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「つかのまの平穏」

そうして・・・・・私たちはたくさんの犠牲を出しながらもエルムナードに勝利した。

王都に凱旋するとたくさんの市民たちが歓声をあげ、街は祝賀ムードに包まれる。

だが、大切な者の訃報を聞き、その場にくずれおちる人が視界に入ると単純には喜べなかった。


地方騎士団も王宮騎士団も、負傷者の手当てや亡くなった人の埋葬など、

しばらくは後始末に追われ、目の回るような忙しさだった。

でもクライストのおかげで負傷者の手当ても手間がなく、だいぶ早めには落ち着きそうだ。

命を落とした騎士たちを丁重に弔い、ガイアの森で手を合わせる。

たくさんの人が亡くなってしまったけれど、これでもう、

異形に苦しめられることはなくなるのだろう。

王都の復興もきっとうまくいく・・・。

私はそう願いながらも、命を賭した英雄たちに敬意を表し目を閉じた。





それから、数ヶ月後。

人々は悲しみをなんとか乗り越え、街は復興も波にのり、

以前のようなにぎやかさを徐々に取り戻し始めている。

まだまだ元通りには程遠いが、ルシアが倒されたのもあって、

希望の光が見えてきたのは確かだった。


そんなある日。私は突然団長に呼びだされた。

・・・団長・・重要な話ってなんだろう・・・何か私やらかしたかな・・・それとも異形のこととか?・・・

ルシアが倒れたとはいえ、異形が消滅することはなく、まだ王都の周辺では異形が見られることがたびたびあった。

大きな戦いは終わったものの、まだまだ気は抜けないところは多い。

うんうん考え込みながら廊下を歩いていると、ふいに声がかかった。

「イレイン!」

あれ、この声・・・

よく通る澄んだ声に顔を上げると、懐かしい顔がそこにあった。

「セレさん!!!」

もうだいぶ会ってなかった気がする。私はセレさんに駆け寄った。

「セレさん、フランチェスカから戻ったの?」

セレさんはルシアとの戦いが始まる前、フランチェスカに出張していたのだった。

セレさんはうなずいた。

「ああ。父さんからの手紙で、エルムナード侵攻がはじまると聞いて・・・

すぐに駆けつけたかったのだが、こちらも落ち着かなくてな・・・」

「セレさん・・・」

「結局、戦いに参加することはできなかった。・・・申し訳ない・・・」

セレさんが目を伏せて謝る。私は首を振った。

「いいよ。だってそれに、フランチェスカの人たちもセレさんがいて助かっただろうし。

ルシアにも勝てたし。セレさんが気にすることないよ」

「イレイン・・・」

セレさんが感慨深げに私を見つめる。

私がうんとうなずいて見つめ返すと、セレさんはふと気づいたように手に持った袋を

差し出した。

「ああ、そうだ、これを」

「?」

私は袋の中を覗き込んで・・・

「あ!フランチェスカパイ!!やったー!!!」

「お詫び・・・などというわけにもいかないのだが、

たくさん手に入れてきたから、あとで一緒に食べよう」

「うん、うん!!」

このパイ、クリームがたっぷり入っててすんごく美味しいんだけど、

フランチェスカまでいかないと手に入らないんだよね・・・

「しかし・・・・父さんもお前も皆・・・無事でよかった」

セレさんが心底安堵した表情で言う。私はうなずいた。

「セレさん・・・そうだね、トリスタンもね」

「え?」

「あ、あ、ううん、なんでもないの。これから、団長のところ?」

「ああ。今ちょうどついたところなんだ。到着の報告をしないとな」

「じゃ、一緒に行こう?」

私とセレさんはフランチェスカでのことや、本部であったことなど話しながら、

団長の部屋へ向かった。


「失礼します・・・、と・・・」

みんなそろってる・・・。なんだろう・・・

部屋にはクライストとライオネス、トリスタンがいた。

団長も加え、皆が神妙な表情をしている。なにやら深刻な雰囲気だ。

・・・どうしたんだろう・・・

「おお、セレ、戻ったのか。手紙では明日という話だったが、早く到着したようだな」

「はい。・・・戦いに参加できず、大変申し訳ありません・・・」

「気にすることはない。クライストのおかげで、ルシアにはなんなく勝つことができた」

「クライストが・・・」

セレさんがクライストのほうを見ると、彼は肩をすくめた。

「自分で思ったほど大活躍はできなかったんだけどね。だけど、役にたったならよかったよ」

「クライスト・・・。だが、ありがとう。地方騎士団に協力してくれて・・・父さんもすごく助かったようだし」

セレさんがクライストに微笑む。クライストはにっこりと笑みを返した。

「君のような美女にそんなことをいってもらえるなんて、協力した甲斐があるなぁ。なんなら今夜食事でも・・・」

「ふざけるな貴様っっ!!」

すかさずトリスタンが横槍を入れる。クライストは心底おかしそうに笑った。

「あっははは・・・冗談だよ、冗談」

トリスタンが今にも噛み付きそうな勢いでクライストを睨む。

セレさんがため息をつき、ライオネスはやれやれと言う風に首を振った。

「・・・まあ・・・だ、クライストの協力もあり、とりあえずルシアとの戦いは決着がついたわけだが・・・」

気をとりなおすようにグレッグ団長が口を開く。

その気になる言い回しに私がグレッグ団長のほうを向くと、団長は眉間に皺を寄せた。

「団長・・・?もしかしてまだ何か問題でも・・・?」

団長は目を閉じて、うなずく。

「そのとおりだ。イレイン。今日お前を呼んだのは他でもない。そのことについてだ」

「・・・」

いやな予感を感じ、私は思わず黙り込む。せっかく異形の騒動も治まってきたというのに・・・。

「セレ、お前もいいタイミングだった。イレインと一緒に、話を聞いてもらいたい」

「父さ・・・団長。・・・はい」

団長のその厳しい口調に、セレさんも表情を引き締めたようだった。

「・・・クライスト、さっきの話の続きを」

「・・・わかりました」

団長がクライストに目配せをして、さっきまで笑っていた彼は真顔になり・・・淡々と話しはじめた。


「魔剣ヴァエルが・・・まだ!?」

私は思わず声をあげた。クライストがうなずく。

「ルシアは確かに俺が倒した。だけど、持ち主を失った魔剣ヴァエルは、俺たちには不可視の姿でさまよっている」

「剣が不可視の姿・・・??」

魔剣の説明をされたセレさんが考え込む。

「魔剣は、普通の武器とは違う。精神世界に存在する思念・・・ディーヴァが、持ち主と契約することで、この世に武器の形を成したもの」

「ディーヴァって・・・あのときの・・・」

私が聞き返して、クライストは首を縦に振った。

「そうだよ。イレインちゃんには、あの言葉が聞こえちゃってたんだね」

「どういうことだよ?じゃあ、ルシアを倒してもヴァエルがクレールを襲ってくるってことなのか?」

ライオネスの質問に、クライストはしばし思案するように視線を落とす。落としたまま、口を開いた。

「・・・本来なら、ディーヴァは持ち主となる者を探し力を与えるだけで、一国に復讐する意思を持つということは聞いたことがない。だけど・・・」

「・・・だけど?なんだよ」

「だけど、ヴァエルが俺に言った、あの最後の言葉・・・」

「最後の・・・って、クライストさん?」

クライストが顔をあげ、その場にいる面々を深刻な面持ちで見渡す。

「『我の復讐を邪魔するな』ヴァエルはそういった。おそらく持ち主であるルシアとの利害の一致を利用して、ヴァエルがクレールへの復讐を考えていたんだと思う」

魔剣ヴァエルが、クレールに・・・復讐・・・!?

「・・・・・・。しかしこれまでの話からすると、ヴァエルは思念のようなものだというのだろう?それが復讐と言われても、ぴんとこないが・・・」

セレとともに魔剣の説明を受けたトリスタンが腕を組む。続けて団長が問うた。

「・・・そうだな。思念といわれても・・・。一体ディーヴァというのは、なんの『思念』なのだ?」

「・・・・・・・・・・」

「クライストさん?」

クライストはしばらく逡巡し・・・言うべきかどうか迷っているようだったが・・・やがて重々しく言葉を紡ぎだした。

「ディーヴァは、古代魔族の思念が昇華し、結晶したもの」

「なに!?」

団長が声をあげる。

「古代魔族・・・って・・・」

トリスタンとセレは顔を見合わせ、ライオネスは声も出ないようだった。

こ・・・古代魔族・・・聞いたことがないわけではないけど・・・

何百年も前に絶滅した、古の種族。人間とは異なり、特殊で様々な能力を持っていたと言われている。

・・・そんなのの思念が・・・魔剣ヴァエルを作り出すっていうの・・・?

信じられない話だった。思念というあやふやな存在が、武器となるなんて・・・

「その古代魔族の思念である、ディーヴァが・・・クレールに復讐するってことなの・・・?でも、どうして・・・」

クライストを見ると、彼は瞑目してじっと考え込んでいる様子だった。

「なんか、うらみがあるってことなのかよ?」

ライオネスが言って、ようやく目を開ける。

「・・・・全く、・・・無関係、ということはないと思う」

言葉を選びながら発言しているような感じだった。

「・・・では、クレールは今度はルシアではなくヴァエルに狙われているということなのか・・・・」

「父さん・・・」

団長が眉間に皺をよせ、唇をかみしめる。それを見たセレさんが団長のそばに寄り添った。

「おいクライスト貴様!なぜちゃんとヴァエルまで始末してこなかった!?」

「とりあえず、落ち着いて。ヴァエルはあくまでも『思念』で、精神世界に生きるもの。俺たちに物理的に危害を加えることはできない」

「そ、そうなのか!?」

「そう。宿主・・・持ち主を探して力を与え、剣という形で具現化を果たさなければ、ね」

「では、持ち主を手に入れれば・・・?」

団長が心配そうにクライストに問う。セレさんも、トリスタンもライオネスも同じような表情だった。クライストは彼らの顔を見つつ、答えた。

「持ち主の意思によりヴァエルが制御されている間は、必ずしもクレールへの脅威になるとは限らない。ただ、ヴァエルにとりこまれた場合には・・・」

「取り込まれる!?って・・・」

「・・・本来魔剣の力は、人間には到底制御できるものじゃない。そういうこともありえるってことだよ」

「・・・・・・・・・・」

ということは・・・

「今は大丈夫だけど、いずれは・・・ってこと?・・・それなら、やっぱりヴァエルはなんとかしないと・・・」

私の言葉に、クライストがうなずく。

「そうだね。俺も、いろいろ調べてみようと思うよ。なにしろ、古代魔族のことは分からないことも多いからね」

「ディーヴァ・・・古代魔族とクレールとの関係、か・・・」

「魔族・・・にわかには信じがたいが・・・そんなもの、伝承や御伽噺でしか聞いたことないぞ」

ライオネスがつぶやき、トリスタンがいぶかしげな表情でクライストに言う。クライストが目を伏せた。

「・・・そうだね。俺も最初はそうだった」

「クライストさん・・・」

「だけど、この力、魔剣が与える魔力は、人間には決して使うことのできない異質な力。このことこそが、魔族の存在したことを証明しているような気がする」

「クライスト・・・」

セレさんがクライストを見て目をすっと細める。セレさんも、思い出しているのだろうか、ライオネスの傷を治したときのこと・・・

傷を治す不思議な力、そして目の前に立つ敵をもあっという間に粉砕する、驚異的な力・・・魔力。

彼の力がなければ、きっと多くの人たちが命を落としていたに違いない。

・・・だけどもし、その力が敵に回ったら・・・私たちは・・・

クライストがいなければ、クレールはルシアに確実に滅ぼされていただろう。

強大な力。心強く感じると同時に、どこかしら恐怖も覚えた。

ルシアとの戦いのあと苦しがってたのも・・・人間の器では扱えない大きな力だから、なのかな・・・

今は平然としているクライストだが、そのときのことを思い出すと胸が痛んだ。

「ともかく、まずは、クレールの過去になにがあったのか・・・そこに魔族との関わりがないか調べてみます。そこから、ヴァエルをなんとかする方法が見つかるかもしれません」

クライストの声。はっと我に返って顔を上げると、団長が彼に深くうなずいているところだった。

「わかった。すまないが、頼んだぞ、クライスト。ライオネス、トリスタン、お前たちも手伝ってやれ」

「えっ・・ええっ・・・!?」

「・・・ですが・・・・」

前者はライオネス、後者はトリスタンだ。

「通常の業務は免除し他のものにやらせる。王国の危機にかかわる問題だからな」

「・・・わ・・・わかりました・・・」

「団長が、そうおっしゃるなら・・・」

「それじゃ行こうか、ライオネス、トリスタン」

「・・・・・てめクライスト・・・既に仕切ってんじゃねえよ・・・・」

ぶつぶつ言いながら男3人が出て行った後、部屋には団長と私、セレさんが残された。

「クライストさん・・・騎士団員でもないし、クレールには何の関わりもないのに、どうしてあそこまで・・・」

ルシアを倒すのに協力してくれるばかりではなく、クレールの危機を救おうとしてくれている。

ありがたくないわけではなかったけれど、魔剣の持ち主とはいえ、ただの傭兵の彼がそこまでしてくれるのが少し疑問でもあった。

「そうだな・・・彼が力を貸してくれるのはありがたいことではあるが・・・」

「父さん?」

「・・・もしかしたら、ヴァエルを逃したことに責を感じているのかもしれん」

「・・・団長・・・」

そう、なのかな・・・

そういわれてみれば、そうかもしれないと思える。だけど・・・そうとも言い切れない気がする。

・・・なんだろう、他にも理由があるような感じもする・・・それが何だとははっきりいえないけど

「表面的には軽そうだが・・・意外に思慮深いところもあるようだからな」

セレさんがうなずきながらそう口にする。

そのへんは確かに・・・なんだかんだ言うけど、頼まれたことはちゃんとやってくれるし・・・トリスタンよりしっかりしてるかも・・・なんて

「このことは、王宮にも伝えるか・・・いや、いらぬ混乱を招く可能性もある。・・・まだ知らせないほうがいいかもしれんな」

「そうですね・・・差し迫った脅威というわけではありませんし・・・クライストの立場もあるでしょうし」

セレさん・・・そっか・・・ルシアを倒したのにヴァエルがなんて言ったら、クライストさんも王宮のほうから責められるものね

「うむ・・・。ああ、そうだった、王宮といえば・・・」

ふいに団長が思い出したように私の顔を見る。私は首をかしげた。

「団長・・・?」

「イレイン、お前に婚約式の招待状が届いているぞ」

そういって団長は机の引き出しから封筒を取り出し、渡してくれる。

わあ・・・すごく綺麗な封筒・・・紙もすごく上等なものだよね・・・

「婚約式?・・・一体誰の?」

セレさんが私の持った封筒をのぞきこんで・・・・あ、と声を出した。

差出人の欄には・・・

「そっか、ランスロットとユリアさんの・・・!」

「そうだ。返事は早めに出しておくんだぞ」

「は、はい!」

団長がうなずいて、私は慌てて返事を返す。

・・・こ、婚約式かあ・・・確かに、前にランスロットが言っていたよね・・・そっか・・・

なんだかちょっとだけドキドキしてくる。私は綺麗な装飾の招待状をそっと握り締めた。


「・・・で?結局お前はどうするんだ?」

あのあと。団長へ挨拶を終えた私とセレさんは、部屋でお茶を飲んでいた。

フランチェスカパイも食べながら、話題は魔剣のこともあるけど・・・だいたいは婚約式のことだ。

「・・・どう、って・・・どうしようかなあ・・・」

セレさんの直な質問に、私はちょっと考え込む。

やっぱドレスとか・・・用意しなくちゃだよね・・・あと、靴も?ヒールのついたああいうの・・・私履いたことないなぁ・・・

「イレイン?」

「ね、セレさん、出席するってなったら、やっぱりドレスとか、着ていかなくちゃならないんだよね・・・」

「そうだろうな。剣を持って出席するわけにはいかないだろう」

当然のようにいって、セレさんは紅茶を口にする。

「そういうのって、仕立て屋さんに頼むの?」

「そうだな。王都にはいくつか仕立て屋があるから、好きな店を選ぶといい。店によってできるドレスは違うからな」

「そっか・・・ドレスか・・・私よくわからないな・・・着たこともないし・・・靴だって」

そういいつつ、私はパイを一口かじる。

特製のカスタードクリーム。甘すぎしつこすぎず、すごく美味しい。

「あー!おいしいー!」

「本当だな。私もはじめて食べたが、結構いける。たくさん買ってきた甲斐があった」

「でもあんまり食べると太っちゃうよね・・・」

「それだけ訓練に熱をいれればいいだけの話だ。食べたぶんだけ動けばいい」

そ・・・そう・・・なのかな??

「まあお前はほどほどにしておけ。婚約式に出席するなら、仕立てたドレスが入らなくては元も子もないからな」

「ううー・・・ドレスか・・・そういえば、セレさんは着たことあるの?」

「ああ、以前に一度だけ。だがあれほど動きにくい服もないな。いつもの服が一番落ち着く」

「そっか。私も動きにくいの苦手だな・・・転ばないといいけど」

なれない服で慣れない場所・・・緊張しそうだしな・・・

不安を感じつつ紅茶を飲むと、セレさんが思い出したように付け加えた。

「そうだ、イレイン。婚約式に必要なのはドレスと靴だけじゃないぞ」

「へ?どういうこと?」

セレさんはテーブルに紅茶のカップを静かに置くと、改めて私に向き直る。

セレさん?

なんだかもったいぶった仕草を不思議に思いながら私もセレさんに体を向けると、セレさんが口を開いた。

「イレイン、・・・ああいう場所に行くときには、女性はひとりで出席してはいけないんだ」

「えっ!?ど、どういうこと?」

「その・・・男性のエスコートが必要だ」

え・・・えす、こーと??

「えすこーとって?」

「ま、まあ・・・知らないのも無理はないか・・・男性と一緒でなくてはならない、ということなんだ」

「え・・・・えええええ???」

男の人と一緒に!?・・・いったい誰と!?というより、恥ずかしすぎる・・・そんなの!!

みるみるうちに顔が熱くなる。気が動転しながらも私はしどろもどろに言った。

「だ、だってそんな、一緒に行くような・・・お、男の人とかいないし・・・」

「いや、それは、恋人や夫がいる女性は彼らと行くが、そうでない場合は誰かにエスコート役を依頼するんだ」

「も、もっと無理だよ~!!恥ずかしすぎる・・・」

混乱する私の肩をセレさんはなだめるように叩く。

「大丈夫だ、イレイン。エスコート役を頼むのは、普通のことだ。別に恋人になれと言うわけではないのだから」

「そ、それでも・・・」

「だが、そうでないと婚約式には出席できないぞ?女性ひとりで行ったら間違いなく浮く・・というか、非難される」

「うう・・・非難か・・・」

「ああいう場所はな、いろいろ細かくうるさいんだ。困ったことに。一種のマナーだからな」

うーん・・・一体・・・誰に頼めばいいんだろう・・・というかそもそも、出席か、欠席か・・・出たほうが、いいんだろうけど・・・

「・・・まあそれほど気張る必要もない。気軽に行ってくればよいとは思うが・・・どうする?イレイン」

「ううーん・・・」

欠席したら、ランスロットもユリアさんもあんまりいい気分しないよね・・・

特に忙しいわけでもないのに、断るのも気がひける・・・

それに断って罪悪感を抱えるのも嫌な気がする。

私はセレさんに向かって、躊躇しながらもうなずいた。

「い、一応・・・出席、してみようかな・・・」

「イレイン・・・無理はしなくてもいいと思うぞ?」

セレさんが心配そうに眉を寄せる。私は首を振った。

「ううん、無理ってわけじゃないんだけど・・・初めてだからちょっと・・・不安なところがあるだけ」

「イレイン」

「ランスロット、前から出席してほしいって言ってたし、お祝いしてあげなくちゃとも思うし」

「・・・そうか」

「うん!」

まだちょっとだけ心配なところはあるけど、悩んでいても仕方ない。

元気に返事をすると、セレさんは微笑んだ。

「・・・それなら、私もできるだけ協力しよう。ドレスを着るのはひとりじゃ難しいだろうしな」

「ありがとう、セレさん!」

よし、決めたからにはちゃんと用意しなくちゃ・・・

「ああ・・・イレイン、だが、エスコート役は誰に頼むんだ?」

「え、えーと・・・」

・・・男の人に頼むんだよね・・・

男性に頼むのも恥ずかしいが、そもそも引き受けてくれるのだろうか。

私が惑っていると、セレさんが助け舟を出した。

「もし頼むのなら、ライオネスあたりがいいんじゃないか?奴なら、ランスロットと兄弟だから、正式に招待もされているだろうし」

「ら、ライオネスかあ・・・」

「まあ・・・招待されていない男性でも、王宮側に申請すればいいだけの話なのだが」

そういってセレさんはひとくち紅茶を飲む。

ライオネス・・・でも引き受けてくれるのかなあ・・・

そもそも、招待されていても行かないような気がするが・・・

私は彼のアイスブルーの瞳を思いだす。いつも不機嫌そうにしてることが多い彼。今までのつきあいからいうと、めんどうくさいことや堅苦しいことも苦手そうな感じもする。

でも・・・頼めば、もしかしたら行ってくれるの、かな・・・

ライオネス・・・

エルムナードの戦場で、負傷した私に微笑んだ、その笑顔。

それから、助けた竜の赤ちゃんを見つめる、優しい横顔。

心臓が騒がしいような気がして、私は胸元に手を当てた。

今までは、彼のことを思い出しても・・・こんなそわそわしなかった気もするのだが・・・。

へんなの・・・

「で、イレイン、どうするんだ?ライオネスに頼むのか?」

「セレさん・・・」

セレさんが紅茶を飲みながら私を見る。

私はうつむいた。

「でも、でもねライオネス・・・引き受けてくれると思う?」

「受けると思うぞ」

「えっ!?」

思わず顔をあげると、セレさんは平然とした表情で私を眺めている。

「ど、どうして・・・」

「それはそうだろう。お前の頼みなんだから」

「えっ」

ドキリとして、思わず手にしたパイの袋を握り締める。

「パイが潰れるぞ、イレイン」

「だ、だってなんで・・・ライオネスだよ?」

「あいつだから、だ」

えええ・・・!?

セレさんはふっと笑って、何個目なのだろう、テーブルの上のパイの袋に手を伸ばした。

「まあ、色々文句は言うとは思うが?おそらく、お前の頼みなら断らないだろう」

「え・・・ええ!?」

セレさんの確信に満ちた顔。だけど私は半信半疑だ。

あのライオネスが・・・?私の頼みなら断らないって・・・?

「とりあえず、依頼してみるといい、駄目ということはまずないと思うが・・・駄目なら他をあたればいいさ」

「う・・・うん・・・」

セレさんがさらりと言って、私は複雑な気持ちのまま、握り締めたパイの袋を開ける。

案の定中は粉々で、がっかりもしたけど・・・

それよりもライオネスのことのほうが、気になって仕方ない。

私はセレさんとのお茶を終えると、彼を探しに部屋を出た。


「・・・婚約式の、エスコートだあ?」

「う、うん・・・」

ライオネスは騎士団本部の裏庭にいた。

隣には例の竜の赤ちゃんがいて、餌の時間なのかバケツいっぱいの生肉をがつがつと食らっている。

婚約式の話を出すと、彼は途端に苦い顔をした。

その表情に、私は萎縮してしまう。

うわー・・・やっぱり・・・。

引き受けるだろうなんて、セレさんの見当違いだったんじゃないだろうか。


「ご・・・ごめん、その・・・無理には・・・言わない、けど・・・」

「・・・そりゃ・・・俺のとこにも招待状が来たけどよ・・・」

ライオネスはしばらく頭をかいて難しい表情をしている。

もしかして・・・欠席するつもりだった・・・?

ありえないことでもない。

そもそも私だって、ライオネスが王宮へ着飾っていくのを想像すらできない・・・。

「・・・・・・・・・・・・」

ライオネス・・・・・・・・

「はぁ・・・・・・・」

ライオネスは少し考え込んでいたようだったが・・・やがて小さく息をついた。

「まぁ・・・仕方ねえか・・・お前がそういうなら・・・・・・・・」

どきん、と胸が鳴った。お前の頼みなら断らない・・・そのセレさんの言葉が頭をよぎる。

「ライオネス・・・その・・・ほんと、いいの・・・?」

「・・・ああ」

もう一度聞き返すと、ライオネスは今度は私の顔を見て、うなずいてくれた。

アイスブルーの瞳と視線があって、また胸がちょっとだけ、跳ねる。

彼は難しい顔はもうしていなかったものの、今度は何故だか神妙な顔つきになっていた。

?・・・なんだろう?でもとりあえず、引き受けてくれるってことなんだよね。

セレさんの言ったとおりになっちゃった・・・。

偶然なのか、はたまたそれとも・・・。

そんなことを考えつつ、お礼を言う。

「ありがとう!!」

とりあえず安心だ。あとはドレスや靴を用意するだけだろう。

それもまた難儀そうな気もするが。

「それじゃあ、当日遅れんじゃねえぞ」

考え始めた私に、ライオネスが竜の様子を見ながら声をかける。

「わかってるよ!!」

思わず叫ぶと、彼はちょっとだけ笑った。

「頼むぜ。それじゃあ、当日、な」

「う、うん・・・」

その、一瞬の笑顔に、また、いちいち反応してしまう。

なんなんだろう・・・なんだろう、これ・・・。

ずっとずっと一緒にいて、こんなこと、一度もなかったはずなのに。

どうして・・・なんだろう。

動揺してるのを悟られないよう、私は慌ててきびすを返す。

背中から竜を気遣う彼の声が聞こえて・・・その優しい声音にまた、ドキドキした。











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