海について
高校二年の10月半ばとなればクラスの雰囲気も少しは変わってくる。高校生活も残すところ半分を切った今、個人差はあれど、皆それぞれ自分の目標へと向かって頑張り始めるからだ。資格を取るために努力したり、大学に行くために勉学に勤しんだり、その方法は様々だ。
そんな少し真剣な空気が満ちてきた自分のクラスを、廊下側の一番後ろの席から海城 渚はぼんやりと眺めていた。
中間テスト、期末テストともに平均より少し上。
得意不得意なし。
好き嫌いも特になし。
背丈も体格も平均で、顔だけは中の上と女子から評価を受けた。
そんなド平均男である渚は、少しではあるが変わり始めたクラスの雰囲気に馴染めずにいた。
「俺のやりたいことってなんだろうな・・・」
渚はそう呟いては机に突っ伏した。
渚はとある家庭の事情から一人暮らしをしていて、生活費を稼ぐためいろいろなバイトを手にかけている。
その結果としてたくさんのスキルと経験を得てはいるが、渚が興味持ったものは何一つなかった。
(小学生の時はあんなにやりたいことがあったのになぁ・・・。)
あのころは目に見えたものすべてが新鮮で、すべてに興味があった。
(いつから夢を見なくなったんだろうなぁ)
確か中学生のころにはもう・・・などと考えていくうちにその体勢もあってかだんだんと睡魔が渚を襲ってきた。時計を見るとまだ午後の授業が始まるまで少し時間があったので、渚はそのまま睡魔に身を任せようとした。
「なに寝てんだよ、渚!」
その言葉と同時に背中に走った衝撃によって、渚の睡眠行為は未遂に終わってしまった。
「直己・・・、叩くならもっと優しく叩いてくれないか。結構痛かったぞ」
「ははっ、わりぃ!」
眠りを邪魔された渚の文句を明るく流すのは、渚の幼馴染である平田 直己だ。
背が高く、その身長を活かすために中学のころからバスケ部に入部。今やバスケ部のエースである。おまけに性格も明るく誰とでも話せるためクラスのムードメーカーとしても有名である。
「・・・なあ、直己は将来やりたいことって決まってるか?」
渚はさっきまで考えていたことを聞いてみた。
「ん?そりゃあ、昔から体育の教師になりたいと思ってたからな。今はそのために勉強中だ」
「ああ、そういえば中学のころから言ってたな」
直己がバスケを始めたころから渚は時々その話を聞いていた。まさか今でも思っていたなんて知らなかったが。
「そういう渚は決まってるのか?」
直己から質問が返ってきて渚は少しどきりとする。
「・・・」
「・・・まあ、今決まってなくてもこれから決めればいいさ!」
そう言って直己はまた渚の背中を叩いた。さっきより優しくなっていたのは気を使ってくれたのだろうか。
「ありがとな」
「おうよ、気にすんな」
「ところで何か用事があったんじゃないのか?」
「そうだったそうだった!次の授業、教室じゃなくて実験室でやるってよ」
「うお、それまじか・・・。ならもう移動しなくちゃな」
「だな!」
渚は眠い体を無理矢理起こして、次の授業の準備を持って直己と一緒に教室を出た。
蝉の騒がしい季節を過ぎ、それから2ヵ月ほど過ぎた廊下には、もうその頃の熱気は感じられず少し肌寒い空気が流れていた。
廊下に出た渚にはその情景が何か訴えているような気がしてならなかった。
「やりたいことね・・・」
「おい渚、早くいこうぜー!」
廊下を直視できなくなった渚は教室に振り返り、呟いた。
その様子には全く気付かない様子で、直己は催促の言葉をかける。
渚は今度こそ廊下と向き合って、実験室へと向かった。




