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白秋   作者: Kakka
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後編


四   蒼い春


 深い深い秋が来たが僕のお笑いには飽きが来ない。お後がよろしいようで。そう付け足して僕はまた窓から野球部を見てた。グラウンドに生えている木々は裸になり冷たい空気が針の様に野球部の彼らを刺している。彼らは負けじとバッティング練習を続けている。二人の女子マネージャーがせっせと重そうな籠を持って部室に運んでいる。頑張れ、と声を掛けたくなるが僕にはそんな権利が無いので飲み込んだ。何を運んでいるのだろう。考えたが答えが出るわけでもなく野球道具と回答欄に書いた。文化祭は来週の明日に迫っていた。

僕らにあったネタ。僕らがフィットできるネタが無いかと僕はライブで疲れた体に脳と言うジョッキーが鞭を打った。そして探し、いくつか候補を挙げた。そこで僕らがこれにしようと決断したのは二○十四年の「THA MANZAI」あの「博多華丸・大吉」さんが優勝した年のファイナリストである「アキナ」さんの「遭難」と言ったネタだった。関西弁を標準語に直しても余り違和感を感じないのが最大の要因だった。

そして僕らはある重大なことに気付いた。と言うかなぜ今まで気づかなかったのかは分からない。一番大事なコンビ名を忘れていたのだ。久しぶりに星野先生と僕と夕の三人で昼飯を食べているときに星野先生が切り出してきた。

「前から気になってたんだけど、コンビ名なんて言うんだ?」

「「あ・・・」」

僕らは綺麗にシンクロした。ハムカツを頬張ろうとしていた僕と珍しく白飯を食べている夕は見合った。

「え?もしかして決めてなかったのか?」

僕らは黙って頷く。

「おいおい、文化祭のパンフレットに書かないといけないんだぞ。明日までに考えてこい。」

星野先生が笑いながら言った。僕はこういうのはとても悩む。ゲームの名前を決めるのに、二時間かかったこともあった。また時間がかかってしまう・・・そう思った時だった。夕が言った。

「モーニングムーンでいいんじゃない。略称はモニムンで決定」

両方の苗字の頭文字をとったのか矛盾しているように思えた。だがなんかしっくりくる。夕は直感を大事にするので色々と助かることもあった。

「光はそれでいいか?」

「はい、もう好きにしてください。」

僕は笑いながら星野先生に言った。今日がコンビ結成日になるのかな、と二人で話すと、ぶっちゃけコンビ結成日なんか関係ないぞ、と星野先生が言った。その後に、どれだけ早く事務所に入るかだな。と笑って言った。

そして僕らはモーニングムーンとして今日からまたネタを合わせた。

ネタ合わせの時には星野先生は会議に行ってしまったのでネタは当日見せることになった。先生も楽しみにしてるから何も言うなよ、と言ってくれたが先日予定が急に変更し、先生はその日サッカー部の試合と重なって文化祭にはこれないと言っていた。こんなことは初めてだと言っていた。サッカー部の友達も楽しみにしていてくれたのに残念だった。夕が少し悲しそうにしていた。我慢を覚えさせられるためにおもちゃを買って貰えない保育園児が駄々をこね、泣き終わった顔のようだった。だが夕はその後に頬はペチッと叩き、ネタやろう。と言ってきた。

僕は三分三十秒のネタにアレンジを加え五分近くのネタにした。大作だ。と二人で言い合った。最後の方は僕が書き足したものだ。夕がネタを合わせる前に何かを準備していた。それは家から持ってきたであろう三脚だった。スマートフォンも付けれるんだ、と開発したかと思うほど自信満々に言った。サッカー部と星野先生に見せる為だ。と言った。

「よし、やろう。」

夕が深呼吸をして言った。何故だかカメラに撮られていると思うと緊張感の質が高まった。本当に本番のように感じた。僕は夕が録画ボタンを押そうとしてる間ずっと台詞を復唱していた。そしてピッと音が鳴った。夕が僕のいる下手側にカメラに写らないように移動してきた。さあ始まりだ。


「えーん、えーん」

「あれ、迷子かな、話しかけよう。」

「僕、お名前は?」

「朝野です」

「月山です」

「「どーも、モーニングムーンです。お願いします!」」

元気よく僕ら二人はカメラ目線で言った。この掴みは「磁石」さんを真似た。掴みは大事だ。第一印象は人間だけでなくコンビにもある。

「いや~、すっかり夏ですね。皆さんの格好も」

夕が何食わぬ顔でいないお客さんに語るように言う。

「この人住んでる国違うんですかね。皆さん長袖ですよ。」

僕は夕の方に体を向た体を少し開き顔もお客さん側に向けて言った。

「秋ですよ、秋。」

僕は母が子を笑いながら少しだけ叱るような口調で言う。次は夕の番だ。

「まあ冬も近づいてきて、これから寒くなって雪が降りだすとね、」

夕が本題を提示してきた。

「はい」

僕はすぐさま相打ちを打つ。

「事故が色々と増えるんですよ。」

事故と増えるを強めて夕は言う。

「まあそうですよね。いろいろありますもんね」

僕は初めから答えを知っていたかのように言った

「そうなんですよ。中でも、怖いのがね。雪山の遭難。」

 夕が怖い話をするかの如く感情をこめて言った。

「遭難のニュースとか見かけたりしますよね。」

しっかりと言葉のキャッチボールをする。ここ何か月かで配給の技術も上手くなった。

「でもね、やっぱり僕思うんですけど。」

夕が神妙な面持ちでお客さんの方を見て僕に言う。

「はい」

すぐに僕は返す。

「あれ、冷静に対処したら大丈夫だと思うんですよね。」

夕が落ち着いて他人事のように話す。

「いやでも、雪山なんかで遭難とかしたら、ケータイの電波も繋がらない。一面雪で真っ白。生きるか死ぬかの境目。絶対に不安に襲われて怖いですよ。」

僕は夕が言っていることを真っ向から否定しお客さんに向かいどう思いますか、ありえないですよね。といった表情とジェスチャーをする。

「・・・・・・、そうなん?」

少し時間を空けて真顔で洒落を利かす夕を見て毎回僕は笑いをこらえる。夕は一回スイッチを入れると役に入り込む。入り込むというよりその役が憑依すると言った方がいいだろう。

「いらんいらんいらんいらん。そういうのいらないです。」

僕はこみあげてくる笑いを沈ませ、左手を振り突っ込む。

「あー、そうですかそうですか。」

両手をいじくりながら少し悲しそうに夕は言う。

「じゃあ、無事対処できるってことですよね。夕さん、今から一緒に雪山行ってみて遭難してみましょう。」

僕は夕を父親が子供ととる相撲の様に、上から相手がどんなであるのか確認するように言った。すると夕は

「名案ですね。行きましょう。」

右手を握り左手にパンッと当てる。合点がいったことを示し、夕と僕は少し身を縮めて寒さに耐えながら歩く遭難者二人を演じる。

「うわぁ、酷いな。こっちであってるんですよね。夕さん、地図どうなってる?」

 僕の中のイメージではここはまだ吹雪いておらず、少しだけ周りも見える、と言った状況を思い浮かべてながら言った。る中でどうしたん?

「うわぁ!」

 夕が急に声をあげて言う。そして僕は本当にその状況になったかのように発言する。

「大丈夫か!?どうした?」

 僕は夕の方を向く。

「ポテチパンパン!」              

 ここから怒涛のボケとツッコミが始まるボキャブラリーテストの時の様に僕は夕の言葉に脊髄反射して答える。まるでAunt と聞いたらすぐさまありを思い浮かべるような感じだ。

「気圧でな」                           

「夕さん、本当にこっちでいいんですよね。」              

「大丈夫!?どうした?」                      

「めっちゃ乾燥してる」                       

「生まれつき!なんで急にここで吃驚すんだよ。ちょっとストップストップストップ。あのそういうの別に求めてないし迷うところからでいいんで。そしてココでケータイの電波を確認する。」               

「うわ、電波ない!」

「ギリある!」

「ギリあったらダメでしょ!」

「そこはお互い電波はない!」

「ふたりとも電波ないぞ!」

「そうこうしてたら突然吹雪いてくる。」

「ちょっと踊らん?はっはっは!」                                   

 夕はステップを踏む。これだけでも少し様になるのが腹立たしい

「そんな余裕は無い!吹雪いてきてる。吹雪いてきたら、俺はどんどんどんどん不安になってきてるから、俺に対して頼もしい言葉をかけてあげる。」

「俺さあ、鮭フレークあったら何杯ご飯でもいけるだよね!」

「なんの頼もしいことを言ってんだよ!フードファイターか。俺を安心させてあげる言葉をかけてあげる!一言でもいいから!」

「し」

「一文字!違う違う!一言!安心させる言葉!」                          「学生無料」                             

「何に対して!?おかわりかな!?ラーメン屋かなぁ!?違うって。笑顔にさせる言葉!」

「えっ、ちょっと痩せた?」

「えっ、本当?うれ・・・・違う!!」

「ねぇ、何してんのさっきから。昼休みとしてること変わらないじゃん。俺が全部教えないといけないのか?」                 

「うん」

「素直でよろしい。」

「ここで俺らは寒さをしのげそうな場所を見つける!」

「マックだ」

「山小屋ぁ!で中に入る!」

「プラハ」

夕はそう言って彼の目の前に自動ドアがある様に両手を使って見せた。

「ボケの渋滞過ぎるわ。自動ドアはウィーン。土地が違うわ。何で隣国に行くんだよ。あと山小屋は自動ドアじゃない!ここで鞄の中に食料が無いか探す!」

 僕ら二人は鞄を取り出して探す振りをする。

「あっ」

「夕さん何かあった?」

「探してた消しゴム」

「なんだよ!」                                         「あっ」

「あったか!?」

「この前のプリクラ」

「後にしろよ。今置かれてる状況考えろや。そこは一掛けのチョコが見つかったぞ!だよ」

「ひとかけのチョコが見つかったぞ!」                           「そう!で二人でそれを分けて食べる。」

 夕は両手でやっと持っているかのように見せた。

「大きい、大きい、大きい。一掛けって言ってるからこれくらいだろ。よしわけよ。」

「帰ってから食べよかな。」

「言ってる場合か!」

「飯食って来たし。」

「死んじまうわ!」

「じゃあもう食べたでいいや。」

「チョコを作ってくれた企業の方々、カカオを育ててくれた遠い国の方々。とても美味しかったです。ご馳走様でした。」                        

「育ち良すぎるだろ。天皇陛下か。そして体力も消耗してきて、食料も尽きた。そこで俺はこう口にする。夕さん俺眠くなってきた」

「もたれていいよ」                                       「寝かすの一番ダメ。禁忌肢だわ。そこは寝かさないように俺の肩を揺すって起きろ~!って言う!」  「おきろー!」

そう言って夕は自分の肩を揺らす。                                「いや、俺に俺に俺に!俺に起きろ!それでも俺は寝ようとするから寝かさないように友達としてしりとりとかする!」                          

「俺ら何時から友達なったの?」                          

「怖い怖い怖い。一気に目冷めるわ。そういうのいいからしりとりをする!俺からな!リンゴ!」    「ゴール」                                        

「ルアー」                                      

「アーセナル」                                         「ルール!」                                          「ルーブル」                                          「勝ちに行くなよ」                                       「えっ」                                            「勝ちに行ってるでしょ。これはずっとしりとりすることが目的!勝ちに行くなよ。でここで寝たらどうなるかをしっかりと教えてあげる。」                         

「背中痛くなるよ」                                

「今そんなこと言わない!」                                   「首寝違う!」                                         「そんなことも言わない!」                                   「ここで寝るということはな、死ぬことに繋がるんだぞ!」                    「そう!そこでもう一個目の覚めるような一言!」                         「結婚するんだ」                                        「なんで今!?。せめて違うとこで言って。」                           「そして、何とか耐え忍んで朝を迎える!でいい!」                        「まっぶ」夕は目を細めた。                                   「いらないことすんなよ!」                                   「そしたら俺はこんなことも言う。夕さん。俺もう体力の限界。夕さんだけでも下山してくれ。」    「ええんか」                                   

「納得すんなよ!そこは何言ってんだよ!って言う」                        「何言ってんだよ!」                                      「そうそうそう」                                        「何言ってんだよ!」                                      「そう!」                                           「何言ってんだよ!!」                                     「多い多い多い。そんな種類無いから。すると俺はこう言いだす。実は俺黙ってたけど足怪我してる。」 「関係ない!」                                         「めっちゃ腫れてる」                               

「友達だろうが!」                                 

「骨折れてるかもしれん」                                    「お荷物じゃん」                                

「言うな言うな!そんなこと!そこは何が何でも一緒に帰るからな!って言う!」           「何が何でも一緒に帰るからな!」                            

「そう!そしてここで希望に満ちた言葉!」                        

「明日学校行ったら五連休。」                                  「ちがう!そして俺らは下山する!下山していると倒れている人がいた!夕さんはまず何をする?」   「二度見」                                          「違う!」                                        

「インスタのストーリーに投稿」                               

「日本人の良くないところ!まずは生存確認!」                         「起きろー!」夕は肩を掴み全力で揺らす。                            「優しく優しく優しく!加害者になっちまう。肩をやさしく叩いて大丈夫ですかと聞く!」       「大丈夫ですか?」                                       「そう!そしてこの人が生きていることを確認した!そしてこの人を運ぶ!」             「また荷物増えたじゃん」                               

「おい!そういうことは言わない!」                              「これで運ぼう」                                      

「なにこれ?」                                     

「板チョコ」                                        

「運べるかあ!」                                        「「どうも、ありがとうございましたー。」」

 夕がカメラを止める。録画していたのは五分二十五秒となっていた。上手くいけたなと二人で言い合った。念のため僕ら二人で録画した映像を見た。産んで育ててくれた両親に悪いが僕は僕の顔が嫌いなのでなるべく夕の顔を見るようにしていた。                               「少しここ早口かもな」                                

「もっとジェスチャー大きくしないとかな」               

 挙げればきりがないだろう。でも今日のネタの出来については二人とも満足していた。たまには少し自分たちに酔ってもいいじゃないかと夕と笑いあった。ネタ合わせをした日付のところに赤い丸が付いた壁に雑に貼ってあるカレンダーが僕らを見ていた。あと文化祭まで一週間ですと言っているようにも見えた。

 何故だか分からないが僕は最近自慰をしていなかった。大体一週間に三、四回していたので少しきつかったことはきつかった。一種のげん担ぎだった。禁欲は体にいいとされていたりされていなかったり、どっちなんだ、とツッコミを入れたくなる。今日も、インターネットには流言が出回っている。そういえば男性が絶頂に達する時のIQは四くらいだ、とインターネットで読んだなと思った。知ってて得する人などいるのだろうか。

 そんなくだらないことを考えて僕は電車に揺られた。夕がLINEで送ってくれた動画を電車内で見返す。下手側が夕。上手側が僕だった。僕は右手の親指で自分の顔を隠しながらネタを見ていた。そして動画サイトで本家のネタを見て少しだけ近づけたのでは、と考えたがすぐさまあのゲストバンドの言葉が自分の体に響き反響する。

「オリジナルだからと言ってカッコいいわけじゃない。コピーだからかっこ悪いわけじゃない。比べることが間違っている。」    

 そんな感じの言葉だったよなと思った。時間が経ち、その言葉は何回も僕の中で咀嚼されて原形を留めていなかったが僕なりに解釈した言葉と変化していた。家に帰ると妹がいたので妹に見てもらうことにした。僕の家族は父親以外はゲラなので妹はそれを見てゲラゲラ笑ってくれた。僕は少し有頂天になりぐっすりと寝れた。

文化祭の日に県内に台風が通過すると知ったのはネタ合わせで成功した次の日だったと思う。朝七時に起きてニュースを見ると女性の天気予報士が与えられた原稿をそのまま読んだかのように読んだ。そして僕の県内のニュースに切り替わった。僕の県内で殺人が起きたらしい。物騒だ。と思う自分と遺族の気持ちを考えた自分とBGMのように聞いている自分がいた。昔妹と一緒に新聞を見ていたときに妹が両手を握って何かを祈っていた。何を祈っていたの、と僕は聞いた。すると妹は笑顔でこういった。           

「次のページで誰かが死んじゃっていませんようにっていのったの!」   

妹は当時小学校二年生僕が三年生の時だったと思う。妹曰はく結構前の新聞の一面に広告か何かで何かのページの一面にその言葉が載っていてらしい。妹は今も祈っているのだろうか。僕らは何時からそのことに対して慣れてしまったのだろうか。

 文化祭前日僕らの県内は波浪注意報、大雨注意報が出ていた。けれど朝晴れていたので僕は高校まで自転車を漕いできた。天気予報なんてそこまであてにならないだろうと思ったのだ。僕は最近体力をつけようと思い片道三十分をかけて自転車を漕いでいた。とても清々しく、気持ちよいも尾だった。僕の父方の祖父が自転車屋なので昔から自転車と触れ合う機会が多かった。最近祖父にあっていないなと思いその日も学校で通学した。午前は晴天で雲も全然なかった。なのに急に午後になると天気は急変した。まるで日本を代表するアニメ映画の一つのシーンにある巨大な虫の大群が押し寄せて来るかの如く雲は青い空を隠した。そこからは酷かった。窓を閉めているのにもかかわらず雨風の音がクラスに響いた。僕は自転車は学校において行こうと考えた。そして放課後に部室で夕と最終チェックをすましていると星野先生がにやにやしながら入ってきた。そして星野先生が口を開いた。                      

「いい報告がある。・・・明日のサッカーの試合が延期となった」               

その言葉を聞いた瞬間に夕の顔が綻んだ。そしてやった、と小さく笑い僕の方を見た。         「絶対に成功させようね」                           

急に当たり前のことを言って来たので僕は何当たり前のこと言ってんだよ、と頭をパンっと叩いた。その音が部室に響きその後に部室に笑い声が響いた。

「九時半スタートだよな?」                        

星野先生が帰り際に確認してきたので僕らははい、と答える。

問題はその後だった。僕は夕が一本早いので帰ると言ったが僕は乗り換えの電車がその時間帯に通っていないので久しぶりに部室で一人で暇をもてあそんでいた。定期を出しておこうと期限が切れた何百円かチャージしてある定期を探したが見つからなかった。家に忘れてきたかと思い財布を探したが財布もなかった。やらかしたと思い僕は自転車で帰る決断をした。その分明日はきっといい日になると思い歌を口ずさみながら自転車置き場まで行った。雨は小雨だったのでついているなと思い学校においてあったごみ袋用のビニール袋をこっそり盗み鞄が濡れないようにして自転車のかごに入れた。雨に濡れないように僕は自転車を安全かつ最速のスピードで家に帰った。最初の十五分は順調だった。ウインドブレイカーがしっかりと雨風に対して護衛をしてくれた。だがそこから急に雨雲が本気を出してきた。さっきは僕を弄んでいたのかと感じる程の大雨だった。よくニュースでバケツをひっくり返したようなと形容されるが本当にそう感じてしまう程の雨だった。四時五十分に家に着いたとき、僕はずたぼろだった。体は冷えてくしゃみが出る。早く着替えをすまして風呂に入ろうと思った。

気が付くと僕は自分の部屋で寝ていた。家に着いたのが五時前であったのを思い出し今は何時だ携帯を開く。七時前を時計は刺していた。少し頭痛がする頭を持ち上げて起きる。その瞬間経験したことのない眩暈がした。僕は少しベッドに張り付いていた。

「三十七度二分。微熱だね。寝れば治るんじゃないかな?」       

妹の蓮華がソファに座り僕の体温を測ってくれた体温計を見て言った。               「まぁ、財布と定期とかの大事な物をこういう日に忘れるのは朝野家の遺伝なんじゃない?ママの病気が移ったね」              

 笑いながら言う妹の話をボーっとしながら聞いていた。うちの家族、と言うかうちの母方の家系は典型的なおっちょこちょい、世間一般的にはドジやら天然、など腐るほどに呼び名がある。それを昔から僕の家は病気と言う。天然と聞くと可愛らしいが実際はそんな可愛いもんじゃない。母の例を挙げると、まず僕と妹の呼び間違いが酷い。母方の祖母もそうだ。シャンプーを流さないまま風呂をあがる、等あげたらきりがない。少しそのこと思い出して笑った。                          

「まぁ早く寝て明日に備えてよ。私も見に行くから」           

「ありがとう。二階行くわ。」                     

「おやすみー。あっ、お兄ちゃん、マスク!」                 

 蓮華は僕に箱に入って地層の様に重なっているマスクを取り出し一枚僕にくれた。          「あっごめん。ありがと、じゃあお休みー」                

「お休みー」

私が思うに、ぶっちゃけ兄は頭がいいと少し剽軽者以外にそこまで取り柄が無い。楽器も弾けるか、と私は兄の顔を思い浮かべる。兄にはまだ言っていないがその兄とコンビを組んでいる月山夕さんの妹の月山史緒里ちゃんと私はピアノ教室が一緒だった。今は違うけど。だけれど今も毎日と言ったら少し言い過ぎかもしれないけどLINEで話している。昔から母親同士も仲が良かった。私たちは二人とも兄に言っていない。今度遊びに行くときに兄も連れて行って驚かせようとしていたのだ。                   「さあねー。でも光最近生き生きしてる。親としたら勉強とか頑張るよりも光の今したいことを頑張ってほしいから良いと思うよ」            

「じゃあ、私も勉強しなくていい?」                    

「あなたはしなさい。光と同じ高校行くんでしょ?」                   

「はぁ~い」                                   

 そう言って私は二階の自分の部屋に行った。私の今の学力では兄が行っている高校は難しいのかもしれない。何故か私はよく頭良くないと思ってた、と言われる。なんで、と聞き返すと、顔的に。と言われる。私は顔で判断されるのが一番嫌だった。  

「蓮華ちゃんは顔がいいから私の気持ちなんか分かりっこないよ。」   

 昔仲良かった子に言われた。その子は私と仲良くしてくれた。とても気さくで明るい子だった。けど、仲良くなって五か月位した時にだんだん話してくれなくなった。理由は私がその子よりも可愛いからという意味の分からない理由だった。陰でその子は釣り合ってないよな、などの陰口を男子から執拗に言われたらしい。私は友達を作らなければいいのかと思った。                   

 そんな同級生に比べて兄は見た目で人を判断するのが嫌いだった。私が小学校六年生の時に家族でショッピングモールに買い物に行った。兄と私は本屋に行った。何分かしたら食品売り場のとこに来てと親に言われた。その時間になり兄が私に行こう、と言った。その時だったと思う。おそらく知的障害を持った男の人がすれ違う人に道を聞いていた。周りの人は無視をするか、魔女でも見たかのように目を合わせないようにしていた。最低だと私が思ったのは若い母親が三歳くらいの純粋な子の目を右手で抑えて見ちゃダメ、と言っていたことだ。私は酷く悲しくなった。そう思っていると兄は走り出した。私は着いて行かなかった。いや、着いて行けなかったのだ。周りの目が怖かった。傍から見ていたので会話の内容は分からなかったが兄はその人の手を取り目的地へ連れて行こうとしていた。その時私はようやく兄の元へ向かった。兄は先に行ってていいよ、と私に行ってくれた。私はそれに従った。兄がその男の人に笑いながら話しかけているのが今でも覚えている。兄にその後何で助けたのか聞いた。すると兄はこう照れくさそうに言った。    「情けは人の為ならずじゃん」                        

私はその時に改めて良い兄を持ったと思った。

目が覚めた。時間を確認する。午後十一時三十分。僕はあと三十分後に迫った明日に立ち向かう準備が何も出来ていない事に気付いた。頭が痛い。そんな時だった。また何かの連想ゲームの様に、何の拍子かは分からないが僕の心の中に一つの最低な考えが浮かんだ。 

「明日の文化祭を休む」    

 そんな考えはすぐに捨て去った。けれどゴミ箱に投げたそれは大きく軌道を逸らし全然違うところに落ちた。その瞬間にどんどんと火にガソリンを注いだようにその考えは脳内に広がっていた。ここまで来ると僕は昔の僕になっていった。僕の中で何かが戦っている。酷い眩暈がまた襲ってきた。急にその考えが脳に耳を通さず直接来た。                                

「休んだところで何をするんだ」                                  尋ねるように僕は言う。                                   「最近意味ない頑張りしすぎだよ。おまえ。たまには休めよ」            

 何かはそう言った。褒められているのか、と僕はたじろぐ。                    「明日の為に頑張ってきたんだ。お前もそれは分かるはずだ」           

 慌てて僕は言い返す。                         

「所詮、アマチュアじゃないか。所詮高校一年生のガキ二人じゃないか。誰もお前らのことなんか見てもないんだよ」               

 何かの声が僕を殴るように響く。そして続けた。                

「俺はお前だ。そしてお前は俺だ。これもお前が作り出したものだ。芸人になって売れると思ってんのか。たかが三か月、何かに味を占めて碌に勉強もせずに何してきたんだよ。お前が見下してたやつにテストの点数完敗してたじゃないか。でもなんだ?俺にはお笑いがあるから、俺にはこれがあるから。これを今は頑張っているからだ?調子に乗ってんじゃねーよ。お前なんか何もできない人間なんだよ。何一つ成長できないんだよ。お前さ、夕と会って変われるって思ってたんじゃねーの。周りが変えてくれると思って何一つ行動してないんじゃねーの?」  

「違う違う違う!俺は変わった。自分で変わったんだ。自分でネタも書いた。何時間も何十時間もネタ合わせした」 

 まだいまいち把握できていない、何も分からない状況で僕は言った。以前どこかで来たような場所だったが思い出せない。何の夢で訪れただろうか。                

「その結果は何だよ。世間様が求めるのは結果だぜ?動機でもなければ過程でもない。動機や過程が注目されるのは結果残した人だけだ。受験もその漫才の大会も結果で第三者は判断すんだよ。成功者しか生きて行けねーんだよ。そのためにお前のクラスの奴らは必死だぜ?あいつよりも上に、あいつよりも上にってな。スクールカーストを気にして平気で犯罪も侵すような奴らだ。勉強も部活も何もしてないお前が成功するだ、変わっただ、何だ甘えてんじゃねーよ。お前はお前が思っている何倍も未熟で青くて何一つできない。何かのアドバンテージがあったところで何か褒められるわけでもない。社会的地位が上がるわけでもない。子供だましはやめな。現実を見ろよ。お前と同年代の奴見てみ?オリンピックで金メダル争いをしてる奴もプロとして活躍してる奴も新星だってメディアに騒がれている奴もいるぜ?お目は今まで何をしてきたんだよ。周りの現象が、周りの大人が、周りの環境が何かしてくれるって思ってたんだろ。環境が変わってお前がテレビで見る同年代のスターと同じ状況下に立ったとしてもそいつみたいにはなれないぜ?今まで努力もしてこなかった奴が、努力できる状況に置かれた時もあった奴がたった数か月で変われると思うか?お前の死んだ友達泣いてるぜ?あいつの無駄にしている時間が欲しいってな。お前の動画サイト見てる時間やネタ作りしてる時間、自慰行為をしてる時間、適当にだらだら過ごしている時間を死んだ偉人に分けることが出来たらこの世界は素晴らしくなるだろうな。お前みたいな人間は生まれてこなきゃよかったのにな。お前みたいな人間は出来た人間の邪魔をしないで早く死ぬのがいいんだよ。今なら逃げれるぜ?恥かかないで済むぜ?お前は不良品であいつらが良品だよ」                         

 これは夢なのだろうか。目の前にいるのは何時かの僕だ。僕よりも身長が高いので分からない。そいつが銃を持って僕に銃口を突き付けている。言っていることも何が何だかわからない。滅茶苦茶だ。だがその滅茶苦茶な言葉が僕の体を蝕んでいく。水が新聞紙に染み込むかのようだった。真正面の男が銃を撃たなくたって僕はこのまま死ぬだろう。結局僕は昔の僕を超えることが出来なかった。結局あいつの言っている通りだ。環境が変えてくれると思ったのだ。やらない道を進んだのだ。

 目が覚めた。最悪なバッドモーニングだ。時計を見るとまだ四時だった。下に降りて体温計を探し上に戻りベッドの上で測る。ピピッと音が鳴った。 

「三十七度か・・・」                          

 僕は言ったのか言ってないのか分からないぐらいの声で呟いた。少し体温計を脇で擦る。デジタルの表記は三十八度三分まで上がっていた。僕はそれをスマートフォンで写真に収めた。パシャリっ。空虚な音が部屋に響く。夕はどう思うだろうか。こんな最低で最悪な相方に二度と顔なんて合わせてくれないだろうなと思う。楽しかったな。あいつの初めの登場の仕方は今だったらありえないよな。そう思いながら僕はLINEを開く。右手が少し震えるのに気付いた。武者震いか。昨日はLINEを開いてなかったので公式アカウントがトークの上の段を占めている。その中に一つだけ普通のアカウントで一件だけLINEがあった。夕だった。僕は夕のトークを開いた。

「いよいよ明日だな。頑張ろな。」 

 そう書かれていた。脳の中に夕の声で再生された。その下に僕はさっき撮った写真を送った。                   

「ごめん!ごめん!本当にごめん!」

と僕は文字を打つ。小声で言ったごめんな、が部屋に吸い込まれた。


その次の日僕は何回も狂った様に自慰をした。汚い醜い欲で心に空いた穴を塞ぎ込もうとした。けれど手に入れるのは虚無感と自己嫌悪と罪悪感だった。一瞬の快楽が嘲け、蔑み、哀れむかの如く僕の肩を叩いた。

 僕は怖くてLINEを開けなかった。家族は体温計を見て察してくれたのかゆっくり寝な、と優しい言葉をかけてくれた。その鋭利な優しさがまた僕を傷付けた。演技で薬も飲んだ。寝ようとしても寝れなかった。本当に戻ってこれなくなりそうな不安があったからだ。集合時間の九時になった。今夕はどんな気持ちなんだろうか。ごめんな。ごめんな。僕は悔しかった。結局自分の弱いところに負けたもっと弱い僕が。昨日のあれを思い出して苦しくなる。微熱でもこんなに苦しいのか。それとも自分で自分の首を絞めているのか分からなくなった。すると急激な眠気に襲われた。薬の所為かもしれない。いっそのこと永遠に眠らせてくれ。

LINEを開けたのはその次の日の日曜日だった。既読が付かないように長押しをしながら見た。二件あった 「え・・・大丈夫?ゆっくり休めよ!何とか星野先生と相談して頑張るわ」これが七時十二分の返信だっ

た。胸が痛くなり同時に頭痛もした。                       

「光!大成功!みんな笑ってくれた!大爆笑だった!動画撮っていてほんと良かったわ笑」       九時三十六分の返信だった。僕はすぐLINEを返した。             

「ほんとに!?良かったー。ごめんな」                 

その後僕は悔しさと自分の不甲斐なさで溺れ死にかけた。

文化祭が終わった後、僕は夕とあまり話さなくなった。理由は二つあった。一つ目は僕が合わせる顔がなかったこと。二つ目は部室が使用禁止になったこと。僕らや星野先生が何かをしでかしたわけではなく今まで使われていた更衣室を綺麗にするため、ただ普通にそこが男子更衣室として使われるようになった為に必然的に部室がなくなったのだ。そしてその所為か僕らは合わなくなった。

 

 そんな時だった。蓮華に遊園地に行こうと言われたのは。僕は初め乗り気ではなかったがこの淀んで濁っている汚水のような気持ちを濾過するにはちょうどいいかなと思い、行くと言った。肌寒い秋の朝の九時に家を出た。冬がベンチでウォーミングアップしている、と妹が言って来たので秋の出場時間短いな、と妹に言う。そんなくだらない話をしながら妹と一緒に最寄駅まで歩いた。その途中に手を繋ごう、と語弊で何時間も煮込んだ言葉を言って来たが人として、兄として丁重に断りを申し上げた。そして行く道中の電車の中で僕がポカリスエットを飲んでいる最中に妹に妹の友達も来るからと聞かされた。僕は今更踵を返すわけにもなく、仕方ないどんとこい、という風な余裕を見せた。けれどその友達は僕もよく知っているあいつだったとは予想できなかった。              

「「えっ、何でいんの」」                       

 遊園地の前の入場ゲートで僕が妹の友達と会った瞬間に発した言葉は妹の友達の兄が発した言葉と丸っきり一緒だった。その後に何故か笑いが込み上げてきた。そして二人で笑いあった。少し変な目で見られたが別にいい。そうだ。僕が求めていたのはこれだった。そして蓮華と夕の妹である史緒里ちゃんが色々と説明してくれた。二人を最初は驚かそうと結構前から予定を立てていたらしいが最近になり全然会ってなさそうで僕の生活に覇気がなくなったので解散したのではと二人で危惧していてくれたらしい。もう大丈夫だよな、と僕は言った。家族連れで賑わう遊園地にいる僕らを見て大体の人はカップルだと感じてしまうのではないだろうか。僕だけ顔のレベルが低いのは仕方がないが。

 僕らは小学生並にはしゃいだ。空いていたゴーカート乗り場にもうダッシュして行き、ゴーカートを小学生振りに乗った。夕が下手糞すぎて一周差をつけて勝った。その後はメリーゴーランド、コーヒーカップ、併設されているカフェで四人で昼食を取った後に観覧車に乗ることにしたが妹たちは二人とも高所恐怖症だったので僕ら二人で乗った。怖いくらいいい天気だったので景色は最高だった。こんな天気の日に死にたいなと思った。演技でもないことを考えていると観覧車は回り始め、県内の田園風景が綺麗に映えて紅葉して赤く染まった山が見えるようになった。

「なあ夕、文化祭の時、どうやって乗り越えた?」                         僕は聞きたかったことを率直に聞いた。                        

「急だな。」                                 

 頬杖をついて景色を見ている夕は有名俳優やアイドルの写真集の一枚でありそうなほどだった。夕はそっけなく答えた。                       

「急だ」 

 僕は言う。                                 

「休む時も急だった」                                 

 トーンを変えずに言ったのでからかっているのか、真面目に言っているのか分からなかった。    「それはごめん」                               

「なんで謝んだよ」                                 

 笑いながらこっちを向いて白い歯を見せて言って来たのでほっとした。           

「朝に知って、学校に着いてとりあえず星野先生に報告した。あんなに心臓の鼓動が聞こえたのは初めてだよ。最初は星野先生とやるっていう案も出たけど、流石にあれだったから、プロジェクターで動画を映して貰った。」                                

 大成功はそういうことかとようやく僕は理解をした。そう思ってから僕は夕と星野先生の漫才もみたいなと思った。                   

「結構受けたから有頂天になってな。サッカー部の奴も大絶賛だった」     

「ありがたいな」                           

 少しの間何も音を発さなかった。まるで会いたての時の部室のようだと思った。僕は今しか言えないと思って口した。                      

「夕、この話を聞いたら怒っていい」                        

「ドMだな」                                   

「ドは要らない」                              

「否定はしないんかーい」                               

 気付いたら結構な高さになっていたが頂上まではまだまだだった。そして僕は文化祭当日のことを話した。入りのトーンが低すぎたのか夕に怖い話?と聞かれた。そして一通り僕は話した。 

「嘘にしては誰も得しないな。それが本当だとしたら俺は言った方がいい。」             nその言葉が僕の反応を窺うように舐める。僕なりの懺悔だった。次に言われる言葉で僕の高校生活が終わったとしても覚悟は出来ている。                    

「医者いきなよ。」

「えっ?」

 間抜けな声を出してしまった。そして夕は笑顔で矢継ぎ早に言う。

「光にこの言葉をあげよう。」 


夕が息を吸い込んだ。そして笑顔で言った。                          「逃げた者はもう一度戦える」

その言葉が僕らを上に運んでいる球体の中で響く。僕は夕の声が耳に入っていくのを感じた。     「誰の言葉?」                                     

僕はそう言ってその言葉を調べた。                               「多分シェイクスピアでしょ」                                

何時かのドヤ顔を思い出すほどに自信満々だった。検索結果を夕に伝える。             「全然違う。デモステネス。古代ギリシアの政治家だってさ」               

僕はネットの記事の受け売りをする。                           

「政治家って何と戦うんだよ」                              

 夕は僕の言っていることが嘘であると言うように言った。それに対し自分自身に言うように言った。  「自分と戦うんだ」                          

「だとしたら夕は小さな戦士だね」                         

「当たり前だよ。人生初心者だし。スカートは舞い上がっていないし無いけどね」          

二人とも好きなバンドの歌詞をサンプリングした。                     

「あっそうだ、光。」                         

急にかしこまって名前を言われたので吃驚した。                          「なんだよ、どした」                              

「あのさ、・・・・・・・・」                                 

その日僕らが乗っている、いや日本の観覧車に乗っている人たちの中で一番笑ったであろう。それほどまでに夕の発言は馬鹿げていて、突飛で、面白かった。                                           


「うわっ、景色綺麗―!」 

 夕は観覧車の中で立ち上がって言った。目を太陽の様に輝かせて言った。つられて僕も立った。丁度僕らの漫才をする立ち位置と同じポジションになった。僕が上手で夕が下手だ。

 逃げた者はもう一度戦える。逃げた者はもう一度戦える。

 夕に言われた言葉を和笠奈々美の名前を覚えるように僕は心の中で唱えた。そしてもう一つの言葉をもう一度口で唱える。



「俺たちは、最強のコンビだ」



モーニングムーン結成から、つまりコンビ名を付けてから丸一年が経った。一年が経ったということは必然的に今は秋ということになる。まだ僕のお笑いに秋は来ない。むしろ深まるばかりだ。そして僕は去年の自分と心の中のあいつを見返すために文化祭のネタを三個書いてきた。どれも完璧に仕上がっている。どんなもんじゃい、と心の中であいつに中指をネタが出来たときに立てた。無反応だったのでつまらない。ネタ合わせをして完璧にした後は夕がステージ上でどういう始まりをするか、何から切り出すかを聞いて判断するだけだった。文化祭のためのセットリストなんて物は作っていない。あくまで即興。Top of the headだ。まあこれはネタ仕込みだが。そして出番五分前になった。少し舞台裏から体育館を見る。大勢の人でごった返している。いやいや出店の方に行けよ、と心の中で言った。そしたら夕が全く一緒のことを言ったので笑った。そして僕は心の中でもう一度あの言葉を唱えた。夕がこっちを見て笑って言った。                                     「何かこういう時にするルーティン考えない?」                   

 急に言って来たが僕も緊張はとんでもなくしていたので僕は首を縦に振った。夕が何があるかなと上を向く。                                   

「握手」                                      

 僕は一番最初に思いついた言葉を口に留めず吐き出した。               「えっ・・・?」                                      

 ハトが豆鉄砲をくらったという表現はこういう時にするのであろう。                「握手良くない?」                                       

 僕は繰り返す。                               

「気持ち悪・・・くもないか。サッカーだって試合前に相手選手とするし、決定だね」                                

 舞台下手側で僕らは握手をした。今までで一番力強くて汗ばんでいた握手だった。 

ステージの目の前にセットしていてください、夕にそう言われた俺はビデオカメラをステージ前の観客が座るための椅子の前にセットした。よくここまで頑張ってこれたもんだとしみじみ思う。去年はどうなるかとも思ったが一年後の今となれば朝野のあれも笑い話だ。朝野や夕、サッカー部の奴らがSNSで呼び集めた所為か人でいっぱいだ。               

 そういえば朝野は突然坊主になった時は笑った。学生時代に戻ったかのように俺は笑った。二年になって二人とも理系に進み、何の偶然か分からないが俺の受け持ったクラスに二人がいた。あの出来事の後から朝野は見違えるように変わった。クラス内でも活発になりいろんな人と話す様になった。写真部の女子と話したら思いの外怖くなかったと意味わからない発言を夕と俺にしてきた。二年になってからは委員長にも立候補した。どうしたんだと聞いたらこう笑顔で言った。                     「先生、逃げた者はもう一度戦えるんです。でも今の力じゃ勝てないから俺は逃げたんです。今の僕が持っている武器じゃ到底勝ち目がない」             

 何の話だ。と言いそうになったが朝野は続けた。                  「俺って何も取り柄ないんですよ。でもそれが取り柄になるって気づいたんです。成長できない自分を自分はこういう人間なんだって認めることも一つの成長に値するって思ったんです。だから俺は先生。漫才師になってやる」   

 急に饒舌になって身振り手振りが激しくなった朝野は滑稽だった。結局何が言いたかったのかは分からないがあいつは変わった。夕がその後にこいつ彼女が出来たんですと言って来たので全てを悟った。                      

 UMCと同じ出囃子が流れた。おっ、そろそろか。二百人は超えているだろうな。サッカー部だけで五十人近くいるからな。するとステージ上に人生 初心者の小さな戦士二人が体育館用のマイクが付いているマイクスタンドを真ん中にして移動して立った。こう見ると夕はでかくなったなと思う。百七十中盤はあるだろう。たらればだがサッカー部に夕がいたらどうなっていっただろうか。いやそんなことは考えなくていい。今は青春を生きている漫才師のネタで腹から笑おう。








五   大人な子供達






まさかこの舞台に立てると思わなかった。


 僕らは芸人の養成所に高校進学と同時に入った。親はやるからには後悔するなとだけ言ってくれた。良い親を持ったとその時に改めて心から思った。星野先生の尽力もあってか、文化祭で大ウケしたからか分からないが僕らは進路志望校のところにお笑い養成所の名前を書いても注意を受けなかった。それどころかがんばれよと言われる始末だった。

 それと同時期に妹が史緒里ちゃんと旅行で行った東京でスカウトにあったことを自慢してきた。一日に十人以上に声を掛けられたと家族のLINEのグループで自慢していた。二人でもらった名刺は二十枚近くと言っていた。せっかく志望校に合格して進路を決めると言うのに呑気な奴だなと思った。もし妹がその道に進むなら妹よりは早く売れたいと思い僕はネタを書いた。

 僕らは今は東京の家賃六万円の風呂なしアパートに夕と暮らしていた。蜘蛛の巣はあるわ、ゴキブリは出るわ、初めてネズミを見るわでてんやわんやな生活だった。それでも風呂が無くたって、害虫が出たってこいつと一緒に住めばそこは都だった。そう二人暮らしを始めたときに思った。そして養成所の卒業公演で見事に優勝し、主席と僕らは揶揄なのか褒め言葉なのか分からない言葉をかけられた。 

卒業して僕らは芸人となった。僕らと一緒の時期に入った人らの四分一は卒業公演の時には辞めていた。僕らは夕のコミュニケーション能力のおかげで先輩からも好かれ、後輩からも慕われた。先輩のトークライブにも色々と誘われた。僕らは劇場に週五本、時々入ってくる若手ネタ番組の収録、コンビニのバイト代で生計を立てていた。

 そして芸歴三年目、大学に進学していたら三年生を謳歌していそうだった時期にこれだというネタが三本書けた。出来た順に、「思春期」「後輩」「部活動」だ。自分で言うのもなんだが僕はあの時、ゾーンに入っていたと思う。そしてそれと同時に今年で記念すべき二十回目のUMC予選が行われた。ここまで物事が上手くいったことは無かったし出来すぎだとも思った。一、二回戦を去年の様に順当に勝ち上がった僕らは去年辛酸を飲まされた三回戦へ駒を進めた。

 週に五本以上全国ネットの番組で俺らを見るまで別れてくれと奈々未に言ったのはちょうど高校三年の今頃だったなと三回戦前日に思った。迷惑を掛けたくないと思い奈々未と奈々未のご両親に直接言ったのを思い出した。

 奈々未とは高校二年のなり立ての時に付き合った。夕がゴール前までドリブルで相手を抜き去りキーパーも躱した後にオフサイドにかからないように飛び出した僕がごっつぁんゴールを決めたかのような告白だった。夕が御膳立てをしまくってくれたのだ。そんな恋愛模様だった。そして一年と二か月が経ちお互いの親御さんとも普通に話せるような仲になった時、僕は奈々未のご両親に芸人になろうとしていることを伝えた。僕は自分に課せたノルマをクリアできるまで奈々未と会わないことにした。その時、奈々未が他の男に取られたとしても僕は良かった。奈々未のお父さんの統さんに僕はその旨を言った。僕がしていたのは中学生のちゃちな恋愛では無い。本気で幸せにしようと思っていると偽ることなく言った。少し時間が空いてから奈々未のお母さんの麻衣さんが顔をあげて、と言った。そして統さんがこう言った。

「光君。自分の好きな道を進んでください。光君は誠実な子だ。それは私が奈々未から聞き直接会って感じたことだ。芸人と言う職業だけで私たちが君を判断したりすることは無いよ」

 そう統さんが言ってくれなかったら今僕はこの場にいないな、そう心から思った。そして決戦前夜、僕は汚い布団にもぐりこんだ。

 その日の僕らは完璧だった。何時かのカメラに収めてある動画の様な出来栄えだった。そして僕らは初めて三回戦を突破した。僕らは準決勝に上がった。そこでは一回戦でした「部活動」のネタをフルバージョンで行った。ここで勝ち上がれば決勝というプレッシャーからか夕が少しネタを飛ばす、という初めての事件があったがそれでも夕はうまい様に回避した。多分僕以外は気付いていなかったと思う。それ以外の出来も良かった。得意教科のテストが終わった後の様に夕と僕で行けたんじゃないか?と終わってすぐの舞台裏で話した。唯一勝ち残った後輩のコンビ「ジェントルメン」の樋口と菊池が舞台袖で褒めてくれた。彼らは僕らよりも順番が先だったが彼らの前のコンビが決勝常連コンビの「カナーマシン」だったのでとてもやりずらそうだった。樋口はとても落ち込んでいて今にも泣きそうだった。

 結果発表はその次の日だった。僕らは多くの報道陣がいる会場のロビーに半円を描くように集められた。夜テレビを付ければ見るコンビ、女子高生に絶大な人気を誇るコンビ、今年がそんな参加出来るラストイヤーのコンビ、そんな錚々たる芸人二十六組の中に小蝿が二匹集ったようだった。僕らのエントリーナンバーは二○十四番だった。これは聞いた話だが今年は過去最多の四千八百五十六組らしい。甲子園より多いんじゃないかと夕と話した。そしてロビーには本番のオープニングで流れるVTRを撮影しているカメラが何台も目に付いた。そして何度か目にしたことのあるスタッフが半円の前に現れた。

「えーそれでは一組目から順に発表していきます。エントリーナンバー七十五、どぶねずみ」

「っしゃあぁ!!!!」

 大声で叫んだ坊主の男の声が無音のロビーに響いた。そして眼鏡をかけた背の高い方に抱き着いた

そこからエントリーナンバーが順々に読まれていった。番号が読まれた芸人たちは抱き合い欣喜し叫んでいた。そしてカメラのフラッシュ音が一番大きくなった瞬間があった。 

「エントリーナンバー八百。カナーマシン」 

 喜ぶわけでもなくほっとした表情をボケの杉山さんが見せた。そしてツッコミの茂野さんと軽く手を叩いた。

 そして二千番代に突入した。

 静寂が流れた。

「エントリーナンバー二千二百五番。のそのそ」

 呼ばれたのは僕らの後の番号だった。

 僕らは呼ばれなかった。その時に僕は下を向き項垂れた。視界がぼやけ崩れていく。夕が肩を叩いてくれた。終わったと思った。もう一年あるのか。そう思った時だった。

「えっ、はい、分かりました。了解です。失礼しました。組を一つ飛ばしておりました。えー、二○十四番、モーニングムーン」

夕と僕は見合った。そして歓喜し握りこぶしをあげて勝鬨の様な声を上げた。


 優勝トロフィーが前年度チャンピオンのコロッセオから返還されます!舞台裏で夕と最終チェックを入れている時に聞こえた。僕はコロッセオさんとは仲良くさせて貰っていたので本番前にボケの斉藤さん、ツッコミの長澤さん、そして本当に久々に会うことになったタクシー運転手の松本さんから応援を受けた。

「いよいよだね」  

「だな」

「ほら、手握ってみて」

「うわっ、手汗やばっ」

「こんな喋ってていいのかな」

「大丈夫でしょ、誰も見てないし」

「だよね、でもまさか一番最後とはね」

「残り物には福があるよ」

「そろそろだね。あっ光」

「ん?」

「今まで・・・・ありがとう。ここまで光と来れて良かった」

「終わってから言えよ。あと十秒くらいに何言ってんの。死ぬんじゃねーぞ」

「そっちこそ」

 そして僕らは光に飲み込まれ、拍手と審査員、カメラと観客の大海に放たれた。


 

 仕事から帰ってきた疲れた体に鞭を打ち私は冷蔵庫にあるビールを手に取った。専属モデルがビールとは笑える。私はソファに横になり確か兄貴が出演するとTwitterで宣伝していたテレビを見る。しかし相変わらずだがこの司会者のコンビ二人は子供のころから最前線で活躍しているな、としみじみ思う。あ、兄貴と夕さんだ。夕さんは二人の隣にいる男のアイドルよりも整っていた。するとたらこ唇が特徴的な方の司会者がこう言った。

「えーじゃあ決勝ラウンドにも進んだのにやらかしたモーニングムーン!」

 私はそれを聞いた瞬間に飲んでいたビールを吹き出しそうになった。

「「やめてくださいよ~」」

笑いながら二人は言っている。おい兄貴よ、そこは立った方がいいんじゃないか。

「なんであんなネタやったん?最初のネタは最高やったのになあ。俺あの日の最高得点あげたのにやなあ~」

 金髪と筋肉が特徴のもう一人の方の司会者が言う。私も同感です。松本さん。すると兄貴が満更でもない笑みを浮かべて言った。兄貴にワックスで固めた髪とスーツは似合わない。

「いや、これには訳があるんですよ、ねえ夕さん」

 兄貴はこういう場だと夕さんにさん付けをする。それに反応した夕さんが言った。そして夕さんが説明し出した。その話を聞いて私は遊園地の情景が目に浮かんだ。あっ、あの時だ。史緒里と一緒に私が兄貴を誘ったあの日のことを夕さんは身振り手振りを大きくして話した。

僕は光がいつあの話をするのかが気になって仕方がなかった。大物芸人の二人と一緒の空間。ましてや審査委員長を務めている人だ。すると審査委員長の方の司会者が口を開く。それに反応して光が僕に投げかけた。僕の目には観覧車の情景が浮かんでいた。

「ねえ光」

僕は田園風景を一望しながら言った。

「何?」

光がこっちを向いた。相変わらず身長が大きい。

「もしさ」

「うん」

「俺らがUMCの決勝ラウンドに行ったらさ」

 僕は笑いが込み上げてきた。だめだ。こいつと一緒にいると笑いが噴き出てくる。

「なんだよ。急過ぎんだろ」

そう言っている光も笑っている。

「あのネタ少し変えてぶちかまそうぜ」

「遭難?」

 僕は頷くそして夕は笑いながら言った。

「優勝する気無いだろ」

 僕は手を膝について笑っていた。何がこんなに面白いんだろう。この世界の共通言語は英語では無く笑顔だと思う、歌のフレーズが頭に浮かんだ。最悪で最高な伝染病だ。そして光が馬鹿みたいに笑っている僕を見てこう言った。

「最高かよ」

「ああ、そうなったら最高だよ」

少し間が空いた。僕らはタイミングを図った。そしてあの言葉をこの雲一つない青い空と春に向けて放った。


「「俺たちは、最強のコンビだ」」


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