「優しいひと」
○ライオネスがエスコートを引き受けてくれた。
緊張しながらも、彼と婚約式に臨むイレインだが・・・
そして・・・婚約式当日。
セットアップとドレスの着付けをセレさんに手伝ってもらって、私はなれない靴でゆっくりと騎士団本部の門を出た。
あ、ライオネス・・・もう来てる。
結構前から待っていたのだろうか。気が乗らない様子にも思えたのだが・・・。
私が彼に近づくと、ライオネスはその目を見開いた。
「おっ・・・お前・・・そのドレス・・・」
「えっ・・・なに?何か・・・おかしいかな・・・似合わないかな?」
私が聞き返すとライオネスは耳まで真っ赤になる。
えっ・・・。
「あっ・・・い、いやその・・・べべべつに?似合ってねえとかそんなじゃ・・・」
どっちなんだろう・・・?
いぶかしげに思いながら彼の赤い顔を見上げる。ライオネスはふいと顔をそらした。
当然のことだが、私だけではなくライオネスも珍しく、ちゃんとした正装をしていた。
肩幅が広いので少し窮屈そうな感もあるけれど・・・
か・・・格好いい・・・かも・・・。
もともと長身で、足が長いせいもあるのか、話したり今のように赤い顔になっていなければ
どこかの貴族の紳士にしか見えない。そもそも、ライオネスの出身自体、代々騎士の名門貴族だというのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。
「と、とりあえず、行くぞ」
「う、うん・・・」
ライオネスがさっさと歩き出す。私はドレスのすそにつっかかりそうになりながらも、慌てて彼のあとを追った。
「わあ・・・!すっごい人・・・」
王宮の門のところにつくと、すでに人だかりが出来て招待客であろう人々がずらりと並んでいた。
「王族の婚約式だからな・・・これくらい当たり前だろ」
隣のライオネスはなんでもないことのように着飾った人々を眺めている。
ここにいる人たちって、みんな身分の高い人たちなのかな・・・きっと、そうだよね・・・
行列に並び、やがて王宮内の大ホールに案内される。
王宮のこんなところにまで来たの初めて・・・いつもは入っちゃだめって言われてる場所だよね、ここ・・・
「お前、なにきょろきょろしてんだ」
「すごいよね・・・こんなに広くて綺麗な場所、初めて見た・・・」
「あぁ・・・そうだろうな」
「・・・ライオネスは入ったことあるの?」
含みのある口調に私が尋ねると、ライオネスは少しだけ渋い顔をした。
「・・・思い出したくねえけど、昔王宮騎士団にいたころ、な・・・」
そっか・・・ライオネスは・・・見習いのころは王宮騎士団にいたんだものね・・・
「ともかく、だ、ほれ」
そんなことを考えていると、いきなり腕を差し出された。私はきょとんとライオネスの顔を見る。
「へ?何?・・・腕?がどうかしたの?」
「馬鹿、周り見ろよ。腕、とれって」
「あ・・・」
女の人みんな男の人と腕組んでる・・・そうか、エスコートだもんね・・・
「こ、これでいい?」
「・・・あぁ」
私はライオネスの腕におずおずと手を添えた。ライオネスがぶっきらぼうに返事をする。
なんかちょっと・・・恥ずかしいな・・・
ライオネスはさほど気にしていないのだろうか。ふと周りを見ると、婦人たちがライオネスをちらちらと見ていた。
なんだろ・・・背高いから目立つとか?
単純にそう思ったけれど、やっぱり、格好いいからなのかもしれない。
私はライオネスを見上げる。
面倒くさそうな表情だが、それを差し引いても端正な顔立ち。
いつもと違う正装のタキシードが、彼の魅力をより引き立たせているようにも感じる。
私だけじゃなくて、他の貴婦人も・・・そんなふうに思っているのだろうか・・・。
なんだか複雑な気分がした。
「・・・めんどうくせえけど、やらなくちゃならねえんだろうなあ・・・」
「何を?」
「婚約式なんだ。顔出してご挨拶だろうが。・・・ったく、なんで俺が兄貴に・・・」
ライオネスがいかにもめんどうくさそうな口調で言う。
・・・そうか・・・そうだよね、ランスロットとユリアさんに・・・少し緊張するかも
ちょっぴりドキドキしながら挨拶の列に並ぶ。
やがて順番が来ると、ランスロットが目を見開いた。
「ライオネス?驚いたな、てっきり欠席かと思っていたが」
「・・・こいつのお守りでな」
「こっ・・・こんにちは」
ライオネスが私を指差す。挨拶といってもどう挨拶したらいいかわからず、私はとりあえず頭を下げた。
「やあ、イレイン。今日はきてくれてありがとう」
ランスロットが屈託なく挨拶をかえしてくれて、ちょっとほっとする。ライオネスがすっと前に進み出て、ユリアの手をとった。
「ユリア様。このたびはご婚約、誠におめでとうございます。本日はお招きいただき、光栄至極に存じます」
ら、ライオネス!?
ライオネスはそういってユリアの手の甲にそっと口付ける。身分の高い貴婦人に対する、騎士の礼儀でもあるが・・・
ライオネス、いつもはあんなだけど、こういうときはちゃんとするんだね・・・
「ありがとうございます、ライオネス様。イレインさんも今日はとても可愛らしいですわね」
「あ・・・ありがとうございます!」
ユリアに微笑まれて、私は慌ててお礼を言う。ランスロットがふっと笑った。
「そうだな・・・化けるものだな」
「だよなぁ」
「もう!ふたりともっ!!」
ライオネスが相槌をうって、兄弟がうなずきあう。思わず声を上げた私に、ユリアさんがクスっと笑った。
やがて宴もたけなわになったころ、ホールに華やかなワルツの音楽が響きだした。
すると、何組かの男女が優雅な動きで踊り始める。
舞踏会がはじまったようだ。
一応、騎士のたしなみとしてダンスは教わったのだけど、あんな大勢の中で踊る自信は私にはない。
しかし、こんな機会は二度とないだろうし、踊ってもみたい気もする。
私が迷っていると・・・ふいに背中から声をかけられた。
「・・・可愛らしいお嬢さん」
「え?私のこと?」
振り向くとそこにはひとりの男性が立っている。
「一曲、お相手願えますかな」
これは・・・一緒に踊ってくれってこと、だよね・・・どうしよう・・・
男性は柔和な笑みを浮かべて私を見つめている。
無下に断るのも悪い気がするが・・・
「え、ええと・・・」
一瞬言葉に迷う私・・・そこへ―
「わりいな。俺が先約なんだ」
「ライオネス!」
ライオネスがいきなり現れた。私を背中に隠すように男性の前に立つ。
というか・・・挨拶が終わってから姿を消していたのだが・・・
「い、今までどこに行ってたの?」
「食ってた」
「・・・・・・」
「独り占めは感心いたしませんね。先に声をかけたのは私ですよ」
「俺はこいつのエスコートで来てる。俺のあとにしろ」
「っ・・・・・・」
いささか気分を害した様子の男性に、ライオネスは平然と言い返す。
有無を言わさないライオネスの態度に、男性は言葉も出ないようだ。
そりゃエスコート役は確かに、優先らしいけど・・・
「ちょ、ちょっとライオネス!」
ライオネスはそのまま私の手を引くとホールへ連れ出す。
思わず抗議の声をあげると、彼は振り返って言った。
「なんだよお前、あいつと踊りたかったのか?」
「そ、そうじゃないけど・・・」
「じゃあいいだろ」
・・・強引だなぁ・・・
そんなふうに思いながらも、真っ直ぐに私を見る彼の視線に、どきりとする。
ライオネスが口を開いた。
「それとも・・・俺とは嫌か?」
「い、嫌、じゃないけど・・・踊るのは得意じゃないし・・・」
「・・・俺に合わせてりゃいい」
そういうと、ライオネスはそっと私の背中に手を回した。
背中に感じる彼の体温。私のより少し、高めな、彼の体温。
なんだか今は妙に・・・意識してしまう。
「・・・・・・リードしてやるから」
「え・・・。あ・・・」
静かに引き寄せられて、耳元に囁かれて。
ライオネスは、いつもの彼とは思えないくらいの優しさで、私を気遣いながら踊り始めた。
ら・・・ライオネス・・・なんか・・・
見上げると彼の瞳はいつになく真剣で。
どうしてか恥ずかしくなった私は目をちょっとだけ逸らした。
・・・・・なんで・・・今日は・・・なんか・・・や、優しいんだけど・・・
目の前の彼をよく知っているはずなのに、まるで、別の人と踊っているようにも思えてくる。
いつも・・・こうだといいのにな・・・なんて・・・。ううん、でも・・・
本当は私が気づかなかっただけで、ライオネスは・・・すごく心優しい人なのかもしれない。
口は悪いけど・・・たぶんそう・・・
でも・・・きっと彼の本当の優しさを知ったなら・・・戻れなくなるような気がして、怖かった。
戻る?・・・どこに?・・・わからない・・・・
深く、考えないようにしよう・・・
私は目を閉じて、ただ音楽に身を任せた。彼のぬくもりを、背中に感じながら。