妖精の舞う森
バーンたちはホールスのあとをゆっくりついていきます。レティは絨毯をわき腹に抱えながら、足元を見て歩いていました。地面に鋭利なものがないかを確認しているのです。照りつける太陽。額には大粒の汗が噴き出ていました。そんな彼を、アシュリーの肩にちょこんと乗っかっているリリィが、「歩くのが遅いぞー。ちゃんとついてこーい」と煽ります。立場の逆転に目じりと口元が引きつるレティ。前の彼なら、余裕な顔で迷わず彼女をお手玉のようにしてからかっていたでしょう。そんなこんなで、歩くこと数時間。すると、木の葉が赤や黄色に色づいた紅葉だらけの森にたどりつきました。
「綺麗ですね。ホールス、ここに何かあるのですか?」
アズトールが尋ねます。ホールスの輝きが紅葉たちに映り、森はより幻想的な景色になりました。ホールスが答える前に、トンボのような羽の生えた、リリィより少し背の高い耳のとがった妖精の男の子が、バーンたちを物珍しそうに見ながら、周囲をぐるぐると飛び回ってきます。
「ねぇねぇ、なんで人間がこの森に来たの? なんでおじちゃんは裸足なの? なんで、なんで?」
いきなりの質問攻めに、バーンたちは困ってしまいました。「おじちゃん」と言われたレティは、少し落ち込んだように肩を落とします。重たい絨毯を抱えながら、一人だけ裸足での行動。リリィの煽り。おまけにとどめの一言。今まで余裕だったレティのプライドはボロボロでした。アズトールはさすがに同情したのか、レティの肩に手を当てて、「きっと元にもどりますから」と言います。
「この者に、貴方たちの踊りを魅せて欲しいのです。奇跡の踊りを」
ホールスが妖精の男の子に頼みました。バーンたちが周囲の紅葉を見上げると、老若男女の妖精たちが彼らのことを興味津々の目で見ています。そして、彼らはバーンたちのほうへと寄ってきては、様々な質問をしてきました。
「奇跡の踊りってなに?」
フィーネがホールスに尋ねます。すると、ホールスが妖精の踊りの効果について説明をし始めました。それは、妖精たちの踊りを観たものたちは、三つの願い事を叶えられるというものです。それを聞いて、バーンは真っ先に、ゲルティアスに会うことを思い浮かべました。レティは再び絨毯での浮遊、そして術が使えるようになりたいということを思い浮かべます。
「あの……もしそれが本当なのなら、一つ目の願いはゲルティアスと会うこと。もう一つはレティさんを元通りにすること。一つ余りますよね。もしよろしければ、私をこのアドューラという世界から、あなたたちの行こうとする真の魔王のいる異世界まで連れていってくれませんか?」
アシュリーが、バーンたちに問いかけました。彼らは戸惑います。彼女は異世界の住人。果たして、連れていっていいのでしょうか。バーンたちが悩んでいる間に、妖精たちは、ホールスに言われたように、楽しく空中でステップを踏んでがやがやと踊り始めます。キラキラした輝きが彼らに降り注ぎました。
「さぁ、願い事を口に出して言うのです」
バーンとレティとアシュリーは、それぞれ目を閉じて願い事を口にします。アズトールとフィーネは、妖精たちの踊りに魅了されて、言葉を失っている様子。踊りが終わったころには、わき腹に抱えられていたレティの絨毯が浮かびあがりました。彼はそれに乗って寝そべると、落ちてきた紅葉の葉っぱを扇子代わりに扇いで寛ぎます。レティはいつも通りの涼しげな顔に戻りました。しかし、バーンの前にゲルティアスは現れません。
「バーン。貴方は大事なことに気づいていません。ゲルティアスは心の象徴。それは、見えざる目でもあるのです。貴方に女神の祝福を与えるか、ゲルティアスはそれを見極めてから現われるでしょう。私にできることはここまでです。アズトール、私を『アニマハール』の中へ戻してください」
アズトールは、『アニマハール』の中へホールスを戻します。妖精たちはアズトールに近づいて、「今のなに? どうやったの?」と好奇心旺盛に聞いてきました。バーンは若干の苛立ちを覚えます。早く勇者として目覚めなければならないのに、そして女神の指輪も手に入れなければいけないのに、遠回りばかり。そして、戦力にならないのは自分だけ。それがたいへん悔しかったのでした。バーンは壊れた大剣の柄をグッと握り締めて、ギリッと歯軋りをします。その間も、「見えざる目」はバーンたちを見ているのですが、それに気づく者は一人もいませんでした。