東雲マコトの異次元さんぽ道
東雲マコトは、何というか、普通の高校生だ。
身長、成績、髪の長さ、その他諸々。どこを取ってもありふれている。
顔立ちだけはなかなか整っているのだが、分厚く野暮ったい丸眼鏡がそれを見事に相殺している。結局は普通だ。
そんな普通のマコトにも癖というか、特徴的な部分が四つほどある。
一つ目、散歩が好きな事。特に今日のような満月の夜はお気に入りで、よく鼻歌を歌っている。
二つ目、髪の色が黒い事。日本人としてはむしろ当然だが、それを差し引いてもマコトの髪は恐ろしく黒い。鴉の濡れ羽色というやつだ。
「おや」
そんな鴉の濡れ羽が、マコトの視線に従って揺れる。
見上げた空。東の赤と西の青が、曇りの無いグラデーションを織り成している。
実に美しい眺めだが、明らかにおかしい。つい数秒前まで夜だった筈だ。
だがそれ以上におかしいのが、中天に浮かんでいる月だろう。
何せ、三つもあるのだ。
明らかに日本の、というより地球上の風景ではない。
これが三つ目だ。マコトは道に迷いやすいタチなのだ。それも異次元レベルで。
「困ったなぁ。今日はどこで迷ったんだろ」
辺りを見回せば、一面に広がっているのは起伏の少ない灰色の砂地。
灰色は見渡す限り、それこそ地平線の果てまで続いている。違うのは正面に見える森と、その中にそびえる大きな山くらいなものだ。
今し方まで歩いていたアスファルトは欠片すら見当たらず、振り向いたとて家屋の一軒、電柱の一本すら見当たらない。丘の向こうに見える小さい山がせいぜいだ。
「コンビニ行こうと思ってたんだけどなぁ」
がんも、ハンペン、糸こん、ちくわ、大根。それにおにぎりの一つでも付ければ、晩ご飯が出来上がったろうに。
――そうマコトが落胆した矢先、森の向こうで閃く光が一つ。
「おやん」
片眉を上げるマコト、一拍遅れて聞こえる轟音、二つ三つと更に爆ぜ散る光。
察するに、何かが戦っている最中であるらしい。
「お盛んですねえ」
おっとりとマコトがつぶやく合間にも、花火のように咲き乱れる閃光、閃光、閃光。攻撃エネルギー弾に伴う爆光だ。
かくて黄昏の空で光をぶつけ合っていた連中は、程なくマコトの頭上に姿を現した。
それは光の竜と、鋼の鎧であった。
内訳は竜が二、鎧が四。大きさは竜の方が一回り上だが、優勢なのはやはり数を揃えた鎧の方だ。
節くれ立った手足に、細かく振動する透明な羽。どこか甲虫のような風体をした鎧の群れは、二匹の竜に向かって盛んに攻撃を仕掛けている。
数を生かして囲い込み、手に持った槍で接近戦を挑み、あるいは肩部からエネルギー弾を発射する。中々見事な連携だ、隊長格と思しき白い鎧の腕が良いのだろう。ちなみに今まで閃いていた光は、あのエネルギー弾のものだったらしい。
対する二匹の竜も健気に抵抗しているのだが、いかんせん多勢に無勢だ。二方向から同時に放たれるエネルギー弾を、散開してどうにか回避する二匹の竜。だがその直後、右に避けた竜の身体が僅かに傾いだ。今までのダメージが蓄積した影響だろうか。
どうあれ、鎧達がその隙を逃す筈も無い。白鎧がここぞとばかりに突貫し、傾いだ竜の首を横一文字に斬り裂く。
切られた竜は声もなく仰け反ると、ぐらりと力なく落下。重力に引かれるまま、灰色の地面に頭から激突した。
丁度、マコトの真正面に。
「ふむん」
痙攣する異形の光竜を前に、しかしマコトは動かない。ただ淡々と空を見上げる。
視線の先にはまっすぐ突っ込んで来る白鎧。明らかに竜へとどめを刺そうとしている。
「それは、ちょっと、困るかなっと」
そう言って、マコトは手を払った。無造作に、虫を追い払うように。
直後、まっすぐだった白鎧の軌道が、金属のひしゃげる音と一緒にねじ曲がった。マコトに叩き落とされたのだ。
――大分遅れてしまったが、これがマコトの特徴の四つ目だ。
マコトは、超能力者なのだ。それも、すこぶる強力な。
異次元に迷い込んだ上戦闘を目撃したのにまったく取り乱さないのは、これが理由だ。よくあることなのだ、東雲マコトにとっては。
『$%#”&=!?』
地球のどんな言語ともかけ離れた悲鳴を上げながら、白鎧が地面を抉る。塹壕のような溝が十メートルほど刻まれる。
動きを止めたのは、しかし僅かに数秒。頭を振って立ち上がった白鎧は、未だ倒れ伏す竜と得体の知れない学生を一瞥した後、まっすぐに空へ飛び上がった。
そのまま、一目散に逃げていく。仲間の鎧達もそれに続く。中々鮮やかな撤退だ。
どうあれ、マコトは足下の竜を見下ろす。
「さぁて。取りあえずは、もう大丈夫なんじゃないかな」
『)%)’……’~|#”……』
「おっと、チューニングがまだだったね」
言うなりマコトはコメカミに指をあて、ぐりぐりと回す。さながらダイヤルを回すように。
『|$#”)=アナ、たは、一体……?』
最適化され、理解可能になる竜の言葉。それに呼応するかのように、竜を構成する光の鱗が、音も無く崩れていく。
「ただの高校生だよ。成り行きで良く救世主とかしてるだけの、ね」
『救世主!? じゃあ、アンタが――!?』
そう叫んだのは、上空でマコトの様子を伺っていたもう一匹の竜だ。未だ横たわっている竜の脇に着地すると、やはり光の鱗が崩れ始める。
『――アンタが、伝説に出て来る救世主ってヤツなの!?』
二匹の竜を構成していた光は、跡形もなく消えた。
後に残ったのは、その竜を操作していたらしい、二人の少女であった。
「まぁ、そうらしいね」
頬をかきながら、今回はこんな感じなのか、とマコトは胸中でつぶやいた。
「何にしても、ちょっと待ってよ。今この子の怪我を治すから」
言うなりマコトは倒れている少女の脇に屈み込み、おもむろに手を翳す。掌が僅かに光る。
それだけで、少女の怪我は全て治ってしまった。
◆ ◆ ◆
『ここが私達、ホーン族の拠点です』
すっかり回復した少女、ユーリに先導されて、マコトは彼女達の住処へ通された。
そこは小高い山をくり抜いた、一個の巨大な建造物であった。この世界へ迷い込んだ直後、後ろにある見えたあの山だ。
一応は洞窟の部類に入るのかもしれないが、天然のそれとはおよそかけ離れた造りをしている。
見上げれば、まず目につくのは丸い穴。山頂に開いた穴が、天窓よろしく光を取り込んでいるのだ。
山の内側は空洞であり、底まで光がまっすぐ降りてきている。ホーン族の住居はその光を囲むように、山の斜面の内側で段々構造を造っていた。さながらアパートだ。
奇異な造りであるが、何より目を引くのはその建材全てが水晶製だと言う事だろう。
床、壁、天井。輝度こそ場所によって様々だが、あらゆる場所がきらめきを放っている。火口から注ぐ光が反射している、というだけではない。主に天井へ据えられた水晶自体が、光を放っているのだ。照明代わりであるらしい。
「凄いトコに済んでるねぇ。築何年くらい?」
『さぁ? そんな昔のコトなんて知らないね。何せ『戦争』が始まる前からあるからなぁ』
『ニーナ、救世主様に失礼よ』
『へいへい……なんでえ、ついさっきまで死にかけてたクセに』
たしなめるユーリ、ぶつくさぼやくニーナ。顔立ちはまったく同じだが、性格はまったく反対な双子である。
「そんな細かいとこまで気にしなくて良いよ。ボクはただの通りすがりだし」
アパートを見回すマコト。全ての階層のあらゆる場所から、ホーン族達がマコトを見ていた。
畏怖、疑念、興味、その他諸々。視線の色は様々だが、不平を訴える者は今のところ居ない。先程ニーナが言った『予言』とやらのお陰で、昔から救世主の存在が知れ渡っていたためだろう。
あるいは、マコトの助けた少女達がホーン族にとってよほど重要だったか。
「ま、どっちでもいいけど」
さておきそのホーン族だが、生活様式は地球で言う古代ローマ人にどことなく似ている。要所に立つ柱は装飾が施され、各所にある門はどれもアーチ型だ。そこに済む人々の服装も、簡素な貫頭衣に足下はカリガと言ういでたちである。
しかして何より目立つのは、彼等ホーン族の額に生えているものだろう。
一本角だ。
老若男女問わず、ホーン族の者達は全て額に立派な角を抱いている。名前通りというわけだ。
「ところで、ボクが救世主ってのはどういう事?」
『それは――あなたのお姿が、私達ホーン族に古くから伝わる言い伝えと、同じだからです』
ユーリは立ち止まる。噴火口から降り注ぐ光の真下。儀式か何かに使っているらしい巨大な祭壇の脇に、ちょこなんと鎮座する立方体が一つ。黒くつるりとした、一抱えはあるその金属塊を、ユーリはじっと見つめる。
『いつの日か、角を持たぬ黒髪の救世主がここに現われ、永きに渡る戦いを終わらせる――石碑には、そう書かれています』
「ああ、うん、なるほど」
神妙な顔つきのユーリとは対照的に、マコトの顔は微妙に渋い。さもあらん、その石碑の筆跡には、非常に見覚えがあるのだ。
『正直半信半疑だったけどさー、まっさかホントに出て来るとは思わなかったねー。なんで、その調子であのメイル族の連中も捻ってよ。チョチョイってさ』
『ニーナ! 失礼でしょ!』
「ああー、良いって良いって。かしこまられる方が疲れるから」
ひらひらと手を振りつつ、マコトは話題を変える。
「ところで、そのメイル族ってのは?」
『ああ、さっき救世主サマが叩き落としたあの虫野郎どもさ。アタシ達ホーン族は、気が遠くなるくらい昔から、あのバケモノ共と戦い続けてるんだ』
『私が救世主さまに助けていただいた場所から、山が見えましたよね? あの山の向こうから、メイル族はやって来るのです。この不毛の世界の中で、唯一生命の恵みを得られるあの森を、独占するために』
「へぇ。じゃあ、あの小競り合いがキミらの日常なのか」
言いつつ、マコトは再度辺りを見回す。右、左、回れ右。三百六十度、念入りに巡らされるその視線は、しかしホーン族の住居に注がれたものではない。
マコトは今、この世界全体を見渡したのだ。透視と遠視を同時発動する事なぞ、マコトにとって造作も無いのだ。
なので今、マコトはこの世界の歪な構造を理解した。世界はどこもかしこも灰色の砂に覆い尽くされており、雑草一本見当たらない。生命の気配があるのは話に出て来たあの森と、その周りにある山くらいなものだ。
「うん、状況は理解した。とにかく戦いを終わらせれば良いんだね、予言通りに」
『ええまぁ、そうなんですが、まずは長老様達を呼びますのでお目通りを――』
そう言ったユーリが踵を返そうとした矢先、どこからかけたたましいベルの音が鳴り響く。
途端、姉妹を含めたホーン族達が一斉に顔を引きつらせた。察するに、これは。
「警報?」
『そうです。それも、あまり良くないたぐいのものですね』
そうユーリが言うのと、空から降り注ぐ光に映像が映り出すのは、ほぼ同時であった。
果たしていかなる仕組みなのか、微かな火花をちらつかせながら、四角い立体映像が光の中に灯る。巨大な、ホログラフのモニタだ。
優に十メートル四方はあるモニタの中には、つい今し方退けた虫型の鉄鎧、メイル族の異形達が映りだしていた。
数は十体。進行方向はここ、ホーン族の住居がある山。
先程の白鎧が傷も癒えぬまま先導する編隊は、森を通り越して着々とこちらへ近付いている。
『クソッ、何でこんなすぐに出て来やがったんだ!?』
「そりゃあ、向こうからすれば救世主というとんでもなく強力な助っ人が現われたわけだからねえ。多少強行してでも、今の内に可能な限り食べ物を抑えて置きたいんでしょ。優秀な指揮官がいるんだねえ」
遠視と透視を発動したマコトは、白鎧達の遙か後方、森の中を忙しく跳び回っているメイル族達を見ていた。
「健気だなぁ。まるでミツバチみたいだ」
『いや、ちょっと待って下さい! 指揮って、あんな怪物達に知能があるとでも!?』
「怪物、ね。やっぱそう思ってるワケだ」
コメカミをつつきながら、マコトはおもむろにモニタへ手を向ける。
「ほっ」
そして、マコトは掴んだ。
手の中には何も無い。その代わり、モニタ内に映っている白鎧が、唐突に動きを止める。マコトが超能力で掴んだのだ。
「よい、しょっと」
次いで、マコトは引っ張った。
やはり手の中には何も無い。その代わり、モニタ内に映っている白鎧が、何かに引っ張られるように画面へ近付く。マコトが超能力で引っ張っているのだ。
かくて白鎧はマコトに引っ張られるままモニタへぶつかり――そのまま、画面をすり抜けてホーン族の住居へとやって来てしまった。
『えっ』
『ええええええええええっ!?』
絶句するユーリ、絶叫するニーナ。他にも周囲で見ていたホーン族達全員が驚愕していたが、マコトは構わず作業を続ける。
「ほい、さっと」
白鎧が混乱している隙を突き、マコトはくるりと手首を捻る。
雑巾を絞るような、無造作な手付き。だがそれによって生み出された超能力の力場は、白鎧の首から上を容易くねじ切ってしまう。
「ほい、ほい、ほい、ほいっと」
更にマコトは、くるくると指を回す。不可視の力場が、空気と白鎧をかき回す。
右手、右足、左足、左手。手際よく、容赦なく、なすすべもなく解体されてゆく白鎧。
「危ないから下がってねぇ」
そうマコトが言うなり、白鎧の胴体だった鉄塊が無造作に落下した。響く盛大な轟音は、鉄のひしゃげる音よりも、床の水晶が砕ける方が大きかったかもしれない。
どうあれ地面に突き刺さった胴体を正面に見据えながら、マコトはおもむろに手を合わせる。
「えいやっ」
割り箸を割るような仕草を見せるマコト。それと同時に、正面の鉄塊が割り箸のように爆ぜ割れた。
果たして、中から現われたのは――。
『う、そ』
『アタシ達と、同じ……!?』
言葉を失うユーリとニーナ。遠巻きに様子を伺っていた辺りのホーン族達の間にも、にわかにざわめきが走る。
まぁ、無理もない。ひしゃげた装甲の下から現われたのは、ホーン族の半分くらいしか無い、しかし似たような角を額に生やした、一人の青年だったのだから。
あの白鎧は、言わばパワードスーツのような代物だった訳だ。
『な、あ、え……!?』
きっとこの場の誰よりも混乱している青年は、もはや何の役にも立たない操縦桿を握り締めながら、忙しなく辺りを見回している。
『きゅ、救世主様? これは、一体?』
溺れそうな顔を向けてくるユーリ。その驚愕に、マコトは真実を淡々と突き付ける。
「察しの通り、キミ達ホーン族のお仲間だよ。ただしここに居るホーン族とは違って、ドラゴンへの変身能力は持ってない。ま、その代わりにああした機械鎧を持ってる――や、持たされたと言うべきなのかな」
『聞きたいのはそんな事じゃねェ!』
絶叫するニーナ。ぶんぶんと頭を振りながら、まっすぐに白鎧だったものを指差す。
『何で! ずっと昔から戦ってた敵が! アタシらと同じカッコしてンだよ!? これじゃあ、まるで――』
「同族殺しだ、って? 事実その通りなんだから、しょうがないんじゃないかな」
『な』
今度こそニーナは言葉を失い、周囲も水を打ったように静まりかえってしまう。
なので、これ幸いとマコトは言葉を繋いだ。
題目は、今し方この世界を見渡した時、組み上がった一つの推論である。
「大昔、この世界は破滅した事があった。ほとんどの生物が死に絶え、文明も根こそぎ滅んだんだね。キミ達ホーン族と、そこに居るメイル族が、この世界の最後の生き残りさ」
特売のチラシを読み上げるように、マコトは淡々と世界の真実をあばき始める。
「キミ達が良く知ってる通り、この世の地面は灰色で、ペンペン草一本生えて無いだろ? これはその破滅の影響さ。地面そのものが死んでしまっている。何ていうかな、生命エネルギーというか……そう、『魂』が無いんだ。完膚無いくらいにね」
『たましい、が……けど、あの森は生きてるじゃないですか?』
あと少しで泣き出してしまいそうなユーリだが、対するマコトは小さく肩をすくめるのみだ。
「あー、あの森ね。あれは特別さ。何せ、世界再生システムで再生したものだからね」
『世界、再生、システム?』
「ああ、もちろん正確な名前じゃないよ? ボクが今勝手に付けたんだ。センスがないのはまぁ、オマケって事で一つ手を打ってちょうだい、っと」
ぽん。
マコトが一つ手を打つと、唐突にモニタが切り替わった。超能力でハッキングしているのだ。
もはや誰も驚かない画面の中には、件の森と、その中にそびえる山のリアルタイム映像が映っていた。
「キミ達が大昔から血みどろで奪い合ってるこの森は、あの山を中心に広がっているだろう? それは当然だ。あの山は、ここと同じように内側をくり抜いて一つのシステムを置いているのさ」
『それがその、世界再生システムってヤツなのかよ? ソイツのおかげで、山の周りだけ木が生えてるってのかよ?』
頭をかきむしるユーリ。ニーナほどではないが、やはり彼女も困惑しているのだ。
それを承知しつつも、マコトは解説を緩めない。
「そっそ。で、このシステムなんだけど、どうもキミ達の戦争を原動力にしてる感じでさ。十中八九、キミ達はそのために昔から戦ってたんじゃないかな」
『な、なんだそれは!? 我が祖先から続く遙かな戦いが、そんなつまらん理由で始まったというのか!?』
と、そう叫んだのは白鎧のパイロットだ。ホーン族達のざわめきも一層大きくなっている。
が、マコトはそれら全てを無視してユーリを見る。
「ユーリ、キミらが使ってた、ほら、あの竜に化ける能力があるだろ? あれ、なんてーの?」
『あれ、って……ソウルビジョンの事ですか?』
「それって、キミ達の頭にある角に意識を集中して発動するんだろ?」
『そう、ですけど』
思わず角に手をやるユーリだが、当のマコトは見向きもせず白鎧へ振り返る。
「で、キミらの方はソウルビジョンを使える程の力は無い。代わりに、角をコネクタとしてその鎧を手足のように操れているワケだ」
『ビジョン……とやらが何なのかは知らんが、その通りだ。何故だか手酷く壊れてしまったが』
「そりゃあ不思議だねー災難だったねー」
ああ、と頷きながら白鎧のパイロットはようやくコクピットから這い出した。
『で、ここはどこなんだ?』
「キミ達の不倶戴天の敵、ホーン族の本拠地だよ」
目が点になるパイロット。そのまま彼はマコトからユーリに視線を移し、ニーナにも視線を移し、またマコトに戻ってくる。
『……おいおい、冗談は止してくれ。こんな可憐なお嬢さんがたが、どうしてあんなバケモンになるんだ』
『悪かったですね!』
『悪かったな!』
同時にむくれるユーリとニーナ。予想外の反応にパイロットは慌てる。
『え? なんか悪いこと言ったのか?』
「後で聞けばいいさ。どうあれ、ホーン族とメイル族は精神力をエネルギーに変える角を持ってる。そして世界再生システムは、そのエネルギーが大層好きでね。だからキミ達は、永いことそれを捻出させられてたのさ」
『ど、どうしてそんな事を!?』
「さぁ? 闘争によってもたらされる生命の迸りこそが、最も純度の高いエネルギーを生み出すのだー、とかそなんなトコじゃないの?」
何年前だったか、これまた散歩中に迷い込んだ別の世界で、黒幕が堂々とのたまった言葉である。
「ま、そんなコトを調べるのは後でもいいっしょ。とにかく今は――」
轟。
大地に打ち下ろされた巨大なハンマーが、マコトの言葉をかき消した。
ぐらぐらと揺れる地面、ばきばきと爆ぜる住居、わあわあと叫び走り回るホーン族達。双子姉妹も血相を変えている辺り、どうやら前例の無い状況であるらしい。
「ふむん」
そうした混乱の原因へ大いに心当たりがあるマコトは、騒ぎの隙間を縫うようにひょいひょいと外へ出て行った。
◆ ◆ ◆
ホーン族の拠点はマコトが迷い込んだ場所から大分離れており、また丘の先にある事も手伝って、件の森が良く見渡せた。
そして、鳴動している山――もとい、世界再生システムの有様も。
『ど、どうなってるんですか!? 一体、何が起きてるんですか!?』
慌てて後を追ってきたユーリが、わなわなと山を指差す。地震以外の理由で震えているだろう指の先にある山は、震源地である世界再生システムは、一際激しい振動で一帯をかき回していた。
森が揺れる。地面が砕ける。白鎧を失ったメイル族編隊が呆然と浮いている。
そうした全てを些事の一言で片付けられる異常事態が、世界再生システムに起きていた。
山の土が、剥がれ落ちているのだ。
もうもうと煙る砂塵の向こう、山土の下から現われたのは、黒光りする巨大な機械。白鎧より遙かに複雑な造りをしているその黒色へ、にわかに光が走り始める。
細く赤い、血管のような輝き。麓から頂上へ幾条も迸る赤色の正体は、世界再生システムが今まで溜め込んだエネルギーだ。
その赤が火口へ達した瞬間、光は爆ぜた。
噴火、ではない。
確かにマグマのような赤色が、際限なく火口から吹き上げてはいる。だがその赤は山の上空で意志を持ったかのように滞留すると、にわかに形を変え始めたのだ。
『な、んだ。なんの、冗談なんだよ、これは』
ユーリを追ってきたニーナの眼前で、巨大な赤は明確な形を持ち始める。
角の生えた頭。恐ろしく巨大な四本の腕。それに劣らぬ分厚い胸板。
魔神。
そうとしか言いようのない怪物が、噴火口から現われようとしていたのだ。
「見ての通り、アレは世界再生システムの最終手段さ。実はアイツは、キミらの家に使われてる水晶を通じて常に監視しててね。もしも相手の部族と接触した場合、住居を崩壊させて根こそぎ始末する手筈だったのさ。キミらが世界の事情を知ってしまったら、闘争が鈍ってしまうからね」
その後新たなホーン族とメイル族を造り出すようプログラムされてもいたのだが、無論そんな事が分かるはずも無いニーナは、ただ叫ぶ。
『で、でも、ウチは崩れなかったじゃンか!?』
「そりゃそうさ、ボクが止めてたんだから」
さらりと言ってのけるマコトに、もはやニーナは言葉が無い。
「けどまぁ、アレを造ったヤツも中々先見の明があったようだね。もしも何らかの手違いで始末失敗した場合、ああして全てのエネルギーを解放して、何もかもブッ壊す切り札を残してたワケだ」
無造作に、マコトは魔神を見上げる。
「世界再生システムからすれば、ホーン族だろうがメイル族だろうが、結局は替えの効く電池でしかないのさ」
『そん、な』
膝を落とすニーナ、顔を覆うユーリ。その嘆きを笑うかのように、魔神の姿はいよいよ膨れ上がっていく。
顔には巨大な一つ目が浮き上がり、亀裂のような口の奥には炎の舌が見え隠れしている。
「……しかしまぁ、なんだ」
長くねじれた角はコメカミと額の三箇所から生えており、背中から生えた翼も相俟って、その姿はまさに世界を終わらせるにふさわしく「あーもうじれったいなぁ!」
マコトは魔神へ向けて右手を突き出すと、ぐっと拳を握った。
めしゃり。
その手から放出された超能力が、魔神の頭を握り潰した。
「こちとらそのテの演出はもう見飽きてるんだよねー。意外性も何もあったもんじゃない。0点だ」
魔神がもがき、身震いする。その震えが地震となり、一帯をかき回す。
だがマコトはまったく揺らぐ事無く、ゆっくりと拳を開いた。
「それに、ぼちぼち帰らなきゃいけない時間でね。寝起きのところ悪いんだけど――」
マコトの手は開いているが、相変わらず魔神の頭は潰れている。行き場を失ったエネルギーが、胸や肩口から漏れ出している。
だが、それが炸裂する暇すらマコトは与えない。
「――もっぺん、眠ってて貰おうか」
ぱぁん。
一つ、マコトは柏手を打つ。
ごおん。
山が、魔神が、世界再生システムが。不可視の超能力壁に挟まれて、センチメートル単位にまで圧縮される。
そして、今度こそ爆ぜた。
轟、轟、轟。
荒れ狂う莫大なエネルギーが、炎の塔となって一直線に空を焼いた。世界再生システム崩壊に伴う、莫大な光と熱だ。
明らかに荒れ狂っているのに、しかし野放図に爆散する事無く空へ登っているのは、もちろんマコトが超能力で制御しているからだ。
そんな爆発も五分経たぬうちにめっきりと消え去り、後には冗談のようにごっそり抉れた大地と、変わらぬ森の姿だけが残った。
「ふぃー、こんなもんかな」
息をつき、首を回し、肩も回し、屈伸する。そんな整理運動を終えた後、マコトは姉妹へ向き直る。
「んじゃ、そろそろボクは帰らせて貰うよ」
『は、ぁ』
平和鳥のように頷く姉妹。いい加減理解力の許容限界を超えてしまったか。
「ただ、見ての通り世界再生システムはブッ壊しちゃったから、遠からず森は消えるね。地面も生き返る事は無い。だから――」
そう言ったマコトが踵を返すのと同時に、ユーリが我に返った。
『ま、待って下さい! だったら私達は、この世界はどうなるんですか!?』
「うん、だから今、ちゃんとアフターケアをするのさ」
ぱきん。マコトが指を鳴らす。
直後、世界が塗り変わった。
『……、へ?』
呆然と、ユーリは辺りを見回す。目に見える全てが、激変していた。
ほんの数秒前まで灰色だった地面には、大小様々な草木に満ちている。きっともう、食べ物に困る事はあるまい。
遠く見える地平線には、青く透き通る輝きが横たわっている。その青がおとぎ話で聞いた『海』である事に、ユーリは気付くまで少し時間がかかった。
何もかもが違う。土の感触、風の味さえも。変わっていないのは自分と、ニーナと、ホーン族の集落と、救世主くらいなものだ。
『救世主、さま? これは? どうなって、るんですか?』
「どうもこうも、見ての通りだよ。この世界の自然がまだ生きてた頃の時間をコピーして、貼り付けたのさ。君らに影響がでないよう加工するのはちょいと手間だったけどねー」
『それは、ありがとう、ございます?』
言葉の意味はまったく分からないが、それが想像を遙かに超えた救世である事は、どうにかユーリにも理解できた。
「それから……そういや名前聞いてなかったな。とにかくあの、白鎧のパイロットも自宅へ転送させといたよ。あのままじゃ色々と問題が起きたろうからね」
目を細め、マコトは空を見上げる。三つ子の月だけは、相変わらずこちらを見下ろしていた。
「とにかく予言通り、ボクは戦いを終わらせた。この後どうなるのかは、それこそキミ達次第だ」
手を振り、マコトは一歩踏み出す。
『あ――!』
『お、おい!』
我に返り、ユーリとニーナも一歩踏み出す。
だが、その歩みが交わる事は無かった。
救世主マコトの姿は、まばたき一つする間に、忽然とかき消えてしまったのだ。
たった一つの、足跡だけを残して。
『――ちゃんと、お礼を、言えなかった』
◆ ◆ ◆
「ふぅ。いい仕事、しちゃったなあー、っと」
かくていつもの見慣れた路地に戻って来たマコトは、一つ大きく伸びをする。
「ま、もう一仕事残ってるんだけど、ね」
更に首を回しながら、ぱきんと一つ指を鳴らす。すると正面の空間が音も無く裂け、中から一抱えはある金属塊を吐き出し、また音も無く閉じた。
ごとん。アスファルトに鈍い音を立てて転がる黒い鉄塊。その正体は、先程の世界にあった世界再生システムの外郭の一部である。マコトが取り寄せたのだ。
「えーと。立方体みたいな感じだったかな」
すいすいと指を振るマコト。それに連動し、鉄塊の表面がバターのように切断され、成形される。
そうして二分も経たぬうちに、鉄塊は見事な立方体に整った。
「文面、は……うろ覚えだなあ。テキトーでいいか」
マコトは更に指を振る。今度は指揮者のように。
すると立方体の表面に、音も無く文字が刻まれていく。地球上のどの言語ともかけ離れているその文字は、救世主の予言が書かれた碑文、そのものであった。
「よし、と。はい行ってらっしゃい」
かくてマコトがもう一つ指を鳴らすと、完成した碑文は次元の狭間に消えてしまった。
勿論、行き着く先は先程の世界だ。ただし、大昔の。
時間軸の指定は適当だったが、長い事埋まっていても錆一つ生じなかった外郭なのだから、風化する事はまずあるまい。後は因果律がどうにかしてくれるだろう。
「さーてと」
時計を見れば、時刻は午後七時少し過ぎ。どの家からもご飯の香りが漂っている。
「ボクも早くおでん買おう」
行きつけのコンビニに向かって歩き出すマコト。いつもより少し足早に散歩道を進みながら、マコトはぼんやりと先程の異次元を思い出す。
あの後、二つの種族はどうなるだろうか。そもそもあの世界が滅んだのは、彼等の額に生えていた角――精神エネルギー発生器官が、発達した者とそうでない者に分かれたのが原因だ。
それは必然的に社会規模の軋轢となり、政争となり、戦争と化した。
発達した者達は精神エネルギーそのものを纏って竜のような姿を得、発達しなかった者達は機械の鎧を用いて不足を補助した。
戦力は互角。それを覆すため、両軍は更なるエネルギーを他の生物から求め始め――最終的にどうなったかは、今し方見た限りだ。
そんな経緯のなれの果てを、マコトは解決した。とても平和的に、かつ問答無用で。
だが、あくまで解決しただけだ。
あの後、あの世界はどんな歴史を辿るのか。二つの部族はわかり合えるのか、合えないのか。
「……ま、悪いようにはならないでしょ」
特に根拠の無い直感をつぶやきながら、マコトはコンビニの自動ドアを潜った。