「竜の赤ちゃん」
○この作品はDiva -dos espada-2つの魔剣 9Aからの続編です。
それから数日。
地方騎士団も王宮騎士団も通常の業務を最低限にして、
来るべき戦いの準備に専念するようになった。
街には物騒な姿の傭兵たちがあふれ、街の人たちの表情も皆不安げだ。
私も不安な気持ちは同様だったが、彼らとは立場が違う。
私はもう、守られる者ではなく、守る者となったのだ。
鍛冶屋のおじさんが寝る間を惜しんで磨いた双剣を、腰にしっかりと固定する。
心の中の弱い自分を押し込めて、グレッグ団長の話す訓示に耳を傾けた。
そして・・・作戦当日。
決戦の火蓋が、今ここに、切っておとされる―。
これまでの静寂はなんだったのだろう。
一度、王都に異形が襲ってきてからは、静かな日々が続いていたと思う。
だが、今私の目の前に広がる光景は―王都から関所までの、あの平和で広い草原は―
まさに、地獄絵図・・・そういいきっても言いすぎではないほど、凄惨たるものだった。
偵察に行った騎士が、死に物狂いといった形相で逃げてくる。
関所からあふれ出てくるのは、どれもこれも、異様な姿をしたものばかりだ。
例の、鋭い牙のついた口蓋の化け物、それから異様に腕と足の長い顔なしの巨人、
体中が棘のようなもので覆われた人のようで人でないもの、なんとも形容しがたい者たちが、
遠目にも見えて背筋が震える。
そうしてその化物たちは皆、きっと一様にあの腐臭の体液を
皮膚から染み出させているのだろう。
「・・・ルシアも、もしかしたら勘付いたのかな?偶然かな?でもいいタイミングだよね」
背後でクライストがそんなことを言っている。
「・・・く、クライストさん・・・?
どうしてここに?確か王宮の指示に従うからってあっちに・・・」
クライストは作戦の要だった。
王宮の直接の指示に従うため、さっきまで王宮騎士団の陣にいたはずだが・・・
ちなみに王宮騎士団の陣は、ここ地方騎士団の陣の少し離れた真横に展開している。
関所から出てくる異形をちょうどふたつの騎士団ではさみ打つような布陣を敷いていた。
「あんなところじゃ息もつまるし精神集中もできないよ。
どうせ手順はわかってるから、いいんだよ」
そういいながらクライストはうーんと伸びをする。
私を含め、並んで関所を見ていた騎士たちがクライストをうさんくさげに見やった。
緊張感なさすぎ・・・
多分、皆そんな思いを抱いたことだろう。
だが、その余裕はいかに、彼が凄まじい力を持っているか、ということの証明でもあるのだ。
異形たちがどんどんこちらに近づいてくるのが見える。
「くるぞ!弓兵構え用意!!!!」
「あー!ちょっとまってちょっとまって、トリスタン早すぎだよ!まずは俺が先!」
「なんだと!?作戦の指示どおりに・・・」
トリスタンの掛け声に、クライストがストップをかける。
トリスタンが振り返ってクライストをにらみつけた。
「違うよ、指示どおりなら俺が先!先に矢なんか放ったら王宮連中からサボったって
煩く言われる」
するとグレッグ団長がすかさず叫ぶ。
「クライストの言うとおりだ、トリスタン!弓兵構えやめ!!!」
・・・大丈夫なのかな・・・
初めての戦場。一抹の不安がよぎった。
トリスタンが短気でそそっかしいことは知っていたが、こんなところでドジを踏むなんて・・・
といったら彼に失礼だろうか。
「全く困るよ・・・ただでさえ王宮の連中はうるさいんだからさ・・・」
クライストがぶつぶつ言いながらも前に出る。
地方騎士団の陣の最前列、グレッグ団長の前まで来ると彼はうつむき、
地面に視線を落としてぐっと両の拳を握り締めた。
そうして、ゆっくりとその掌を広げ、地面にかざす。
微かに彼の体が、蒼く発光したような気がした。
皆がそれを固唾をのんで見守る。最後列の傭兵団には見えないが、
異形たちが近づくともあって騒いではいないようだ。
「な、なんだありゃ・・・」
騎士のひとりが声をあげた。
クライストの前方、遠くに山々を望む広い草原の、その地面にそして空に、
蒼い光線で描かれた巨大な『魔方陣』が姿を現していた。
そう・・・あれはクライストさんが魔法を使うときに出る、魔方陣だ・・・そしてルシアも・・・
だが、あそこまで巨大なものは初めてだ。
人間なら30人ほどはゆうに入れるだろう広さがある。
その魔方陣は一度かき消え、今度は分裂して異形たちの足元に出現した。
同時にそれと連動しているのか、空にも地面のと同じ位置に魔方陣が現れる。
「さあ・・・まずは第一弾と行こうかな」
クライストがうつむいたままぼそっとつぶやく。
いつのまにか地面にかざした手はそれが見えないほどに青き光に包まれ、
彼自身の足元にも小さい魔方陣が光を放っていた。
グレッグ団長も、トリスタンや他の騎士たちも目を見開いて言葉もなく彼を見つめている。
『・・・あらゆるものを形どる秩序の霊よ、契約によりわが言霊に答え、
その地に立つものを粉々に砕きつくせ・・・』
クライストの低くうなるような声が、私の耳にも聞こえてくる。
だけどこれは本当に彼の声なのだろうか。
そう考える暇もなく、クライストが地面に勢いよく、だんっと両の手をついた。
体が鋭い光を放つ。まぶしさに目がくらんだ。
「きゃっ・・・」
『わが声にこたえよ!』
耳をつんざく轟音が、クライストの叫び声と混じる。
地面が大きく揺れて、転びそうになり慌てて足を踏ん張った。
くらんだ目をかばいながら異形たちのほうを見ると、あの巨大な魔方陣から
白い光が天にのぼり、そこに立っていた異形たちが忽ちに掻き消えていく。
・・・す・・・すごい・・・
見たこともない『魔法の力』に、ざわつく騎士たち。
王宮騎士団のほうからも馬のいななきが聞こえ、あちらも騒然となっているようだ。
だが、関所からはまた次々と異形たちが姿を現す。
魔方陣から放たれた光で、こちらに向かっていた大部分の異形は倒されたようだが、
うまく回避した者もいる。
身の毛もよだつような大きな咆哮をあげ、猛然と近づいてくる異形。その数は少なくない。
10・・・20・・・ううん、それ以上いる・・・!!
関所からもまだまだ出てくるようだし・・・
「きりがないって、こういうことかな。
やれやれ、あとは頼んだよ。俺は本命を潰してくるから」
クライストが言って、右手に例の魔剣・・・アグレアスを出現させる。
そうか・・・クライストさんは、ルシアを直接倒しに行くんだ・・・
魔剣に対抗できるのは、魔剣しかないものね・・・
その表情はいつもと変わらないようだが、ちょっとだけ疲れが見えていた。
やっぱりさっきの大きな魔法だったから、疲れはするのかな・・・
「ひるむな!!弓兵!!構えーーーっ!!!」
グレッグ団長が大声を張り上げる。
弓騎士たちは一斉に動きをそろえ、弓を引き絞った。
統制のとれた無駄のない動き。さすがは団長だ。
「打てーーーーーっっっ!!!」
何本もの矢が、異形めがけて放たれる。
「・・・今のうちだ。クライスト、行くぞ!!」
馬上のトリスタンがクライストに声をかける。クライストはうんざりした顔で頭を掻いた。
「監視役つけるって聞いてたけど、君のことだったの?」
「つべこべ言うな。俺だってホントはお前とランデブーなんかごめんだ」
「・・・すまんな。王宮からの命令でもある・・・。
ルシアを倒してくれ、頼んだぞ、クライスト」
グレッグ団長が異形の様子を見ながらクライストに謝りつつも、戦意を鼓舞する。
「・・・団長も、どうぞご武運を」
クライストは勝気な笑みを浮かべ、うなずいた。
大勢の弓騎士たちから放たれた矢は、異形たちに次々と突き刺さっていた。
刺さった箇所からあの汚い体液を噴出して、緩慢にもがく異形。
それでも、倒すまでには至らない。腕や触手のようなものを伸ばして矢を抜き取り、
怒りを感じたのか突進してくるものもいる。
その異形たちの間を縫って、クライストは風のようにかけだした。
「ちょ、まて、行くなら行くって言え!!まてこら!!」
トリスタンが馬で慌てて追いかけていく。
「・・・あいつ・・・余裕だったな・・・魔剣ってのは・・・そんなにすげえのか・・・」
「あ・・・ライオネス・・・」
ふと隣を見ると、ライオネスがいつのまにか私の傍にきていた。
「・・・気合、いれろよ。これからが正念場だ。クライストが戻ってくるまで、持ちこたえんぞ」
「・・・はい!!」
そう話す間にも、異形たちは思ったよりも速い速度で迫ってくる。
「相変わらず気持ちわりいなりしやがって・・・・・・!」
ライオネスは抜き身の大剣を改めて構える。
私は腰の双剣を抜いて、グレッグ団長の命令を待った。
異形との戦いは、過酷を極めた。
血で血を洗う、という言葉があるけれど、本当にその通りだと思った。
握り締めた剣の柄は、もう異形の体液でべとべとだ。
だがそれを気にしている暇もない。私はとびかかってきた小型の異形を剣で振り払った。
「ギュェッッ」
手足が不自然な形に変形した、幼児の姿をした異形が、地面に叩きつけられる。
びちゃっっと、内臓か何かだろうか、茶色い何かが潰れて飛び散った。
「うぐっ・・・」
吐き気を感じて、口を手で押さえようにも異形の体液まみれで体に触れることすらできない。
「はあ・・・はあ・・・」
一体私は、どれくらい戦っているのだろう。
大分長い時間のようにも感じるが、クライストが戻ってこないところを見ると
そう大した時はたっていないのかもしれない。
あたりを見回せば、茶色い体液にまみれた異形の死体と、
赤い血にまみれて倒れた騎士たちの姿がある。
みずみずしい緑の草原は、茶色と鮮やかな血の色に埋め尽くされていた。
倒れた異形と、並んで息絶えている騎士の姿を見ていると、
異形も、人間も、死体になれば変わりがないように思えて・・・思わず首を振った。
王宮騎士も、地方騎士ももう関係ないようだった。
異形の群れに襲われて、地方騎士団と王宮騎士団とで挟み撃ちにしたが、
それよりも異形の勢いは凄まじかったのだ。
もう・・・乱戦状態、だよね・・・みんな・・・どこにいるのかな
草原は広い。
遠めに誰かが剣を振るっていたり、巨大な異形を倒しにかかっている姿が見える。
だけどそれが見知ったものであるかは判別がつかなかった。
ライオネスは・・・無事でいるのかな・・・
戦いが始まってから、無我夢中で剣をふるって戦った。
だから、仲間がどこで戦っていたかはわからない。
疲労はもうピークに達している。
酷使した手も足も、重い。
とりあえず・・・少し、少しでいい・・・。休みたい・・・
幸いなことに、今は近くには異形の姿はない。
目をそむけたくなるような死体はあったが、疲労感が勝って、
私はそれにもかまわず異臭の漂う草原に膝を折った。
そのとき。
「っく・・・あ・・・」
急に胸のあたりに激痛が走って、思わず手をやると―
「!!!!!・・・これ・・・」
手には鮮血がべっとりとついていた。再び鋭い痛みが走って、顔をしかめる。
・・・血が・・・知らないうちに怪我してたんだ・・・
気づいた瞬間から、急に痛みはどんどん酷くなる。
耐え切れなくなって、私は胸を抑えたまま草の上に突っ伏した。
「っ・・・・な・・・んで・・・・」
目の前がちかちかする。
耳鳴りがひどい。急激に強い眩暈に襲われて、意識が遠のく。
(だめ・・・だ・・・こんなとこで倒れたらっっ・・・・)
そうだ、倒れてる場合じゃないんだ。まだまだ異形はくるはずだ。だから、戦わないと・・・
たたかわ、ないと・・・
「・・・・・・!!・・・イレイン!!!」
(・・・・・・?)
誰かが耳元で、私を呼んでる。
(私・・・どうしたの?確か・・・異形と戦ってて・・・
それで・・・胸に怪我してて・・・それで・・・)
「!!!」
目を開くと、そこは、倒れた場所ではなかった。
蒼い空が見える。
どうやら大きな木の下にいるようで、青々と茂った葉の間から日が差していた。
「イレイン!!」
背中につめたい、土の感触。目の前に、誰かが顔を出した。
「あ・・・」
「・・・気がついたか・・・ひやっとしたぜ」
「ライオネス・・・」
ライオネスは心底安堵の表情を見せて、私の顔にかかった髪のひと房をそっと、のけてくれた。
彼にしては珍しく、優しいその仕草。ほっとしたせいか、目頭が熱くなる。と同時に・・・
「うっ・・・」
胸の激痛もぶり返す。
起き上がって傷を見ようとするけれど、手足がうまく動かない。
ライオネスが言った。
「あんま動くな」
「・・・でも・・・」
「その・・・手当てした・・・ばっかだ」
「え・・・」
なんとか横たわったまま胸元に目をやると、白い布が巻いてあるようだ。
ライオネス・・・ここまで運んできて、手当てしてくれたの・・・?
「あ・・・ありがとう・・・」
「・・・あ・・・あぁ・・・・」
あれ?・・・なんで、赤くなってるんだろう・・・
ライオネスはなぜか頬を赤くして、ふいと目をそらす。
「ライオネス・・・?顔、赤いよ?」
指摘すると耳まで真っ赤にして、彼はぼそぼそとつぶやいた。
「あっ・・・あのな・・・お前なんで・・・変なとこ怪我すんだよ・・・」
「へ?」
変なとこ?
「しっ・・・しかたねえだろ・・・?
その・・・あ、あんとき、助けてもらったのもあるしよ・・・」
「恩返し・・・ってこと?」
「ま、まあ別に?それでなくたって、ほっとくわけにはいかねえだろ・・・
だから・・・その・・」
気持ちはよくわかるんだけど、どうしてそんな顔が赤いんだろう・・・?
私は横たわったまま首を傾げる。
そのとき、ライオネスの背中から何かがひょこっと顔を出した。
『キゥー』
「と、とりあえずだな、ね、寝てろよ、お前は寝てろ!」
ライオネスは気づいていないらしい。赤い顔のまま私にそういって、あとは後ろを向いた。
ライオネスの背中から顔を出した生き物、それは・・・
竜?の赤ちゃん?かな?小さな翼が生えてる・・・ってことは、翼竜??
竜といっても、赤ん坊だからか小さい。ちょうど掌に乗るサイズだ。
生まれたてなのかな・・・?可愛い・・・
胸の痛みもしばし忘れて・・・といっても、痛いことは痛いのだが、竜の可愛さに気も紛れる。
どうしてこんなところにいるんだろ?というか?なんでライオネスの背中に・・・
『キゥー』
竜はライオネスの広い背中からぴゅーと滑り落ちると、
ぺたっと地面に器用に着地したようだった。
横たわっているからよくは見えないが。
竜は私のお腹の上に乗っかってきて、興味深げに私の顔を覗き込む。
『キゥ?』
まんまるの潤んだ黒目が、私をジーっと見た。
「あっ、お前!」
そのときライオネスが気づいて、振り返り竜をひょいと掌に乗せる。
すると竜は彼の掌からぱっと首元に飛びついて、キーキー鳴きだした。
甘えてるの・・・?めちゃくちゃ可愛い・・・!
「あ、あの、ライオネス・・・それ・・・」
「ああ・・・」
ライオネスは首元の竜を肩に乗せる。
すると竜は落ち着いたようで子猫のように丸くなった。
「なんでこんなとこにいたんだかわからねえが、
異形に踏み潰されそうになってたとこを助けた。それからはこんな感じだ」
「可愛いね・・・」
「ほんとなら、母竜を探してやらなきゃならねえんだが、
こいつ、多分捨てられたのかもしれねえな」
「えっ・・・どうして?」
ライオネスは肩の竜の頭をちょいちょいと指で撫でてやる。竜が気持ちよさそうに目を閉じた。
「翼竜は、二、三個卵を産むんだが・・・
丈夫に育つ見込みのねえやつは生まれても捨てるんだ」
「かわいそう・・・」
「俺らと違って、生きぬくのは簡単じゃねえってことなんだろうな」
「・・・・・・」
「母竜も捜しにくる気配はねえし、こいつ、左足がうまく動かないときがあるみたいだ」
そういってライオネスは竜の小さな足を点検するように眺める。
ふうと息をついて、私の顔を見た。
「・・・とりあえず、助けたからにはつれてかえるしかねえと思ってよ」
「そっか・・・でも、随分なつかれてるね」
ライオネスは肩をすくめた。
「なんなんだろうなぁ。ま・・・別に悪い気はしねえけど」
(でも、なんだか微笑ましいな・・・ライオネス本人に言ったら怒るかもだけど)
「っ・・・つ・・・」
そこまで考えて、また胸の痛みがぶり返す。
浅くせわしない呼吸を繰り返し、ごまかそうとするが・・・痛みが消えるわけではない。
「・・・もうちょっとだけ、我慢してろ。クライストが無事戻ってきたら、すぐに運んでやる」
ライオネスが安心させるように私に微笑んでくれる。・・・珍しい、と思った。
ライオネス・・・なんだか、いつもより優しい・・・?怪我、してるからかな・・・
「てて・・・こら、齧るな」
竜が甘えてライオネスの首にかじりつく。
彼が竜を引き離そうとすると、竜は逆に彼の指にじゃれつきだした。
なんとも和む風景だ。
竜をかまってやっているライオネスの横顔がすごく優しげで、ちょっとドキドキした。
その後。
運がいいというのか、あれから異形が襲ってくることはなく、
ライオネスに守られながら待つうちにクライストが戻ってきた。
幾分疲れの見える顔だったが、それでもほぼ無傷のようだ。私は胸をなでおろした。
「ライオネスの首のそれって、キスマーク?」
私の傷を治療したあと、クライストはライオネスの首を見てとんでもないことを言う。
「ぶあっかやろう!!んなわけねえだろ!!これはこいつに齧られたんだよ!!」
ライオネスが竜の首根っこをつかんでクライストの目の前にぶらさげた。
「あー、よかった。
俺のいない間にイレインちゃんとくっついたのかと思って、冷や冷やしちゃったよ」
「あのな・・・」
「それでその竜、何?翼竜の子供?」
クライストがライオネスの指の先で揺れている竜をしげしげと見やる。
「あぁ。戦闘に巻き込まれてるとこを助けた。たぶん、捨てられたやつだろ」
「ふうーん・・・それって、足が不自由だからかな」
「お前・・・よくわかったな。確かに・・・」
ライオネスが驚いた顔をする。
(クライストさん、一目みてそんなこともわかるんだ・・・)
どうしてだろう。やはりそれも魔剣の力なのだろうか。
「・・・・・・」
「クライストさん?」
ふと気づくと、クライストがライオネスにじゃれつく翼竜に、何か哀れむような瞳を向けていた。
えっ・・・
初めて見る顔だ。どきり、と胸が鳴り、思わず瞬きする。
だけど次の瞬間には、彼はいつもの彼に戻り、私にあの綺麗な微笑を見せていた。
なんだったんだろう・・・
やがてグレッグ団長のところからトリスタンが報告を終えて戻ってくる。
クライストについていた彼も無傷・・・のように見えたが、疲れきりげっそりしていた。
「まあ・・・だな・・・・・・・とりあえず一件落着ってとこか・・・」
「いやあ、大冒険だったよね、トリスタン、楽しかっただろ?」
「ふざけるなこのやろう!俺は生きた心地がしなかったぞっ!!!」
あんな凄まじい戦いがあったというのに、クライストは爽やかに笑っている。
本当に・・・ルシアを倒した・・・の??
なんでもないように帰ってきたときのことを思い出す。
散歩にでも行ってきたという感じで、血に濡れた草原をゆっくりと歩いてきた彼。
「お前よ・・・本当に、ルシアをやったのか?」
ライオネスも疑問に感じたらしい。
クライストが肩をすくめて、トリスタンがかわりに答えた。
「・・・ああ。たどりつくまでがすごかったけどな・・・。
ルシアと対峙したあとは、あっさりだ。
魔剣ヴァエル・・・ってのか?のも、初めてみたときゃ驚いたが・・・」
「あまりある強大な力も、それを制御できなければ意味を成さない」
「クライストさん・・・?」
クライストの意味深な言葉に、私が聞き返すと彼はにっこりと笑った。
「そういうこと。ルシアはヴァエルを制御できなかったんだよ。
だから、最終的には自滅する感じだったね」
「じ、自滅・・・」
「そう。王宮の指示どおり、『ルシア』は倒したよ。『ルシア』はね」
・・・どういう、ことだろう・・・
何かひっかかるような言い方だった。だけど、どう質問したらいいかわからない。
「・・・・・・」
ライオネスも何か言いたそうにしていたが、言葉が見つからないようだった。
「グレッグ団長が、撤収の準備しろって。これからが大変だな・・・」
「俺はけが人の治療に当たるよ。イレインちゃん、もし動けるようなら、手伝ってくれるかな」
「あ、は、はい!」
トリスタンがため息をつきながら歩き出し、クライストが私に声をかける。
ぼうっと彼の言葉を反芻していた私は、慌てて返事をして彼のあとを追いかけた。
胸の傷も今は痛みが全くない。本当に・・・不思議な力だと思った。
「・・・ルシアは、か・・・」
ライオネスがつぶやくのが、背後で聞こえる。
気になるのは私も同じだったが、今はやるべきことがたくさんある。
地方騎士も王宮騎士も、関係なくけが人を治療して回った。