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第八話:ディックの病気

 翌朝、ディックの熱は下がったようだが、本人はいまだに調子が悪そうだ。

 顔に全然表情が無い。

「ディック、大丈夫かよ」と俺が心配して声をかけると、

「身体が重いし、頭も痛い。胸が息苦しい」とディックはつらそうにしている。


 俺が困っているところに宿屋の主人が部屋にやって来て、

「あんたらのお仲間の女性が共同の風呂場でおかしなことをしている」と迷惑そうな顔でクレームをつけやがった。

 兄のディックに行ってもらいたかったが、この体調では仕方が無い。

 俺が確認をするため風呂場に行くと、オティーリエがジッツスライムを五匹持ち込んでいた。

 昨夜、外出して狩って持ち込んだのだろうか。

 オティーリエは全裸になって、一匹のジッツスライムの頭部に尻を押し付けて座り、残りの四匹を自分の周りに置いて、全身に白濁液を浴びている。

 ジッツスライムはビュービューと白濁液をオティーリエの全身にぶっかけている。

 オティーリエは、恍惚とした表情で、白濁液を顔や胸、背中、手足、尻、股間と体中に塗りまくり、時おり口を開けて、白濁液をゴクゴクと喉を鳴らして飲み込んでいた。

 尻をスライムの頭部に押し付けて、やたら腰を動かしている。

「おい、オティーリエ! 朝っぱらからいったい何やってんだよ!」と唖然として俺が聞くと、

「肌のお手入れよ。肌がつやつやになるってあんたが言ったんでしょ」と白濁液まみれになりながらオティーリエが何やら淫靡な目つきを俺に向けて返事をする。

「そんなこと言ってねーよ、何の効果も無いって言ったんだよ!」

「うるさいわね! あたしが何しようが、あたしの自由でしょ!」

「宿屋の主人から苦情が出てるんだよ!」

「わかった、わかったわよ、やめるからあんたもどっかに行ってよ」とオティーリエが白濁液まみれの全裸で立ち上がった。

「それから、お前の兄貴のことで相談があるんだけど」と俺がなるべくオティーリエの裸を見ないように持ちかけると、

「後で、あたしの部屋に来て」とオティーリエは全身がスライムの体液でベトベトの姿で、口から白濁液をダラダラと垂らしながら言った。

 何を考えてんだ、この女は。

 やっぱり、変態か?

 それにしても、俺に裸を見られたのにオティーリエの奴、全然喚かなかったな。

 そんなことも気づかないほど、あのスライムの白濁液はけっこう気持ちいいもんなのかね。


 結局、宿屋の主人からは、風呂場の清掃代を請求された。

「それも俺が弁償するよ」とディックがベッドに寝たままで死にそうな顔をしている。

「オティーリエに払わせろよ。あの女も結構、金を貯め込んでいるんだろ」と俺が忠告したが、

「あいつにギャーギャー喚かれると、本当に嫌な気分になるからやめとくよ」とディックは変わらず調子が悪そうだ。


 ディックの体調の件で、オティーリエの部屋に行って、

「お肌の調子はどうだ」と一応聞いてやる。

「もともとあたしの肌は綺麗だから、あんまり関係ないわね」

「スライムの体液かぶって、汚いと思わないのかよ」

「無害って言ったのはあんたじゃないの。それに、ちゃんと最後は綺麗に石鹸水で流したわよ」

「あのスライムはどうした」

「踏み殺してゴミ箱に捨てたわ」とオティーリエは平然としている。

 まあ、美肌ケアの件はどうでもいい。


「ここ数日、お前の兄貴が調子悪そうだ。医者へ連れて行った方がいいんじゃないか」と相談するが、

「寝てれば治るでしょ」と例によって真っ黒なボンデージファッション姿でベッドに寝転んで、爪の手入れをしながら、オティーリエはつれない返事をする。

 冷たい妹だなあ。

 いや、子供の頃、自分の兄の眼球をえぐろうとしたんだから、冷たいどころじゃないか。

 こいつにまかせたら医者に連れて行くどころか、兄貴を近くの川に突き落として殺しかねん。

「俺がディックを医者へ連れて行っていいか?」と聞くと、

「お願いするわ、あんたいい人ね」と俺の方をちらりと見ながらオティーリエが答えた。

 いい人とはどうでもいい人って意味かね。


 俺が付き添って、ベスタ村の医者のところへディックを連れて行った。

 ディックの体から酒の匂いがする。

「ディック、朝っぱらから酒飲んでたのか?」

「そうだよ、ああ、もう死にたいなあ」とため息をつきながら、ぼんやりと村の診療所への小道を歩くディック。

 足どりがフラフラしている。

「しっかりしろよ、オティーリエも心配してたぞ」と俺は嘘をついたが、

「それはありえない」とディックにあっさりと否定されてしまった。

 うろたえている俺に、

「妹は他人の不幸が大好きだからな」とディックはまた無表情だ。

「オティーリエは他人じゃないだろ」

「他人だったらどんなによかったか。妹のせいで、俺はもう疲れたよ」とまたディックはため息をつく。

 ディックの今までの人生にオティーリエはどんな影を落としたのだろうかと俺は思った。


 村の診療所に着いて、ディックが診察を受けている間に待合室に座って、他の患者の村人と世間話をする。

「キングゴブリンがリリアナ姫を解放する条件として、自分の息子を殺害した人間との交換をナロード王国政府に要求したそうだぞ」とその村人から聞く。

 キングゴブリンの息子を殺した奴がいるのかと俺はびっくりした。

 俺たちが退治したはぐれゴブリンの門番のような下っ端じゃないぞ。

 キングゴブリンと言えば、一度はゴブリン軍団を率いて、この国の首都メスト市を陥落寸前まで追い詰めた大物だ。

 その息子を殺すとは、誰か知らんが凄い勇気のある奴か、または凄いバカな奴だなと俺は思った。

 一昨日、冒険者ギルドで聞いた捕虜との交換の噂とは、この事が誤って伝わったのかもしれない。

「けど、リリアナ姫はもうすでにゴブリンの連中に殺されてる可能性もあるんじゃないですかね」と俺が聞くと、

「いや、政府の使者がキングゴブリンのところへ行ったら地下室に豪華な扉の部屋があって、そこにリリアナ姫が監禁されてたけど、ずいぶん丁重に扱われていたって話だよ」と村人が答えた。

 事情はよくわからんが、とりあえずキングゴブリン側もナロード王国とは戦争はしたくないかもしれないなと俺は思った。


 村人と話をしていると年配の医者に呼ばれた。

 ディックは別室で休んでいるようで、医者は俺だけに病状を話したいそうだ。

 どうやら、本人にショックを与えないための措置らしい。

「この患者の病気は『気鬱』ですね。精神的な病気で、神聖魔法でも治せない面倒な病気です。一生治らないかもしれません。なるべくうまく病気と付き合って生活していくしかない」と医者が説明してくれた。

「うまく病気と付き合って生活するって言いましたけど、何か薬とかないんですか」と俺が質問すると、

「ウツナオールという、その補助になる薬があります。但し、首都に行かないと売ってません。処方箋を出しましょう。薬について詳しいことは薬屋で聞いて下さい」と医者が処方箋を書いてくれた。


 ディックが寝ている部屋に行って起こすと、

「あの世に逝っている夢を見た。そこでは俺は有能な勇者で、周りから称賛されて、たくさんの美女に囲まれて、やりたい放題の生活をしているんだ。ああ、いっそ早く死にたいなあ」とかまた暗いことを言いやがる。

「おい、元気だせよ」と励ますが、ディックの反応はいまいちだった。

 大丈夫かなあと思ったが、とりあえず、ディックには宿屋に一人で帰ってもらい、俺は村で馬を借りてナロード王国首都メスト市に行くことにした。

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