交換条件
「俺になにかようか? 船なら出せないぞ……」
カランとロックのウイスキーが入ったグラスを回しながら、眼帯の男は言います。彫が深く、サメのような鼻に、大きな口が特徴でした。フィーネが例の似顔絵と比較しながら、「これでよくわかったわね、あのショーンってやつ」と溜息をつきます。
「その眼帯……失礼ですが、あなたはフィウスさんですか?」
「事情はよくわからんが、俺を探し回っていたのはお前たちだったのか。ショーンには地獄の一発をくらわせてやらんとな……だが、俺たちのアジトに土足で踏み込んでくる以上、それなりの覚悟は出来ているんだろうな」
フィウスは食卓から離れて、壁にかけてあった大きな斧を片手で持ち上げ、バーンたちに向けました。周囲の男たちも、棚からサーベルを取り出し、彼らを包囲します。
「ねぇねぇ、これって足着いてないからセーフだよね」
浮かぶ絨毯の上で胡坐をかきながら、レティがのんきに言いました。すると、フィウスはその大きな口をあけて、「がっはっはっは!」と大きな声で笑い出します。その声の振動だけで窓ガラスが割れそうな勢いでした。彼は男たちに合図を送り、サーベルを下ろさせます。持っていた斧も壁にかけて、再び食卓へと戻り、その席へとバーンたちも座るように促しました。
「俺は、金と余裕とユーモアのあるやつが好きでねぇ。で、どうして俺を探していた」
バーンは事情を話します。すると、フィウスは眼帯のずれを直しながら、
「魔女ベルーザを倒したのはお前たちか」
と尋ねてきました。バーンが頷くと、彼は考えるように机に両肘をついて手を組みます。そして、勢いよく席から立ち上がり、「よし、交換条件だ」と、再び壁にかけてある大きな斧を取り出します。それはバーンたちに向けられたのではなく、天井に高々と掲げられました。
「シーフォンスとルーヴィアの間で、タコみたいな化け物が出現するようになって、まともに漁もできなくなった。もしそいつを退治してくれたら、特別にタダでティマス海へ出港してやる」
「ちょっとまって。船の上で戦うの? じゃあガストンは重量オーバーになっちゃうじゃない。私何も出来ないわよ」
「お嬢ちゃんはここに待機してるといい。ほら、オレンジジュースもあるぞ」
からかうようにフィウスが言うと、「バカにしないで!」とフィーネがふくれっ面で彼に背を向けます。ガストンもご機嫌斜めの様子。そんな彼女の姿を見て、フィウスはどこか懐かしそうな顔をしました。
「……まぁ大丈夫だ、俺も行く。何かあったら引き返せばいい」
「自信は認めますが、本当に大丈夫なのですか? それに舵きりのショーンさんはどこかへ行ってしまいましたよ」
「あいつ、またホラ吹きやがったのか。本当の舵きりの名人はここにいる、ラッフェルだ。だが生憎酒が抜けてなくてな。一晩待ってくれるか。ごろ寝でよければここの隅にでも寝ててくれ」
「……バーン、アズトール、あんたたちの椅子、私によこしなさい」
「あっずるい、自分だけ椅子の上で寝るつもりですね!」
半ば強引に席を横取りされたバーンたちは、仕方なく部屋の隅の壁に腰をかけて眠ることになります。フィウスはぐっすり眠っているフィーネに、茶色の毛布をかけました。その様子を絨毯の上で見ていたレティは、「おやまぁ、面倒見のいい海賊だことで」と言います。
「……早く寝ろ。そしてあまり勘ぐるな」
フィウスは壁に腰かけ、腕を組み眠る体制に入った様子。それを見て、レティも、「やれやれ物騒だねぇ」と呟きながら目を閉じました。