地下迷宮
「おーアシュリー。懐中時計は無事か?」
フードを脱いだアルベール帝王の素顔はお世辞にも威厳を感じるものではなく、えぐられたようなぺちゃんこな鼻に狭い額が特徴の髪の薄い中年男性です。それを見たレティが、笑いを抑えられず思わず声を漏らしてしまいました。すると、アルベール帝王はムッとしたあと、レティをかえるの姿に変えてしまいます。彼は絨毯の上でケロケロとなにか言っていました。猫以外の動物が苦手なフィーネはレティからそっと離れます。アズトールはその様子を見て苦笑いしました。
「無礼をお許しください。懐中時計も私も、こうして無事に帰ってまいりました。そして、アルベール様の研究に役立つであろう客人と、他一名も連れて来ました。彼らはこの巨大な化け物を浄化できるようです」
アシュリーは女神の懐中時計を開きます。その映像を見て、アルベール帝王の表情は一変しました。まるでこどものような純粋な瞳で、食い入るように浄化前のヒューネイドの姿を何度も何度も見ています。そして、『アニマハール』のことを話すと、彼はアズトールに近づいて、『アニマハール』を奪い取ろうとしました。
「やめてください! これは私の本です。それにヒューネイドを呼び出せるのは私だけですよ!」
「えー、だったらせめて実物を見せてくれない? そうだ、500,000ペレム支払おう! それでいい?」
フィーネは、「こんなところで召喚したらユグドラシルが壊れるんじゃない?」と、冷静に言います。アズトールは、お金で解決しようとするアルベール帝王に半ば呆れて、「お断りします」と返しました。レティは、「ケロケロ~♪」とどこか馬鹿にしたように鳴いています。
「やっぱりアホベールだな。なんでも自分の思い通りに成ると思うんじゃねぇぞ」
フィウスは腕組みをしながら、「がははは」と大きな声で笑いました。その声はユグドラシルじゅうに響き渡ります。
「……アシュリー、こいつたちを偉大なる帝王への侮辱罪で裁くことを命令する」
「そんな罪は初めて聞きましたが……」
「はい、命令を無視した~お前も地下迷宮行きだ! こんなわがままで人を不快にさせる奴らを客人と呼べるか!」
気がつけばバーンたちを一級魔術師たちが取り囲んでいました。そして、彼らが呪文を唱えると、床に幾何学模様の魔方陣が浮き上がります。バーンは眩しい光が発せられて思わず目を閉じました。そしてゆっくり目を開けると、暗い洞窟のようなところにいます。
「ねぇ、誰かいないの?」
「にゃー」
フィーネとガストンの声でした。目が慣れてくると、段々彼女たちの顔が確認できました。しかし、そこにアズトール、かえるにされたレティ、アシュリー、フィウスの四人の姿はありません。どうやらバラバラに飛ばされてしまったようです。
「ここが地下迷宮ってとこ? 道が枝分かれしていて本当に木の根っこって感じね。とにかくみんなを捜さなきゃ。でも、下手に動いても迷うだけだし、道標はこの暗さじゃ気づいてもらえなさそうだし……どうする、バーン」
フィーネが問いました。バーンは考えます。ふと足元を見ると、ガストンの金色の静かなまなざしと目が合いました。そこで、彼は思いつきます。ガストンの鋭い感覚を持つひげの能力で、動くもの=仲間たちを捜してもらおうというものでした。彼女は、「うまくいくかなぁ」と言いながらも、バーンの考えに同意します。こうして、地下迷宮での仲間捜しが始まりました。