黒い霧雨
室内で仮眠をとっていたバーンたちは、へどろのような悪臭で目が覚めます。するとフィウスは、「もうじきルーヴィア港に着く。その前にこれを装備しろ」と、ガスマスクを彼らに渡しました。フィウスはマスクをつけながら説明を始めます。バーンたちが向かっているルーヴィア港付近では、謎の黒い霧雨が延々と降り続いていて、それが原因で病気になる人が多いのだそう。そして、デビドという者もその霧雨に当たりすぎて病気になってしまったのだといいます。
「ガストンはどうすればいいの?」
「病気になるのは人間だけみたいだ。魔物や犬猫どもはピンピンしている。もしかしたら人間を恨む魔物の主がいるのかもしれねぇな……っとそうだ、お前たちのことだから先に魔物退治に行きそうだが、まずはデビドを治してくれ。頼むぞ」
フィウスは扉を開け、ラッフェルのところへ行くと言い残して、その場からいなくなりました。困ってしまったのはアズトールでした。黒い霧雨の中を歩くということは、『アニマハール』が濡れるうえに穢れてしまうということです。
「天気をよくする動物はいないのかい? このガスマスク、顔に跡がつきそうでやだよ」
「グリューンなら、ある一定の範囲ですが、清らかな空間を作り出すことが出来ます。彼の効果は毒の無効化ですから、黒い霧雨をふつうの霧雨に変えることは出来るかもしれません。しかしそのままでは、『アニマハール』が濡れてしまいます……」
「じゃあ私が傘を差してあげるわ。それなら問題ないでしょ」
フィーネはガストンを床にそっと置いて、近くにあったビニール傘をパッと開け、アズトールに見せました。彼は少し照れくさそうに、「頼みます」と頭を下げます。それを見ていたレティが茶化すように、
「少年少女の恋は、ここから始まるのであった」
と、ニヤニヤしながら言いました。その言葉にフィーネは、「冗談は起きてから言ってよ。ね、ガストン……」と、ジトッとした目で返します。ガストンはやきもちを焼いたのか、アズトールの修道服に噛み付き、猫パンチを繰り返していました。やはり、フィーネの腕の中が一番心地よいのでしょう。
「着いたぞ」
フィウスが再び室内に入ってきました。着ている服はすでに黒ずんでいて、扉の隙間からは墨が拡散されたかのような霧雨がチラリと見えました。
「それは、紫雲を呼ぶもの、それは、吉兆の輝き……出でよグリューン!」
アズトールが唱えると、『アニマハール』の中から、グリューンが銀色の粉とともに出てきました。扉の外に出ると、銀色の粉が撒かれているところだけが普通の霧雨の色となっています。どうやら黒い霧雨には毒の効果があるようです。
「はい、傘」
「あ、ありがとうございます。フィーネさん」
辺りは昼にもかかわらず暗く、誰一人も歩いていません。
「俺たちは出港の手続きやらをする。デビドを頼んだぞ」
バーンたちはルーヴィア港を出てすぐ側にあった、テニートであろう街を発見し、ヒヤッとする霧雨を浴びながら、そこへと駆け足で向かいました。




