第二十一話 トーマス
トーマスと名乗ったこの男は記憶喪失だと言った俺の言葉を信じたのか遊びだと判断したのかは分からないが初対面の相手をするように態度を変えた。
疑っているであろう家主のおっさんや少し一緒に居たから分かったであろうドロシーと父に比べてこっちから記憶喪失だと説明してあっさり信じ、ショックを受けた様なリアクションが無いのは遊ばれている様な気がするが…まぁいいか。それよりも王城の司書と言ったのは俺が英雄伝のこの部分を読んでいたから言ったのだろうか?とは思ったがこの世界ではまだ見ていない言語である前世の文字を読めるのだろうか?もしかしたこの世界の別の国で存在するかもしれないしな…
「初めまして…じゃあ無いんですよね?」
探りを入れてみる為に本を閉じ、聞いてみる。
「あぁ、昔から一緒にこの屋敷で住んでいた。所で…事故にでも合ったのか?」
そう以前の俺との関係を説明し、記憶喪失の原因に付いてであろう事を聞いてきた。
どうやら昔から一緒に住んでいた仲らしい、だとしたらさっきの友達に対する態度みたいなのも納得ができる。もしかしたら知らない相手に馴れ馴れしく話しかけられたからチャラついてると思ってしまったのかも知れないな。
「よく覚えてないのですが病気だそうで、もう大丈夫ですよ」
そういえば詳しく聞いてなかったからよく知らなかったな。と思いつつ知ってる事を返す。
「そうなのか、所でなんでこんな時間に?」
そう言われましても…本日何度目か忘れたが何時だ今?
「馬車でついさっきまで寝てたので眠くなくて。今何時頃なんですか?」
何度も忘れてた今何時かという質問をしてみる。
「えーっと今は…、12時過ぎだな。眠れないなら色々教えようか?質問相手が居たほうが色々分かるだろ?」
ポケットから懐中時計を取り出してそう言った。
12時が俺の知っている12時かは知らないが多分同じだろう。
「忙しく無いならお願いします」
せっかく落ち着いて話ができる相手が居るんだし色々聞いてみる事にする。
「わかった。あと先に聞いておきたいんだがどこまで覚えてるんだ?」
どこまでと言われましても…
前世の記憶ありますなんて馬鹿な事は言えない。言ったら火炙りになるような世の中なのかも知れないし。
「うーん、よく分からないです」
悩んだ結果そう答える。
「じゃあコレは分かるか?」
そう俺の手元にあった本を持ち上げてふらふらと揺らす。
本と答えるべきか?題名を言うべきか?
「本…ですか?」
多分こういう意図の質問だろう。
「正解、じゃあコレは?」
そうテーブルの横にある椅子を指さす。
「椅子ですか?」
当たり前に分かる事だが何故か緊張する。
「正解、じゃあコレは?」
そうスタンド式のライトに刺してある紫色の結晶ををトントンと指で叩く。
「…わからないです」
この世界に来てから数回見た電池みたいな役割のソレの名前は知らなかったのでそう答える。
本、椅子とトントン拍子に分かることが確認出来たのにこれは答えられなかったからか、トーマスが「ん?」と言った表情を浮かべた。
「んとこれは魔法石って言って精霊魔法の魔法陣の…あ、覚えてないか。えっとこれはこのライトとか暖炉とかを使うのに必要な物なんだ。まぁ詳しくは今度教えるよ。所でさっき本読んでたみたいだけど文字は覚えてるのか?」
文字はこの世界の言葉を話せるのと同じで前世での母国語である日本語同様スラスラ読める。あぁそうだ日本語といえば最後のページのあの文章に探りを入れるんだった。
「文字は読めますけど…最後のページのこれはなんですか?」
文章に書いてあった王城の司書さんなら何かリアクションがあるだろうし聞いてみる。
「あーこれか、これは読めなくて当然だから大丈夫だよ。」
「何ですか?これ」
何のために載せてるのか聞いてみる。
「この本のこの国の王様は昔の戦争で魔王を倒した勇者だったって話は読んだ?」
「ひと通りは読みました」
誇大してそうな内容だったがな。
「あいつ別世界の人ってあっただろ?それで元の世界の人を探してるんだってさ」
流し読みしてたから気づかなかったがそういう事なのか?
しかし異世界人が皇帝って国民良く許したな…いくら英雄的だとしても文化の違いとかもあっただろうに間違いなく猛反発あっただろ。俺だったら危なっかしくて任したくないな。
「それで人は来たんですか?」
俺にペラっと話したってことは周知の事だろうし自称異世界人が来そうな物だけれど…。
「いや、来てないらしい。それでその世界の人しか分からない暗号を書いたらしいよ」
こういうのはひっそりやるものじゃないだろうか?モロ目的バレてそうだけれど…
「トーマスさん司書って言ってましたよね?これが読めるならどうなりますか?」
罠かもしれないが俺を捕らえる目的も無いだろうし、本当なら色々聞けるし警戒してても得が薄いと判断してはっきりとは言わずに聞いてみる事にする。




