第三話:オティーリエの過去
翌日、俺は冒険者ギルドに行って、情報収集及び仕事を探すことにした。
かなり以前から緊張状態が続いていたのだが、ナロード王国と東の国境で接している、隣国のカクヨーム王国と東北地方の領土問題で戦争が始まったらしい。
ナロード王国は西のアルーファ王国とは友好関係にあるが、カクヨーム王国とは領土争いで何度か戦争をしている。
カクヨーム王国は、国をあげてモンスター退治に勤しんでいるので、モンスターもあまり出現しなくなっている。
そのため、冒険者にはあまり仕事が無いので、俺自身はカクヨーム王国出身にもかかわらず、このナロード王国で冒険者をやっているのはそのためだ。
「傭兵になって、カクヨーム王国と戦う気はないかね」とギルドの主人カッツォールに言われたが、オティーリエのせいで、すでに俺たちのパーティの中は戦争状態のようなもんだから遠慮しておいた。
「それ以外に、何とか金になる仕事はありませんかね」とカッツォールに尋ねる。
オティーリエと一緒の部屋ではもうぐっすりと眠れない。
いびきをかいただけで、ゲニタルみたいに顔面ボコボコにされたりする目に遭ったらたまらん。
せめて、もう一部屋借りられるお金がほしいのだが。
「金になる仕事か」とカッツォールは、しばらく依頼書のファイルをパラパラとめくる。
「マヌーワスライムの退治はどうだね。一匹につき十万エンだ」
スライム一匹につき十万エンか、すごいおいしい仕事だ。
しかし、マヌーワスライムって、俺は聞いたことが無いんだが。
「そのマヌーワスライムってのは相当強いんですかね」
「いや、すごく弱いよ。最近、出現したスライムだが、スライムでは最低クラスだな」
「じゃあ、何でそんなに高額な報酬を貰えるんですか」
カッツォールは、ちょっと薄笑いを浮かべながら言った。
「肥溜めに潜むスライムなんだよ。普通の冒険者は受けない仕事だな」
臭そうな仕事だな。
しかし、背に腹は代えられない。
俺たちはレベルの低いパーティだから、仕事を選んでいる余裕は無い。
俺はマヌーワスライム退治を引き受けることにした。
宿屋に戻る途中、俺は雑貨屋に寄って耳栓を買った。
オティーリエにやるつもりだ。
いびきがうるさいくらいで半殺しにされたくはない。
俺が宿屋に戻るとリーダーのディックがいない。
「ディックはどこに行った」と部屋のベッドに座って、ヘアブラシで美しいストレートの金髪の手入れをしているオティーリエに聞くと、
「気分転換に散歩だって」と興味無さそうに答えた。
ディックが帰ってくるまで、仕事の件はひとまず置くことにし、今日買った耳栓をオティーリエに見せる。
「何よ、これ」とオティーリエは怪訝そうな顔をする。
「俺のいびきがうるさいんだろ。この耳栓をやるよ。それを耳の穴の奥まで挿入すれば、静かに眠れるだろ」
「耳栓なんて面倒くさい。あんたがいびきをかかなきゃいいだけじゃないの」とオティーリエは自分の都合しか考えていないようだ。
わがままな女だな。
「ああ、そうかい。じゃあ、これはいらないな」と俺が耳栓を戻そうとすると、
「ちょっと待って、いらないなら貰うわよ」とオティーリエは俺の手から耳栓をひったくる。
意地汚い女でもあるなあと俺は思った。
ディックが散歩から帰って来たが、どことなく顔色が悪い。
「大丈夫か、ディック」と俺が心配して聞くが、
「いや、別に大丈夫だ」と答えた。
何か悩みでもあるのだろうか。
それとも体調不良か。
とりあえず、今日冒険者ギルドで引き受けた仕事を皆に説明すると、
「そんな仕事、あたしは絶対にやらない!」とオティーリエは完全拒否だ。
ゲニタルは、昨夜のオティーリエから受けた暴行の傷が治っていない。
長椅子で寝たきり状態だ。
仕方が無いから、俺とディックの二人で行くことになった。
マヌーワスライムは、村はずれの畑の近くに潜んでいるらしい。
畑までの泥道を歩く。
道すがら、
「あんたの妹、わがままが過ぎるんじゃないか、どうにかしてくれよ」と兄のディックに妹を注意してもらいたい俺は、オティーリエの素行について話題にした。
すると、
「わがままじゃない。あいつは狂ってるんだ」とディックは無表情で言った。
ディックの返事にびっくりして、
「狂ってるってどういうことだよ」と俺が問いただすと、ディックが自分の左頬の傷跡を指さした。
「この傷は妹にやられたんだ」
てっきりモンスターにやられたと思っていたんだが。
「子供の頃、昼間にオティーリエとちょっとした口喧嘩をしたんだよ。その夜、寝ていたら妹が果物ナイフで俺の目をくり抜こうとしたんだ。危うくよけたが、その代わり頬にぐっさりとナイフが刺さったのがこの傷跡だよ」
夜中に、少女の頃のオティーリエがディックに馬乗りになって、笑いながらナイフを兄の顔に突き刺す姿が俺の頭に浮かんだ。
「それって頭がおかしいんじゃねーのか」
「だから狂ってるって言っただろ。他にも、そっと後ろから近づいて来て、首にナイフを突きつけられたりとかされた覚えが何度もあるな」とまた無表情で淡々と、ディックはオティーリエの恐ろしい行為を語る。
「何だ、そりゃ! まるで暗殺の訓練みたいじゃないかよ!」
「そうだよな。で、何でそんなことをするのかって聞いたら、お兄ちゃんのことが好きだからって、オティーリエはニコニコしながら答えたよ」
「好きなのに何でそんなことをするんだよ」
「何度も言わせるな、要するに狂ってるんだよ。まあ、最近はやらなくなったけどな」
「成長してオティーリエも多少はまともになったのかね」と俺が少し安心していると、
「違うよ。俺のことが嫌いになったから、もうしないとさ。妹との仲は最悪だ」とディックは剣を鞘から出して、道端の背の高い雑草を斬り飛ばす。
好きだからナイフを首に突きつけて、嫌いになったからやめたって、オティーリエの頭の中はどうなっているんだろうかと俺は思った。
「何で嫌われたんだ」
「オティーリエのいかれた行動に我慢できなくなって、面と向かってお前は狂っていると言ったからさ。本人はあたしは狂ってないって激怒したけどな。あんたなんて大嫌いだと言われたよ」
「じゃあ、なんで一緒に行動しているんだ」
「離れると殺すって、オティーリエ様がおっしゃるんでね」とディックはふざけた感じで返事をするが、顔には疲労の色が現れている。
「えーと、つまり、兄貴を頼りにしてるってことかね。じゃあ仲良しってことになるんじゃねーの」と俺が無理矢理良い方向に解釈すると、
「いや、兄の俺を利用したいだけだ。狂ってはいるがバカではない。俺を利用しつくしたら、何をされるかわからないなあ」と依然として疲れた表情をするディック。
大丈夫かよ、この兄妹と俺は思った。
俺はオティーリエの狂った行動と、それを無表情で語るディックが不気味で、何だか嫌な気分になってきた。
「オティーリエは、何で、あのボンデージファッションつーか、いつも真っ黒い恰好をしてるんだ」と俺が聞くと、
「知らないよ、単なる趣味じゃないか。ただ、本当に好きな人が出来たら、その人の前では白いドレスを着て、左胸には赤いバラの花を付けるって、子供の頃聞いたなあ」とディックは再び剣を振って、雑草の花を切り飛ばした。
「何だ、乙女っぽいところもあるんだな」と俺が意外に思っていると、
「ただ、相手が自分を好きにならなかったら殺すってさ」
「はあ……」うーむ、オティーリエの奴、完全に狂ってるとしか思えん。
「オティーリエの好きなタイプってどんな奴なんだ」
「優しくて仕事ができるとか才能がある男が好きだとさ。平然と人の首を切断したりできる人がいいんだって。あと、やる時はやれる男も好きだとか、理想のデートは好きな男と一緒に人を殺しまくりながらするのがいいとも言ってたな。逆に、はっきりしない優柔不断で気弱な男は嫌いだそうだ」
優柔不断な男や気の弱い男を嫌う女は大勢いるし、優しくて仕事ができる男が好きな女も大勢いるだろう。そういう女はまあ普通だが、平然と人の首を切れる男が好きとか人を殺しながらデートって、オティーリエはマジでいかれてると俺は思った。
やる時はやれる男って殺すときは殺せる男って意味かね。
ディックの言葉を信じるとすれば、オティーリエは外見は凄い美人なのに、中身は狂人だな。
オティーリエに好かれた男は大変だろうなと俺は思った。
まあ、背の高いオティーリエから、ドチビとバカにされている俺は対象外だから関係ないけど。
ディックの話を聞いて、俺は機会があればさっさとこのパーティから抜けることをあらためて心に決めた。