの平和な土地を守るために、我は尽力しようぞ。諦めぬ。案じるでない。」と、炎嘉を見た。「主らを見ておって、彰炎を思い出した。あれを信じてみる。」
それを聞いて維心が炎嘉を見ると、炎嘉も維心を見た。自分達は、仲違いもしたが、それでもどちらかが宮へ籠って何百年も顔も見ないなどなかった。昔は主に炎嘉から、仕方がないと常折れては傍に戻り、維心もそんな炎嘉に折れて、お互いに妥協してここまでやって来た。なので今生、維心も学んで炎嘉に謝ることも覚え、それなりに友好関係を保っている。
他の宮の王達も、決定的に突き放したりはせず、考えてみたら皆、仲良くやって来たのだ。
蒼が、横から遠慮がちに言った。
「あの…。それこそ、十六夜が居るので。十六夜はもう、匡儀殿の気を知っています。だから、探そうと思えば空から探せるし、回収しようと思ったら回収できると思うので。ただ、新月の夜だけは無理です。普通の事ならできますけど、神を移動させたりするには、力を結構使うし、鮮明に見えないと無理なんですよ。でも、膜を被ってたら無理ですから、十六夜に拾い上げて欲しい時は膜は張らないで居てもらわないといけませんけどね。」
匡儀が目を丸くすると、炎嘉が手をパチンと叩いた。
「おおそうよ!あやつが居ったの!なに、新月まではまだ間があるし、それまでにはサイラスから良い返事が来るかと思うぞ。新月さえ避けたら良いのだ。そうしたら、匡儀は取り残されても案じることは無いわ。」
炎嘉が良かった良かったと安堵したような顔をして皆に微笑む中、匡儀は苦笑した。
彰炎は、自分を受け入れてくれると、信じたいのだ。なので、月に世話になることなど、無いと思いたかったのだが、既にかなり世話になってしまっている手前、結局何も言えずに、ただ頷いているしかできなかった。
しかし、彰炎がまだ生きているのかどうかは、匡儀にも分からなかった。




