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第二話

「…ベルー、ねえベル、ベルったら!」


「はいはい、こちらに」


僕は苦笑しつつ、フアナジア様の傍に跪く。

小さな身体には大きすぎる一人掛けの椅子へと座っているフアナジア様へと声をかけた。


「あと数十分の辛抱ですので、我慢して下さい」


「やだやだ、もう飽きたわ」


ぷくっとまろやかな頬に空気をため込んで、座席から僕の方へと身体を動かす。


「あわわ、ダメですよフアナジア様!もう少しの辛抱ですから!」


無理矢理座り直させて、耳元で最後のダメ押しをする。


「この後ふわふわとろとろのオムライスを作って差し上げますから」


「っ!」


フアナジア様に仕えて早半年。

季節は僕が騎士団試験を受けて騎士団入りをした梅雨を超え、もうすぐ十一月へと入ろうと言う時。

最近は寒くなって来て、最近まで夏服だった隊服もずいぶん色々な生地を増やした。

直属の上司であり教官であるソフィーさんとユフィーさんの実家が仕立て屋で、兄であり僕のさらに上の上司であるアルベローナ様…じゃなくて、隊長の許可をもぎ取って来たフアナジア様監修の元、特別隊では夏服と冬服を総入れ替えした。

格式高い黒と赤を基調とした色合いはそのままに、よりスタイリッシュになった隊服は他の部隊からも羨ましがられるから嫌な訳では無いんだけど、こんな先走ってて良いのかなと不安にもなる。

だけど僕の護衛するフアナジア様は、単純にして複雑な方だった。

今のように目の前にエサをぶらつかせると、思った以上に全力で食いつく。


「分かったわ、じゃあこれが終わったらオムライスよ!」


「はい、楽しみにしておいてくださいね」


僕はようやく一息付いた。

まだ五歳にして王家の末娘として出席すべき場所は多い。

フアナジア様は他の兄上姉上様方とは違い、セルランデにまつわる魔女の再来だと言われている。

この世界には魔法と呼ばれる不思議な力を使う種族が居たといわれていて、今も深い森や忘れ去られた廃村などには魔族と呼ばれる種族が居る。

彼らは時に人間を襲うが、それは恐怖心からであって彼らから人間を襲う事は無いと言われている。

彼ら魔族の使う魔法は、元々人間にあった力を食った魔族と人間との間に出来た子供が使えたのだと伝えられているのだが、どれもこれも確証には少し足りず。

今も専門の学者が調べている途中だ。


銀の髪と銀の瞳は魔力を体内に秘めていると言う証拠なのだそうで、フアナジア様はこの色を気に入っているらしい。


「…はあー、疲れた」


「お疲れさまでした」


僕は微笑んでフアナジア様を抱き上げる。

早速会議に参加していたお偉い所の王子達がフアナジア様に近付こうとしたので、僕は彼らに「お疲れさまでした」と礼をすると足早に会議室を後にした。

むしろ清々しい程の舌打ちを聞きながら、僕とフアナジア様はくすくす笑い合いながら兵舎へと戻る。


王城にある会議室から兵舎までは歩きで十五分ほど。

小さく軽いフアナジア様は子猫並みの軽さなので、僕はいつもフアナジア様の要望通りに抱っこで移動している。


「ただいま帰りました」


「「お帰りなーさい!!」」


「ソフィー、喉が渇いたわ」


「はいはい今ローズヒップティーを淹れますねー!!」


「ユフィー、昨日言っていたお菓子どこに置いたかしら」


「戸棚のところですねー、今持って行きますからしばしお待ちをー!!」


部屋に入るや否やハイテンションでフアナジア様を迎えたソフィーさんとユフィーさんは、僕を見て首を傾げた。


「…あのー…何か?」


困ってしまって僕も首を傾げると、双方から「なんでかなー」と言う変な唸り声をいただく事になった。


「お嬢様ってば私達にはちゃんと頼ってくれてるんだけど甘えが無いのよね甘えがー」


「そうそう、お嬢ってば俺達には抱っこなんてさせてくんないもんなー」


「…そう言われても…」


「そうよ、そんな事どうだって良いでしょ?

私はベルが良いのー、ベルが好きなのー、お兄様よりも、お父様よりも!!」


そう言って無邪気に微笑むフアナジア様に「ありがとうございます」と僕も微笑む。


「もおおぅっ!!こいつこいつ!このはんにゃり笑顔!?お嬢様はこのはんにゃり笑顔が好きなのですかっ!?

男らしく無いこのはんにゃりがっ!!!」


「軟弱者おおぅっ!!騎士たる者いつでもワイルドなお鬚を生やしダンディに生きなければ!!」


「ええー、はんにゃりはひどいですよソフィーさん!

僕元々顔立ちは母似なので精悍…とは程遠いですが、それでも男らしく無いって言うのもひどいです!

あっとユフィーさん、髭は要らない。まず生えて来ない体質なんです」


言い返すも、双子上司の暴走は止まらない。


「私の家は代々武闘派ですから筋肉も堅いし胸も無いからドレスは似合わないし…だけど母性が無くてもお嬢様には愛されていると思っていたのに…なあのにぽっとでの優男に一年かけて築き上げた愛情の塔をぽっきり折られて私達の地位を脅かされているなんてえええええ」


「俺達お嬢と一年一緒に居たけど、抱っこしてーとか甘えられる事って本当に無かったもんなー。

精々どこどこのデザートが食べたいだとか、それくらい?ベル君って母性でも体内で育ててんの?」


「育ててませんよ、育ててるのは騎士道ですから」


「騎士道ねえ…今時流行らないわよー、そんなの」


「流行る流行らないとかじゃなしに、格好良いじゃ無いですか。

おとぎ話に出てくる騎士って、お姫様を救ったり悪い奴らから町を救ったり…」


思い出せばいくらでもエピソードを語れるほどにたくさんの本を読んだ。

小さな時から騎士が出てくる物語はすべて図書館で読破して来た。

僕は今もその騎士道を追い駆けているのだ。


「それに、お、…お嬢様もお姫様ですもんね。

僕、ちゃんとお護りしますよ」


「ベル…」


「まあだお嬢様呼び慣れてないか」


「初心だねえ。ベル君可愛いねえ」


うっとりと見げてくるフアナジア様と、ケッと毒を吐き出したソフィーさんと。

まるでお爺ちゃんのように頷いている上司を見て唸る。


「だって…お名前呼びは慣れましたし呼び慣れましたけど、お…お嬢様ってなんだか恥ずかしくて…」


顔全体に熱が集まって来て、僕は恥ずかしくなって両手で顔を覆うと後ろを向いた。


「ベル君顔真っ赤っかー♪」


「わー!止めて、言わないで下さいー!!」


「ベル…可愛い」


「何事だ騒々しい」


「ぅひゃあ!!団長!?」


いきなり背後に現れた団長に驚いてバランスを崩し、僕はそのまま真後ろに倒れた。


「いてて…」


「ベル大丈夫!?もうっお兄様!ベルが怪我をしたらどうするの!?」


「あ…泣かないで下さいフアナジア様、僕が悪いんですから」


「でも…」


涙を浮かべる銀の瞳が綺麗で、僕はにっこりと微笑むと立ち上がった。


「ほら、全然平気です。怪我は無いです。

だから…泣かないで、せっかくの可愛らしいお顔が、台無しになっちゃうじゃ無いですか」


親指で優しく目尻を拭うと、フアナジア様は顔を赤くして微笑んだ。


「…って、ぇえええ!!なんで!どうして首を絞めるんですか団長!?!?」


「良く俺の目の前で妹に手を出したな、殺す」


「ほらほらお嬢様、こっちで一緒にショコラでも食べましょう?

あんな天然たらし放って置いてー」


「ベル君って可愛くて整った顔してるからブサ男にいじめられるパターンだけど、大体の事ってその天然たらしが原因だよねー。

団長も時々、ベル君にドキッとする時あるでしょー」


「…ふざけるな、ユフィー。貴様も一緒に殺す」


「いていていていて、でもちょっと間がありましたてててててて」


団長は片方の腕で僕の首を絞めると、もう片方の腕でユフィーさんの首を絞め始めた。

さっきから言われていることは良く分からないけれど、でも良い事を言われている訳じゃ無いようだ。


「だだだだ団長、首、締まってますから、死んじゃいますってば…」


「そのまま死んでしまえ」


「でもその、じゃあ団長にもう言えなくなっちゃいますし」


「…何をだ?」


訝しげに首を傾げる団長に「ありがとうございます」とどうにかして微笑む。


「お嬢様と出会えた事も、ソフィーさんとユフィーさんと出会えた事も。

すべては団長が僕をこの特別隊に入れる事を許可して下さったからです。

僕は、団長に出会えて、良かったで…っわあああ!!」


ずてんと尻から落ちた。

なんで今日はこんなに色々なところをぶつけるんだろうと首を捻ると、またも涙を浮かべたフアナジア様がすっ飛んで来る。


「ベル!!」


「あ、大丈夫ですよ。ちょっと驚いただけですから」


「ごめんなさいね、お兄様が…って、お兄様?どうしてお顔が真っ赤なの?」


僕も顔を上げると、目の前に迫った白い皮手袋が僕の顔を覆った。


「ふぐぅっ」


「顔を上げるな軟弱者」


「はっへ、へふうははひひへふんへふはっ!!」


「はっはっは、何を言っているかさっぱりだな。

それでは俺はこれで失礼する。ベルリッツ、貴様はもう少し男気を磨け」


団長はそれだけ言うと、ぺいっと僕をソファの上に投げて部屋を出て行った。


「いったー…団長ってば俺にはキツイなー」


「ソファで良かった…ユフィーさん怪我は?」


立ち上がって手を差し伸べると、にっこりと微笑んで「平気だよ」と自分で立ち上がった。

見た所怪我は無いようで、さすが団長…部下の怪我の具合をも見破って加減出来るとは素晴らしいと別の意味で感心した。


「お兄様ってば…ベルにばっかり八つ当たりして…っ!!」


「大丈夫ですよフアナジア様、団長手加減してくれてるし」


「そうそう、こいつだけソファとか団長もバレバレだねー」


ソフィーさんが手を振りつつユフィーさんの肩を押す。


「そうだオムライス…僕ちょっとお昼ご飯にオムライス作って来るのでちょっと待っててもらっても良いですか?」


「なになに、今日のお昼ご飯オムライスなの?俺も手伝う?」


身を乗り出して来たユフィーさんに首を振りつつ「平気ですよ」と返して、僕は部屋を出る。

要望はフアナジア様の大好きなふわふわとろとろのオムライスだ。

小さい頃から働きに出てくれていた母さんに代わり、家事の一切は僕がやって来たので家事能力には自信がある。

今回のようにお昼ご飯を用意するのも特別隊のお仕事の内で、朝は兵舎に入ると同時に兵舎内の会議に参加し、変わった事が無かったか団長に報告する。

その後は騎士団全員で朝稽古。昼前には終わる。

シャワーで汗を流して、僕と双子上司はようやくフアナジア様の居る特別隊準備室へと向かい、笑顔で迎えられるのだ。

兵舎の地下一階にはこの兵舎に居る騎士専用の厨房がある。

様々な職務を全うする騎士達も、城下町へ出てお昼ご飯を食べる人。材料を買って作る人と分かれているのだ。


そんな中、残念な事に男の人が九割を占めるこの男所帯で料理の腕を持つ者は少なく、僕の隊にはユフィーさんもソフィーさんも料理が出来る人が居るが…大体の人はこの厨房を使う事は無いみたいだ。

せっかく広くて綺麗で使いやすいのに、もったいない。


そう心の中でぼやいていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。


「よう、ベルじゃないか!」


「ヴァルか…今日はこっちなんだね」


くすんだ金髪の青年…コーウェル男爵の息子であるヴァリザムが厨房に顔を出した。

そしてぼくの手元を覗き込みながら「今日の昼飯は何にするんだ?」と聞いて来る。

あの一件からすっかり仲良くなって、休日には良く城下へ案内してくれる彼も、実は料理が出来るのだ。

目の前のカゴに入った卵を見て「オムライス?」と聞くので「そうだよ」と笑って返す。


「それ貰っても良い?俺のところもオムライスにする」


言いつつも倉庫から卵や玉ねぎなどを取り出してくるので「もちろん良いよ」と微笑んだ。


「そっちはどう?楽しくやってる?」


作業の手を休めずに聞くと、ヴァルは物凄く難しい顔をした。


「いや…楽しく無い事は無いんだ、むしろ恵まれた職場だと思うし…だけど、パシリ感がすごい」


真顔で返すヴァルに「あー…」と返答に詰まる。


ヴァルの職場は第二地区警ら隊だ。

この王都は第一地区から第五十三地区まで区切られていて、第一地区から順に王都を離れて行く。

つまり第二地区は兵舎からほど近く、朝出て行って昼にご飯を食べに帰って来て晩には交代要員を立たせて残りが帰って来ると言う風な感じだ。

それに比べて第二地区警ら隊は九人と言う人数の仲で七人が女性と言う高密度の女性隊なのだ。

どちらかと言うと男らしい顔をしたヴァルがその隊に配備されたのには、何か訳があるらしいのだが…どうしても教えてくれない。


「まあ、好きにやれるだろう、きっと…そうだ、俺が良い子にしてたら良い話しだからな…」


「ヴァル?やつれてるよ?大丈夫?」


余りにも目の下のクマが気になって声をかけると「放って置け」と言うさっきも聞いた団長の声が聞こえた。

ヴァルはフライパンを落としそうになって空中でキャッチ。…良かった。


「何を踊ってるんだ貴様は」


「団長がいきなり現れるからでしょう!?」


「まあまあ落ち着いて、焦げちゃうよ」


僕は隣のコンロで悠々とフライパンを振るう。


「団長もお昼ご飯ですか?」


「まあな…だが面倒だからパンでも貰おうかと思って降りて来たところだ」


「え、じゃあオムライスで良ければ作りますよ?どうせ皆さんの分作りますし…なんなら僕らと一緒に食べませんか?」


「…………いや、」


「お嬢様から聞きましたよ?この間の早朝会議に出席なさって居なかったのって前日から朝昼晩とご飯を抜いたからですってね?ご飯を食べなきゃ力は出ませんし、団長は僕達騎士団の要ですよ?皆さんどれだけ心配したと思ってるんですか?いくら忙しくてもサンドウィッチくらい放り込めますよね?もしかして今日の朝も抜いてるんじゃないですか??」


にこにことフライパンを振るいながら微笑むと、団長は「朝は…コーヒーを飲んだ」と良い訳しようとする。


「コーヒーは飲み物であって食べ物じゃ無いです」


「しかし早朝会議の為の書類がだな…」


「副団長がおっしゃっていましたが…どうして団長は頼ってくれないのかってぼやいてましたよ?

団長が完璧主義者なのは良く分かります。ですけど、一人で抱え込みすぎたら皆に心配をかけるだけです。

人には得意不得意があるでしょう?その苦手なところが得意な人だっているんですから…適材適所、臨機応変に割り振って下さらないと」


そう言って、オムライスの上にパセリを乗せたお皿を団長に手渡す。


「お皿は特別隊へ返しに来てください。その時にお嬢様の喜ぶお菓子があれば嬉しいです」


「…善処しよう」


団長は少しだけ微笑んで僕の頭を撫でると、そのまま厨房を出て行った。


「…さってと、ヴァル僕は先に行くよ?九人分だっけ…頑張ってね!」


「今の壮絶なお前を見た後だから少し怖いけど…ま、うん…頑張るよ」


ヴァルが何の事を言っているのか分からなかったから首を傾げて、僕はワゴンに積み込んだオムライス達を運ぶ。

地下から上がって行くと、階段のところにユフィーさんが立っていて手を振ってくれていた。


「どうしたんです?…あ、もしかして遅かったですか?」


「ぜーんぜんそんな事無いんだけど、なんか楽しそうな事になってたっぽかったから見に来たの」


「楽しそうな事?」


ただ厨房に行って二人と少し話してただけだと思うんだけど…何かあったのかな?


「何かありました?」


「うん、楽しい事あったよ。あああ…楽しかったなー」


嬉しそうにスキップしながらワゴンを引くユフィーさんに、僕はやっぱりまだこの人達の事良く分かってないんだなと思い知った。


三時になる少し前、そろそろ団長が来る頃かなと重い席を立つと、ソファで横になっていたフアナジア様が起き出した。


「…ベル…」


「ああ、おはようございますフアナジア様。

いまから紅茶を淹れようと思っていたのですが、お飲みになられますか?」


僕の問いにコクンと頷くと、両手を広げて抱っこの催促が来る。

僕は微笑んでまだ暖かいフアナジア様を抱き上げた。


「どうしました?」


「んー…予知夢を、見た…の」


「予知夢?」


予知夢とは、未来を見る夢…だったよね。


「たくさんの人が、東の国に押し寄せるの…みんな、すごく怖い顔をしてた…」


滲む涙を袖で拭いながら、ゆっくりと頷く。


「お嬢様大丈夫、ベルはここに居ます」


「ベル…ベルは私の味方で居てくれる?私が…こんな、力を持ってても…」


「当り前じゃないですか。僕はフアナジア様の騎士です。

どんな事があってもお嬢様をお守りします」


「信じてくれる…?」


「お嬢様の言葉を疑う事などしませんよ、僕を必要として下さった大切な人ですから」


「……ベル」


最後にぎゅっと抱き着かれ、僕も優しく抱きしめ返すと。

徐々に力が抜けて行ってお嬢様はまた夢の世界へと旅立った。


奥にあるフアナジア様専用のベッドへと横たえると、小さなノックの音が聞こえた。

ユフィーさんとソフィーさんは席を外しているらしく、コルクボードに「双子上司は厩舎!」と書かれている。

それに苦笑しつつ僕は扉を開けた。


「いらっしゃいませ、団長…と、副団長」


「お待たせ、ベル君!私…来ちゃった」


「…悪い、捕まった」


語尾にハートを飛ばしそうなくらい可愛らしく微笑むのは、この騎士団の副団長を務めているヴリトラさん。

本人曰くうるとらないすばでーはいすぺっく…なんだっけ、忘れてしまった。

とにかくとても綺麗な女性だ。

対する団長は苦々しい顔でぼやくと、右手に持っていた包みを突き出した。


「土産だ、フアナジアに」


「ありがとうございます…でも実はお嬢様、先程またお眠りになられてしまって…。

とにかくお入り下さい、今お茶を淹れますので」


入って正面にある二人掛けのソファーに団長と副団長が並んで座った。

僕は少し奥にあるキッチンで沸かしておいた湯を取って、ポッドへと注いだ。

紅茶の葉を蒸らす時間を見計らっていると「おい」と後ろから呼ばれて「はい?」と声を返しながら振り返る。


「土産だ……お前に」


「わあ、僕にも下さるんですか!?」


乱暴に押し付けられた箱に記された文様には見覚えがある。

…もしやこれは…っ!!


「冬季限定のプレミアムショコラタルトですか!?!?」


「たまたま空いていたから買って来ただけだ」


「うわあ…すごい…このタルト、三年越しでも買えない人が居るくらいに人気なんですよ!」


南の国で取れたカカオを使った贅沢なショコラは、カスタードクリームやホイップクリームなどを絶妙な量配合させてまろやかで甘くて美味しい物に仕上げている。

タルトの生地も、ショコラを盛った後でもサクサクと香ばしく、最後までサクサク感を楽しめるらしい。

やはり生地には独特のバターの配合が…いやしかしそれだけでは無く小麦粉にもこだわって…


「…それは後でお嬢様と二人の時に食べなさいねベル君。

今お茶を用意してもらってるお礼に、私達の食べるお茶請けは持って来てあるから!」


「ええっ!」


お客様にこんなに用意して頂くなんて申し訳無いですと言おうとしたのだが、団長がぎろりと睨んで来たため黙り込む。


「さっきのはフアナジアに、それはさっきのオムライスのお礼にお前に、俺たちは客だ。

その客が菓子を持って来たんだからお前も食え」


「ここのお菓子は私のオススメなのよ、紅茶にピッタリなんだから!」


ベル君も好きなものよと微笑まれ、好きなものか…と想像して「いただきます」と観念して紅茶をカップに注いだ。


「はいはーい、ベル君の大好きなリーフパイよー!」


「あー!リーフ堂のリーフパイだ!!前に団長にいただいたこむぐぅ」


「…貴様は口が軽過ぎる」


「へえ…どうして教えてくれなかったんです?団長…」


冷ややかな目で見るヴリトラさんは、ため息をついてリーフパイを一つ取る。


「団長手を退けて下さい」


「む?」


首を傾げつつも団長は手を退ける。

僕もなんだろうかと首を傾げていると、ヴリトラさんは持っていたリーフパイを僕の口元へと運んだ。


「はいベル君、あーん」


「あ、ありがとうございます」


苦笑しながらも、大好きなリーフ堂のリーフパイを咀嚼。

サクサク、香ばしい、美味しい…。


「僕、幸せです…」


「私と結婚してくれたら毎日ベル君の好きな物作ってあげちゃう!!」


なぜか両手を持って力説されて「嬉しいですけど」と前置く。


「駄目ですよ僕みたいな弱い奴は…ヴリトラさん綺麗で強くて素敵だから、引く手数多でしょう?」


「ぇええー、もうむさいのは嫌よぉー。隣に居る団長の二の腕とか見た事ある?

華奢な私の三倍は太いわよ?抱かれる時に厚い胸板って言うのはときめきの材料だけど…正直もう飽きちゃった。

今はベル君みたいに発展途上でしかも家庭的なオトコノコがだいこうぶびひゃ」


べちんと左手で団長がヴリトラさんの右頬を押した。

つい「うわあ」と声が漏れてしまい、僕は団長へと視線を合わせた。


「駄目ですよ団長…女性に手を上げちゃ…」


「お前が取って食われそうだったから助けただけだ」


物凄い睨みを天井にぶつけ、団長は紅茶のカップを取る。

ヴリトラさんは「団長ってばひどいわ」と溜め息を付いているし…どうすれば良いんだろうと苦笑した。


「…あっ!お兄様!お姉様!!」


「お嬢様、ご機嫌麗しゅう!」


いつの間にか背後に居たフアナジア様は、団長達を見付けると飛び付いた。

…僕に。


「いつの間に来ていたの?ベル、起こしてくれれば良かったのに!!」


「だってお嬢様昨日はあまり眠れなかったと言っていたじゃないですか。

お昼寝出来たならお眠りになられるほうが良いでしょう?お体にも障りますし」


頭を撫でると「仕方ないわね」とぷうっと頬を膨らませた。


「お姉様お姉様、どうすれば私もお姉様みたいに綺麗で大きくなれるの?」


「うふふ…お嬢様が年を取れば、年々磨きがかかって行くに間違いございませんわ。

きっとあと八年もすれば、周りは血の海ですわよ」


「フアナジアに変な事を教えるな…」


膝の上にフアナジア様を乗せた団長は、恐ろしい事だと嘆く。


「あと五年もすればこいつの周りの人間がいやらしい目でフアナジアを見るに違いない…ベルリッツ、その時は周りに居る男達の目玉を抉り出せ、良いな」


命令口調の団長に苦笑して「出来ませんよ」と返す。


「そんなの、抉り出したらキリが無いじゃないですか。

お嬢様は綺麗で…今でも十分可愛らしいのに、そんな事やりだしたら僕、今頃目玉とお友達になっちゃってますよ」


この半年で今の団長の言葉を実行したとすれば、もうこの部屋にはあふれ返るほどの目玉があるはずだ。


「…そうだな」


「でしょう?」


「抉り出す事前提に…しかもそれを冷静に分析してどうするのよベル君」


「ベル格好良い…」


両手を頬に当ててうっとりと見上げてくるお嬢様に苦笑すると、団長は膝の上に居たお嬢様を抱き上げて座っていたソファーに下ろし、自分は僕の隣のソファーへと座った。


「ちょっとお兄様、どうしてベルの隣に座るの!」


「こいつが妙な真似を起こさないよう見張っている」


「えー?むしろ団長の我がままなんじゃ?」


「ヴリトラ、フアナジアの隣に居るのはお前だ、愛でる事を許す」


「お嬢様可愛い!」


瞬時にフアナジア様を抱きしめているヴリトラさんに苦笑していると、顎を撫でて考えている様子の団長のカップに紅茶を注いだ。


「…ああ、すまん」


「いえいえ…リーフパイ、いただきますね」


中央にあるカゴからリーフパイを取ろうと手を伸ばすと、それを団長が取り上げる。

首を傾げていると「食え」と言って差し出された。…リーフパイを。


「…自分で取れますよ?」


「いいから食え」


「はあ、いただきます」


ぱくりと口で受け取って、僕は美味しいけど首を傾げながら咀嚼する。


…物凄く、見られている。


団長がじっと此方を見るので、どうにも目線がそらせないで居ると。

お嬢様がリーフパイを差し出して来た。


「私もベルにあげるー」


無邪気に差し出すお嬢様に微笑んで、僕はぱくりと三つ目のリーフパイをいただいた。


…今日は一体何なんだろうと首を傾げていると、お嬢様は窓側にある大きなカゴ…お嬢様曰く宝物入れから小さな箱を取り出して僕の膝によじ登って来た。


それを穏やかに見詰めて見守る団長とヴリトラさんに、僕はハテナを飛ばしている。


「本当は今日ソフィーとユフィーが帰って来てから渡すつもりだったんだけど…はいこれ!!

ベル、お誕生日おめでとー!!」


「……へ?」


目をパチリと閉じて、瞬きを繰り返す。

…誕生日、誕生日…あれ?もうそんな時期だったっけ?


ふと目線が部屋に飾ってあるカレンダーに行って、今日十月二十六日は、僕の誕生日だったのだと思い出す。


「ベル君おめでとう!実はお嬢様から相談を受けててお姉さんたちも色んな物を探しに行ってたのよん」


フアナジア様からいただいた小さな箱の隣に、ヴリトラさんはポケットから取り出したフアナジア様よりも小さな袋を置いた。


「いつも妹を護ってくれている礼だ」


団長までもが胸ポケットから取り出した細長い包みを僕のひざ元に置く。


「…あー!!もう始めてるし、なんか集まってるし!!」


「お嬢ってばひどいなー、俺らが戻って来るの待っててくれるんじゃなかったんですかー?」


「ユフィーさん、ソフィーさん…お帰りなさい…」


「なに惚けた顔してんのよっ!はいこれ、私からね。

ベル君誕生日おめでとう!」


「おめでとう、ベル君。遅くなっちゃってごめんね?

これは俺からの誕生日プレゼントだよ」


二人は三人よりも大きな包みを持ち出すと、僕の方へぽいぽい投げた。


「え、え…良いんですか?僕なんかにこんな…」


感動と動揺でうまく言葉が出て来ない。

涙が溢れそうになって来て、僕は皆さんを見上げる。


「あとこれも預かって来たわよ、なんだっけ…コーウェル男爵の息子のヴァリザム?君から。

今から仕事だから、渡してて欲しいって」


「ヴァルからも…?」


思わず涙が零れた。いつの間にか膝から降りていたフアナジア様は「開けて開けて」とぴょんぴょん飛び跳ねる。


「まずは俺達からどうぞ」


「大きいし重いしね」


くすくす笑い合い、ソフィーさん達は袋を持ち上げる。

その袋の中には、落ち着いた色のコートとお揃いのニットとマフラーと手袋が入っていた。


「これから寒くなるけど、ベル君こっち来てからまだ防寒具買ってなかったよね?」


「お母様の分は伯爵のお家に届けておいたよ、もちろん親子で色違いのやつ!」


「御二人共…ありがとうございますっ!」


お礼を言って、コートを抱きしめると「どういたしまして」と笑顔が振って来る。


「一年かけて築き上げた愛情の塔が壊された時は本当に参ったけど、お嬢様が好きだって言う人間なんだもの。

私達も後輩として可愛がってやらなくちゃね」


「そうそう、男の子には見えないくらいに可愛い顔してるから、この兵舎の騎士達全員をメロメロにしちゃうかもしれない面白いウォッチ対象として俺は歓迎するよー」


「ユフィーさんそれは一切無いので安心して下さい、僕男なので」


最後に突っ込むと、みんなが笑った。


「じゃあ次は団長ね!私団長の後つけてたのに撒かれちゃって…何を買ったか知らないのよねー」


「普通の事みたいに俺をつけるな」


「さ、開けて開けて!」


ヴリトラさんに急かされて、僕は団長にいただいた細長い包みを開く。


「…わあ、良い色ですね!」


「お前も男なら身だしなみくらい気を付けろ」


「ネクタイですか…僕、まだネクタイってした事無いんですよね…」


「それくらい教えてや……」


団長の言葉が止まったので、僕はその視線を辿る。

そこではニマニマと生暖かい視線を向ける双子上司とヴリトラさんが居て、三人が口を揃えて何かを言い掛けたが団長が三人を拳骨で叩いた為に聞く事は出来ずに終わった。

僕とお嬢様は首を傾げた。


「何だったんです?今の」


「聞くな」


「お兄様怖ーい」


「ですねー」


凄い顔で睨まれて、僕はお嬢様と肩を寄せ合って悲鳴を上げた。


「ほらほら次はお姉さんの包みをひらいてごらんー」


「はい、ありがとうございます」


ヴリトラさんにもお礼を言って、お嬢様の包みの隣にある箱を開く。


「…ええと…これは?」


「そっか。ネクタイした事無いんだっけ?

それはネクタイピンよ。さっき団長に貰ったネクタイ出してごらん?」


言われた通りに出すと、団長が立ち上がって僕の前に片膝を立てて座り込む。

そしてネクタイを掴むと、僕の着ているシャツの襟を立たせてしゅるりとネクタイを通す。


「ちゃんと見てろ、そして一回で覚えろ」


「はっ、はい!!」


じっと団長の手元を見ながら、一周回してその間に通す…までは分かった。


「…あの…団長すみません、さっきのところもう一回…」


「一回で覚えろと言ったろうが…ここはこうして、片方の端をこの中に入れるだけだ」


きゅっと縛られ、ふむと頷く。


「タイピンはここに付けろ」


「はい!」


三割は覚えた。僕は両の拳を握りながら頷いた。


「どうでした団長、幼気(いたいけ)な美男子をネクタイで縛った感想は!」


「縛ったのは首だ首!!如何わしい言い方をするな!!」


耳まで真っ赤になった団長に、僕は面白くなって皆さんと一緒にくすくす笑った。


「じゃあ最後は私よ、開けてみて、ベル!」


「はい!」


お嬢様に急かされ、僕は最後に残った包みを開いた。

…ヴァルのは兵舎に帰ってから開ける事にした。


「…これは」


「懐中時計?」


ユフィーさんが首を傾げる。


「懐中時計って言うのですか?初めて見ました…」


「あのね、城下町にある時計屋さんで一目惚れしたの。

ベルって時間とか時計とか凄くきちんとしてるでしょ?

だから、自分用の時計を持ってたらどうかなと思って!!」


「凄く…嬉しいですお嬢様!」


「えへへ、本当?やったー!」


バンザイして喜びを表すお嬢様を抱き上げて、くるくると回る。


「皆さんありがとうございます、ソフィーさん達にいたっては母にまで…」


「いいよいいよ。気にしないで」


「俺達も好きでしてる事だし」


「団長とヴリトラさんにも、本当にありがとうございます!」


「喜んでもらえて嬉しいわ。ね、団長」


「…まあな」


ニコニコ笑顔の双子上司の片割れのソフィーさんが、お嬢様を見て叫ぶ。


「あっお嬢様ってば!」


「あらら」


「こらっ」


「わあい、ベル君役得!」


四人が四人それぞれの対応を見せながら、僕は頬に当てられた小さな感触に驚いた。


「ベル、おめでとう!」


にこりと可愛らしく微笑んだお嬢様に、僕も満面の笑みで返した。

その後団長に首を絞められたり、ソフィーさんに羽交い絞めを極められたりしたけれど。

僕にとってはすごく刺激的で楽しい誕生日を過ごす事が出来た。

ちなみにヴァルからは眼鏡をもらった。

最近字が掠れて見にくいなとぼやいた時の言葉を拾ってくれたらしく、部屋用としてありがたくいただいた。


お嬢様と過ごし始めて半年が過ぎ、概ね平和な日々が続いている。

僕はそんな日々が少しでも長く続きますようにと祈りながら、眠りに落ちたのであった。

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