第五話
男が向かった先は、庭園の隅にある古い物置だった。
確かここは新しい物置が出来てからは何も置いていなかったはずだと誰かから聞いた覚えがある。
フードを取ると、残念な事にそれなりに顔形の整った男が僕の前に跪いた。
「手荒な真似をして悪かった。
君が欲しくて欲しくて…僕はもう我慢の限界だったんだよ」
「欲しくてって…何か勘違いしてませんか」
「勘違い?」
きょとんと首を傾げる男に「僕は男だよ」とため息を吐き出す。
だから馬鹿げた誘拐なんて止めてと繋げようとすると「知ってるさ」と笑われた。
「は?」
「分かってるよベルリッツ・リーガングくん。
君は男で、本当はそのドレスも着たくて着ている訳じゃ無い事も」
男は両手を広げて微笑んだ。
「じゃあ…どうして」
「どうして?決まってるじゃないか…僕は男の君が好きなんだ」
頬を染めて言う男の言葉に、僕は危険を感じて回れ右をした。
ちょうど後ろには扉がある。
急いでここから出なくてはと心の中で警報が鳴る。
「だーめ、逃がさないよ…ベルリッツ」
扉にかけた手の上に男は手のひらを重ねて、耳元で囁くように呟いた。
「君はもう逃げられない、僕とすごく気持ちの良い事…したくない?」
「したくないに決まってるだろ!!?」
「なあに、怖いのは初めだけさ…準備はじっくり…そうだなあ、君が欲しいって言うまでゆっくり慣らしてあげるよ」
「何をだよ!?」
「そんなに怯えなくても良いんだよ、ベル…」
正面に回って来た男の顔は、恍惚と頬を染めて自身の悦に浸っている。
だめだ話しにならない。
そしてそれ以上顔を寄せて来るなっ!!
僕は必死に抵抗した。
すると、どこからか馬の蹄が土を削る音がしてハッとした。
「ベル!そこか!」
「団長!!んぐっ」
「ちょっ、だめだよベルくん大人しく…」
男の声にかぶさるようにして、扉は馬に蹴られて後方に飛び去った。
危なかった…もしあのまま扉の前に居たら、僕もろとも扉は飛んで行っただろう。
「無事か」
「ど、どうにか」
馬から降りた団長は、僕に羽織っていたマントを被せると「後ろに居ろ」と肩を抱いた。
それに大人しく従いながら、団長は男と対峙する。
「…やっぱり、あんたが追い掛けて来るか……」
「七番隊のカミナ・ローウェンだな」
「はい、俺は…僕は、男として男のベルリッツが好きだ。
恋情に口挟まないでくれませんか、団長」
はっきりと、カミナと呼ばれた男は団長に向かってそう言った。
僕と団長と言えば、ぽかんと口を開けたまま。
「ベルのなんと愛らしい事かっ!
訓練に身を投じるその健気さ、フアナジア様を前にした時の使命感からのきらめく瞳、そして何より薄いながらも洗礼された筋肉や、微笑んだ時のはにかみ!!」
「おい待て…」
「ああ可愛い、ベル可愛い!!」
グッと拳を握り涙を流す。
…正直、怖い。
僕は団長の後ろに隠れた。
「そもそも今回は女の格好をさせるなんてとんでもない事をするから、またこれでベルリッツのファンが増えてしまったじゃないですか!!」
「それを俺に言うな!!」
「あ、でもそのドレスもとても良く似合っていると思うよ。
すごく可愛い」
「………………」
僕の目は死んで行く。
「こほん…それで、……なんだ、これは。
どうすれば良いんだベルリッツ」
「出来れば早く帰りたいんですが…」
「俺もだ」
ひそひそと団長とやり取りをしていると「ベル!俺の気持ちを聞いてくれ」とまだ言い足りないらしいカミナが目の前までやって来る。
「俺…本当に、お前の事が好きなんだ。
愛おしくて、愛おし過ぎて…それこそ狂いそうなくらいに。
……俺と付き合って欲しい」
「ごめんなさい」
「はやっ!?考えてもくれないのか!?」
カミナは涙を流しながら僕の手を取る。
…馬鹿なだけで悪い奴なのでは無いのかもしれない。
「あのねカミナ、僕は男だし好きになるのは女の人だよ。
それに僕はまだ道半ばで誰かと一緒になるつもりは無い」
「それでも良いよ、都合の良いセフレとかでも!!」
笑顔で言い切ったカミナに、団長のげんこつと僕の腹パンがクリーンヒットした。
「君ねえ…」
「ベルリッツ」
呆れて溜息を吐くと、低い声で団長が呟いた。
「結論は」
「怖がらせてしまったので、後日フアナジア様に謝りに行くと言う事で」
「お前は良いのか、ここまでされたんだ。
除名くらいならば俺が後押しするぞ」
「そんなっ!?ベルと同じ空間に居られないなんて死んだ方がマシだ!!」
「もういっそ死んで下さい」
「うっ、笑顔で毒を吐くベルも可愛い」
「死なないだろうあんた」
僕は溜息を吐き出して「ご迷惑をお掛けしました」と団長へと頭を下げた。
団長も溜息を吐き出して「後日処遇を言い渡す」とカミナに告げて、僕を馬に乗せ上げると団長もひらりと飛び乗った。
「寮まで送ろう、その前に着替えるか」
「そうですね…確かユフィーさんが、特別隊の部屋に着替えを用意して下さってるので」
「分かった」
その声に安心して、僕はホッと胸を撫で下ろす。
……パーティは結局よく分からないままに終了。
最後の最後に本当に意味の分からない誘拐事件が勃発し、その終わりも変なものだった。
…なんと言うか、やはり男の格好で参加すれば良かったと今更ながらにもっと反対すれば良かったなと後悔したのであった。