異端児
いつの世も周りとズレたことをすれば、変わった人だという目で見られる。飲み会に参加しなかっただけで嫌われ、多様な人間が存在するグループ内で特異な主張をしただけで、「出て行け」と言われる始末だ。周りに流されず、歯に衣着せぬ発言をすることの何が悪い。このまま周りに同調するだけなら、ワンマン体制が強くなるだけの世の中になってしまう。
とある高校に異端児はいた。田辺玄助、高校2年生、ボクシング部。ガッチリした体の持ち主だ。この男が異端である理由の一つに昼飯がある。
3限目の授業が終わった。多くの生徒が次の授業の準備をしたり、雑談で盛り上がっている中で、玄助は1人黙々と弁当を食べていた。別にこの光景が異端なのではない。早い内に食べる人は普通にいる。問題はその理由だ。
「あれ?また前倒しで弁当食ってるのけ?玄助」
玄助が弁当にかっつく横で、友人Aに話しかけられた。
「おう、昼休憩の30分フルに使いたいからな」と玄助は、気前良く返事した。
「しかしまさか昼休憩フルで練習するために飯を早い内に片づけるとは、変わっておるのう」とAが呆れながら言う。
これが玄助が3限目の放課に昼飯を済ませる理由だ。どうやら昼は、部室のサンドバッグをひたすら殴りたいらしい。しかしそのためには着替える必要がある。だから十分な時間が要るのだ。
また玄助がひたすら体を動かすのは午後の授業で居眠りしないためであるのだから、異端児でも頭を使った方だ。
授業が終わり、ボクシング部もないので帰宅の途に就く。すると、路地裏に人溜まりを見つけた。どうやら不良が集団で1人の女子高生を囲んでいる。「お嬢ちゃん、俺達と一緒に遊ばない?」と聞こえたので、連れ去ろうとしているのか。
女子高生がひどく怯えているので、玄助は助けることにする。
「すみません。その女の子、僕の彼女なんです。ほら、行くよ」と言いながら、玄助はさりげなく面識のない彼女の手を取って、その場を去っていった。
「ありがとうございます」
女子高生はお礼をして、去った。
ボクシングをするくらい強いのだから、玄助は不良を倒せたかもしれない。でも玄助は平和主義者だ。どんな相手であっても傷つけたくはないし、ボクシングの技は自分を守るためにある。不良達も舌打ちしただけで追っては来なかったから、これで良かったのだ。
ところが翌日、部活後の帰宅途中に同じ光景を目撃する。昨日とは別の不良達が玄助と同じクラスで生徒会副会長の恵鈴乃に絡んでいたのだ。玄助はため息をつきながらも、昨日と同じく平和的な方法で助けることにする。
「すみません。その女の子、僕の彼女なんです。ほら、行くよ」と言いながら、玄助は鈴乃の手を取った。その時だ。
「誰?あんた」と鈴乃が言った。
玄助は呆然とする。この女は人がせっかく助けてあげようとしたのに、そのチャンスをことごとく粉砕したのだ。
「し、知らないのか...?俺のこと」と玄助が確認すると鈴乃は、
「同じクラスの玄助君でしょ?でも私の彼氏じゃないわ」と鮮やかに否定してみせた。空気が読めないのか、この女は。人が頭を使い、変わった方法で助けようとしたのに。
「何だ。彼女でも何でもねーじゃんかよ」
不良達が迫る。もう嘘はつけない。ごまかせない!
すると、急に鈴乃が悲鳴を上げてうずくまった。どうやらお腹が痛むらしい。
「何かあったのか?」「人がたくさんいるぞ」
野次馬が路地裏に近付いてくるようだ。不良達はまずいと思ったのか、「逃げるぞ!」と言い、その場を走り去って行った。
呆然としていた玄助だが、鈴乃に手を取られ、「私達もここから逃げるわよ」と言われるがままに路地裏を走り去った。
玄助は鈴乃と共に夕暮れの河川敷で、ぼんやり川を眺めていた。
「何であの時、俺の作戦に乗らなかったんだ」
玄助は鈴乃に尋ねた。決して空気の読めない彼女でないはずだ。
「男に助けられるのが嫌だったもの」
意外な答えが返ってきた。
「男は女を守るなんて風潮が嫌いだから」
「そうなのか」
「こんな私って変?」
「変じゃないさ。周りがそういう風潮にしがみついているだけさ」
男性が女性に守られることだってある。お互い様じゃないか。
「それにしても腹痛を装って騒ぎを起こすとは。考えたな」
先程から気になっていたことを口にした。鈴乃は照れ臭そうに、
「あら。仮病だってバレた?」と認めた。
「バレバレだよ。俺から見ればね」
「随分と良い目、いや良い頭してるのね」
「俺の作戦のことか?お前の方が一枚上手だよ」
暫く会話が続いた後、鈴乃がこんなことを聞いてきた。
「私達、一緒になれるかしら?」
沈黙などない。玄助はすぐさま答えた。
「周りから見たら”変わってる”んだ。お似合いだろう」
見上げた空に浮かぶ雲と雲が重なった。