第七話:宿屋で言い争い
翌日、羊飼いの男が宿屋に怒鳴り込んできた。
なんとか穏便にすませたい俺の気持ちなんぞ全然気にもとめずに、
「お前が小屋に火消し用の水を置いていないのが悪い! だいたい、あたしらに全部まかせてその場にいなかったのが悪いのよ! そうよ! 羊を焼き殺したのはお前よ!」とオティーリエがめちゃくちゃな事を依頼主の羊飼いに言い放った。
羊飼いは激怒して、
「冒険者ギルドに訴えてやる!」と捨て台詞を言って、帰って行った。
まずい事になったと俺がオロオロしていると、
オティーリエは、黒いノースリーブハイレグボディースーツ姿と相変わらずのボンデージファッション姿で、
「あたしは何にも悪くない!」と自分の部屋に戻ってしまった。
もう、疲れたぞ。
憂鬱になった俺は少しベッドで横になった。
ディックは何だかますます風邪で調子が悪いし、ゲニタルはいまだに長椅子で気絶したままだ。
三人の男たちが宿屋の部屋で、ただダラーンと横たわって、静寂な時が流れていく。
もうダメじゃねーか、俺たち。
しかし、このまま放っておくわけにもいかない。
午後に、俺はやっと起き上がって、ディックに声をかけた。
「ディック、調子はどうだ」
「うーん、あんまりよくない。もう憂鬱で死にそうだ」とディックが答える。
ゲニタルにも声をかけたが、
「まだ調子が悪いです」と長椅子に寝たままで言った。
「ベッドが一つ空いているんだから、そっちで寝ろよ」と言うと、
「オティーリエが使ってたベッドなんかで寝たら、ますます調子が悪くなっちゃいますよ。それにまた変な言いがかりをつけられそうで怖いです」とゲニタルは動かない。
もう、このパーティは崩壊寸前だな。
仕方が無く、また俺が冒険者ギルドに報告しに行くと、依頼者の羊飼いから弁償を要求されているとギルドの主人であるカッツォールが呆れた顔をしている。
狼も取り逃がしたので、報酬も当然無し。
「えらい剣幕で羊飼いが怒っていたぞ。最低の冒険者たちだって。どうなってんだ? あんたらのパーティは」
どうもこうも、我がパーティは一人のいかれた女に引っ掻き回されているんですよ、とは答えにくい。
とにかく何とか金が欲しい俺は、
「他にスライムのような変なモンスターを三十匹ほど退治したんです。デカいキノコみたいな奴で、頭頂部から白い液体を出すモンスターなんですが」とカッツォールに聞いてみたのだが、
「ああ、それはジッツスライムだな。なぜか人間の女に寄ってきて体液をかけるだけで、ほとんど人畜無害なモンスターだ。ここら辺ではよく見る。退治しても、全く金にはならないな」と素っ気ない返事。
カッツォールの言葉に俺はがっかりしたが、一応、オティーリエのことを心配して例の白濁液についても聞いてみた。
「仲間が顔にかけられて、モンスターの体液を飲んでしまったんですが、大丈夫でしょうか」
「全然、大丈夫だよ。臭いだけで。逆に、飲むと精力がつくとか肌の病気に効果があるとか、塗るとつやつやな肌になるとか変な噂があるらしい。実際はたいして効果も無いみたいだ。どっちにしろ害はないよ」
無害ということならそれは良かったが、退治しても一銭にもならない無駄なことをしてしまったなあと俺が落胆していると、カッツォールから新たな仕事を提示された。
「この辺りで、ゴブリンたちが大勢、東に移動しているのを目撃されている。それを追って、多くの冒険者たちも東側に行っている。あんたらも退治に行ったらどうだ」
「何でゴブリンたちは東に向かっているんですかね」
「カクヨーム王国軍と秘密に手を結んでいて、ナロード王国軍を挟撃するつもりじゃないかという噂だな」
「けど、この辺りはナロード王国とカクヨーム王国の戦場からはだいぶ離れてますよ。それにカクヨーム王国はモンスター退治に積極的じゃなかったんですかね。その国がゴブリンたちと同盟を結ぶとはあんまり考えられないと思いますが」
「そう言えばそうだな。ちょっとよくわからんなあ」とカッツォールは釈然としない顔をした。
「どっちにしろ、今、うちのパーティのリーダーが調子が悪いんで無理ですよ」と俺は答えた。
宿屋に戻って事情を説明するため、オティーリエの部屋に行った。
部屋の中から喘ぎ声が聞こえてくる。
オティーリエは、ジッツスライムの体液を飲んでしまったので気分でも悪いのだろうか。
害は無いとはカッツォールから聞いていたんだが。
俺は少し心配になって、部屋の扉をノックした。
少し、ドタバタした音がした後、オティーリエが扉を開いて、
「何の用」と上気した顔で言った。
先程とは違って、黒いエナメルのコルセットに、黒い革製のプリーツミニスカートに着替えている。
着替えたと言っても、相変わらずのボンデージファッションだ。
部屋のベッドがびしょびしょに濡れていて、その上に無造作に置いてある鞭の柄の部分が液体で光っている。
鞭の手入れでもしてたのだろうか。
「仕事の話だ。俺たちの部屋に来てくれ」
「ったく、もう少しでいったのに」とオティーリエはぶつくさ文句を言いながらも、ついて来た。
廊下を一緒に歩きながら、俺は例のジッツスライムのことをオティーリエに話した。
「昨夜のモンスターのことを冒険者ギルドの主人に聞いてみたんだが、あの白濁液を飲んでも全く無害だそうだ。飲むと精力がつくとか肌の病気に効果があるとか、塗るとつやつやになるとかいう噂もあるらしいが、本当は何の効果も無いらしい。まあ、心配する必要はないよ」
「そう、ありがと」
オティーリエにお礼を言われたのは初めてだなと思っていると、オティーリエの首筋が少し赤いのに気がついた。
「それ火傷か」とオティーリエに聞くと、
「え、何のこと?」と廊下の壁に飾ってある鏡で慌てて確認している。
女は外見に敏感だな。
オティーリエを連れて、ディックたちが居る部屋に戻り、羊飼いから弁償を要求されていることを説明した。
「こんな下らない仕事をやらせたギルドを訴えなさいよ」とまたオティーリエが無茶な事を喚き散らす。
「だから、そんなことをしたらギルドが仕事をまわしてくれなくなるだろ」と俺はうんざりしながらも、オティーリエを諫めた。
「もっといい仕事をもらってきなさいよ! いい仕事をもらってこないあんたが悪い! そう、羊小屋を燃やしたのはあんたよ! 弁償はあんたがすべきよ!」
「何言ってんだ、お前は! 凄い魔法だったけど、少しは周りを見て加減しろよ!」
「あんなにモンスターが大勢現れてるってのに、気づかないあんたが悪い!」
「俺は標的の狼の動きに集中してたんだよ、お前は居眠りしてただけだろ!」
「眠くなるような、あんなつまらない仕事の依頼を取ってくるあんたが悪い!」
「お前が変な夜の仕事してるって噂が立ってるみたいなんだよ。それでろくな仕事がまわってこないんだよ!」
「変な仕事なんてしてないわ!」
「この前の、イケメン剣士に鞭打って火だるまにしてボロボロにした件はどうなってんだ!」
「変態を退治しただけよ!」
「廊下が焦げて弁償する羽目になったのはお前のせいだぞ!」
「こんな安宿の廊下なんて最初からボロボロじゃないの!」
俺とオティーリエが延々と言い争いしている間、ディックはベッドに寝たまま、ゲニタルも気絶してるのか寝たふりしてるのか長椅子の上で動かない。
「変な仕事してるって思われてるのは不愉快だわ、とにかくあたしは悪くない!」と喚き散らしたあげく、オティーリエが部屋から出て行ってしまった。
ヒールをカツカツと音を立てて、なぜか宿屋の玄関へ向かった。
外出するのか。
また、夜のお仕事かね。
何だかどうでもよくなってきたぞ。
「……俺が羊飼いに弁償するよ」とベッドでじっと寝たままだったディックが、小さい声で呟くように言った。
顔が青白く元気がない。
真面目な話、大丈夫だろうか、ディックは。




