第九話:ナロード王国首都のマッサージ屋
ナロード王国首都メスト市まで行くには様々な道があるが、一番よく用いられている街道を使って馬を走らせる。
リーダーのディックがあんな状態では、このパーティも解散かなと道中、俺は思った。
街道の途中に、カノン峡谷と呼ばれる崖が切り立った場所に小川が流れていて、その近くに道が長々と続く箇所がある。
それほど高くはないのだが今にも崩れそうな崖の間を通るので、付近の住民は王国政府に整備を依頼して、南側は何とか崩れないようにしたらしい。
しかし、カクヨーム王国との戦争が始まって、北側の整備は始まっていない。
戦争中の王国政府はそれどころではないらしい。
地震でも起きたら、地滑りが発生して巻き込まれそうなので、俺は馬を飛ばしてすばやく通り過ぎた。
昼頃、メスト市に到着して、医者に教えてもらった薬屋を探すがなかなか見つからない。
仕方が無いので、メスト市の中央に流れる川沿いの高台の道に馬で乗りあげて、通りすがりの市民に尋ねてみる。
その市民は目の前の建物を指さして、
「そこの軍隊用の火薬倉庫の横を通って、左に行くと大通りがあるから、その通りの馬の水飲み場付近にあるよ」と教えてもらった。
倉庫の前に大きな空き地があり子供たちが遊んでいる。
高台の道を下りて、倉庫の横を通って左に曲がる際に様子を見る。
けっこう大きい倉庫だ。
それにしても、一般人が火薬を置いてある倉庫を知っているとは、ナロード王国軍は随分と情報管理にいい加減な組織だなと俺は思った。
キングゴブリン軍団と何度戦っても勝てないのは、そのせいじゃないかとも思った。
大通りに出て薬屋を見つけ馬を下り、水飲み場に馬をつないでいると、向い側に何故かメイド服を着た女の子が妙な店の前で立っているのが見えた。
よく見ると俺たちのパーティの元メンバー、エマだった。
オティーリエに虐められて、パーティを追い出されたクレリックだ。
ピンク色の看板のマッサージ屋の前で呼び込みをやっている。
俺はその店の方へ歩いて、
「エマ、久しぶりだな」と声をかけた。
エマは俺を見てびっくりした様子で、
「い、いかがわしい店じゃないですよ!」と慌てて言った。
別に、こっちからいかがわしいとは言ってないんだけどなあ。
「冒険者はもう辞めたのか」とエマに聞くと、
「いえ、気分転換にやってるんですよ。よろしければストレス解消にどうですか」とエマに誘われるが、クレリックがマッサージ屋に勤めるのがなぜ気分転換になるのか、俺にはわからない。
何だか怪しげな店だ。
「うーん、俺、ちょっと忙しいんだけど」と断ろうとしたが、
「肩こり解消コースなら十五分で終わりますよ。是非、どうですか」とエマにしつこく誘われたので、仕方なく店内に入った。
個室にそっけなく椅子と普通のベッドが置いてある。
メニュー表が壁に貼ってあり、『肩こり解消コース 十五分 千エン』とあるが、その下にオプションとして、『添い寝 三十分 プラス五千エン』、『店外散歩 二時間 プラス一万五千エン』とか書いてある。
なんじゃ、こりゃ。
いかがわしいとしか思えん。
エマはクレリックのくせに何をやっているのだろうか。
まあ黙っておこう。
椅子に座ると、エマが両手を使って肩を揉んでくれる。
なかなか気持ちがいい。
「ずいぶんと肩が凝ってますよ」とエマがニコニコしながら、今度は肘を使って肩を押す。
背中に、エマの胸がぐいぐいと当たる。
いや、何となくわざと胸を押し付けているんじゃないかってぐらいなんだが。
「あのー、もし良かったら、添い寝とかどうですか」とエマが少し恥ずかしそうに囁く。
うーん、添い寝だけじゃなあと俺は思った。
エマは金に困っているのだろうか。
「いやあ、今、忙しくてねえ、遠慮しとくよ。リーダーのディックのことも心配だし」
「ディックさん、どうかされたんですか」
「ちょっと調子が悪いんだ。まあ、妹のオティーリエに散々振り回されてるからねえ」と俺がオティーリエの名前を出した途端、エマがビクッとして動きを止める。
あの女の名前を出したのはまずかったか。
沈黙がマッサージ室に流れる。
「エマ、大丈夫か」
「あ、はい、大丈夫です」とマッサージを再開するが、何となく動きがおかしい。
「あのー、いつぞやは助けてくれてありがとうございました」とエマにお礼を言われた。
助けたって?
ああ、オティーリエに虐められていた時かと俺は思いだした。
「オティーリエに頭を蹴られてたけど、その後、異常はないか」
「はい、大丈夫です」と言うだけでエマは口数が少なくなる。
どうも雰囲気が悪くなった。
仕方が無い。
「じゃあ、ちょっと添い寝ってのを頼むよ」
「はい」とエマは嬉しそうに返事をする。
二人で並んでベッドに横たわる。
これの何が楽しいのだろうか。
「あの~腕枕がプラス千エンで出来ますけど」とまたエマが営業をかけてくる。
「いや、けっこう。ところで、こんな店でマッサージ業なんてしなくても、回復魔法で治療屋でも開けばいいんじゃないの」と俺が聞くと、
「えーと、魔法は体力と精神力を使うので疲れちゃうんですよ」とエマが答えた。
そんなもんなのかねえ。
まあ、添い寝だけしていてもアホらしいので、ちょっと情報収集することにした。
「そう言えば、第一王女のリリアナ姫誘拐事件って、こっちではどんな状況なんだ」と俺はエマに聞いた。
「大騒ぎですよ~噂が飛びかってます。ただ、キングゴブリン軍団と戦争にはならないだろうって皆言ってますう」と俺の耳にエマが妙に甘い声で囁く。
「えーと、普通に喋っていいよ。で、何で戦争にならないんだ」
何故かエマはちょっと機嫌を悪くしたようだが、それでも色々と教えてくれる。
「キングゴブリンの息子さんを殺した人たちを、全員捕まえて差し出せば解決するんじゃないかって皆が言ってます。何でも一人に付き一千万エンの懸賞金がかけられたとか」
「一人一千万エンの賞金首か。どんな奴らか知らんが、相当な豪者だな」
俺たちみたいなしょぼくれた、ひょろひょろとしたメンバーのパーティとは違って、筋骨隆々のウォリアーとか凶暴な顔つきをした剣士、または美形だが冷酷な表情で弓矢を放つ弓師がいる連中を何となく想像した。
「政府は冒険者たちに犯人を追跡させてるようですが、ナロード王国軍は特別に追跡部隊を編成するみたいですよ。ただ、キングゴブリン軍団も独自に探しているみたいですけどね」
「ふーん、それで、どんな状況でキングゴブリンの息子は殺されたんだろう」
「噂では、ベスタ村に近いはぐれゴブリンのアジトで殺されたみたいです」
ベスタ村って俺たちの宿屋がある村だなあ。
そんな強そうな冒険者の奴らいたっけ?
と俺が考えていると、
「息子さん、はぐれゴブリンのボスを説得して、キングゴブリンの傘下にいれたらしいんですけど、アジトから帰る際に冒険者らしい四人組の人間たちに殺されたって話です。四人のうち一人は真っ黒な変な恰好をした女だったそうです。目撃したゴブリンがいたようですよ」
え? まさか……。
「キングゴブリンは息子がいつも左腕にはめていた宝石が付いている腕輪も奪われたと、王国政府に訴えているみたいです」
「それ、俺たちだ!」と叫んで、俺は慌てふためいてベッドから起き上がった。