表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔法と痛み

作者: S.U.Y

 魔法学校の少し広めの廊下を、あんずは全力疾走していた。憧れの、ソテロ先輩に会うために。道行く魔法少女見習いたちのローブが、彼女の起こす風圧ではためいていく。それは日常の光景だったので、誰も気にはしていなかった。

「先輩、マジカル焼きそばパン、買ってきました!」

 がらりとあんずが開け放つのは、生徒会室と書かれたプレートのある部屋だ。部屋の内部には豪奢な絨毯が敷いてあり、両脇に置かれた棚には数多くのマジックアイテムが飾られている。

「ご苦労様、あんずちゃん」

 部屋の最奥、黒檀の机のほうから、声がかかった。黒い革張りのいかにも高級な椅子に腰かける、優美な金髪の青年がにこりと笑う。

「扉はもっと静かに開けろ、あんず」

 金髪の青年の傍らに立つ、黒衣の青年が冷たく言った。

「せっかくの熱々マジカル焼きそばパンが、冷めちゃったらどうするのよ、リゾット!」

 あんずが黒衣の青年に噛みつくように言って、それから金髪の青年に笑顔を向けた。

「どうぞ、ソテロ先輩!」

 言って突き出すのは、くだんのパンである。七色の焼きそばを、白銀のパンで挟んだ逸品だった。

「ありがとう、あんずちゃん」

 あんずに笑顔を向けて、ソテロはパンを受け取る。ビニールの包装を破ってかじり始めたソテロに、リゾットはうろんな目を向ける。

「……よく、そんなもの食えるな」

「案外、美味しいんだよ。それに」

 ソテロはパンを頬張りながら、あんずに優しく微笑みかける。

「可愛い後輩が、せっかく買ってきてくれたんだから」

「せ、せんぱい……私、もう、死んでもいい……」

 感涙を浮かべながら、あんずは幸福の文言を口走った。リゾットが苦い表情を浮かべ、息を吐いた。

「お前は、どうしてそうアレなんだ……」

 ぼやくように言うリゾットの横で、ソテロがパンを飲み込んだ。机の上に置かれていたティーカップを持ち上げ、優雅に紅茶をひとすすり。

「どうやら、あんずちゃんの準備もできてるみたいだね、リゾット」

 ソテロの切れ長の眼が、あんずを射抜くように見つめる。

「ソテロ、こいつの死んでもいいっていうのはだな、心構えというか、何というか……あんず、お前も軽々しくそんなことを口にするんじゃない」

「軽々しくないよ、リゾット! 私、本当にソテロ先輩のためなら」

「わかった。お前のやる気はよおくわかる。だが、ひとつだけ言っとくぞ」

 びしり、とリゾットがあんずを指差し言った。

「俺も、先輩だ。呼び捨てにするんじゃない」

「リゾットは、リゾットだよ。ね、先輩?」

「うん。リゾットは、リゾットだね、あんずちゃん」

 微笑みを交わしあう二人を、リゾットは苦い顔で見つめる。

「……もういい。それじゃ、行くぞ」

 何かを諦めたリゾットは、机の上に魔法陣を描き始めた。

「転移用? どこか行くの、リゾット?」

 首をかしげるあんずに、答えるのはソテロだ。

「行けばわかるよ、あんずちゃん。僕のために、死んでくれるんだよね?」

 平然と物騒なことを言うソテロに、あんずが返すのは力強いうなずきである。

「はい! 私、先輩のために、頑張ります!」

「まったく……本当に死なないように、気をつけろよ」

 魔法陣を描き終えたリゾットが、あんずとソテロに防御用の魔法をかけた。

「耐熱結界が三枚に、物理のやつは……二枚でいいか。あとは根性だな」

 防御魔法を身に受けたあんずは、リゾットの描いた魔法陣の上に立った。

「いつでもいいよ、リゾット!」

 あんずの動きに合わせて、リゾットが魔力を魔法陣に流し込んだ。魔法陣が輝き、あんずの視界が歪む。転移魔法は、作動した。

 くらりとめまいを覚えて、あんずはふらついた。転移による酔いである。ふらふらと千鳥足になったあんずは、両手を振ってバランスを保とうとする。その手が、硬い何かに触れた。

「熱いっ……!」

 じゅう、と手のひらから音が鳴った。右掌が、焦げて炭化している。触れたものに視線を向ける。そこに鎮座していたのは、赤く巨大な竜の顔面だった。

「グオオオオオ!」

 竜が大きく口を開けて、強烈な炎を吐き出した。両手で顔をかばったものの、熱波と衝撃があんずを強く打ち据える。吹き飛ばされたあんずの前面は、こんがりと焼けて灰になりかけていた。

「氷の剣よ! はああ、冷凍剣!」

 さらにあんずへ放たれた、とどめのブレスが二つに割れる。氷の剣を手にしたリゾットが、赤い竜と対峙していた。

「ソテロ、治癒だ! こんがり焼けてる!」

「今日は火傷だね。ケア・ライト!」

 炭化して倒れていたあんずを光が包み込み、たちまち肉体の再生が完了する。その間に、リゾットが剣を大上段に振りかぶり大きく跳んだ。

「あ、先輩……おはようございます!」

「おはよう、あんずちゃん。とりあえず、コレ、羽織りなよ」

 元気よく跳ね起きて、あんずがソテロに挨拶をする。ソテロは、あんずの焦げた服の上からローブをかける。その動作が終わると同時に、リゾットが竜に背を向けて着地した。

「……終わったぞ、お前ら」

 つまらなそうに言うリゾットの手には、血を滴らせる竜の心臓があった。

「先輩……ああ、先輩のローブだ」

「あんずちゃんは、可愛いね」

 ローブの袖に鼻先を当てて、くんくんと鼻を鳴らすあんず。その様子を微笑んで眺めながら、あんずの頭を撫でるソテロ。リゾットの心の中に、やるせない気持ちが広がっていく。

「とっとと帰るぞ」

 ぼそりと言って、転移魔法陣を逆稼働させる。和やかな空気の二人と、リゾットの姿が掻き消えた。

 生徒会室に戻ってきて、あんずはレポート用紙にペンを走らせていく。

「あんずちゃん、どんな風に痛かったか、ちゃんと書くんだよ」

 ソテロは慈愛のまなざしで、見守りつつ言った。

「はい! 今日は、とても熱かったです、先輩!」

 元気よく言って、あんずは微笑んだ。リゾットは半目を作って、あんずとソテロを交互に見つめる。

「本当、いい趣味してるよ、ソテロは」

「とうとうリゾットにも、僕の趣味が理解できるようになったのかい?」

 嬉しそうに目を輝かせるソテロに、リゾットは首を横へ振る。

「皮肉だよ。俺にはたぶん、一生理解できないね」

「残念だね、リゾット」

「大丈夫です、先輩!」

 肩を落とすソテロを見上げ、あんずが言う。

「私は、先輩の趣味も、何でも愛してますから!」

「僕も大好きだよ、あんずちゃん」

 ソテロはあんずを見下ろして、頭を撫でる。ソテロのそのしぐさが、自宅のペットにするそれと同様だということは、リゾットからはとても口にできないことだった。

「それより、どう熱かったのか、腕が吹き飛んだとき、どんな感じだったか……もう少し、詳しく書いてね」

「はい、先輩!」

 元気よくうなずいて、あんずは再びペンを動かしていく。リゾットは大きく息を吐いて、窓の外へ視線をやった。

「神様、どうか、あんずまでイカレタ趣味に目覚めませんように……」

 二人に聞こえないよう、そっと呟くリゾットであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ