夢の中の出来事
バーンは暗闇にいました。それは最初に彼が生まれたアドューラと似ています。周囲に仲間はいません。不安になったバーンは、あのときのように大剣を横一文字に振るいました。なにか生まれると思ったからです。しかし、何も現われることはありませんでした。その代わりに、ある老人の声がどこからともなく聴こえてきます。
「私は私の役目を知っている。お前はお前の役目をまだ知らない」
その声は、随分歳のいったおじいさんのもののようでした。辺りを見回せど闇が広がっているばかりで、人間らしき者は見当たりません。バーンは声の主に出てくるよう声を出そうとしますが、それが出せなかったのです。段々恐怖を覚えた彼は半狂乱になって大剣を振り回します。
「まだお前はアドューラから出ていない。気づかぬか、お前はまだ作者の心の中にいるということを……そして、そこから抜け出さなくてはお前に真の自由はおとずれないのだということも。そして作者とは本当の魔王ではない。バーン、真の魔王は必ずお前の手で倒さねばならん。その事を忘れるな」
バーンはわけがわかりませんでした。しばらく沈黙が続くと、暗闇の中から一人のおじいさんが突然現れました。大剣を振るってもないのにです。驚いたバーンは、彼に何者かと尋ねます。やっと声が出たことに安心するバーン。
「私はイストワール。唯一この世界アドューラで己の役目を知るもの……」
――気がつけば、バーンはガストンに噛みつかれていました。ピリッとした痛みを感じながら、あれは夢だったのかと思います。もう朝になっていたようで、窓からは太陽の光が淡く差し込んでいました。フィーネは呆れたように、ガストンの毛繕いをしながら、
「悪夢でも見てたの? 独り言が多かったから全然眠れなかったじゃない」
とバーンに言います。彼は夢の内容をみんなに話しました。しかし、誰もまともに聞いてくれる様子はありません。準備が整ったのか、フィウスたちはシーフォンスの港で待っていると言い残して先に行ってしまいました。バーンも慌てて用意をします。
「知りませんでした。バーンさんが寝起きが悪いなんて」
「まぁ今の役目はタコの化け物退治だから、イストワールの夢とかどうでもいいんだよ、バーン君」
どこか納得のいかないバーンはモヤモヤした気持ちのまま、フィウスが待つシーフォンスの港まで向かうことにしました。一体あの夢は何だったのでしょう。不思議な事に、イストワールと名乗ったおじいさんの顔を全く覚えていません。ただ、長いベージュのローブに、一冊の本を携えていたことだけは鮮明に覚えています。
「ちょっとバーン、早くしなさいよ! 置いていくわよ」
フィーネの呼びかけに応えるように、慌てて返事をするバーン。今は化け物退治に専念しよう、そう思ったバーンは、夢のことは忘れることにしました。