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君だけと過ごす夏休み  作者: なそら
2/4

2日目の1

 爽やかな朝。と呼ぶにはあまりにもふさわしくない、初夏の午前10時頃。家を出た途端、予想通りの蒸し暑さに襲われ、一瞬家に引き返そうとしてしまう。

 だが、そんなことをしてはならないとすぐさま自制する。


 だって、神社までたどり着いたら彼女に会えるじゃん!

 行かないなんてどうかしてるよ!


 家を出るタイミングは、いつにしようか正直迷った。なぜなら、彼女とは今日会う時間なんて話し合ってなかったから。


 早朝から行って彼女を待つのもなんだか重い男みたいで嫌だし、遅く行って彼女を待たせてしまうのも嫌だ。

 だからとても迷った。

 そしてさんざん迷った末、この時間にした。特に理由はないけど。でもなんだか、僕がこの時間に出たら彼女は僕と同時に神社に着く、そんな気がした。その根拠のない予想に、何故か自信が持てた。


 昨日と同様、神社へと続く道を歩く。

 途中でよく見られた、虫取りをして遊んでる小学生は僕に[夏休み]という感覚を味あわせてくれた。

 ああやって夏休みに友達と一緒に遊んだ記憶は僕にもある。それが何年前の記憶か、そしてそれは僕にとって良い記憶なのかは分からない。まぁ興味がないから思い出そうとすらしないけど。


 小学生を眺めているうちに、神社のある山の麓に着いた。


 神社へと続く石段、ではなく、昔偶然見つけた獣道を登っていく。

 獣道と言ってもそんなに登りにくいわけではなく、慣れていれば石段よりも楽に神社まで登ることが出来る。それに、道中に見ることの出来る風景がとても綺麗だ。

 例えばそう、ちょうど僕の足元付近に生えているこの花。名前はアゲラタム、淡い紫色がとても美しい。

 ちなみち、花言葉は『安楽』

 なんだか神社に対する今の僕の想いを表しているようで、とても素敵だ。


 そうだ、これを少し摘んで彼女の元へ持って行ってあげよう。そしたらきっと彼女の僕に対する評価もうなぎ登りだ!

 そう思い背負っていたリュックを地面に下ろし、花を摘むためにかがんだ。


「何をしようとしているのかしら?」


 その時頭上から、この暑ささえも吹き飛んでしまうほど綺麗な声が聞こえた。


 すぐに質問に答えようとしたが、間違っても「君に渡すために花を摘もうとしていたのさ」なんてキザなセリフを言うわけにはいかない。言おうとしても言えないだろうし。


「あら?聞こえてるかしら?」


 僕が返事をしないのを不審に思ったのか、彼女が僕の方を覗き込んでくるのを感じた。

 これ以上固まっていてもどうしようもないから、すぐさま顔をあげる。


 瞬間、彼女と目が合った。


 昨日と同様、彼女の容姿に見とれてしまう。

 しかし、今回はそれ以上だった。合ってしまった目を、逸らすことが出来ない。逸らしたくない。


 ガシャンッ


 耳に入ってきたその音で僕の理性はやっと仕事をした。彼女から目を逸らし、音のした方を見る。

 見た先には、今にも登ってきた道を楽しそうに転がっていこうとする僕のリュックの姿があった。……ッ!間一髪、端っこを掴み、リュックが走り出すのを防いだ。


「大丈夫……?」


 どうやら、彼女の興味の対象は、僕の行動からリュックに逸れてくれたらしい。今回ばかりはリュックに感謝だ。

 今度目いっぱい坂道を走らせてやるからな!と、わけのわからないことをリュックに語りかけながらそれを持って立ち上がる。


「あぁ、大丈夫だよ!さ、神社に行こう!」


 そう彼女に声をかけ、先に道を上がるよう促す。ちなみに、彼女とはさっき目が合ってから一切顔を見合わせてない。だってそうだろう?こんな真っ赤な顔を見せるわけにはいかないじゃないか。


 歩きながらふと疑問がよぎる。

 なぜ彼女はこの道を知っているんだ…?


 この道を知っているのは、僕以外には神主さんぐらいしか知らない。その神主さんが知っているのも僕が教えたからだし、見つけるなんてほとんど不可能なはずだ。

 なら彼女はどうして………いや、やめよう。

 彼女がこの道のことを知っている理由がわかったところでなんだ?なんになる?

 無駄なことに労力を費やすことはしない。

 それが僕のモットーじゃないか。


「アオイ君、この花の名前はなんて言うの?」


 僕にかけられた彼女の言葉は、気持ちを切り替えるいい働きをしてくれた。


「その花の名前はアガパンサスだよ!僕、その花好きなんだ!綺麗だよね~」


 答えながら僕は顔がにやけるのを防ぐのに必死だった。

 だってアガパンサスの花言葉は『恋の訪れ』だよ!!!もはやこれは運命としか思えないよね!


「アガパンサス、って言うのね。アオイ君は物知りね…1つ勉強になったわ、どうもありがとう。」


「いやいや、物知りだなんてそんな…全然だよ。でも、褒めてくれてありがと!」


 確かに褒めてもらえて嬉しかった、でもそれ以上にやはり、「アオイ君」と呼んでもらえるのが嬉しい。そういえば、と、今日の朝から言うことを決心していた言葉を口にする。


「ねぇ、僕も君のことを『アオイちゃん』って、…呼んでもいいかな……?」


 怖くて彼女の方を見ることが出来ない。

 心臓がバクバク鳴っている。

 彼女がこのせいで気を悪くして、僕ともう会ってくれないんじゃないか。

 頭の中で嫌なイメージがどんどん膨れ上がっていく。

 あぁ、やっぱり言うんじゃなかった…。


「えぇ、もちろんいいわよ。」


 しかし、それは杞憂だったことが彼女の発する言葉によって証明される。


「え!いいの!?ありがとっ!!」


 足に語りかける。飛び跳ねるのは後にしろ、と。


「当たり前じゃない、そうでなければなんて呼ぶつもりだったの?変な人ね。」


 そう言って彼女ふふっ、と、楽しそうに笑った。


「そ、そうだね…!じゃあ、改めてよろしく、アオイ…ちゃん…!」


 嬉しさと恥ずかしさのあまり、声が消え入りそうになる。

 だが何とか、最後まで言い切ることが出来た。


「えぇ、こちらこそ改めてよろしく頼むわね、アオイ君。」


 待て、とどまれ僕の足。飛ぼうとするな。我慢しろ。おいおい喉、喜びの雄叫びをあげようとするなよ。あっ、おい顔!まだ、まだにやけるな!

 喜びのモーションはすべて家に帰ってから、そうだろう?

 顔以外のすべての部位の衝動を抑え、必死に会話を続ける。


「あっ…そろそろ神社だね!」


「そうね、そろそろ…あ、ほら、見えてきたわよ」


 そう言ってアオイちゃんが指さした先には、見慣れた神社。

 でも心境のせいか、心なしか昨日とは少し雰囲気が変わっている気がする。まぁどうせ気のせいだろうけど。


 神社に着いた途端、聞きなれた音が鳴り響いた。12時の鐘だ。

 ということは、僕はここに来るまでに2時間もかかってしまったのか。


 おかしい、普段なら1時間もかからないのに…。

 なぜそんなに時間がかかってしまったのか、その原因を探るため、記憶を巡っていた僕の頭は、彼女の衝撃的な言葉によって思考の停止を余儀なくされた。


「ではアオイ君、秘密基地を作りましょうか」


 真顔で彼女はそう告げた。

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