穢れた森の主
何時間歩いたでしょうか。さっきから同じ道をぐるぐる回っているように感じます。そこでバーンは目印にと、大剣で一本の立派な樹をなぎ倒しました。すると、細い通り道のようなものを発見します。それはどこか人工的で、今までの雰囲気とは異なりました。
「……みなさん気をつけてください。なにか嫌な予感がします」
アズトールが真剣な顔つきで言いますが、バーンも含めて誰も警戒はしていないようです。おそらく今見えた道が正解なのだと感じたバーンは先頭をきって歩き出します。だんだん陽光が少なくなってきました。やがてカラスが鳴き始め、その羽が数枚、枯れた木々に引っかかっています。歩けば歩くほどに、景色がぼやけていきました。
「君の嫌な予感ってこれかい? とてもじゃないけどこんなところに神聖な動物の主なんていないと思うよ。引き返すかい」
「いや……この気配はどこかで……」
レティとアズトールが話していたそのときでした。枯れ果てた木々の中から黒いオーラをまとった蛾のような模様の大きな化け物が、銅褐色の粉を撒き散らしながらバーンたちのもとへと迫ってきます。粉のにおいは鼻や目を刺激し、堪えられるものではありませんでした。このままではやられてしまう。彼らは強制的に目の前の化け物と戦うことになりました。
「もう、何なのコイツー。とにかく刺激臭のする粉は私に任せて、アズトールはコイツをなんとかできる動物を召喚して! レティはおとりになっててよ」
フィーネがガストンを地面にそっと置いてみんなに命令します。バーンが自分の役目を尋ねると、「接近戦タイプじゃあ役に立たないからじっとしてて」と返しました。せっかくの大剣が振るえず、少しだけ寂しい気持ちになったバーンは、これから始まる戦闘をひとりで見守ることにします……
「じゃあ、いくよ。マグネット・ショック」
その瞬間、レティの周りを黄色の膜が覆います。そして、その膜からくもの糸のようなものが化け物の方へ向かっていき、その羽や身体をぐるぐると拘束したかと思えば、ゆっくりとレティの方へと引き寄せられていきました。銅褐色の粉をまといながら。レティの膜に貼りついた化け物は身体が麻痺したのか痙攣しています。
「――ガストンに命じる。辺りの粉を吹き飛ばせ――」
声色の変わったフィーネが、ガストンに囁きました。すると、ガストンはみるみるうちに巨大な岩のような姿となり、その大きな口で、フーっと銅褐色の粉を一気に吹き飛ばします。一瞬ですが呼吸が楽になりました。
「それは、彷徨う海の輝き。それは、癒しの光……出でよ、キラリクス!」
アズトールが唱えると、本が輝き、開かれたページから金色に輝くクラゲが三匹ふよふよと現われます。それらは化け物の方へと近づいて、三角形の輪を作りました。その眩しい輝きによって、化け物は本来の姿へと戻ります。クラゲたちは本の中に戻っていきました。
「その艶やかな羽と銀色の粉は……グリューン!」
浄化された化け物の姿を見て、アズトールがレティに拘束を解くように言います。拘束が解かれた化け物はアズトールの方へと向かってパタパタ飛んでいきました。銀の粉がかかった木々や草木などは本来の色を取り戻します。どうやらこの森の主はグリューンという、大きなアゲハチョウだったようです。
「あぁ、どうしてあのような姿に……」
「イストワール ノ ホン ハ キケン ダ」
バーンたちは首を傾げました。イストワールとは何者なのでしょう。魔王の仕掛けた敵なのでしょうか。危険な本のことも全くわからない彼らは、もう少しグリューンと話すことにしました。