第五話:夜のお仕事
その日の夕方、宿屋の端っこにある共同トイレから出て廊下を歩いていると、ちょうど新しく借りた部屋から出てくるオティーリエと鉢合わせになった。
オティーリエは、うなじから背中にかけて大きく開いた黒いシースルードレスを着ており、ノーブラなんでデカい胸の乳首が透けて見え、ホルターネックで鎖骨から腕まで素肌を晒している。
ドレスは膝丈くらいしかなく、ウエストが引き締まったデザインで、脚は黒い網タイツを履いて、靴もかなりかかとの高い黒いピンヒールだ。
金髪をアップにして綺麗なうなじを見せ、顔はばっちりメイクをしており、唇に真っ赤なルージュをひいている。
あらためてスタイル抜群で凄い美女だなと俺は思った。
外見だけなら最高なんだがなあ。
相変わらず、こっちがむせ返るくらい香水をたっぷりとつけていてる。
ちょっと、つけすぎなんじゃないかと俺は思った。
「何か言いたそうな顔してんじゃん」とオティーリエに見下ろされる。
やばい! うっかりして、じっくりとオティーリエの肢体を見てしまった。
この自意識過剰女に変な言いがかりをつけられてしまう。
けど、普通の男なら誰でも見てしまう顔と体だけどな。
「えーと、いや、もう夜になるのにどこへ行くんだよ、危ないだろ」と少し焦りながら返事をすると、
「あんたには関係ないでしょ! あと、いくらあたしの綺麗で形のいい胸をじろじろ見てもあんたには一生触れないわよ、このドチビ!」とオティーリエはヒールをカツカツと音を立てて、宿屋の玄関へ向かった。
ったく、嫌な女だなあ。
お前の方が、わざと男に見せつけてんだろって恰好してんのに。
まあ、別にあの女がどうなってもいいや。
俺はさっさと自分の部屋に戻って、ベッドで横になった。
オティーリエがいないので、ぐっすりと眠れるはずだ。
夜中に寝ていると、ビシ! ビシ! と音がする。
同時に呻き声も聞こえてきた。
何だろうと起き上がるが、しばらくするとおさまったので、また寝ようとしたら廊下でドタバタとした音がする。
俺が部屋の扉を開けて、廊下の様子を伺っていると、
「助けてくれ!」と薄暗い廊下の奥の方から叫び声が聞こえてきた。
「オティーリエ様、お許しください」と半裸の男が叫びながら、こちらに向かって走って逃げて来る。
「ファイアーボール!」とオティーリエが大声をあげたのを聞いて、俺は慌てて床に伏せた。
火の玉が半裸の男に目がけて飛んでくる。
夜中に物凄い悲鳴が宿屋中に響いた。
男が絶叫をあげながら、火だるまになって廊下を転げまわっている。
よく見ると、冒険者ギルドで俺を皆の前でバカにしたイケメン剣士だ。
「逃げるな、この野郎!」とオティーリエが廊下を走ってきた。
その恰好は、黒いブラとショーツにガーターベルト、網タイツ姿。
手には鞭を持っている。
「オティーリエ、お前、こんな商売やってたのかよ!」と俺が呆れて聞くと、
「商売じゃないわよ!」とオティーリエが言い返した。
「じゃあ、何やってたんだよ」
「モンスターに傷つけられた時のため訓練よ」
「なんで下着姿で訓練すんだよ」
「そういう恰好したい気分だったからよ」と意味不明なことを言って、オティーリエは誤魔化す。
まあ、女に痛めつけられて喜ぶ男もいないわけではないが、火だるまにはされたくはないだろう。
「おい、この変態! 金払えよ!」と廊下にうずくまっているイケメン剣士の腹を、オティーリエは黒いピンヒールで思いっきり蹴飛ばした。
「グエ!」とイケメン剣士が呻く。
「金を要求するって、やっぱり商売じゃないか」と俺が再度問い詰めると、
「違うわよ、慰謝料よ」とオティーリエは見えすいた言い訳をする。
その後も、鞭でバシバシとイケメン剣士を叩いている。
イケメン剣士はほとんど意識不明だ。
まあ、ちょっといい気味だなとも俺は思った。
鞭で叩くだけの約束が、イケメン剣士が抱きついてきたので、ボコボコにしたらしい。
逃げ出したイケメン剣士は、オティーリエの火炎攻撃魔法で黒焦げにされたあげく、鞭でボロボロの状態だ。
他の宿泊客も部屋から廊下に出てきて、真夜中の宿屋は大騒ぎになった。
さすがにまずいと思った俺は、
「おい、もうやめろよ」とオティーリエから鞭を取り上げた。
すると、この鞭、柄の部分が振動していることに俺は気づいた。
何かの魔法の力だろうか?
それはともかく、廊下が炎のせいで焦げてしまっている。
宿屋の主人がやって来て、
「大変恐れ入りますが、焦げた廊下の壁紙とか弁償してくれませんか。でないと、即刻、出てってもらうことになりますが」と、半裸姿のオティーリエの方をチラチラ見ながら苦情を言う。
宿屋の主人に文句を言われ、仕方が無くディックが自分のポケットマネーから弁償することになった。
「あたしは何にも悪くない。あたしは変態男に襲われたのよ。そう、あたしは被害者よ。慰謝料を貰うべきよ! あの宿屋の主人もあたしの体を嘗め回すように見ていたわ。いやらしい爺さんに弁償する必要はないわよ! そう、あたしは間違ってないわ!」とオティーリエは言い張った後、鞭を俺から取り返して、自分の部屋に戻ってしまった。
ディックは何も言わずに、ただ無表情で、またベッドに倒れ込んだ。
こんな状態でいいのだろうか、我がパーティは。
そろそろトンズラしようかなとも思ったが病気のディックを放っておくのは、ちょっと後ろめたいので、ディックが元気になるまで俺はもう少しこのパーティに付き合うことにした。