始まりは最悪の日⑥
架純は手に持っている昼の紅茶は買ってきた亮二は口をつけていない、もっと言えば、完全に誰もボトルに口をつけてはいない。冷えていることも考えれば、近くのコンビニとかスーパーあたりで買われたばかりのものであろうと判断した。
しかし、現に一口飲まれている以上は、亮二の自己申告がウソの可能性もあることを否定できないとも思えた。さっきのあれだ。今の所、なかなかに信用ならない、思った以上に油断ならない人間だあの男は。
しかし、そう思いながらも、架純は昼の紅茶を飲んでしまいたいと思った。亮二がやっていたように上を向いて、流しこむように飲んだらいいのだ。
しかし、その試みは失敗に終わった。思った通りの場所に液体は流れ込まず、少し口を外してしまって望まない場所に零れ落ちた。
架純は慌ててペットボトルを傾けるのをやめたものの、口元を外れた昼の紅茶が首筋を流れ、胸元に昼の紅茶が伝うのを感じた。服が少しだけそれを吸い込んだ。
架純は胸元を眺めならつまみ、やってしまったと思った。ペットボトルを持っている手の腕で自分の口元を拭う。
何かもう小さくやけになっていた架純はもう普通に口をつけて飲むことにした。頭の片隅にどうしても飲みたいのならペットボトルの口を水で濡らして拭いて、コップに注いで飲めば済む話ではないかと理性が語り掛けてくるのを自覚していたのにそれを意識的に無視し、気づかないふりができる間に済ませてしまおうという思いにかられた。
そして一呼吸置いた後、思い切って昼の紅茶のボトルに口をつけて両頬が軽く膨らむ程度に口に含んだ。
そしていよいよ飲み込んでしまうぞ、という時にスマホの着信の音がした。Lineの音だ。
架純は片手にペットボトルを持ったまま、W字に足を床につけて座ったまま空いている手で上半身だけ傾けてスマホを取り、ラインの内容に目を通した。亮二からだ。
〖昼の紅茶まだ飲んでない?〗
〖うん。まだ飲んでいない〗
〖良かった、よく考えたら口付けて飲んでた〗
架純はその文言を見た瞬間に口の中に頬張っていた昼の紅茶を吹き出しそうになった。
どうしようかと右往左往し、バタバタ部屋を歩き回った。キッチンの流し台に吐き捨ててしまおうとも考えたが、むせてきてしまい、それがこらえきれなくなって身動きが取れなくなって何とかむせるのを堪えた。
涙目になってきて、このままだとカーペットに噴き出してしまうことになる、それだけは避けないといけない、両手で口元を覆いながらそわそわと動き回る。そうしないと部屋が大惨事になってしまう、と慌てながらも何とか落ち着いて頭を冷静に働かせ、色々な判断が頭をよぎったが、もう飲み込んでしまうしかなくなり、ついにはごくりと飲み込んだ。
〖捨てておいて〗
〖分かった処分しとく〗
「キッスした後に・・・間接キッスとか・・・」
はあはあ息を切らしながら、そうLineで返した後、架純はのどの変な感じがなかなかとれなかった。苦しかったために肩で息をしながらその場に寝込んで、涙目でせき込みつつ、片方の腕を額に押し当てて休みながら呻いた。