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第三話

「…と、言う風に。お嬢様は最近も元気にお過ごしです」


「そうか」


書類に目を通しながら、団長は返事を返す。

僕も持って来た書類に目を通しながら、団長の言葉を待つ。


十分経過。


二十分経過。


「団長、紅茶淹れましょうか」


「ああ、頼む」


十分経過。


二十分経過。


「………今度のクリスマスパーティーだが、お前もお前の双子の上司もフアナジアの護衛として正装で参加しろ」


「では特別隊全員で、ですね。かしこまりました、アルベローナ様」


「様を付けるな。……ベルリッツ」


「ベルです、団長」


にっこりと微笑むが、団長はむっつりと黙り込む。

僕の誕生日から二ヶ月後の今日、僕はフアナジア様の近況を伝えるべく団長室へと来ていた。

今日の報告はフアナジア様の最近の行動と、今月王家主催で行われるクリスマスパーティーの予定。

団長の決定でたった今、僕や双子上司のユフィーさんとソフィーさんもそのクリスマスパーティーでフアナジア様の護衛として参加する事になった。

ユフィーさん曰く僕達も行く事になるだろうと言われていたので、その返事も素直に頷けた。


「べ、…ベル」


「はい?」


「用は以上だ、さっさと持ち場に戻れ!!」


照れ隠しだと言うことはユフィーさんに聞いていて分かっているので、僕は笑いながら「失礼します」と言って部屋を出た。


「ベル!!!」


「あっはい」


かと思えば怒鳴られて、僕は慌てて部屋に入ろうと足を踏み入れる。


「肝心な書類を忘れているぞ」


「ああ…申し訳ありません、アルベローナ様」


「様を付けるな!…もしくは団長で統一しろ」


疲れたように笑って、パコンと丸めた書類で頭を叩かれた。

その書類を受け取って、僕は今度こそ団長の部屋を出た。


兵舎より十分少々で、兵舎内特別隊の部屋に戻る。

落ち着いた色合いの扉を潜ると、魔力を宿すと言われている稀色…銀の髪と瞳を持つこの国の末姫。

僕の主であるフアナジア様が飛び付いて来た。


「べぇえええるうううううっ!!!!」


「むおっ、お、お嬢様…」


片腕で抱き上げて、人差し指を立てる。


「めっ!ですよ、お嬢様!僕が飲み物を持っていたらどうします。

お嬢様にかかってしまったら、僕は悲しくて泣いてしまいますよ」


「あ…ごめんなさい、ベルが帰って来たんだって嬉しくって…」


「次からは少し、気を付けましょうね、お嬢様」


にっこりと微笑むと、お嬢様も微笑んだ。

部屋を覗き込むと、例の如く双子上司の姿が見えず、お嬢様を抱き上げながら首を傾げた。


「ユフィーさんとソフィーさんはまたどこかへ行ってるんですか?」


「ユフィーは厩舎ソフィーは城下の工房にお荷物受け取りに行ってくるって」


僕の腕から床へと見事に着地すると、くるりと振り返って笑顔で首を傾げた。


「ベルは一つお仕事終わってお疲れ様ね?私がお茶を淹れてあげるっ」


「わあ、ありがとうございますお嬢様」


ここ何週間かでお嬢様は、ソフィーさんにお茶の淹れ方を教わっているようで、事ある度に淹れていただいている。

城下町にある茶屋や、兄上であるアルベローナ様の部屋に行ってわざわざ紅茶を淹れに行って差し上げるほどにハマっているらしく、僕はただただ嬉しい思いで見守っていた。


「ベルはお砂糖いっぱいミルクもいっぱいだよね?」


「はい。甘い紅茶が大好きです」


「私もー!」


にこにこと上機嫌でカップにミルクを注ぐと「出来ました!」と自信満々に仁王立ち。

最近出来ることが増えて来たお嬢様の得意のポーズだ。

そんなお嬢様も変わらず可愛らしいので「ありがとうございます」とお礼を言って口を付けた。


「あ、そうでしたお嬢様。隊長からお聞きしたのですが。

今度のクリスマスパーティー、僕達特別隊もご一緒する事になりましたよ」


「ええっ、本当!?」


「はい。ソフィーさんとユフィーさんも一緒に、正装で」


「正装ですって…っ!!?」


きらりと光った稀色の瞳に、僕はカップを持ったまま首を傾げた。

その場でワナワナと震えていると「ちょっとお兄様のところに行って来る」と言って部屋を飛び出して行った。


「…お嬢様?」


きょとんと成り行きを見送って、すぐに戻って来てくれればいいなと寂しく思いながら紅茶を飲み干した。



一方その頃、兵舎の隊長室では。

稀色の髪を宿す少女が兄の首を絞めながら涙ながらに説得を繰り広げていた。


「…締まっているんだが」


「お兄様ああああ!!!お願い、お願いお願いお願いいいいい!!!」


「はあ」


小さく溜め息をついてフアナジアを抱き上げると、乱れたタイを引き締め直して問い掛けた。


「またあいつを甘やかせて…」


「だって一緒にクリスマスパーティーに出れるって事はそう言う事よね!?」


「何を勘違いしているのか分からないが…奴等を呼んだのはただお前の護衛をさせる為だ。

本来なら公休であった三人を……」


「でもお兄様!今回のクリスマスパーティーに双子と…あのベルが来たら……すごい事になるだろうって想像は付いているでしょう?

だったらもういっそのこと…私の側近だって公表して正装もバージョンアップさせましょうよ!!

ユフィーとソフィーに頼んで作ってもらうとか…」


「待て」


ぎらりと光った少女とは異なる金の瞳に、少女は黙る。


「もうお前は王家の末姫として正式に見合いの場を設けても良い年頃。

それを魔女の再来と謳い喚き散らす貴族を差し置いて王城では無く兵舎で匿っている条件を忘れたのか、フアナジア?」


「……忘れていたわけじゃないわ」


「ベルの働きは目を見張るものがある。俺が聖騎士団に所属を許そうと思うくらいにはな。

しかしフアナジア、お前があいつを甘やかせば甘やかすほど、周りの視線はあいつに向かう事になるのだぞ。

ぽっとでの新人騎士が末姫の護衛をしていると言う噂が立ってもう半年以上…噂の一人歩きで尾ひれがついて、最近では女が男装しているのではないかと言う噂も耳にする」


「…それは私にはどうしようもないと思うの」


「とにかく」


コホンと咳晴らしをして、アルベローナはフアナジアの頭を撫でた。


「お前は賢い子だ。私の言いたい事が分かるな?」


「……分かったわ、お兄様」


肩から力を抜くと銀の瞳を煌めかせてぐっと握り拳を作った。


「ベルには女装して貰って、今回のパーティーに一緒に来てもらうのねっ」


「は?」


どうしてそうなったと言う言葉を吐き出す前に「待っててお兄様、ユフィーとソフィーに頼んで来るから!」と言って突風のように去って行った。


「…あいつは男…だよな?」


あまりの出来事に軽い頭痛を覚えながら、アルベローナは深く深く溜め息を吐き出してフアナジアの従者の一人に黙礼した。



「絶対に嫌ですっ」


「ええーっ、どうしてえ!?」


「似合うと思うわよ?」


「似合うようにコーディネートするよ?」


不満げなフアナジアの叫びの後の双子上司の言葉にも「嫌です」と言って首を振る。


「僕は男ですよ?それなのに女装だなんて…」


「ベル君女顔だし、全く問題ないと思うよ?」


「無いのも困るんですがっ」


「それに最近の流行は細身のシルエットだし、ボンキュッボンより誤魔化しやすくない?

剣で鍛えてるだけあって少し筋肉は付いてるけど…それでも華奢だしね、ベル君は」


「女性のソフィーさんに言われたくないですよ…」


涙涙の講義も、珍しく譲っていただけない様子のフアナジア様からの数少ない「命令」によって、僕はせっかくのクリスマスパーティーに女装して行く事になってしまった。

…王家主催の段階で叔父さんが行く事に間違いは無いだろうし…そもそもどうしてこんな大きなパーティーで女装なんて罰ゲームをしなくてはいけないんだろうと軽く悲しくなって来た。

しかしなぜだか必死なお嬢様のお願いを聞き入れるのは仕方の無い事で、目前に迫ったパーティーを欠席なんて出来ない。

…僕は、腹を括る事にした。



クリスマス…古くは大陸を又に駆ける飛龍に乗った青年が先祖と言われている「サンタクロース」が、大陸中の子供達に分け隔てなくプレゼントを配ると言う狂気じみた行いをする日だと、カレンダーには記載されている今日。

そして王家主催のクリスマスパーティーの日だ。

僕としては少し情けない醜態を王族に見られる恐ろしい日なのだが、フアナジア様のテンションは午前中から頂点に達していた。


「…ベル、パーティーはまだかしら…」


「まだお昼ですから…パーティーは夕方からですし、準備の時間も考えると…あと三時間後にはフアナジア様は一度お城に戻らなくてはいけませんね」


「はあ…一時とは言え、パーティーまでベルに会えないのね」


しゅんとしたお嬢様に声を掛けようとするも「でもっ!パーティーではベルちゃんに会えるものねっ」と銀の瞳を輝かせるお嬢様に、僕は項垂れた。

…昨日、恐ろしいまでの速さで双子上司が完成させたのはどこからどう見ても女性用のドレスで、丈を図ったりしたから当たり前かもしれないけれどものの見事にぴったりで怖いくらいで…しかもフアナジア様の私財を投げ打って仕立てたと言うのだから、何とも言えない。

僕としては静かにひっそりとしているだけで良かったのだけど…。


「……あっれー、ベル君?もしかしてまだ覚悟決まってないのー?」


「ユフィーさん…」


双子上司の片割れであるユフィーさんが、紅茶のカップを僕に手渡しながら問い掛ける。


「着たでしょ?バッチリだったでしょ?ウィッグはソフィーの用意している無難なのにするから問題ないでしょ?」


「心の問題ですから…そう簡単には踏ん切りがつきませんよ…。

それに、兵舎で僕が女に間違われるわけ無いのに団長まで心配してましたし。

……無心で居るしかないですよね、本当…」


「遠い目しちゃってますけどお嬢、どうします?蹴っ飛ばしちゃいます?」


「だめーっ!」


椅子から飛び降りて来たフアナジア様が僕の前に立って「パーティーではベルに、男の指一本でも触れさせない」と力強い発言。


「今日のパーティー、楽しもうね、ベル!」


「……はい、お嬢様」


僕は女装云々の事はひとまず頭の片隅に放置して、お嬢様の楽しいと思う事に集中しようと頷いた。



パーティーの一切は王家の広間で執り行われる。

最上級のおもてなしと料理が並ぶこの場所は僕には分不相応だけど…それでも、どんな格好をしていたとしても、この場で起こる何事にも完全に対処出来得る状態でなくては特別隊とは呼べない。

そう…固く誓って来たんだけど……。



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