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「握り合った掌」

ラプタはライオネスの指示通り、王都へ向かってまっすぐに飛んだ。

風の音が耳を切るなかで、ライオネスは唇をかみ締めたまま、ずっと前方を見つめている。

ラプタの手綱を持つその大きな手は、微かに震えていて―。

・・・・ライオネス・・・

彼の今の心情は、私にはきっと想像を超えている。

・・・・それでも、力に、なれたら・・・

私はぎゅ、っと、両手でライオネスのその手を握り締めた。

「・・・・・・・・・・・・・」

「っあ・・・」

すると何も言わず強く強く、握り返される。

いつもは暖かいはずの掌は、緊張のせいか汗ばみひんやりとしていた。




「とりあえず、降りるなら中庭だな。・・・つかまってろ」

「う・・・うん・・・」


すごい・・・あちこちでもう・・・剣戟の音が・・・

王宮はひどい有様だった。王宮騎士同士が争い、どちらが敵味方なのかもまったくわからない。

文字通りの乱戦状態。

「クライストの予想したとおりになってるみたいだな」

ライオネスが舌打ちする。いまいましげな口調で言葉を吐いた。

「・・・兄貴のやつ・・・先走りやがって・・・」

・・・ランスロット・・・




中庭を抜けた先は、大広間になっていた。

おそらく、行事やパーティーなどで使われていたような部屋なのだろう。

しかし上質なじゅうたんは泥にまみれ、いくつかのシャンデリアは落ちて無残にも砕けちっていた。

もとは美しかったのであろう調度品たちもいまや見る影はない。

その、これ以上ないほどに汚された部屋の真ん中に―ひとりの男が倒れていた。

・・・あれは・・・!!!

「・・・兄貴っ・・・・!!!!」



「い・・・イレイン、ラ・・・イオネス・・・か・・・」

「なんでこんな・・・・・っっ」

ライオネスがランスロットの体の脇に、がくりと膝をつく。床にひろがった血溜りが、彼の足をぬらした。

血が・・・こんな・・・もう・・・これじゃあ・・・

助からない。たとえ今、クライストがここにいたとしても・・・難しいだろう。

ランスロットが血のついた唇で、乾いた声を出す・・・。

「・・・父上は・・・説得しようとしたが・・・無駄だった・・・

・・・・・・・できれば・・・こんな形で・・・戦いたくはなかったの・・・だがな・・・・っ・・・」

「親父のやろうっっ・・・・」

ライオネスが自らの膝をこぶしで叩く。

「ランスロット・・・」

私は震えはじめた手をぐっと握り締めた。

血まみれの彼の姿が、黒い予感をどんどん胸に広げていく。

ランスロットはそんな私を見つめながら苦しそうに2、3度息をしたあと・・・再度、口を開いた。

「魔剣ヴァエルが・・・父上を狂わせたのかと思っていた・・・が・・・」

「え・・・・?」

「以前から、宰相ラルズと共謀して・・・父上は玉座を狙っていた・・・らしい・・・」

ライオネスが顔をゆがめる。

「最初から国王を・・・それでラルズまで殺したってことは・・・」

「クレールを完全に自分のものにしたかったってことかよ・・・」

「・・・・・・・どうして・・・・・・・」

私がつぶやくと、ランスロットが目を伏せた。

「おそらく・・・父上はこの国の行く先を誰よりも案じていたのだろう・・・・」

「今の国王陛下では、クレールを率いていくことはできないと・・・」

「だからって・・・」

ライオネスの言葉に、ランスロットがうなずく。

「・・・・そうだ・・・・。父上は・・・やり方を間違ったのだ・・・」

「強大な力に、人々は容易に屈服する。だが、それでクレールの民が救われるわけがない」

「馬鹿野郎が・・・っ」

「っ・・・・う・・・くっ・・・」

「ランスロット・・・!」

ランスロットが咳き込み、血を吐く。目が熱くなり、涙がみるみるあふれた。

「・・・イレイン、そんな顔をするな・・・・・。お前らしくないぞ」

「だって・・・だって・・・!!」

私は子供のようにぶんぶんと首を振る。涙が頬にとびちって、でも拭う余裕もなくて、ただしゃくりあげた。

ずっとずっと変わらないと思っていた。これからも、変わらず見守ってくれるのだと、信じて疑わなかった。

当たり前のようにあると思っていた未来。それが今・・・脆くも崩れ去ろうとしている。

「・・・・・・」

ランスロットがゆっくりと・・・目を閉じる。

「ランスロット!!嫌だよ!!」

「兄貴・・・!」

思わず叫んだ私の言葉に、ライオネスの言葉が重なる。ランスロットはうっすらと目を開け・・・かすかな声で、言った。

「・・・・・・・イレイン・・・・・ライオネス・・・・・」

「・・・・・・・・・・父上を・・・・父上を・・・・・・・止めてくれ・・・・・・・・・」

かろうじて動かしたのだろう兄の手を、ライオネスがしっかりと受けとめる。

「ああ、わかった。絶対、止めてやっから安心しろ!だから・・・兄貴」

「ランスロット・・・!」

必死の思いで名前を呼ぶ。ランスロットが、ふ、と微笑む。昔から変わらない、いつものあの、笑顔で―。

「・・・・・・・・・・頼んだ・・・・・・・ぞ・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

紺の瞳が、ゆっくりと閉じられた。そのまま、動かなくなる。

・・・・・・・え・・・

「・・・・・兄・・・・貴・・・・・・・・・?」

「ランスロ・・・ット・・・・・・・・・・」

大広間に満ちる、静寂。ライオネスが息をつめ、目を見開く。

「おいっ・・・おいっ!!!兄貴!兄貴!!!!!」

「うそ・・・そんな・・・そんなの・・・・嫌だ・・・嫌だよ、ランスロット!!」

手が血だらけになるのもかまわず、ライオネスは兄の体を揺さぶる。私も必死になって、彼の名前を呼び、その汚れた制服にすがりついた。

だけど。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

私たちの想いをあざ笑うかのように・・・彼はもはや動かないばかりか、そのぬくもりさえも消え始めていた。

「目を、開けて・・・開けてよ・・・」

「開けてよぉ・・・・・っ・・・くっっ・・・ひっく・・・」

私はなりふり構わず、泣きじゃくる。もう一度、あの紺の瞳が見たくて、でも、もうそれすらもかなわない。

「・・・・っくしょう・・・」

「ライオネス・・・」

「ちっくしょうっ・・・親父のやつ・・・絶対、ぜってえ許さねえっっ!!!!」

ライオネスが叫ぶ。その声は、大広間に響き渡った。

「ぜってえ・・・・ゆるさ・・・」

・・・・・・・ライオネスっっ・・・・・・

だが、ふいに言葉が途切れる。がくりと頭をたれ、こぶしで何度も何度も、血のついたじゅうたんを叩いた。



彼は、泣きたかったんだと思う。

「・・・・っうぅっ・・・・」

ランスロットのその、血まみれの腕を握り締めたライオネスが、声にならない声を漏らす。

でも、決して涙は流すまいと懸命に努めている。そんなふうに見えた。

「・・・・っ・・・・」

私は頬にあふれた涙をぬぐう。彼とは反対に、ぬぐってもぬぐっても、涙が止まらない。

・・・だめだよ・・・ランスロットは・・・ウェルム団長を頼むって・・・言ったんだから・・・

・・・でも・・・でも・・・

いつでも元気付けてくれた掌。つらいときも苦しいときも、見守ってくれた瞳、優しい笑顔も・・・

もう、見ることはできない。

「ランスロット・・・・やだぁぁぁ・・・」

何度目かはわからない、彼の名前を呼ぶ。でも、その瞼が動くことは、もはやないのだ。

・・・剣なんか・・・持てないよ・・・戦えないよ・・・

情けないって思う。ランスロットもきっとがっかりする。

だけど、力が入らない。胸の中が苦しくて、苦しすぎて・・・立ち上がることさえ、できない。

「イレイン・・・」

「ライオネス・・・・・・私・・・・・」

視界がにじむまま見上げると、ライオネスはそっと親指で私の涙をぬぐった。

その表情には、もう悲しみは見られない。その代わり、ひどく強い何かが、瞳に宿っているように見えた。

「・・・いつまでもめそめそしてんじゃねえ。行くぞ」

・・・ライオネス・・・

「・・・兄貴が、頼むって言った。約束したんだ。だから・・・」

「・・・わかってる。わかってるよ・・・だけど・・・」

足が動かない。ライオネスはそれに気づいたか、ひとつ息をついた。

「・・・しかたねえな・・・」

「あっ・・・」

ぐいと腕を引き寄せて、無理やり立ち上がらせると・・・

ライオネスは私を、包み込むようにそっと、抱いた。

彼の大きな身体にすっぽりと覆われているようで、ドキドキと鼓動が早まる。

「・・・ライオネス・・・」

「・・・どうりで兄貴が手放さねえわけだ」

「え・・・?」

「こんな面倒くせえやつ、ほっとけるわけがねえ・・・」

「ど、どういう意味!」

思わず声を上げると、ライオネスはふっとやさしく微笑んだ。

そして、さっきよりも強く強く、ぎゅうっと抱きしめてくる。

低い声が、耳元で囁いた。

「・・・なぁ・・・?俺と一緒に・・・来てくれる・・・よな?」

「ライオネス・・・」

「・・・情けねぇな・・・俺・・・」

彼の腕に、力がこもる。顔が熱くて、でもそれ以上に胸が切なくなって・・・私はゆっくりとうなずいた。

「・・・・・行くよ。ライオネスと、一緒に」

「・・・一緒にいるよ」

「イレイン・・・」

立ち上がれないなんて、言ってる暇はないんだ。そう思った。

ライオネスも・・・私と同じ気持ちでいる。

悲しくて不安で、どうしようもなくて・・・でも、進まなくちゃならない。だから・・・

・・・一緒に行くんだ。ふたりで・・・


・・・・・・・・ふたりで・・・・・・・・・・



「・・・兄貴・・・」

「・・・親父は俺らが絶対止めてやる。だから、安心して・・・」

「隊長!」

大広間に、声が響いた。みると、大きな剣を背負った長身の騎士が数人の騎士を従え、こちらに歩いてきている。

ライオネスがその騎士の顔をみて、目を見開いた。

「・・・・!!!先生・・・」

えっ・・・『先生』・・・って・・・

騎士はライオネスに近づく。一度動かないランスロットに顔を向け、少し目を閉じた後、再び向き直った。

「ライオネスか。・・・久しぶりだな。まさか、こんな場面で会うことになるとは・・・」

「・・・先生・・・」

「・・・先生・・・って・・・」

騎士が私のほうを見る。少しだけ口に笑みを浮かべて、うなずいた。

「ああ、お前が隊長の弟子、イレインか。会うのは、初めてだったな・・・」

「貴方は・・・」

「私はランスロット隊長の副官を努めている、エクターだ。そして・・・」

「・・・俺の大剣の師匠でもある」

「えっ・・・そうなの・・・?」

ライオネスがうなずいた。

「ああ・・・。俺が双剣で挫折したあと、大剣を薦めてくれたのが先生で・・・」

「・・・人には、向き不向きというものがある。適材適所という言葉があるようにな」

「優れた才能でも方向性を間違えれば何の役にも立たない」

エクターがライオネスの言葉を受け継ぐ。

「じゃ、じゃあ・・・」

「元々、ライオネスは双剣使いには向いていなかった。戦闘のセンスはあっても・・・」

「ウェルム団長は・・・もう少し、冷静になるべきだったのかもしれないな・・・」

「・・・今もそうだ・・・。あいつは・・・」

「・・・・ライオネス・・・・」

ライオネスが唇をかみしめる。エクターがそんな彼をみて目を細めた。

ライオネスはランスロットのほうを見やり、改めて決心するように拳を握り締める。

「・・・・・・・・・・兄貴・・・・・・」

「隊長・・・」

エクターも、そして他の騎士も、ランスロットに向かって、黙祷をささげた。

しばらく祈りをささげたあと、エクターはライオネスを見つめて、口を開いた。

「ライオネス・・・隊長から、何か頼まれたのだろう?」

ライオネスがうなずく。

「・・・はい。親父を、止めてくれって・・・」

「出撃の前から、隊長は覚悟しておられた。命を賭してでも、ウェルム団長の凶行を止めるのだと」

「ランスロットが・・・」

エクターは大広間のドアに目を向けた。ドアの向こうからは剣戟の音がかすかに聞こえている。

「城内にはまだ、ウェルム団長に従う騎士たちが残っている」

「ここは我々に任せて、お前たちはウェルム団長のもとへ行け」

「先生・・・」

「・・・兄弟の約束なのだろう」

その言葉に、ライオネスが唇を引き締める。エクターが大きくうなずいた。

「お前ならきっとできる・・・いや、絶対に成し遂げられる。過去の声には惑わされるな。自らを信じて進め」

「・・・はい!」

ライオネスは勢いよく返事をする。その目にはもう、迷いなど微塵もみられなかった。

エクターはそんな彼を見つめてもう一度うなずいたあと、今度は私のほうに視線を移した。

「それから・・・イレイン」

「は、はい!」

「・・・私からの頼みだ。ライオネスを、どうか支えてやってほしい」

「彼は優秀だ。だがまだ・・・未完成だ。ぐらつくことがある。そのときには、どうか」

「・・・・先生」

エクターはつぶやいたライオネスに目をやり、それから私を見つめる。真剣な表情。

私は、うなずいた。

「わかりました。・・・必ず」

ライオネスを・・・

改めて決心するように胸元をぐっと押さえる。一番つらい戦いに身を投じる彼の、少しでも助けになれたら・・・。

「ああ。それから、これを」

エクターはランスロットのそばにかがみこむと、つや消しの黒い剣を二つ、私に差し出した。

「これは・・・ランスロットの双剣・・・」

「隊長の無念を、晴らしてくれ」

「だ、だけど私は・・・まだ・・・」

エクターは鋭く私を見つめた。

「まだ、その腕ではないというのか?だが、この剣を継ぐのは、いまやお前しかいない」

「エクターさん・・・」

・・・私しか・・・

双剣を扱う騎士は、もう、ウェルム団長と私だけだ。自信があるわけではなかった。だけど・・・

私はエクターの差し出した双剣、レコンキスタをゆっくりと受け取る。

見上げると、彼は力強く微笑んだ。

「頼んだぞ」

手にしたレコンキスタはずっしりと重い。本来の重量もだが、それ以上に、その剣にこめられた期待や気持ちのほうが重かった。

だが、それにひるむわけにいかない。私は黒い双剣を腰に固定する。顔を上げると、ライオネスと目が合った。

「・・・イレイン・・・」

「・・・ライオネス・・・」

ライオネスの、そのアイスブルーの瞳が、強く私を射抜いてくる。私はそれをまっすぐに見つめ返した。

「・・・・・・・・・。・・・・行こう」

「・・・・ああ・・・・」

彼の迷いのない目。それに私は勇気付けられる。そして逆にライオネスも・・・きっとそうであったら。

そう願いながら、私は彼の背中を追って走り出した。



ライオネスは・・・いつからウェルム団長に・・・あんな酷いことを言われていたんだろう。

そして、いつから、・・・あんなことを言うようになったんだろう。

私は、初めての任務でライオネスとエルムナードへ向かったときのことを思い出した。

『・・・怖いと思うのは、死にたくねえからだ。俺にはそれがない。だから怖くもねえ』

・・・ライオネス・・・

・・・でも今は・・・今は、違うんだよね・・・きっと

前を走る背中は、あのときと同じ。

だけど、今の気持ちはあのときとは違う・・・そのはずだと思った。


玉座の間

きっとこんなことがなければ、国王陛下が座る玉座など、お目にかかることはなかったのかもしれない。

まっすぐに引かれた赤い絨毯、その先に・・・純金のふちどりをされたベルベットの重厚な椅子がどっしりと置かれている。

その椅子からゆっくりと立ち上がり・・・ライオネスの父親、ウェルム団長ははき捨てるように言った。

「・・・・・・・・・わしに協力するためにきた・・・というわけではなさそうだな」

「・・・馬鹿息子どもめ・・・」

ランスロットのことも入っているのだろう。不快な思いが生まれる。

命を懸けて止めようとしたランスロットの思いを、踏みにじるような言葉だった。

ライオネスが声を絞り出す。

「・・・・親父・・・・あんたは・・・・・・」

「あんたは・・・こんなことをするような奴じゃなかっただろうが・・・」

「ライオネス・・・」

「俺はあんたに罵られてばっかりで・・・顔を見るのも嫌だった。だけどな・・・」

「汚ねえことするような人間だと思ったことは一回もねえんだよ!」

・・・・ライオネス・・・・・

「・・・・・・・・・・・・」

ウェルムはただ、思いの丈を吐き出す息子を黙って見つめている。

「・・・・・・・・がっかり・・・・・・させんな・・・・・」

「これ以上、がっかりさせんなよっ!!!!」

ウェルムが見下すような目で彼を見る。ふんと鼻を鳴らした。

「・・・お前にわしにどれだけ失望しようと、わしにはもはやどうでもよい・・・」

「目的の邪魔をするならば、排除するのみ。たとえ息子であろうとも、それは同じことだ」

「・・・・ああ・・・。そうかよ・・・」

ライオネスは、笑った。自嘲にも見えるような笑みだった。

「もう何を言っても、聞きやしねえみてえだな」

・・・・ウェルム団長・・・

ライオネスの瞳が、鋭さを帯びた。背中に背負った大剣の柄に手を伸ばす。

「あんたと・・・こんな形で・・・戦うことになるなんてな・・・」

「命が惜しくば、逃げるなら今のうちだぞ。わしとて、好んで血を分けた子供を手にはかけたくない」

本心なのかもしれない。それとも、ライオネスを牽制するための方便か・・・。

だが、本心であってほしいと思った。

「逃げる?はっ・・・馬鹿にすんなよ。誰が・・・」

いきがるライオネスに、ウェルムは自らの巨大な双剣を向ける。

「優秀なお前の兄はこの剣の藻屑と消えたぞ」

「できそこないのお前などに勝ち目があると思っているのか」

「できそこないにはできそこないの意地ってもんがあんだよ。

てめえこそ・・・うだうだ言って、びびってんじゃねえのか?」

「・・・言うようになったな」

ウェルムが、双剣を構える。同時にライオネスがいつでも剣を抜けるように身構えた。

二人の間に殺気が、満ちていく。

「ライオネス!」

「・・・イレイン。・・・・・・下がってろ」

「でも・・・ひとりじゃ・・・」

「心配すんな。俺は絶対に勝つ」

「え・・・」

ライオネスが大剣を勢いよく抜く。正眼の構えで、ウェルムをきっとにらみつけた。

「刺し違えたって、絶対に、絶対に勝ってやる」

「っ!!!」

・・・・ライオネス・・・・!!!


その瞳は、本気だった。

相討ちになったとしても、ライオネスはウェルム団長を倒すだろう。

それは、兄・・・ランスロットが命を賭したのと同じ・・・。

同じ、覚悟だ。

刺し違えなんて・・・駄目・・・駄目だよ・・・そんなの・・・駄目・・・・・・・!!

私がライオネスを止めようとする間もなく、ウェルムの双剣が彼に襲い掛かる。

咄嗟に自らの大剣でヴァエルを受け止めるライオネス。

噛み合った刃と刃の間から、赤い光が溢れた。

「っ・・・くぅっ・・・」

ウェルムのほうはさして力を入れているように見えないのに、ライオネスは受け止めるのも辛そうだ。

武器の性能の差―というものなのだろうか。

魔剣ヴァエルはその間も、呼吸するかのようにゆっくりと紅の光を点滅させていた。

「ライオネスっ・・・!駄目だよ・・・!!!」

「黙ってろ!!」

ウェルムがにやりと笑う。

「・・・娘の前でいいところを見せたいわけか?ずいぶんと色気づいたことだな」

「・・・っ・・・てめぇ・・・」

「・・・だが、そんなスピードでは到底わしに勝てんぞ。のろまが」

「・・・るせえ・・・のろまにはのろまなりの戦い方があんだよ!!!」

けれどウェルム団長のいうとおり、ライオネスの攻撃は全部後手に回り、しかもなんなく避けられていた。

・・・ライオネス・・・

双剣と大剣。その性質は正反対とも言える。

スピードを生かした双剣と違い、大剣は速度を殺すかわりに一撃の威力を増大させるのだ。

ライオネスのほうが一見、不利なように見えたが・・・・

だが、彼は粘り強かった。

ウェルム団長の攻撃をすんでのところで何度も交わし、反撃の機会をうかがっているようだ。

「っ・・・・貴様・・・っ・・・!!」

防戦一方ながらも、攻撃がかわされることにウェルムはイラつきはじめている。

心なしか、その赤い双剣にキレを感じなくなってきていた。

魔剣の持ち主といえど、何度も剣を振るっていればその捌きも翳り始めるのだろうか。

・・・ううん・・・違う・・・

ウェルム団長の動きが鈍ったのは・・・疲れてきたからじゃない・・・これは・・・

「・・・『できそこない』?『役立たず』?・・・」

「っ・・・ライオネス・・・」

「ざけんな・・・てめえに俺の何がわかるってんだっっ!!!」

「なにっ・・・!?」

「もらったっっ!!!!」

一瞬ひるんだウェルムの肩口に、深々とライオネスの大剣が食い込む。

「ぐあぁっ・・・・」

ウェルムがひざをつく。かなりの重症だろう。もしかしたら、腕も動かないかもしれない。

ほどなくして、赤黒い血の染みがみるみるうちに彼の肩に広がった。

荒い息をつきながら、ライオネスが口を開く。

「・・・どれだけ一流の剣士でも、必ず、『クセ』というものがある。人である以上、避けられない弱点だと・・・」

「・・・・・・・」

「それを俺に教えてくれたのは・・・あんただ」

「ライオ・・・ネス・・・」

ウェルムの動きが鈍ったのは、体力の低下ではない。

ライオネスがウェルムの攻撃パターンと癖を、見抜いたからだ。

ライオネス・・・あれだけのやりとりでって・・・ことだよね・・・

普通の剣士には、できるようなことではないと思う。

・・・ライオネスは・・・そうだよ・・・ウェルム団長の言うように、できそこないなんかじゃない・・・

「・・・・・・・親父」

ライオネスが顔をゆがめて、ウェルムを見つめる。その視線は、肩口の深傷に向けられていた。

彼はしばし、躊躇し、目を閉じ、そして―血にぬれた巨大な大剣を一気に振り上げる。

・・・・!!

私は思わず目をつぶった。次に起こる血の惨劇を予感して。だが。

苦悶の声をあげたのは、ウェルム団長ではなく・・・息子のライオネスだった。

「ぐあああああああっっ!!!」

「ライオネス!?」

目を上げた先には、ウェルムからだいぶ離れて倒れたライオネスの姿。

そうしてウェルムの足元にはあの、魔剣の魔方陣が浮かび上がっていた。

あれは・・・魔法を使ったときに出る・・・ディーヴァの魔方陣・・・!

ウェルムは攻撃される寸前、魔力の衝撃か何かでライオネスを吹き飛ばしたのだ。

「・・・う・・・」

「ライオネス!!」

ぐったりしたライオネスのもとへ、急ぎ駆け寄る。

彼の大剣もいずこかへ吹き飛ばされたらしく、あたりには見当たらない。

無防備になった彼に、ウェルムはとどめをさすつもりだ。

「ライオネス!しっかり・・・・・・」

「っっ!!??」

ひゅ、と耳元で風が鳴った・・・気がした。

瞬間―

身体は勝手に動いて剣を引き抜き、ウェルムの赤いヴァエルを受け止める。

「うっ・・・く」

「・・・なかなかにいい動きだ。さすがはあいつの弟子だけはあるな」

ヴァエルの赤い閃光に照らされて、ウェルムが不気味ににやりと笑った。

・・・・重いっ・・・

少しでも気を抜けば、あっというまに両断されてしまいそうな、そんな恐怖さえ感じる。

ランスロットの愛剣・・・レコンキスタの切っ先が、ヴァエルに押され震えている。

・・・なんて、力・・・これが・・・魔剣ヴァエル・・・

だがヴァエルがなくとも、私はウェルム団長に適ったのかもわからない。

不安と恐れが、胸に広がってくる。

・・・駄目・・・ここで弱気になったら・・・それこそ負ける・・・!

背後で倒れているライオネスは、完全に気を失っているようだった。

ここで私が、やられるわけにはいかないのだ。

唇をかみしめ、ウェルム団長をにらみつけると、彼はくっくと余裕の笑みを浮かべた。

「・・・たいした娘だ。息子ふたりを腑抜けにしおって・・・」

「え・・・」

息子ふたりって・・・ライオネスとランスロット・・・?腑抜けって・・・

「お前がいなければ、ランスロットもライオネスも、わしの従順な腹心になったかもしれぬのにな・・・」

「ウェルム団長・・・どういう・・・っくっっ!!」

ウェルムは問いに答えず、私の剣を払うとヴァエルを振り上げ襲い掛かる。

速度を生かした連続攻撃。その、ひとつひとつを交わし、受け止めるので精一杯だ。

そして受け止めるたびに、その衝撃と重量で腕がしびれる。

レコンキスタを必死で握り締め、私は紅蓮の猛攻撃にかろうじて耐えた。

だけど、それもそう長くは続かない。腕の感覚が鈍くなり、ついには―

「ああっ・・・うっ・・・」

こわばった手から、レコンキスタが離れる。

しまっ・・・

そう思ったときにはもう遅い。つかれきった右足に鋭い痛みが走り、私は前のめりに転倒した。

「あ・・・ああっ・・・うく・・・」

せわしない呼吸。斬られた足は熱を持ったように熱く、激痛に気を失いそうになる。

「・・・あいつの弟子といえども、所詮はただの小娘だったか。まあ、健闘だけは称えてやろう・・・」

ウェルムの非情な声が、遠くに聞こえる。

目の前に見える赤いものは、自分の足から流れた血・・・なのだろうか・・・

だ・・・駄目だ・・・まだ・・・まだ倒れちゃ・・・

霞む視界の中、亡き師匠の愛剣を探す。だが見つからない。どこだろう・・・どこに・・・

こんな・・・ところで・・・ランスロットと・・・約束したんだから・・・諦めないって・・・

最後まで・・・諦めないって・・・

「・・・イレインっ!!イレイン!!」

誰・・?誰の・・・声・・・?ああ、そっか・・・よく知ってる、この声・・・私の・・・大切な・・・

・・・気がついたの・・・よかった・・・でももう・・・

「・・・生かしておいては厄介だ。ここで、始末しておくとしよう」

・・・・ごめんなさい・・・・ランスロット・・・ライオネス・・・・・・・・

もう、動けない。意識を保つので、いっぱいいっぱいで・・・・・・

私が、最期を覚悟したとき・・・

「親父っ!!!」

激しい金属音が、空間を切り裂く。

え・・・

必死に目を凝らしたそこには・・・

両の手にレコンキスタを構え、ウェルムのヴァエルを受け止めたライオネスが、私をかばうように立っていた。

その、大きな背中。なぜだか知らないが涙が、溢れた。

「ライオネ・・・ス・・・」

でも・・・双剣は・・・

ウェルムがにやりと笑う。

「・・・お前にそれが使いこなせるのか?到底無理だろうな」

だが、それに対してライオネスは不敵な笑みを浮かべた。

「・・・無理かどうか・・・やってみなきゃわかんねえだろ」

「ほざけっ!!できそこないがっ!!」

ウェルムが叫び、ヴァエルを一閃させる。続けて高速で身を翻し、何度も何度も速攻を繰り返す。

ライオネスはそれを巧みに交わしあるいは受け止め受け流し、ウェルムとの間合いを詰めていく。

「な・・・なんだと・・・?なぜだ・・・ライオネス・・・なぜ貴様が・・・」

「・・・言っただろ?俺はてめえの『癖』が、わかっちまったんだよっ・・・」

「ライオネス・・・」

「てめえに魔法さえ使わせなければ・・・俺にだって勝機はあるっ!!」

「くそっ・・・」

ウェルムの足元に魔方陣がうかびあがる。

魔法を使う気だったのだろうが、ライオネスはその隙を見逃さなかった。

「させねえよっ!!!!」

「なにっ!?・・・ぐっ・・・・ぐああああああっっっっ!!!!」

鮮やかな剣捌きだった。太刀筋は2本、確実にウェルムの急所をつき、その一瞬で彼は絶命した。

どさり、と、そのままウェルムが倒れる。肩で息をするライオネス。

その頬には・・・涙があったような気がしたが・・・

だがしかしそれを最後に、私の意識は闇へと落ちた。




「・・・・・・・ん・・・・・・・・・」

気がつくと、そこはもと、騎士団本部の私の部屋だった。

「・・・・・・・あれ・・・ここ・・・?私・・・どう、なったの・・・?」

ベッドからゆっくりと身を起こす。バタンと音がして、セレさんが部屋に入ってきた。

「イレイン!よかった・・・気がついたか」

「セレさん・・・」

「クライストの治療が間に合って、よかった・・・」

セレさんは心底安堵の表情を浮かべる。

そういえば、私、玉座の間でウェルム団長に足を斬られて・・・

あのあと、どうなったのだろう。ライオネスがレコンキスタでウェルムを倒し・・・そのあとの記憶がまったくない。

「ウェルム団長は・・・ヴァエルは・・・」

「ウェルム団長は、ライオネスが倒した。そのすぐあとにクライストとレムが到着して、ヴァエルを魔剣アグレアスの中に封印したらしい」

セレさんが説明する。私は胸をなでおろした。

「そう・・・なんだ・・・。よかった・・・無事に、封印できたんだね・・・」

「ああ・・・。・・・ランスロットのことは・・・残念だったがな・・・」

ランスロット・・・

その名前に、心がずきんと痛んだ。でも今は、それよりも気になることがある。

目頭が熱くなるのをこらえて、私は口を開いた。

「あの・・・、・・・ライオネス、は?」

「奴なら武器庫にいるぞ」

「・・・武器庫・・・?」

どうして・・・?

いまだ心配するセレさんをなだめてから、武器庫へと急ぐ。

武器庫の重い扉をあけると、そこには漆黒の剣を丁寧に磨く、ライオネスのうしろ姿があった。



あれ・・・レコンキスタ・・・だよね・・・

ライオネスが気づいて振り向く。私の姿をみて、ちょっとだけ目を見開いた。

「・・・もう、傷はいいのか」

「・・・う、うん・・・それ・・・」

「ああ、ほら、受け取れ」

そういってライオネスはレコンキスタを鞘に収めると、私のほうに投げてよこした。

慌てて剣を取る私。ずっしりと、レコンキスタの重みが両腕を襲う。

「え・・・・」

「お前のだろ、手入れしといてやったぞ」

「で、でも・・・」

「なんだよ」

「ライオネス、あのとき・・・双剣使えたのに・・・」


とてもとても、双剣を扱えずに挫折した者の腕とは思えなかった。

だって・・・ウェルム団長に勝てたんだよ・・・?双剣で・・・

私だって、適わなかったのに・・・

ウェルムのくせを見抜いていたのもあるだろうが、初めてでもあそこまでレコンキスタを使いこなしていた。

ランスロットのレコンキスタを使うのは、私よりも弟のライオネスがふさわしい気がする。

私の顔を見て思いを読み取ったか、ライオネスはひとつ息をついた。

「・・・いんだよ、もう」

「・・・どういう、こと?」

「・・・俺が双剣をやってたのは・・・親父に認められたい、それだけだったから」

「そうなの・・・?」

「ああ・・・」

ライオネスはレコンキスタを見つめた。

艶消しの黒に塗られた刃は、亡き師匠を否がおうにでも思い出させる。

・・・ランスロット・・・

「俺ら兄弟は・・・親父に認められたくて・・・小せえ頃から教えられるまま双剣術を習ってたんだ」

「それが、当たり前のことだと思ってたからな。ほかの道なんか考えもしなかった」

「そう、だったの・・・」

「だから、いーんだよ。俺にはコレが性に合ってる」

ライオネスは、台におかれたレコンキスタの横、壁に立てかけてある自らの大剣を見ながら言った。

「・・・・・・じゃあ・・・ウェルム団長は・・・結局・・・ライオネスのこと認める前に・・・」

「・・・・・・・」

「ご、ごめんなさい・・・」

「・・・・・・・・」

「ライオネス・・・?」

「・・・・・・・・・今、考えるとよ」

「・・・え?」

「なんであんな・・・認められることに・・・躍起になってたんだろうなって思う」

「・・・俺は・・・自分で自分を認めることも、できなかったんだよな・・・」

「ライオネスが、ライオネス自身を・・・?」

「ああ・・・たとえば親父とか、誰かに評価されなきゃさ・・・できそこないって言われたら、真に受けて俺はだめなやつだと思い込んでた」

「ライオネスは・・・そんなんじゃないよ・・・」

「周りの人のいう事なんか、気にすることないよ」

「イレイン・・・」

ライオネスの瞳が、私をまっすぐに見つめる。

ちょっと照れくさかったけれど、私は続けた。

「ライオネスのこと、一番わかってるのはきっと・・・ライオネス自身だから・・・」

ライオネスは、深くうなずいた。

「ああ・・・そうだよな」

「誰に決め付けられることもねえ。俺のことは・・・俺が決める」

「ライオネス」

「・・・やっと・・・目が覚めた」

「うん・・・」

「・・・お前の、おかげだな」

「え?」

「あんとき、無様にすっころんでくれたおかげだ」

「!!」

あのときって・・・王都へ向かう前日の夜の・・・

「ら、ライオネス!!!」

何度も何度もつまずいて、しまいにはライオネスに抱き上げられた。

思い出すとたちまちに顔が熱くなる。私の顔を見て、ライオネスは声を上げ笑った。

「ははっ・・・」

・・・もう~!!

睨みつける私を、だがライオネスは優しく見つめ返してくる。

えっ・・・

ドキリ、と心臓が鳴った。

「・・・馬鹿、冗談だ」

「へ・・・」

「・・・ほんと・・・ほっとけねえほど・・・ドジなやつなのによ・・・。不思議だよな」

この言われ様。いつもだったら、そういつもだったら、文句のひとつも言いたいくらいのはず・・・なのに・・。

ら・・・ライオネス・・・なんでそんな目・・・してるの・・・

アイスブルーの瞳は、なんだかいつもより・・・なんていったらいいのか、熱く、感じて。

「ガキみてえな顔してんのに・・・だけど・・・女で」

鼓動が、早まる。ライオネスの指が私の頬にそうっと、触れた。

「・・・あ・・・」

「・・・・ありがとな・・・イレイン・・・・」

「俺が、守ってやるって言ったのに・・・逆に守られちまったみたいだ」

「・・・そんな、私・・・何もしてないよ?・・・ウェルム団長にだって・・・歯が立たなかったし・・・」

「・・・そういうことじゃねえよ」

首を振った私を、ライオネスが腕をとってぐいと引き寄せる。

そのまま広い胸の中に、抱き込まれた。少し高めの体温。耳元に、彼の鼓動が聞こえる。私と同じで、早い。

ライオネス・・・

「・・・お前がいてくれたから・・・俺は親父に勝てたんだ。お前が・・・俺のそばにいてくれたから・・・」

「ライオネスの、実力だよ・・・私は・・・」

「・・・ラプタで王宮に向かったとき、手、握って・・・・・・くれただろ」

「えっ・・・あ・・・う・・・ん・・・・」

あのときは懸命で、意識もしなかったけれど今思い出すと恥ずかしい。

ライオネスは自分の掌を見つめた。

「・・・あんとき・・・俺は正直まだびびってた」

「だけどお前が・・・ああやってくれて・・・思ったんだ」

彼は掌を握り締め、胸の中の私と目を合わせる。強くまっすぐなまなざしで。

「俺はひとりじゃないって」

「ライオネス」

「たったひとりじゃない。こいつがいる・・・だから、『俺はやれる』って」

「・・・・ライオネス・・・・」

「・・・・イレイン・・・・」

背中に回った彼の両腕が、ぎゅっと私を抱きしめてくる。

暖かい、彼の体温。恥ずかしくて、照れくさくて、でも嬉しくて・・・

・・・わからない・・・よく、わからないけれど・・・もしかして・・・これが、好きって、気持ちなのかな・・・

ライオネスと・・・ずっとこうしてられたらって・・・思っちゃうのは・・・

そっと目を閉じると、彼の声が囁くように聞こえる。

いつも聞きなれた、でも、ずっと聞いていたくなる、声・・・。

「・・・・・その・・・・イレイン・・・・・」

「・・・・ん?」

「・・・・その・・・だから・・・よ、もし・・・もし・・・・だ、お前さえ・・・お前さえ・・・嫌じゃなかったら・・・」

「・・・・・うん・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・その・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

彼の腕の中、こそっと見上げると、ライオネスは真っ赤になって、視線をさまよわせていた。

その姿に私も改めて恥ずかしくなって、顔がすごく熱くなって来る。

・・・・どうしよう・・・・いまさらだけど・・・恥ずかしい・・・ライオネス・・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・その・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


そのとき・・・武器庫の扉がばんっと開いた。

「おいお前らいつまで・・・・・・・おおっ!?」

「・・・・・とっ・・・・トリスタン・・・・」

「・・・・・っっ・・・・・・・」

さっきのもあわせて、より恥ずかしくなってくる。ライオネスも同じみたいだ。まるでゆでだこのような顔で硬直している。

「もしかして・・・この状況はもしかしなくても!?」

「ついに非リア卒業かっ!!!」

「てんめえっ・・・・トリスタンっ・・・」

ライオネスが赤い顔のままトリスタンの胸倉をつかむ。今にも殴りかかりそうな勢い。

「ら、ライオネス!駄目だよ!!」

「ど、どうどう、落ち着けって!」

「俺は馬じゃねえっ!ちっとは空気・・・」

「いやほら、なんかクライストたちがもう旅立つっていうからよ、お前らのこと急いで呼びにきたんだよ」

「えっ!?クライストさんが?」

「もうちょっとゆっくりしろって言ったんだけど、あのおっさんの機嫌がどうとかで・・・」

なだめるようなトリスタンの言葉に、ライオネスが体の力を抜く。

「・・・はあ・・・・」

きまりが悪そうに頭をかき、ため息をついた。

「しゃーねえ・・・・・・・行くか」

ライオネス・・・


ここで、断れないところが、ライオネスらしいと思った。

こんな状況でも、きっと律儀にクライストたちを見送るに違いない。

・・・でも、私は、ライオネスのそういうところが・・・

「い、イレインっ?」

気がついたら、私はライオネスのその腕にしがみついていた。

・・・ここで、ここでもし言わなかったら・・・お互いにこのままのような気がして。

・・・私・・・ライオネスのこと・・・好きなんだ。一緒にいたいって思ってる。

それは・・・伝えなくちゃ・・・

言わなくちゃ・・・

「お、おい・・・」

先に武器庫を出たトリスタンの背中を気にしながら、ライオネスが赤い顔で私を見る。

顔が熱い、たぶん私の顔も真っ赤だと思う。けど・・・思いっきり息を吸い込んで、声を絞り出す。

「・・・私は・・・い・・・嫌、じゃないよ・・・」

「え・・・?」

「だ、だから、さっきの・・・ライオネスと・・・その・・・」

「イレイ・・・」

「私・・・私、ライオネスのこと・・・す、好きだからっ・・・・・・・・・・」

「・・・!」

彼が目を見開く。もうこれ以上目を合わせていられなくて、私は視線をそらした。

沈黙が走る。ライオネスはどんな表情をしているんだろう。見るのも怖い。

「イレイン」

すると急に腰を引き寄せられる。そのまま抱きすくめられた。

ドキドキしている私の頭上で、ライオネスが叫ぶ。

「おいトリスタン!あと3分だけ待たせとけ!!」

彼はそう勢いよく言って、トリスタンが振り返る前に武器庫の扉を閉めた。

「ライオネス・・・」

「・・・ホント、俺で・・・いいのか」

ふたりきりになった武器庫で、私を再びぎゅうっと強く抱きしめて、ライオネスが耳元に囁く。

それを目を閉じて聞きながら・・・私はそのまま、無言でうなずいた。

「イレイン・・・」

ライオネスが大きな掌で、私の髪を撫でる。そうしてそのまま、ゆっくりと顔を近づけた。

いつもはこんなじゃないのに・・・こういうときだけ・・・

憎まれ口ばかり叩いて、ぶっきらぼうなくせに・・・

触れた唇は熱くて優しくて・・・暖かい気持ちが胸に広がる。

唇を合わせているだけなのに、まるで頭から蕩けてしまいそうだった。

「・・・あんま、時間・・・ねえぞ・・・?」

ちょっとだけ唇を離して、もう触れるか触れないかの距離で、ライオネスが吐息交じりに言う。

「もう、ちょっとだけ・・・・・・・んぅっ・・・」

離れた唇がもどかしくて、少しわがままを言えば、ライオネスはもう一度キスをくれた。

ライオネス・・・

今度は、もっと強くて・・・甘いキス。

それに応えようとして、きゅっとライオネスのシャツを握れば、背中に回る彼の腕に力がこもる。

もう時間がない。でも、あともう少し・・・

熱い、吐息が交わる。あと、もう少しだけ・・・

「・・・・・・・イレイン・・・・・・・・・」


・・・あと、もうすこし・・・だけ・・・




End.

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