架空の世界
「それは、見えざるもの。それは、エメラルドの眼光……出でよ、ゲルティアス!」
アズトールがゲルティアスを呼び出します。そして、女神の装備品が全て揃ったことを告げました。すると、ゲルティアスは水晶のたてがみをゆさゆさと揺らしながら、ある問いかけをしてきます。
「心とは何か」
それを聞いて、フィーネは「ベルーザみたいなこと言うのね」と、少し疲れたように言いました。バーンは考えます。「心」と一言でいわれても、答えは人の数だけあるでしょう。そもそも正解などあるのでしょうか。アドューラは、作者の記憶の中の世界。そして過去に削除されてしまった自分。その「心」は本物なのか、彼は迷います。その一瞬の心の揺らぎをゲルティアスは見逃しませんでした。
「お前は心を守ると言った。なのにその正体をしらずに何を守れるという?」
ゲルティアスの言葉にハッとするバーン。もやもやっとしていたモノが頭の中で形になっていきます。それは旅で培ってきた仲間との「絆」でした。暗闇から生まれたときは誰が誰かもわからなかったバーンですが、旅をしていくうちに、かけがえのない「仲間」となっていったのです。彼はゲルティアスにその旨を答えました。
「そうか、絆か……作者は心を守れなかった。いや、守るべきものが見えていなかったというべきか。だからこの世界を創りだし、お前に答えてもらうことを夢見ていたのだ。そして、答えがわかった今、この世界は縮小していく。やがては消滅するだろう」
「待ってください。フィウスやリリィさんたちはどうなるのですか」
アシュリーが焦った声で言います。その問いに、ゲルティアスは「削除される」と答えました。バーンたちはどうにかならないかと、ゲルティアスに詰め寄ります。
「この世界は作者の架空の世界。バーン、そしてその仲間たちよ。ラストゲートこそが真実の世界。真の魔王が住む世界だ。そしてお前たちが帰るべき世界でもある。時間がない。今からお前たちに女神の祝福をやろう。バーン、お前の守りたい心……絆の力を高めてやる」
「ずいぶん上から目線だねぇ……君は作者のなにを知ってるっていうのさ」
レティの質問にゲルティアスは黙り込みました。そのときです。
「――無情に響くは心の闇の鐘。狂え! 無垢な動物よ!――」
バーンたちが後ろを振り向くと、ぱっくり開いた暗闇の中からイストワールが突然現われ、例の呪文を唱えました。すると、ゲルティアスは、「グォオオオン!」と雄たけびを上げて、バーンたちに襲い掛かってきます。その身体は色を失い、墨色になっていました。
「……出でよ、キラリク――っうわぁあ!」
イストワールの強風を起こす魔法で、アズトールの『アニマハール』が吹き飛ばされてしまいます。地面に倒れるアズトール。バーンたちはゲルティアスの相手で手一杯でした。イストワールは、砂のついた『アニマハール』を右足でぐぐっと踏みつけます。
「『アニマハール』を……踏んだなぁあああ!」
アズトールの怒りの声に、バーンたちが驚きました。アズトールは倒れた身体を起こして、イストワールのほうへと無防備に駆け出してしまいます。手には小さな隠しナイフが握られていました。
「アズトールさん、冷静になってください!」
墨色になったゲルティアスを相手にしながら、アズトールの暴走を止めようとするバーンたち。イストワールは、『アニマハール』を左手に取ると、それを盾にしてアズトールの攻撃をかわします。
「……っ!」
悔しそうな表情を浮かべるアズトール。そうしているうちに月は姿を消してしまいました。流星雨が空を艶やかに埋め尽くしています。その瞬間、バーンたちの女神の装備品が白銀の輝きを放ちました。そして、『アニマハール』に聖なる白い炎が宿ります。それはイストワールの左手を焼いてしまいました。地面に落ちる『アニマハール』。一定の距離をとるイストワール。アズトールは、その一瞬の隙を見て、『アニマハール』を取り返します。なんとかゲルティアスを気絶させたバーンたちがアズトールと合流します。
「『アニマハール』を踏んだ代償は重いですよ、覚悟してください」
アズトールがそう言うと、イストワールは「ふふっ」と笑って、バーンたちのほうへと向かってきました。