不穏な空気
ヒューネイドの上から見渡す景色は絶景です。広い海に浮かぶ複数の船に、陽光に照らされた雲たち……しかし、トレイラージ神殿に近づくに連れて、魔物の数が増え、黒い霧雨のようなものが降り始めました。アシュリーが、「プロテクト」の魔法を使い、それを防ぎます。ヒューネイドは、虹色の潮を噴き自分の体を清めていました。そうしているうちに、黒ずんだおばけ屋敷のようなトレイラージ神殿が姿を現します。アズトールは、ヒューネイドを『アニマハール』へと戻しました。いつもなら虹がかかるはず。それは、黒雲に呑まれて消えてしまいます。
「この黒霧は……ルルーネのものと同じですね」
アシュリーが言いました。あたりには魔物が沢山います。それらを一通り倒してやっと入り口につくと、見覚えのある赤い膜が張ってありました。その中央には、こう書いてあります。
魔物と人間の違いとはなにか
バーンたちは嫌な予感がしました。この黒霧に、問いかけが書かれた結界。もしかしたらルルーネとベルーザが復活したのではないかと思ったのです。しかしなぜ同時にトレイラージ神殿に現われたのでしょう? それもそうですが、まずは目の前の問いに答えなくてはいけません。バーンは考えました。そういえば、イストワールがこの世界につれてきたオントロンも巨大なゴブリンという魔物。それがいなくなったときに、リリィが非常に悲しんでいたのを覚えています。そして、そんなオントロンを私利私欲のために躊躇なく殺したアルベール帝王にも怒りがわきました。しかし、人間を魔物にしたベルーザや、人間を死の病に至らしめるルルーネをこのまま放っておくわけにはいかない。そういった思いが複雑に交錯して、バーンはその場で頭を抱えてしまいます。考えれば考えるほど、本題から思考がそれてしまうのでした。
「うっさいわね。魔物はアンタのことよ、ベルーザ! 私はアンタじゃないし、アンタは私じゃない。相容れない存在なの。わかった?」
「んー、なんか哲学的。さすがフィーネ君」
レティがフィーネに向かって軽く拍手をします。
――ほう、それがお前の答えか。ならば、来るがよい。お前たちの驕りを思い知らせてやる
トレイラージ神殿の奥から三人の声がしました。なにやら聞き覚えのある声です。それは、人間を魔物に変えてしまう魔女ベルーザ、毒霧のルルーネ、そしてマナルギー開発者のアルベール帝王のものでした。それと同時に結界がパリンと割れて、神殿の中に入れるようになります。
「なぜアルベールまで……何か嫌な予感が」
「するね」
レティが絨毯の上で胡坐をかきながら言いました。しかし、その表情は少し楽しそうです。彼は自身の装備品が手に入ることを期待しているのでした。
「どういう状況かはわかりませんが、相手は三人です。気をつけてください。いくら私の魔力が増幅したといっても、プロテクトをかけられる時間は限られています。先にルルーネを倒しましょう」
アシュリーがみんなに言います。そう、こうしている間にも彼女の体力は擦り減っているのでした。バーンたちは細心の注意を払って、トレイラージ神殿へと入っていきます。中は黒霧で真っ黒でした。アシュリーが2回目の魔法、「サンライト」で神殿内を照らします。すると、そこにはベルーザとルルーネ、アルベール帝王が合体した姿がありました。