地下迷宮Ⅲ
一方、アシュリーとフィウスは同じ空間に飛ばされたようです。アシュリーは、「サンライト」の魔法を使って灯りをともしました。二人の前には二つの道があります。それは同じぐらいの大きさで、どちらも似通っていました。
「……チビ、お前があのとき帝都ジャミールに移動しなかったってことは、心のどこかで居場所がないのを知ってたからじゃないのか」
「あの時とは、私を荒れ狂うティマス海に投げ入れたときですか……そんなことなどどうでもいいです。それより、なぜあなたたちの船は転覆せずに、シーフォンス港へ無事にたどり着いたのですか。そしてなぜデビドがあれを持っていたのか聞かせてください。私にはその権利があるはずです」
アシュリーは、フードを脱いで左目にできたやけどのあとを指差します。それを見たフィウスは頭に手をやり、冗談めいたように、
「成り行きだ」
と言いました。もちろん彼女はそれで納得するはずがありません。アシュリーは、「サンライト」の灯りを彼の近くに移動させて、目をくらませます。「冗談が通じないなぁガキは!」と、左目に手をやりながら笑うフィウス。
「懐中時計を俺たちが盗んだことにすれば、無駄に責任感の強いお前は帝都ジャミールに戻ることはない。これでお前は誰からも縛られない。自由でいられる。そう思ったんだ。船が沈まなかったのは奇跡に近いな。あの懐中時計を開いた瞬間に、化け物が大人しくなって海にもぐっていった。懐中時計はルーヴィア港に着いたとき、デビドが俺から奪っていった。俺が持っていると誰かに売り飛ばすかもしれないからってなぁ。ちょうどそのころ黒い霧が降ってきて、運悪くあいつだけが病気になった。異変を感じた俺たちはシーフォンス港へ渡ったってわけだ」
「同情してくれてありがとうござます。ですが、全然ありがたくないです。自由など、なにからも必要とされていないのと同じじゃないですか……事情はわかりました。そしてその後、テニートにいた私がデビドの噂を耳にしたわけですね」
アシュリーが、「サンライト」の灯りを左の道に向けて歩き出しました。その後姿を見てフィウスは呆れたように舌打ちをします。
――グモーッ!
ふいに反対側の道から、獣らしきものが飛び出してきました。それはアシュリーの右腕に体当たりします。大きな衝撃音とともに吹き飛ばされるアシュリー。チラッと見えた姿は紫色をした牛のような化け物でした。それをフィウスは思いっきり殴ります。二人の視界から牛のような化け物の姿は消え、ドシンッという音が地下迷宮に響き渡り、静かになりました。どうやら化け物は気絶しているようです。まだ微かに聴こえる化け物の荒い鼻息。生きているようでした。
「大丈夫かチビ!」
フィウスが近寄って、アシュリーを起こそうとするも、彼女の右腕は折れているようで、動かすだけでも激痛が走るようです。苦しそうな顔をしていました。それでも魔法を解除しようとせず、杖を突いて立ち上がろうとするアシュリーにフィウスは激怒します。それはもう大声で。
「自由ってのはなぁ、自分で考えて行動するって事なんだ! お前に必要なのは誰からも認められねぇ努力じゃねぇ!」
「……認められない、努力なんかじゃ……ない……私は、ただ……」
アシュリーは痛みをこらえながら、一筋の涙を流しました。すると、どんどん涙は溢れ出してきて、しまいには嗚咽が漏れます。それを大きな手で拭うフィウス。彼は「ふっ」と笑って、
「そうやって駄々をこねてる顔のほうがかわいいぞ」
と言いました。
――ロゲロゲロー♪
陽気なかえるの歌声と複数の足音が左側の道から聞こえてきます。それは、バーンたちでした。フィウスはアズトールに事情を説明して、アシュリーを治療することを頼みます。アカシェームによってアシュリーの骨折は治りました。これでとりあえず、全員が揃いました。問題はこの空間にいる牛のような化け物です。それをフィウスが話すと、アズトールは、『アニマハール』を開いて、キラリクスを呼び出しました。




