1話「GET OVER IT」
ある河川敷の袂。
日陰になっている場所で男は地面に腰を下ろした。
川は冷たく、おまけに汚い。
そのせいか、ここに来る者は皆無だった。
まあ、日曜日の午前中からこんな所にいる者など普通はいないだろう。
男はそう自虐的に心の中で呟く。
「・・・・・」
男は32歳。
身長は160センチで体はやせ細っている。
白いコートは黒ずみ、髪はフケと寝癖だらけだ。
髭は雑草のように生い茂り、不潔感を増していた。
顔は血の気を失っており、お世辞にも健康そうには見えない。
肌の色は黒ずんでおり、見方によっては灰色のようにも見えてしまう。
そんな彼を人々は汚物と同じように目を背け、見て見ぬ振りをする。
だが、彼は自分に対する世間の評価など気にも留めていなかった、
彼は以前まで貿易会社で働き、責任ある立場にいた所謂エリートだった。
だが、ある事がきっかけで退職した。
上司や同僚も説得したが、誰も彼の心の氷を溶かすことはできなかった。
それからはずっと働く気が起きず、家に閉じこもる日々が続いた。
やがて貯金が底を尽き、家賃を滞納した為、家を追い出された。
それからホームレス生活が始まったが、アルミ缶を潰す気にもなれない。
彼は公園のゴミ箱などを漁って食料を入手して日中を過ごした。
夜は河川敷で野宿する。
冬になればデパートで暖をとり、夜は集めたダンボールを廃ビルの玄関前に敷いて寝る。
そんな生活を続けて既に2年の歳月が流れていた。
だが、男からすれば時は進んでいない。
あの時から1分1秒も進んでいない。
ずっと止まったままだ。
「ニコちゃん、俺もそっちに行きたいよ。
そうしたら君にも会えるかな‥」
川に向かって一人呟く男。
だが、川は何も答えない。
誰も何も答えてくれない。
疑問は未回答のまま空に浮かび、消えていく。
男の瞳は既に生気を失い、虚ろな表情をしている。
それは全てに絶望し、全てに興味を失い、生きることに疲れた男の末路だ。
死にたいと何度も思った。
死神が現れれば即座に魂を売り渡すだろう。
だが、お迎えはいつまで経ってもやってこない。
自殺も考え、実行しようとしたができなかった。
死にたいはずなのに、死ぬのが怖くて死ねずにいる。
死ぬのが怖い臆病者の死にたがり。
それが今の彼なのだ。
「世の中が滅んでも君はいない。仮に俺が死んでも君に会う機会があるかどうか、わからない。俺の罪と君の罪は違う。君は天国でも、俺みたいなろくでなしは地獄がよく似合うだろう。生きても死んでも絶望なんて…どうすればいいんだ」
男は自問自答を続ける。
頭に浮かんだ疑問を口に出し続ける。
だが、明確な解答は何も浮かばない。
ヒントすらない難問は無間ループの如く。
疑問符が頭を埋め尽くしていく。
「知りたいか、その疑問の答えが」
急に男の背後で声がした。
すると、いつからいたのか、別の男が立っていた。
男は体格ががっしりとし、180は軽く超える長身だ。
ブランド物のスーツと時計、靴。
きちっと剃った髭、整った顔、髪…。
身だしなみもきっちりと整っている。
彼とは非常に対照的な人間であった。
どこかの会社のエリートか、はたまた社長か?
ただの金持ちなだけでは出ない、荘厳な雰囲気が男から漂っていた。
「だ、誰だ、あ、あんた…」
マトモに話すのは何年ぶりだろうか。
話すのが下手くそになっていて、思ったように言葉が出ない。
何年も篭った生活を続けると言葉さえ上手く喋れなくなる。
それでも彼は訊いておかなければならないと思った。
「君の疑問を解決する手伝いをしてやろう。
だが、答えは自分で見つけるのだ、灰川義之よ…」
「俺をしって・・・るのか」
「まあな」
「・・・あ、あんた、の、名前は・・・?」
「ガルキマセラだ」
そして、灰村とガルキマセラは長い対話をすることとなった。
「うおああああああああああ、遅刻、遅刻ぅぅぅ!!!」
男、高瀬和樹は地下鉄のホームを走り込み、障害物競争のランナーよろしくの勢いで跳んだ。
ほとんど閉まりかけたドアに無理やり押し入り、成功。
周りの乗客は一瞬、こちらに怪訝な顔を向ける。
咳払いをする者や睨みつける者もいた。
だが、高瀬はすいません、すいませんと周りに頭を下げた。
そんな高瀬の態度に学生時代を思い出したのか、乗客は特に彼を責めるようなことはしなかった。
駆け込み乗車はうんたらと駅員の注意事項がアナウンスされるが無視。
2回ほどされたので明らかに高瀬を意識しての事だが無視。
電車はホームを出て、次の駅へと進んだ。
スマートフォンで時間を確認すると、既に午前8時30分を廻っている。
9時までに教室に入らなければ遅刻確定だ。
今日遅刻すれば3日連続遅刻となってしまう。
「ヤバイ、どう考えても遅刻だ。ああクソ、なんでこんな事に…」
スマホを見ながらイライラする高瀬。
電車は走っているが、今日だけいつもよりノロイ様な気がする。
勿論気のせいだが、何故かそう感じてしまう。
さっさと行けよ、電車め…それともわざと遅れて俺を遅刻させようという魂胆なのか?俺みたいな奴には遅刻確定がお似合いだとでも言いたいのか?
と心の中で一人愚痴った。
高瀬和樹は高校二年生の男子。
テストの点数はいつも平均点ではあるが、それ以上の上も下もない。
特に突出する物もなかれば、悪いものもない男だ。
体力はあまり無いが身体を動かすこと自体は嫌いではない。
ただ、どちらかというとインドア派だ。
趣味は読書、ゲーム、音楽鑑賞。
何故、彼が遅刻しそうなのかと言うと。
高瀬は昨日ようくや買えた人気ゲームソフトで夜通し遊び倒していた。
親は外国で仕事をしており、実質一人暮らしだ。
仕送りで生活をしているが、その中でコツコツ貯めた金で大人気ゲームソフトを購入することができた。
購入するまで実に4ヶ月という長い期間があり、ネタバレを避けるために友達ともその話をせず、サイトで情報も集めず、金が貯まるのを待った。
彼は嬉しさのあまり、日曜日の昼間から夜まで遊び倒した。
それでも飽きず、夜から朝までエンジョイしてしまったのだ。
一日でラストダンジョンまで行ったというのだから驚きだ。
ただ、ラスボスを倒す気力は流石に無かった。
といっても、メンバーのレベルは全員最高まで達している。
武器防具やアクセサリーも最強の物で道具類も全て99個完備している。
これならラスボスといえど数ターンで倒せるだろう。
なので、ラスボス直前のセーブポイントでセーブをし、そのまま寝た。
ただその時点で時刻は午前7時だったという。
案の定、寝過ごしてヤバイ時間になってしまった。
友人から無料携帯通話&メッセージアプリ「LIME」が届く。
「遅刻確定だな、おめでとう」と書かれていた。
「るっせー、黙ってろハゲ」
と返事をしておく。
5駅目で高瀬は地下鉄を降りた。
ここから先にあるJRへ乗り継ぎなければならないのだ。
誰よりも早くドアを出て、階段を上がる。
普段なら通学する生徒もちらほらいるはずだが、今は見かけない。
自分の学校も、他所の学校の生徒すら見当たらない。
それが余計に遅刻確定を煽っているようで腹が立った。
「早くJRに乗り換えないと…」
JRは地下鉄の改札を出て、すぐ傍にある階段を上がり、駅前広場を進んだ
先にあるのだが、その隣にはエスカレーターも併設されている。
だが、あえてそれは選ばない。
エスカレーターは大勢の人がいて邪魔で上手く進めない。
時間に余裕があるならのんびり乗るのもいいが、時間のない今は必要ない。
そこで階段を2段飛ばしで駆け上がる。
この方が時間を稼ぐには効率がいいだ。
すると、どこからか大きな声が聞こえてきた。
「おはようございます、おはようございます。ご通行中の通勤・通学に向かわれる方々。男性の方も、女性の方も、学生の皆さんもおはようございます。朝早くから夜遅くまで頑張られる皆様方、本当におはようございます!!」
駅前広場の中央。
男はまるで選挙の演説をする議員よろしく。
周りに頭を下げて大声で叫んでいた。
ただ、議員や候補などでないことは一目で分かった。
男は身長160ほどだが、髪はボサボサで寝癖がつき、コートは黒く汚れ、ジーンズは茶色く変色している。目は泳いでいて、息は荒く、どう見てもホームレスにしか見えない。人々もそう思ったのか、目を背けてさっさと目的地へと向かっていく。彼の存在そのものを無視し、汚い物に目を背ける。
それは人類共通の感情でもあった。
騒ぎに気づいた駅員の二人が彼に向かって駆けていく。
ホームレスが騒ぎ出すことは何も珍しいことではない。
公共の場所ではよくあることだ。
例えば、公園、コンビニ、デパート、駅…。
こういう誰もが赴く場所ほど頭に蛆の沸いた輩がよく出没するものだ。
世間に注目されたいのか、何かを訴えたいのか…。
そこはわからない。
たとえ関わってもロクな事にならない。
無理してトラブルに関わる必要はない。
関わったところでこちらに利益はない。
何かあれば警察が駆けつけてくれるだろう。
恐らく、駅にいる誰もがそう思ったはずだ。
高瀬もそう思い、さっさとJR方面へ急ごうとしたが…。
「だが、アンタ達の勤労・勤学もこれで終わりだ!おはようございますー!そしてさようなら!」
男はどこからか出したマシンガンを手に持ち、いきなり撃ちだした。
そう、それはどこからどう見てもマシンガンだった。
戦争映画などでよく見かける、あのマシンガンだ。
なんと、男はマシンガンをぶっ放しているのだ。
突然の銃声に女性の悲鳴が響き、辺は騒然とした。
男は止めようとした駅員を撃ち殺し、その腹を高速で撃ち抜く。
太り気味の腹へ弾丸は次々に風穴を開けていく。
駅員はその場に崩れ落ち、周りは血だまりになった。
「贅沢な腹は殺処分だ!ハハハハハハハハハ!」
目に痛いほどのクリアな赤が床に広がる。
ドラマなどで見る血とは違い、目を痛めるほど赤々しい紅色の血。
逃げようとしたもう1人の駅員も男はマシンガンを撃つ。
背中と頭を打ち抜き、全身に穴を開かせる。
駅員は悲鳴も言えず、その場に転がった。
恐らく、もう息はしていない。
「おはようございます、おはようございます、そしてさようなら!
皆さん、天国へ行けますよう、お祈り申し上げます!」
男は歌うように叫び、マシンガンを連射させ、通行人を撃ち殺していく。
出勤途中のサラリーマン男性、サボリの女子高生、親子連れ…。
中には部活の大会でどこかに行く途中のジャージ姿の女子高生達もいる。
そんな彼・彼女達を男女関係なしで撃ち殺し続けていく男。
周りは正に血の海と化し、地獄絵図が広がっていた。
悲鳴、怒号、罵倒、様々な声がホームに響く。
だが、男にとってはそれすらもBGMのようで何とも感じないようだ。
「な、なんだ、これは…」
高瀬はこれが現実の出来事だとは信じられなかった。
きっとドラマか映画の撮影だろうと思った。
だが、傍にはカメラマンもスタッフも誰もいない。
飛び散る血も、悲鳴も、とても演技とは思えなかった。
現にすぐ傍に老婦人の死体が転がっている。
その死に顔は驚愕と恐怖に怯え、染まった顔だった。
傍にはビニール袋に入れられた玩具がある。
それは高瀬もよく知るドールハウス用の大きな家だ。
きっとお孫さんへのプレゼントだったのだろう。
生憎、それは血だまりの家へと変化している。
高瀬は考える前に駆け出していた。
すぐに逃げて警察を呼ぶべきだ。
このままでは自分も殺されてしまう。
本能が警告を上げていた。
煩いぐらいの警告が頭に響いていた。
そう思って階段を降りようとしたときだった。
「うっ…!」
急に胸が暑くなる。
体に力が入らず、ふらついてしまう。
それが何か気づけないまま、高瀬は階段を踏み外し、そのまま階段を転げ落ちていった。
痛いという感覚がなく、ただ浮遊感に身を委ねる事しかできない。
落ちるという感覚は頭では理解できるが、身体に力が入らないので、どうしようもなかった。
階段の踊り場を超え、地下鉄のホームへと落ちた。
周りで誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
しかし、そこから先の記憶はない。
高瀬はそのまま気を失った…。
「・・・・・・・」
目を開けると、真っ先に蛍光灯が見えた。
乳白色の少し錆びた蛍光灯が光を照らしている。
周りは病気的に白色で統一され、他の色を拒絶している。
窓の外は晴れており、雀が鳴き交わしている。
身体が自由に動けず、ベッドの上で寝た状態だと気づいた。
腕には点滴もついている。
ただ、痛みはなかった。
額と腹には包帯が巻かれている。
誰かがいるような気がする…。
「高瀬さん、気がつきましたか?お気分はどうですか?」
と質問してくるのは傍らにいた看護婦だ。
気配はどうやら彼女だったようだ。
とすると、ここは病院なのだろう。
彼女をじっと目を凝らして観察してみる。
身長は150センチ程度で優しげな笑みを浮かべている。
ただ、マスクをしているので口元がわかりにくい。
髪は茶色に染めいてるものの、さほど明るくはない。
明るい色だとNGだろうから、精一杯のオシャレという所だろうか。
胸はそこそこで例えるなら田舎町にできたコンビニという所だ。
いわゆる、10年後は期待できるなという発展途上レベルである。
高瀬は冷静に「はい」と答える。
「あの…ここは天国で?」
「いえ、現実世界ですよ。ここは東雲私立病院です。
すぐ先生を呼ぶのでちょっと待ってくださいね」
もう少し気の効いた返事をくれるかと思ったが、冗談は通じなかった。
看護婦はすぐにナースコールで連絡する。
高瀬は何故病院にいるのかわからなかったが、すぐに気づいた。
あの”おはようございます”と言いながらマシンガンを撃っていた男だ。
奴は捕まったのだろうか…。
ナースコールでの会話が切れるのを待ってから高瀬は思い切って声をかけた。
「あの、看護婦さん。奴は、犯人は捕まったんですか?」
「…ごめんなさい。先生から説明があると思うので、そちらで聞いてくださいね」
申し訳なさそうに回答を避ける看護婦に対し、高瀬は強く言えなかった。
ただ、看護婦は表情を暗く落としたのは明らかだ。
それから察するに事態は好転していない。
恐らく犯人は捕まっていないだろうと推測できる。
TVで情報を得たいが、この部屋にはテレビがなかった。
そもそもこの部屋は団体部屋ではなく個室のようだ。
数分後、医者が駆けつけた。
中年太りの少し肥えた恐らく40代ぐらいだろうか。
男の医者だ。
「どうも高瀬さん。私、黒川と申します。体調はどうですか?
どこか痛い所などは?」
「いえ、特には…」
身体の痛みは特になかった。
寝すぎで軽い頭痛がする以外は何ともない。
「そうですか…。実はですね」
医者からの説明は少々長く続いた。
要約するとこういうことだ。
撃たれたのは胸の一箇所で、一発の弾丸だけが貫通しただけだそうだ。
その弾丸は臓器や器官などには傷をつけないまま貫通し、おまけに救急隊員の応急処置が早かったお陰で大事に至らなかった。
頭なども打ってはいたが軽い打撲程度なので脳に障害や影響は特になし。
順調に行けば一週間で退院できるだろうとのことだった。
医者の説明を聞き終えた高瀬は感謝の言葉と共に最大の疑問を述べた。
「先生、犯人は…。あの事件はどうなったんですか?」
「まだ犯人は捕まっておりません。ニュースによると死者は200人を超えるそうです。重軽傷者はその更に上を行くと聞きましたよ」
「…そうですか」
一瞬、あの出来事は全て悪夢だと思った。
ただ、自分は階段を踏み外しただけだと考えていた。
だが、その期待は一瞬で打ち砕かれた。
あれは映画の撮影でも何でもなかった。
テロ行為としか言い様がない。
「警察も捜査を続けているそうです。あなただけですよ、軽傷で助かったのは。ハッキリ言いますと、非常に運が良かったです。まるで何かに守られているかのような…。もしかしたら主があなたを守ってくださったのかもしれませんね」
「・・・はあ」
そういえば東雲はキリスト系の病院だったなと思い出した。
じゃあ死んだ200人と重軽傷者は主から見放された不信者だったのだろうか。
高瀬家は別にキリスト教ではないのだが…。
言い返したい気持ちもあったが、怒鳴った所で状況は何も変わらない。
ここは大人しくしておく。
「一週間ほど入院して経過が良好なら退院してくださって構いません。
あと、ご家族や学校には既に警察から連絡がいっているようです。
持ち物はこちらで保管しているので後でナースに持ってこさせましょう」
黒川医師は高瀬のカルテを見つつ、言葉を選びながら慎重に話す。
ただ話すといっても相手を安心させるために柔らかい口調だ。
とはいえ、先ほどの看護婦と違って安堵感は特に感じない。
それは相手が男性だからだろうか、それとも…。
高瀬はどうも黒川医師を素直に好きにはなれなかった。
「はい…」
「あと、警察が明日に事情聴取に来るそうです。任意ですが、お受けしても構いませんか?」
「はい、明日の何時頃ですか?」
「時間はまだわかりませんので、追って連絡します。では、今日はこの辺で失礼します。何かあればナースコールでお知らせください。おい、行こう」
「はい」
ナースと黒川医師はそう言って出て行った。
二人を見送ってからドアが閉まり、高瀬はため息をついた。
「運がいい…か。くっそ、TVかスマホでもあればいいんだがな。
ちっとも情報収集ができない。つか、なんもする事ないな…」
ベットにドカっと倒れる高瀬。
こういう場合はどうするべきだろうか。
とにかく寝るとしよう。
それしかやる事がない…。
高瀬はそう思いながら目を閉じた。
予期せぬハプニングで疲れが溜まっていたせいか。
そのままゆっくりと眠りの国へと沈んでいった。
そう、寝ていたはずだ。
なのに、意識がある。
周りは暗く、何も見えない。
朧げな姿も形も全く見えない。
世界が黒一色で染まっている。
なのに、自分の姿は見えている。
パジャマを着た自分の姿だけが目に映る。
「ここは…どこだ?」
「高瀬くん!」
と呼び止める声が聞こえた。
辺りを探してみるが、声の主はみえない。
声からして若い女の子の声だと思う。
ただ、大人の声という感じではなかった。
クラスメイトの女子達や先生の声ではない。
知り合いの声ではないのは確かだ。
「こっちだよ」
と、すっと誰かが目の前に現れた。
音もなしに現れたのでぎょっとしたが、高瀬は目を奪われた。
先ほどの声の主である。
少女は見た目は16歳程度。
身長は160の高瀬より更に小さい。
学校の制服を着ているが、高瀬の学校ではなかった。
見覚えもなく、どこの学校かはわからない。
「君は?俺が具現化した彼女かな?」
「残念ながら違いまーす」
ぶぶーと不正解音を口で言い、指でバツマークを示す少女。
えへへと微笑み、コホンと咳払い。
「私は吉村仁湖。仁の湖って書いてにこ。よろしくね」
「あ、ああ…」
仁湖の握手を求める手に高瀬は手を重ねた。
その手には女の子特有の柔らかさと暖かさがあった。
細くて、小さくて、柔らかくて、温かい。
少し力を入れたら壊れてしまいそうだ。
高瀬は夢の中なのにリアルな感覚に驚きを隠せなかった。
異性と握手をしたのは随分久しぶりだった。
クラスメートの女子連中を高瀬は異性とは思っていない。
というか、女子扱いすらしていない。
ほとんど男友達と同じノリである。
どいつもこいつもイケメンに尻尾を振るビッチ共ばかりだからだ。
そんな奴等に女子扱いする必要がない。
恋愛などせずとも友達とはそこそこ遊んでいたし、楽しかった。
だから、付き合うとかは考えなくてもよかった。
周りに彼女もちも誰もいないし。
付き合ったら付き合ったで面倒臭そうだし。
だから、それでよかった。
だが、この握手でそれがとても無駄な事だったと気づかされた。
「あの~、そろそろ手を離して欲しいんだけど」
「あ、ごめん!」
慌てて手を離した。
仁湖は微笑したものの、表情が少し硬い。
作り笑顔なのだろうとすぐに気づいた。
高瀬は何度も頭を下げ、謝罪を繰り返した。
「ごめんよ。不快に思ったなら謝るよ」
「あー、いいよ、いいよ。それよりさ話があるんだ」
「話?」
「今日、君は撃たれたよね。あの駅で…」
撃たれたというキーワードはすぐに頭脳と直結した。
それはプラグをコンセントに差し込む、あの感じだ。
「…吉村さん、何か知ってるの?」
興奮する気持ちを抑えて務めて冷静に話す高瀬。
心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響く。
撃たれた腹が疼きだす。
「うん。それを話したくてここに来たの。
今、私は君の意識に話しかけているの。
大丈夫、現実のあなたはちゃんと病院のベットで寝ているよ」
「…吉村さん、何か知ってるなら教えてくれ。
俺には知らなきゃいけない義務があるんだ」
「うん…」
そして彼女は語りだした。