好み
「え、我の好み?軍神の中で?」
悠理は、顔を赤くした。まさか、弟からそんなことを聞かれるとは思っても居なかったからだ。
箔真は、渋い顔をした。
「はい。兄上が聞いて参れとおっしゃって。もし嫁ぎたい先があるのなら、そこへ打診して降嫁したら良いと。一生独身で居たいとおっしゃるなら、それも聞いて来いと申されておりました。」
悠理は、赤い顔を押えた。好み…そんな風に考えたことも無かったけれど、確かにお兄様の結界から出ないという事になるので、兄なりにそう考えてくれたのだろう。
なので、答えた。
「もちろん、我だっていつかどこかへ嫁ぎたいと思うておりまする。ですけれど、急に聞かれても…。あまり、接することは無いの。立ち合うのは話すわけではなくて、ただ戦うだけで言葉は交わさないから。話すというて、佐紀か雲居ぐらい…。」
言ってしまってから、悠理はふと、思った。そう、佐紀か、雲居。でも、佐紀はあの通りそんなことには興味がないし、面倒だと思っているようで、雲居には一人妻が居る。割り込むのはあまりにも…。
悠理が考え込んでいると、箔真は言った。
「やはり。困りましたな。そうしたら、相手は兄上にお任せするということに?龍王など立ち合いで、皇女を望むものを選別してそこへ降嫁させたのだと聞いておりまする。こちらも、もしかしたらそうなるのやもしれませぬな。」
悠理は、そんな大層なことになるのかと、目を丸くした。
「え、そのような。我を望んで戦ってくれる者など居りませぬわ。」
箔真は、首を振った。
「姉上、そのようなことはありませぬ。何しろ、軍神にとって皇女を王から許されるということは、何よりの誉れ。その後、己の家系に王族の血が混じるのですから、そこから序列が一気に上がる可能性がありまする。生まれによって気の大きさが決まっておる世、王族の血は、何より軍神家系が欲しがるものなのですよ。」
悠理は、それはそれであまり面白くなかった。ということは、自分自身というよりも、自分の血が欲しいからということなのだ。
悠理は、ため息をついた。
「…ならば、お兄様にお任せ致しまする。我では、決めることが出来ませぬとお答えを。それにしても…皇女などと面倒なこと。我はそんな大層なものだとは思うておらぬのに。」
箔真は、苦笑して悠理を見た。
「そのようにおっしゃいますな。確かに王族は面倒なものでありますが、それゆえに民は、我らに仕えてくれるのですよ。」
悠理は、頷いた。分かっている。王族に生まれたからこそ、こうして優遇されて宮で楽に生きていられるのだ。侍女達も、実家のために一生懸命働いているのだから、我も民のために、何が役に立つようにならねばならぬのに。
悠理は思いながら、ため息をついていた。だが、誰が名乗り出てくれるとしても、出来れば佐紀が、出てくれたらなあとは、思っていた。佐紀ならば、あまり愛想は良くないが、気遣ってくれるのも分かるし、安心できるような気がするのだ。
箔炎は、悠理に異論がないと箔真から聞いて、ではと宮の中に告示することにした。
日頃箔炎によく仕えている労いに、軍神達に悠理を降嫁させる機を与えるという告示だ。
悠理を娶りたいという意思のある者は、箔真までその意思を申し出て、そうして立ち合いにより勝ち残れば悠理を降嫁させる、というものだった。
「王に於かれては畏れ多くも我ら軍神を、これほどに信頼してくださるなど、他に類を見ない誉れぞ。」佐紀は、皆に言い渡した。「序列は20位までと広く機を与えてくださっておる。我こそはというものは、箔真様に名乗り出るが良い。」
突然の事に、皆が顔色を変えた。
悠理様を賜る…軍神にしたら、降って湧いた幸運だった。
軍神は皆、己の家を背負い、次に繋ぐということを、父親から言い聞かせられながら育つ。
そうして、その家系から高い序列の軍神を出すことで、一流の軍神家系と言われるために、日々努力するのだ。
しかし、持って生まれた気の量が、まず違うので下位の者達には技術で対応するしかなく、そうなると気が多い者よりも、更に努力する必要があった。
しかし、一族で一番の家系である、王族の血が混ざればそれはひっくり返ることになる。
悠理を娶り、子を産めばその子は王の血筋であり、間違いなくそれなりの気の大きさで生まれるはずなのだ。
だからこそ、軍神は皇女を娶るというのが、最高の家への貢献となるのだ。
それを聞いた序列20位までの軍神達は、皆顔を見合わせてどうすると、目で問うているようだった。
佐紀は、そんな中でどうなるものかと思いながら、その場を後にしたのだった。
しばらくして、佐紀が回廊を歩いていると、箔真が呼び止めた。
「佐紀。」
佐紀は、振り返って膝をついた。
「箔真様。」
箔真は、佐紀に傍の空き部屋を示した。
「こちらへ。姉上の嫁ぎ先を決める立ち合いの件で、聞きたいことがあっての。」
佐紀は、その件か、と頷いた。
「は。」
そうして、箔真が先に空き部屋のテーブルに着き、その狭い部屋のテーブルの、こちら側へと佐紀が座るのを促すと、懐から出した紙を、テーブルの上に置いた。
「今日だけでこれだけの軍神が名乗りを上げて来た。ほとんど全てと言っていい。」
佐紀は、そのリストを見た。
確かに、箔真が言う通り、ほとんど全ての軍神が名乗りを上げている。とはいえ、立ち合いをして上位の者達に20位近くの軍神が敵うはずなどないので、もし勝ち抜ければ幸運、ぐらいの気持ちで申請したのだと思われた。
そして、その中には、二位の雲居、三位八雲、四位の佐紀の弟である佐井の名まであった。
「…佐井も。」
佐紀は、眉を寄せた。佐井には、三人の妻が居て、それぞれが押し掛けて来たようなものだったが、佐井は佐紀とは違って穏やかな性格なので、皆を受け入れて娶ったのだ。
しかし、この三人は押し掛けて来るほどなのだから、性格にいろいろと難があって、屋敷はいつも大変の様子で、最近では佐井は、屋敷には帰らずに軍宿舎で過ごしているほどだった。
つまり、ほったらかしなのだ。
それから、二位の雲居にはつい最近生まれたばかりの娘が居る。妻は一年ほど前に娶ったばかりだ。それなのに、そこに悠理様をなど、屋敷で妻はどう思うものか。悠理様が入るとなると、屋敷は増設する必要があるだろう。まだ子供が生まれて間もないのに、そんな騒がしい様になるのは、考えても良くないだろうに。
しかし、軍神家系は皆、皇女が欲しいもの。なので、本人の意思でなくても、親戚からの圧力も、あったかもしれないと思えた。
佐紀が一番気になったのは、八雲だった。
八雲は、まだ200歳ほどだが優秀な軍神だ。まだ妻もなく、独身なので屋敷へ入るのも問題はない。だが、問題なのは、八雲の素行だった。
それが悪いとは言わないが、八雲は己が理想とする女を探すのだと言い、あちこちの女を品定めしては庭などを共に歩いている。それでも、その女を娶ることは無く、気を持たせるだけで幾人も放置しているのは知っていた。
八雲にしたら、妻にするのだからと考えあぐねているだけなのかもしれないが、女にしたらたまらない。
気を持たせるような事を言うので他の男に行くわけにも行かず、そんな女とよく、宿舎近くで夜に言い争ているのを聞くことがあるほどだった。
そんな男に娶られて、悠理が幸せになるのだろうか。
そもそも、そんなあちこち気が多い男が、悠理を娶ったからと素行を正すとは思えない。
しかし、どう考えてもこの上位三人の内、誰かしか勝ち抜く未来が見えなかった。
佐紀が、そう思いながら険しい顔をしていると、箔真が窺うように言った。
「その…主は出ぬか?」佐紀が、ハッと顔を上げると、箔真は続けた。「我としては、兄上としても、主が名乗りを上げてくれたらと思うておるのだ。こうして見ると、上位三人が勝ち抜く可能性が最も高い。だが、三人が三人とも、その…いろいろと問題があって。姉上に、このまま見せることが出来ぬのだ。どう考えても、姉上が幸福になれるのかという想いがあって…我も、兄上も、不幸にしたいから軍神に降嫁させようとは思うておらぬから。」
佐紀は、息をついて首を振った。
「我はもう350でございます。もう100ほど若ければ、もちろん出ようかと思いましたが、悠理様にも我に嫁ぐなど考えられますまい。まだ成人されたばかりであるのに。」
箔真は、息をついた。
「主が否と申すなら、この三人しかないのであろうの…しかし、誰に決まっても案じられる。」
それは佐紀も同じだった。
確かに悠理は、素直だし鷹の王族であるから華やかに美しいし、立ち合いに向かう姿勢も真面目で努力家だ。自分だとて、若ければ恐らく、真っ先に名乗りを上げていただろう。
だが、今はもう、350になってしまった。軍務一筋でここまで生きて来て、悠理は今200歳。人に換算すると神の寿命は人のちょうど10倍になるので、20歳と35歳という感覚になる。
佐紀は、息をついた。だが、確かに箔真が言う通り、あの中では誰に嫁いでも問題があって悠理は幸福にはなれないだろう。悠理の性格であれば、先に居た妻に気を遣い、自由に振る舞えずに萎縮してしまうような気がする。
佐紀は、どうしたものかと考え込んでいた。だが、答えは出なかった。




