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第四話:マヌーワスライム退治

 俺とディックは、村のはずれの畑の端っこにある家畜の肥溜めに到着した。

 当然、臭い。

「低レベルの冒険者とは言え、こんな依頼は本当は受けたくなかったんだがなあ。他の冒険者たちからバカにされるよ」とディックが鼻をつまみながら、剣を構えて肥溜めに近づく。

 この臭い仕事の依頼を受けるしかなかったのは、はぐれゴブリンのボスを退治するのをあんたがあきらめたからじゃないか! せっかくボスゴブリンの部屋まで続く秘密の階段まで俺が見つけたのに、とディックをなじりたかったが、何だか本当に疲れた顔をしているので我慢した。

 突然、肥溜めからモンスターが飛び出して、ディックに襲いかかってきた。

 これがマヌーワスライムというモンスターか。

 五匹いる。

 人間の膝くらいまでの大きさで、宿屋のロビーに置いてある丸椅子みたいな体形をしている。

 頭頂部の中央に穴が開いていて、そこから放射線状にシワがあり、全体の色は茶色だ。

 保護色だろうか。

 ディックが先頭のマヌーワスライムを剣で一刀両断する。

 切断された部分から汚物が飛び散って、ディックの全身にかかる。

 他のマヌーワスライムがヒョコヒョコと飛び跳ねながら逃げ出した。

「ディック、追いかけよう!」と俺が呼びかけるが、ディックは汚物がかかった自分の冒険服を見てため息をついた。

「いや、もう疲れたよ。これで、十分だ。おまけに臭いし、もう帰ろうぜ」

 ディックの奴、やる気ねーなあ!

「じゃあ、俺がやるよ!」と言って、ぼーっと突っ立ているディックの剣を奪い、俺は頭頂部の穴から茶色いドロドロとした液体を吐き出しながら、ノロノロとだらしなく畑の側の草原を逃げるマヌーワスライムを追いかける。

 中には、赤い液体を時おり噴出しながら逃げている奴もいる。

 自分の大事な武器であるナイフは、このモンスターには正直使いたくない。

 モタモタと逃げる残りのマヌーワスライムに追いつき、一匹を剣で切り裂く。

 汚物が飛び散るが、俺はギリギリでよける。

 他のマヌーワスライムも同様に切り殺しては、飛び散る汚物から俺はよけた。

 最後の一匹を木の根元に追い詰めたところ、マヌーワスライムが頭頂部の穴からブホッと音を出して、俺に茶色い液体を大量に飛ばしてきた。

 汚物が俺の服にかかってしまった。

「この野郎!」とマヌーワスライムを剣でぶった切る。

 さらに汚物が噴き出して、俺の全身にかかってしまう。

 結局、ディックと同じように汚物まみれになってしまった。

 やれやれとディックが突っ立てる場所に戻ると、

「お疲れさん、さて帰るか。俺は早くベッドに横になりたい」とディックがフラフラした足取りで宿屋の方へ向かった。

 ディックの目が虚ろだ。

 大丈夫か、こいつ。

 

 宿屋に帰り、俺とディックが部屋に入った途端、オティーリエが激怒して、また喚き散らす。

「何、その恰好、臭いから部屋に入るな!」とディックと俺は部屋から追い出された。

 宿屋の主人からも共同風呂に入るのを断られてしまった。

 仕方が無いから着替えを持って近くの小川で行水し、ついでに服も洗う。

 ふと、ディックの体を見ると、全身傷だらけだ。

 背中には酷い火傷の痕もある。

 モンスターとの闘いで傷ついたのなら名誉なことなんだが。

 ……もしかして、オティーリエが関係しているのだろうか。

「あんたの体、傷だらけなんだが、ひょっとしてそれはオティーリエにやられたのか」と俺が恐る恐るディックに聞くと、

「ああ、そうだよ」とまた無表情に答えるディック。

「オティーリエとは一歳しか年が離れていないんだ。子供の頃は、女の子のほうが大きい時期があるだろ。オティーリエの方が背が高くて力も強かった時に、よく虐められたよ」

 しかし、子供の虐めとは思えないほどディックの体は傷だらけなんだがと俺は思った。

「オティーリエは子供の頃、肌が荒れていたんだ。それで、自分だけ肌が荒れているのに腹を立てて、俺は茨の枝で散々叩かれたよ」と言いながらディックは汚れた服を川に叩きつけた。

「反撃しなかったのか」

「それが、オティーリエの奴、叩くのに飽きると茨の枝を俺に渡して、いきなり裸になって、逆にあたしを叩いてよってねだるんだ」

「それって、何て言うか、えーと、変な趣味じゃないか」

 兄のディックの手前、軟らかい表現にしたが、俺はオティーリエは変態じゃないかと思った。

「俺にはそんな趣味はないからと叩き返さなかったら、ますます叩かれたよ。挙句の果てにおしっこかけられた」とディックは苦笑する。

「ひどいことすんなあ、オティーリエは」と俺は呆れた。

「いや、興奮するとおしっこしたくなるんだってさ」

「ホントかよ、けど、今のオティーリエは肌荒れしてないような感じだけど」

「だから俺は叩かれなくなったのさ」とディックは再び苦笑した。

「両親は何か言わなかったのかよ」とディックに質問すると、

「俺がナイフで顔を傷つけられた時、親がオティーリエをきつく叱ったんだ。翌日、何者かが家を放火して両親は焼け死んだよ。俺も火傷してあやうく死ぬところだった。その時の火傷の痕がこの背中に残っている」

「ちょっと待ってくれ、確かあんたの妹さん、火炎攻撃魔法が出来るんだろ。それ、まさかオティーリエが……」

「いや、子供の頃はそんな魔法は使えなかったな」とディックは遠い目をしつつ、何だか落ち着きの無い感じの態度を取る。

 ディックの返事を聞いて、さすがのオティーリエでも親は殺さないかと思っていたら、

「けど、オティーリエは火傷も全然しなかったし、煙も吸わずピンピンしてたなあ」とディックが濡れた服を力を入れて絞って水を滴らせる。

「……それって、なんだか怪しいんだけど」

「さあ、証拠が全く無かったからねえ。両親が死んだんで、仕方が無く冒険者をやってるのさ。オティーリエもそれで魔法を覚えたんだ」

「まあ、女は魔法使いになることが多いからなあ」

「いや、家が焼ける時の炎が美しくて興奮したそうだ。それで炎を出せるような魔法を使えるように勉強して、魔法使いになったらしい」

 何だよ、それ。

 両親が焼け死んでいるのに、その炎が美しいってのは。

 やっぱり、オティーリエの奴、いかれてるぞ。

 オティーリエにはなるべく近づかない方がいいなと俺は思ったが、もう少しディックに聞いてみることにした。

 この兄妹の話はおぞましいが、職業上、俺は情報収集するのが癖になっている。

 行水と洗濯を終わらせ、宿屋へ帰る途中、

「オティーリエは何で胸にバラの花を付けているんだ」とディックに聞くと、

「綺麗なバラの花には棘があるって言葉を気に入ってるみたいだ」とディックはそこら辺の雑草の花を引き抜いて、ばらばらに引き裂く。

「綺麗なバラの花って自分のことなのかね」

「外見が美しいことは確かだからな。中身は棘だらけだが」とディックは冗談とも本気ともつかないことを言う。

「あんた、いつか本当に妹に殺されるんじゃないか」と俺が笑うと、

「多分、そうなるだろうな」とディックは真面目な顔で言った。

 おいおい、俺は冗談のつもりだったのに、マジな顔で返事すんなよ!


 ディックは先に宿屋に帰り、俺は冒険者ギルドにマヌーワスライム退治の件を報告しに行った。

 五匹退治したんで、報酬は五十万エンだ。

 久々の大金を手に入れて俺が喜んでいると、ギルドのテーブルでお茶を飲んでいたパーティのイケメン剣士に嫌味を言われる。

「ウンコスライムを退治して、冒険者気取りの奴がいるぞ!」

 周りの連中に大笑いされた。

 屈辱的だが、多勢に無勢、我慢するしかない。

 俺は怒りを隠して、表情を変えずに冒険者ギルドから退出した。


 宿屋に戻り、廊下を歩いているとバラの香りがする。

 部屋の扉を開けると、ゲニタルが顔面血だらけで床に倒れていた。

「どうした、何が起きたんだ!」と俺が驚いていると、

「このデブのせいで、あたしが大事していたバラの香水の瓶が落ちて割れちゃったのよ」とオティーリエが黒いベビードール姿でベッドに寝そべりながら言った。

 衝立は片付けている。

 自分のスタイルのいい肢体を見せつけたいのかね、この女は。

 ディックはただ自分のベッドの前に立って、ぼーっとしている。

 どうやら、先ほど汚物まみれになって戻って来た俺たちの臭いを消そうと、香水を撒いていたら、寝たきりだったゲニタルが立ち上がろうした拍子によろけて、オティーリエにぶつかったらしい。

 そのせいで、オティーリエが誤って香水の瓶を落としてしまったようだ。

 怒ったオティーリエに、再びボコボコにされたゲニタルは、気絶して床に横たわっている。

「けど、お前が落としたんだろ。お前がちゃんと持っていなかったのも原因じゃないかよ」とオティーリエに俺が文句をつけると、

「このデブがいきなりぶつかるからよ」とオティーリエはゲニタルのせいにする。

「だからって、こんな血まみれになるまで殴る必要は無いだろう! おい、ディック! あんたも何とか言えよ!」と俺はディックに加勢を求めるが反応が無い。

 大丈夫かよ、リーダーさん。

 仕方が無く、俺は気絶しているゲニタルを長椅子に横たえて、床に散らばったガラスの破片やゲニタルの血糊を掃除した後、今回のマヌーワスライム退治の報酬を配った。

 四人で分けて一人当たり十二万五千エンだ。

「何でこのデブにも分け前をやるのよ、何にもしてないじゃない」とゲニタルを指さして、オティーリエがまたしても不満げな顔をする。

「お前も何もしてないだろ! それでも分け前をやるんだから感謝しろよ」と俺が怒ると、

「もっとちょうだいよ」とオティーリエが言いだした。

「何でお前にもっと金をあげなきゃいけないんだよ!」と怒鳴ると、

「あの臭いを消すために香水を使ったのよ。迷惑料が足りないわよ!」と怒るオティーリエ。

 すると、

「もういいよ、俺の分をやる」とディックが感情の無い声で金をオティーリエの方へ投げつけた。

 お札がパラパラと部屋の床に散らばった。

 オティーリエは床に落ちた金をいそいそと拾い集める。

「いいのかよ、ディック!」と俺は詰め寄るが、

「いいんだ、もう疲れたよ」とディックはベッドに仰向けで倒れ込んだ。

「キャッホー! 合計二十五万エンよ!」とオティーリエは兄のことなんぞ全然気にせず喜んでいる。

「おい、少しは兄貴に感謝しろよ」と俺はオティーリエに向かって言ったが、

「なに、あたしの綺麗でグラマラスな体をジロジロと見てんのよ、いやらしいわね」と逆に言いがかりをつけられた。

「お前が周りに見せつけてんだろ、そんな下着同然の恰好すんな!」と俺は反撃するが、

「あたしの勝手でしょ!」と取り付く島もない。

 結局、俺たちのパーティは宿屋にもう一部屋を借りることにした。

 なるべく俺たちがいる部屋から離れた場所だ。

 オティーリエのために。

 そして、俺たちの安全のためにだ。

「これでぐっすりと眠れるわ。男がすぐ側にいると思うと、いつ襲われるかと怖くて怖くて眠れなかったもの。あたしは本当は裸で寝るのが好きなのよ」とオティーリエは新しい部屋で喜んでいる。

 怖くて怖くてゆっくり眠れなかったのはこっち方だ!

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