女神の懐中時計
病院内の人々は、アシュリーの状態異常の回復魔法、「リカバリー」によって病気が治ります。しかし、亡くなった多くの命は蘇ることはありませんでした。その中には家族や恋人を失った人も見られ、涙を流しながら、「なんでもっと早く来てくれなかったんだ!」という言葉をバーンたちに投げかけてきます。バーンは困ってしまいました。そもそも自分が生まれる前からルルーネがいたのかもわかりません。バーン自身、自分が何者なのかもわからないまま、「仲間」たちと「魔王」を退治するために旅をしています。そもそも「魔王」とは何者なのか。どんな姿で何をしようとしているのか……
「……なぜこんなところに……」
バーンが一人、考えることにふけっていたなか、アシュリーは、デビドの亡骸のズボンに入っていた、黄金の女神が描かれた懐中時計を取り出します。それに興味を持ったのはレティでした。
「死体から物を盗るなんて、まるで追いはぎみたいだねぇ……でも、盗みたくなる気持ちはわかるよ。それ、とってもキラキラしてて綺麗だからさ。もうちょっとよく見せてくれないかい?」
「これはもともと私の物です。返してもらっただけ。それに、これはそんなに良い物ではありません」
そう言うと、アシュリーはローブのポケットの中に女神の懐中時計をしまいます。それを見ていたバーンは、彼女にデビドやフィウスとの関係を聞こうとしましたが、個人的な事情があるのだと思いやめました。しばらく続く沈黙をやぶったのは、ガストンの甘えた声です。フィーネはガストンを両手で抱いて、
「アンタの事情は知らないけど、フィウスならルーヴィア港にいるわよ。今から私たちそこへ行くから、一緒に行きましょ。ただしどんな事情があっても殺さないでよ。ティマス海へ出港してもらわなきゃいけないんだから」
と言いました。ティマス海と聞いたアシュリーの手が震えます。それは怒りではなく、恐れに近いもののようです。心配したアズトールが、「大丈夫ですか?」と尋ねると、彼女はハッとした様子でローブのフードを深く被り、
「大丈夫です。私はフィウスに指一本触れません……本当は関わりたくもないです。でも、彼とはどうしても話をつけたいことがあるんです。大丈夫、あなたたちの邪魔はしません……ルーヴィア港ですね。何度か行ったことがあります。そこまで移動しましょう」
そう言ってアシュリーは、「メモリーワープ」の魔法を使って、テニートの病院から、ルーヴィア港の灯台までバーンたちを移動させました。そこで休憩していたのは、眼帯の男、紛れもなくフィウスです。彼は、アシュリーの姿を見るや否や、目を鋭く光らせました。黒ずんでいたはずの服は、元通りの色に戻っています。一定の距離を保ちながら、二人は近づいていきました。




