第四話
僕は囲まれていた。
正しくはフアナジア様に挨拶中の貴族達に。
お嬢様への挨拶もそこそこに、目が怖い男達の手や声が周りに展開していた。
「君がベルリッツさんだよね?
いやあ、噂には聞いていたけれど本当に可愛らしい」
「こんな細腕で剣が握れるのかい?
辛いなら、僕の家でメイドにしてあげようか?」
「あ、いえ…結構です」
声は地声で、女の人よりもちろん低いと思うんだけど…中々バレない。
それもこれも、ユフィーさんやソフィーさん、そしてお嬢様の誤魔化しの技術の高さなんだろうけれど。
僕も一応男な訳で…そう言った気持ち悪い視線と言うか、下心丸出しの男達の行為が見て取れてげんなりだ。
こんな自分なんかに…本当に、気持ち悪い。
「……ベル?大丈夫?」
心配そうなお嬢様の声に、僕は一つ息を吐き出して微笑んで見せた。
「大丈夫ですよ、お嬢様」
「そうだ!ベルさん、ダンスはどうですか?
よろしければ一曲、お相手願いたい」
人並みから一人現れ、僕の前に跪く。
げ、と顔を顰めた。
それを皮切りに二人、三人と跪く人数が増えて行く。
勘弁してえええ
「……フアナジア」
「あら!お兄様!」
「…団長……」
その中から革靴を鳴らしながら現れた団長は、僕の手を取って後ろに居る男達へと睨み付ける。
「こいつはフアナジアの護衛として居る。
ダンスの誘いなど論外だ」
「団長…!」
僕は嬉しくなって団長を見上げた。
やはり団長は頼りになる。
どうしようもなくて最終的に踊らなくちゃいけないのかなと思っていたので余計に感動した。
団長はそのまま僕とお嬢様の手を取ると、ベランダまで来た。
そしてくるりと振り返って「アホか!」と怒鳴られた。
「えっ」
びくりと肩を揺らして団長を見上げると「あれくらい一人で対処しろ」と目が怒っている。
確かに、どのような不測の事態にも対処する為の特別隊なのに、今の僕は男達に囲まれてどうする事も出来なかった。
いや、確かに這い回る手だったりよこしまな視線とかは本当に気持ち悪かったけれど…もしもの時お嬢様を守れないとせっかく特別隊の一員になれたと言うのも意味の無い事になってしまう。
それだけはごめんだ。
「……すみませんでした」
深く頭を下げると、団長から怒りのオーラはどんどんと消えて行った。
そしてぽんと頭に手を置いて「まあ、よく我慢したな」と声を掛けてくれた。
「お兄様!ベルは…」
「みなまで言うな、分かっている。
そもそもその格好で剣を抜くと、その場にいる奴らは思い知るだろうな。
だがまあ、今回はこいつのワガママに付き合わせる形だから、問題だけは起こしてくれるなよ」
お嬢様の頭にも手を置いて、団長は去って行った。
僕とお嬢様は首を傾げながら「どういう意味でしょうね」と呟いた。
「ソフィー、ユフィー?
あなた達どこに行ってたの?」
ベランダから会場へ戻ると、げんなりした双子上司を見付けたので近寄る。
そこでは「ああ」と疲れた様子の二人がワインを一気飲みしていた。
「今日はどこに行ってもベルちゃんの話題で持ち切りでさあ〜」
「挨拶する人挨拶する人、「君のところの特別隊に居る、ベルリッツさん?可愛い子だよねえ。普段どこに居るんだい?」とか「今度君のところのベルリッツさんを貸してくれよ、色々聞きたい事があるんだ」とか「あの子彼氏居るの?」とか…もー全部全部ぜえええんぶ!ベルちゃんの話題ばっか!!!!
知るか!!本人に聞け!!」
「うわあ…」
僕も眉を顰めて、一定の距離から近付いて来ない男達を振り返った。
瞬間的に視線を逸らしてあらぬ方向へと向く。
「本当、大人気だよね〜」
「要らん人気ですよ…」
「でもベル、可愛いよ!」
両手を握り締め、なぜか慰められる。
僕としてはもしもこのまま叔父に会う事になったらとはらはらが止まらない。
「あ、そうだベルく…ベルちゃん。
あなたの叔父上に会ったわよ?
伝言を預かってるわ」
「え?叔父ですか?」
驚いてソフィーさんに振り向くと「しばらく会わない間に随分と成長したようで安心した、また休みが取れたら一度屋敷に戻っておいでだってさ」と笑う。
「あと」
「へ?」
「あれ、本当に甥っ子ですか?って聞かれたから。
間違い無く本人ですよって訂正しておいたからね」
「感謝します」
あとから弁解が追い付けば良いが。
ユフィーさんから飲み物を頂きながら、僕はお嬢様と双子上司と共に席に向かう。
時間的にもそろそろお開きに近い時間で、その後パーティは予定通り終了した。
団長と副団長がお嬢様を迎えに来るらしく、ユフィーさんとソフィーさんは後始末があるようで僕がお嬢様を任された。
不思議で妙なパーティがようやく終わる。
僕はお嬢様と団長達を待つ為、会場の外にあるバルコニーに居た。
「あー!今日はとても楽しかったわ!
パーティ中ずーっとベルと一緒だったものね!」
「はい、僕も楽しかったです」
笑顔のフアナジア様を見て、僕も自然と微笑んだ。
今日改めて思ったのは、フアナジア様はやはり聡明な方なのだと言う事だ。
挨拶に来る貴族達を見る目は子供の無邪気な笑みなどでは無く、王族として彼等の行動など言葉の裏を探しながら話していた。
子供らしく無邪気な笑みで笑ういつものフアナジア様とは少し違う一面を見た。
「…ベルは」
「失礼します」
フアナジア様の声を遮り、誰かの声がバルコニーに響く。
団長とも副団長とも違う低い声に、僕は少し警戒してフアナジア様の前に出た。
「何かご用でしょうか」
「……貴女がベルリッツ・リーガング様ですね?」
「ええ」
僕に用か?と首を傾げると同時に、男は間合いを詰めて来た。
とっさの事だったが、日頃から訓練を重ねて来た甲斐あって相手の動きは良く見えた。
「ベル!」
「大丈夫です、お嬢様」
声だけを届け、僕は突進して来た男からナイフを取り上げる。
バルコニーの端に蹴って飛ばすと、男は気味の悪い笑みを浮かべた。
「……やはり、やはりやはりやはり…」
「べ、ベル…」
男の行動に恐怖を感じたのか、お嬢様はバルコニーの端で固まっている。
僕も油断せず構えて、男の方を見た。
「……くくっ、ハッハァ!」
狂ったように声を上げ、男はまたも突進して来た。
躱そうかとも考えたが後ろにはお嬢様がいる。
僕は今丸腰で、しかもドレス姿だ。
しかし迷っている時間も無いので、相手を投げる事にした。
「……わっ」
「ベル!!」
そう言えば靴がいつもと違うんだった。
慣れないヒールに足を取られ、僕は転ぶかと思いきや…男にひょいと姫抱きにされてバルコニーを飛び降りる。
「へ?わー!!何してるんだ!!離せ!!離せっ!!」
「大人しくしててくれよぉー、ベルちゃん……」
にやりと気持ちの悪い笑みを向けられて、僕はぞわぞわと寒気に身を震わせた。
こいつ…僕を女だと完全に勘違いしているっ!!
遠くで聞こえるお嬢様の声に応えたいが、足をくじいたらしくじわじわと熱を持って来た足に触れた。
どこまで連れて行かれるのか…僕はその後の展開に青ざめながら男の腕の中で暴れる。